南川高志のレビュー一覧
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マルクス・アウレリウスは苦悩の人であった。五賢帝の最後を飾るストア哲学の「哲人王」として紹介されることが時たまある。しかし本書はその見方に待ったをかける。ストア哲学に基づいて政治を行っていた哲人皇帝として受け留めるとすれば、それは事実にもとるのではないかと問いかけるのである。ストア哲学の精華として、確かに『自省録』は人の心を打ち、魂を揺さぶるような言葉に満ちている。そこにある誠実さに胸を打たれる人も多いであろう。しかしマルクスがストア哲学者としてのみ現実に対処したと思い、そこに血の通ったマルクスの姿を見出せないとすれば事の順序が逆である。むしろ自らの周りで起きる不測の出来事に処し、自らを奮い立たせるために書かれたものもあったであろう。断章の連なりである『自省録』は決して自らの名を残そうとしなかった一人の悩める人による、自らのための覚書である。本書はその覚書を歴史研究の積み重ねによって読み解き、『自省録』の新たな側面を照らし出す一冊である。
『自省録』は様々な人との思い出を記した献辞から始まる。そこに記された人、あるいは記されなかった人、そしてその言及の仕方から、それらの人々から何を学んだのか、印象に残る言葉の数々は単に訳注だけからでは窺い知れない。その交流を歴史的文脈を明らかにしていくことから本書は始まる。前半の三章はそうしたマルクスを取り巻く政治状況を丹念に追い、その過程でローマ帝国史がマルクス・アウレリウスという一人の人物を中心に立体的に描き出される。後半の三章はマルクス自身が皇帝になってからどのような内政的苦悩に見舞われて政務に当たっていたか、そして遠征に明け暮れた人生の後半にどのような決断を日々迫られていたのかを実に鮮やかに描き出す。そこに読者は眠れぬ夜を過ごすマルクスの姿や、耐え難い試練を潜り抜けながら日々を送った悩める人の姿を見出すであろう。むしろ個々の出来事に誠実に向き合うことを積み重ね続けたマルクスその人の誠実さにこそ目を向けてほしいと本書は訴えているかのようである。
本書はマルクス・アウレリウスという、危機にあるローマ帝国で五賢帝最後の皇帝として自らの職務に誠実に向き合った一人の人物を通して、ローマ帝国史そのものを立体的に描き出す本である。中でもキリスト教迫害に関する記述は興味深く、当時帝国自体が抱えていた危機と照らし合わせて事の消息を確かめなければならないことを改めて実感した。パンデミックと戦争の時代にあって、私たちはどのように現実に向き合うべきか、マルクス・アウレリウスは今なお多くを語っているように思う。 -
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ローマ帝国の崩壊を、人々が「ローマ人である」という誇りを持ったアイデンティの衰退から説明している、と思われる。
人物名が多く、地理に馴染みがなかったので読むのに時間がかかり、理解できた自信はないが、物語の核はとても分かりやすかった。
トップの政策の失敗、汚職により体制が綻び始め、人々の生活が立ち行かなくなると「仮想敵」がいると呼びかけて団結を図ろうとする流れは、現代でも見られるだろう。
ローマ帝国の存続は、まさに人の流れに制限がほとんどなく、有能であれば徴用されて、出世ができたという文化にあり、それを自ら狭めてしまったのは生存可能性を自ら低くしてしまう行いであった。
この点は、組織論でも指摘がなされそうな箇所であり、面白かった。 -
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古代ローマ・五賢帝時代の概説書。
五賢帝時代というと、ギボンの「人類が最も幸福だった時代」という言葉に象徴的に表されるように、一般的には
・「養子皇帝制」に立脚し、有能な皇帝が5代続いた政治的に安定した時代
・版図は最大化し、大きな軍事的な混乱のなかった時代
・上記に立脚し、人々はパクス・ロマーナを享受していた・・・
と言ったイメージが連想されるし、事実学校教育ではそれに近いことを習った記憶がある。
本書の特徴は、「プロソポグラフィー的研究」の手法を用い、後世書かれた史料からだけでは分かりづらい当時の政治支配層の動向を描き出し、そこから当時の政治状況を分析している点である。
この結果、本書では五賢帝の時代が、冒頭述べたような安定と平和だけの時代ではなく、大いに陰の部分を持った時代であったこと。
ひいては後に続く軍人皇帝時代という混乱期の種がまかれ始めていたことを解き明かす。
まさに目から鱗の一冊で、著者の丹念な調査と論旨展開に引き込まれる。
高校世界史で植え付けられた五賢帝時代や、5人の各皇帝のキャラクターに対するイメージが大きく揺るがされる。
ネルウァは不安定な政治基盤のうえで苦悩し、トラヤヌス即位の陰には大いなる政争があったことを伺わせる。続くハドリアヌスも即位の際にも本人のコントロール外で争いがあったようだし、この両皇帝はその経緯が即位後の政策にも反映されているようである。
