阿部真大のレビュー一覧
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なるけい氏から借りた本。「合コン力 上げましょう!!」の付箋がついてきました。
おかげさまで、鬼気合い入れて読み始めることができました!笑
「合コン」という世界を社会学的に書いた本。
なんとなく悪いイメージを持たれがちな「合コン」ですが、それによって恋愛や結婚が行われ社会構造の維持に貢献していることから、この本では合コンはもはや「制度」だと書かれています。
筆者は今や合コンに参加する人が求めているのは「理想の相手」ではなく「運命の物語」だと言っている。ここでおもしろいのは合コンという作られた制度の中に「運命の物語」を求めることだ。つまり、その「運命の物語」というのも結局は演じられたものでしかないのに、みんなそれを求めてしまっているというところに矛盾が生じていて、それを筆者が指摘しています。ではなぜ「運命の物語」を求めるのかというのが最後に書かれていますが、『社会の流動性が高まり未来の不透明な時代において自分たちの運命も不透明だからこそ、「運命で導かれた相手」という堅固なものを人々が求めてるから』ってな見解だそうです。
本当かよ!?って突っ込みたくなりますが、社会学的に見るとこうなのかもしれません。
そういう意味ではおもしろい視点だと思いました。
最後の方は、合コンと結婚の関係などを基にした恋愛観みたいな感じでした。まぁ僕の好きな「人それぞれ」って言葉を使えばそれまでですが、こういう視点もあるのだなという事がわかりました。いやぁみんなどう思ってるんですかねぇ?
ちなみに合コンのハウツー本ではないですが、参考になる部分もあるのでぜひ読んでみると良いかもしれません!
合コン力 上げましょう!! -
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1.若者と余暇
ショッピングモールなどにより、余暇の満足度を高めている
ちょうど良い感じになっている
2.若者と人間関係
地元の人間関係中心
3.若者と仕事
やりがいは低いが親との同居により金銭面は満足だが、永続するものではない
4.地元が若者に愛されるまで
自分らしさを獲得できる場所
不安定な世の中を生き抜くため、地元の仲間の存在
5.ポスト地元の時代のアーティスト
新しい公共の構築にはポスト地元の地元のアーティスト
自分らしさは関係性にあり
6.新しい公共のゆくえ
ギャル的マネジメント
身近な人間関係の多様性に意識的で、同質的な仲間集団に対する愛着心は強いながらも異質な他者とのコミュニケーションを厭わず、謙虚に集団をまとめる仕切り方のこと
うちにこもる若者を外に引き出すコツを導く鍵
同化から統合へ -
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社会学者の著者が、岡山での社会調査をもとに、リアルな地方社会における若者の姿を描き出す。
現在篇では、1990年代以降のモータライゼ―ションが、現在の地方の若者の生活と満足度に大きな影響を与えていると指摘。1つは、余暇面で、大型ショッピングモールが立ち並ぶ郊外が、地方の若者にとって「ほどほどの楽しみ」を与えているという点。もう1つは、人間関係の面で、家族と同世代の仲間だけで構成される、地域社会における煩わしい人間関係を排除したノイズレスな人間関係が、若者にとっての地方都市の魅力を高めているという点である。一方、地方の若者たちの仕事に対する満足度は著しく低く、若者の多くが仕事に対する満足度の低さを仕事のやりがい(精神面)と親との同居(金銭面)によってカバーしていることを指摘している。
過去篇・未来篇では、1980年代~2010年代を代表する(と著者が考える)Jポップアーティストの楽曲を分析することで、若者の自分らしさを巡る心性の変化を分析している。1980年代、若者の自分らしさは、社会への「反発」により担保されており、若者にとって地元とは、退屈な日常を象徴するもので、魅力的なものではなかった。1990年代、「大人の世界」の安定性が崩れ、若者の自分らしさは、夢を叶えようと努力することにより獲得されるものとなったが、努力の称揚は競争による「勝ち組」と「負け組」を生み出し、若者たちは「人と人との関係性」によって自分のアイデンティティを確保する方向へと向かった。2000年代、モータライゼーションの完遂は「世界から自分たちを守ってくれる楽しい地元」を出現させた。