これらを受けたアントニヌス・ピウスの用意周到な後継者選びも当時の政治動向を大いに反映しているようだし、これらの経緯を見るとマルクス・アウレリウス・アントニヌスが実子のコンモドゥスを後継に選んだのは当然の措置だと分かってくる。
五賢帝時代は、共和政末期や帝政末期に比べると詳細に語られている本自体少ないこともあり、この時代の政治史を掴むうえでは必読の一冊だと思う。
また誰かが書いた歴史以外の史料から歴史を再構築するという点で非常に刺激を受けること請け合いである。 -
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ネタバレ「ローマ帝国の誕生」に続いて読んだけどこの本も良かった。五賢帝時代の話が本題だが、アウグスティヌスから五賢帝に至るまでの歴史も軽く触れられていて親切。平和と安定のイメージがある五賢帝時代にも皇位継承を中心に政治はごたついていて、皇帝たちはバランスをとるのに苦心していたという実態を、統計的な研究から浮かび上がらせている。優秀な養子による安定した皇位の継承は実際にはなく、実子がいないために起こった疑似的なもので、権力闘争を内にはらんだ危ういものだったという意外な分析が面白かった。皇帝や元老院の人々の親族関係はごちゃごちゃしすぎて難しかったけど、当時の人たちもしがらみが多すぎて大変だったんだろうなあ。
哲学を読むときの参考として読むつもりだったローマ史が楽しくてはまってしまいつつある。 -
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著者なりの解釈のローマ帝国衰亡史。
まず全盛期のローマ帝国がいかにしてあのような巨大な領土を成せていたのかを説明する。
そして、コンスタンティヌス帝以降の通史を追って、それがいかに崩壊していったかを説く。
曰く、全盛期の帝国には明確なフロンティアはなく、帝国を帝国たらしめていたのは「ローマ人である」というアイデンティティであったという。
そして、その基盤が揺るぎ始めるのがコンスタンティヌス大帝の治世であり、最後はわずか30年の間に一気に瓦解したことを描く。
政治史と社会史に重きをおいた論調。
ローマ帝国の紐帯の基盤を、人々の「意識」に求め、その「意識」を育んだ政治システムがいかに変容したかを説くことで、衰退の理由を捉えようとする。
全盛期の帝国の政治システムが、「ローマ人である」というアイデンティティの形成を促進し、その意識が帝国の「統合」するように機能していたという主張は大変説得力を感じた。
しかし、ローマ帝国末期にそれを支えていた政治システムが変容していったことは分かったが、それが理由で他民族に対しなぜ「排他的」な意識に変わっていったかは読んでいてあまり得心できなかった。
どうしてもこういう切り口からの分析は立証するのが困難なように感じてしまうが、そもそもローマ帝国の衰亡ともなれば様々な要素が複雑に絡み合った結果なので、明確に描き出すことは難しい。
こういう努力の積み重ねが、今までに散々説かれてきた衰亡の理由に、さらに新たな側面を付け加え、また一歩その全体像に近づけているのかもしれない。
歴史研究もその時代背景の影響を色濃く受ける、という主張が繰り返し登場するのも興味深かった。 -
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ローマ帝国の衰亡の原因を、寛容さの喪失であるとして論じている。
ローマ帝国というとゲルマン人によって滅ぼされたという印象をもつが、実際は魅力的な「ローマ人である」というアイデンティティーでもっていわゆるゲルマン民族などの外部部族をその内に受け入れ、帝国がまとまっていた。
それが、国家の危機に際して「排他的ローマ主義」が台頭してきたことが、急速に国家の魅力を失わせ、ローマ帝国が「尊敬できない国家」へと成り下がったとしている。
国家としての魅力を失ったときに国は滅びる。ある意味非常にわかりやすい話だが、その経緯はとても複雑だった。如何にして国家は滅びるのかについて考えさせられた。 -
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歴史の時間では、ローマ帝国はゲルマン人が北から侵入してきた
ことが原因で衰亡したと習ったように記憶している.本書では帝国の政治状況を加味した解説がなされており、非常に納得できた.このような記述がある.「北からの諸部族の移動の影響を最初に受けたのは帝国の東半だった.しかし崩壊したのは西半である.西半は在地の有力者が強く、東半は皇帝政治の権力が強かった.」 この権力者たちの心がローマから離れたことが衰亡した最大の要因だ.さらに「ローマ帝国の衰亡とは”ローマ人である”という帝国を成り立たせていた担い手のアイデンティティが変化し、国家の本質が失われていく過程であった」と結論を述べている.