2010年代、「ポスト地元の時代」のアーティストは、「他人のことは分からない」という前提を持ちながらも、「他人とぶつかり合いながら自分たちを高めていく」という新しい世界観を提示し、「他者との出会いのなかで試行錯誤する自分らしさ」という自分らしさの新しいモードを生み出した。社会の安定性の崩壊は、画一的な生き方の押しつけから若者を解放したが、同時に、必要不可欠な公共性さえをも喪失させてしまった。この状況を打破するための「新しい公共」の構築には、「ポスト地元の時代」のアーティストに見られる姿勢が求められていると指摘。また、「新しい公共」の構築への鍵として、「ギャル的マネジメント」(身近な人間関係の多様性に意識的で、同質的な仲間集団に対する愛着心は強いながらも異質な他者とのコミュニケーションを厭わず、謙虚に集団をまとめあげていくような仕切り方)を挙げている。そして、現在「こもっている」若者は、「分離」の段階にあり、既に「統合」に向けた準備ができているのではないかと指摘し、「こもってないで外に出ろ」と声高に叫ぶような、社会の他旺盛に鈍感で未だ「同化」の段階にある大人たちより若者のほうが「新しい公共」に近い場所にいると言えるだろうと述べている。
いかにも社会学という感じの本。インタビュー調査に基づく現在篇は、自分と同世代でありながらも、自分自身はあまりその文化になじんでいない「地方の若者」のリアルな姿を知るのに有益であった。一方、過去篇・未来篇は、もっともらしいことを書いているが、著者の恣意的な分析・主張になっており、客観性に乏しいのではないかという印象を抱かざるを得なかった。取り上げられているJポップアーティストが、それぞれの時代を代表するものといえるのかというところから疑問がある。 -
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常見陽平『ちょいブスの時代』(宝島社,2013年)の参考文献になっていた流れ(?)で読んでみた。
とくに気になったのは、第五章。『ちょいブス~』が参考にしていたのも、多分このあたりだったかと。
合コンの楽しみって、もはや異性との出逢いというより、むしろ同性の友だちを作るとか,仲間内でワイワイ騒いで飲むこと~になっちゃってるんでないの!?という指摘。
本来の目的とはかけ離れていってるのかもしれないけど、やっぱ同性の連帯感に勝るものはないんじゃないかなと思うわけで…。笑
あとは、なんといっても第六章。「理想の相手」ではなく「運命の物語」を~の節に、ものすっっごく共感した!!
曰く、男女が執拗に求め続けているのは、実は「理想の相手」ではなく、「運命の物語」の方なんだと。
〝私たちは、出逢えればいい、結婚できればいい、というわけではない。そこに、物語がほしい。〟(130頁)
〝おもしろいと思える人、直感で通じ合える人、いっしょにいて癒される人――それはつまり、ともに「運命」の物語を紡いでいける人、ということだ。〈中略〉たとえば「外国人」や「年齢差」はそれだけでじゅうぶんに物語の要素になりうるだろう。〟(134頁)
…うんうん、実によく頷ける話であるなw
でも、合コンこそが、この物語を構築するのに最適な場だ~という見解には、ちょっと疑問が残った。
思うに、運命の物語には“思いがけず”っていう要素が必要不可欠で、(表面上どんなに隠しても)自らガツガツ出逢いを求めて臨んでいる合コンにおいて、それはどうあっても成り立たないんじゃないかなと。たとえ周りにそうとはわからなくても、自分の中で出逢いを求めにいった自覚がある時点でアウト!みたいな。周囲への言い訳は立つけど、自分自身は騙せないから、それはもう偶然の出逢いではないよなぁと。
あくまで、そのとき自分の方は出逢いを求めてなかったんだけども“思いがけず”運命の人にめぐりあったのよ~ってな感じでなきゃいけないんだろうと思う。
その一方で、じゃあ職場恋愛は「運命の物語」にはならないのか?運命の出逢いの場としては味気ないか?って言われると、それも違うと思うんだなー。
それこそ“思いがけず”同僚の新たな一面を発見して惹かれたら、そこからはもう立派に一つの物語として始まっていくんだろう。
まぁ要するに、〝自分に納得のいくストーリーがつくれればいい。〟(134頁)ってことかw
だけど本当は、どんなに平凡でありふれた話だったとしても、それはその二人にしか紡げなかった物語だから。二人で歩んできたってことだけでじゅうぶん、どれも特別で唯一の運命の物語なんだけどね。
でも心のどこかに、ドラマチックなストーリーを夢見る自分も残ってるんだろうねぇ…それが厄介なのかも?笑
補論では、出逢いにストーリー性がほしいと考える心理について、行き先不透明で流動的な昨今の社会情勢のなかにあって,少しでも堅固なもの(=代替不可能な二人の関係)を求めようとする心性の現れ~と説いているけれど、これには大いに納得した。
ひと昔前なら、結婚/交際相手は「三高」(=高収入・高学歴・高身長)でなきゃ嫌!っていう明確な基準があっただろうし、抽象的なものであっても、“親が安心・納得する人”とか、わかりやすい人物像があったように思う。
でも、今の人が最も重視している条件って、もしかしたら「三低」(=低姿勢・低依存・低リスク)よりもっとわかりづらい、居心地の良さ~みたいな、非常に曖昧で難しいものなんじゃないだろうか。
一緒にいて居心地のいい人,あるいは、自分のテリトリーに踏み込まれても許容できる相手…のような。
そういう相手は、もちろん出逢っただけじゃ相性なんてわからないし、そこへ更に自分だけの運命のストーリーも求めて~ってなると…そういう人にめぐりあえる確率って、いったいどれくらいなんだ!?!?笑
合コンを社会学的見地から考察する~という試みが、新鮮で面白い一冊だった。 -
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2015.08.購入。
2013年発行だから、2年遅れで読みました。前半は、というか現代編まではタイトル通りでした。
けど、後半はJPOP評論に感じられました。
タイトルに惹かれた人には、現代編だけが意味あるのでしょうけど、自分は後半のJPOP評論が面白かったです。
このあと出てきた、セカオワとか、かまってちゃん、とかは、どういう解釈にされるのか?続きが読みたい所です。
特に気持ちが悪いクリープハイプは、どういうふうな解釈になるのか?
ちょっとオビの煽りがオーバーに感じられました。
前半の内容でもっと突っ込んで書いたものの方、オビの通りかな。 -
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「合コン」がどういうものか知らないので、もう処分するという友だちにもらって読んでみた。
うーむ、若いやつはめんどくさいなあ。というのが最初の感想。仲間内の序列は明らかなのに、誰かひとりが目だったり外れることがないように気を回したり、「キャラ」をかぶったり、そりゃ疲れるだろうよ。
が、著者たちによれば、若者たちはかくも必死に偽装をこらしつつ、条件に適う「理想の相手」ではなく、「運命の物語」こそを探しているのだとか。結婚が経済的な生存戦略であることはあからさまになっているのに、なぜ古臭いロマンティック・ラブ・イデオロギーがいつまでもはびこり、なぜ若い世代が過剰に適応しようとするのだろうかと不思議になるが、阿部の補論は、階層化と不安定化が著しいこの世代においては、経済的条件と同時に、代替不可能な「純愛」という幻想もまた、安定を保障してくれる(かのように思われる)要素なのだという解釈を示している。
しかし社会が階層化し流動化しているのが事実としても、これほど息詰まる窮屈な関係性を彼らが自ら構築してしまうのはなぜなのか、そこのところがもうひとつ理解できない。当事者に対しては「もっと気を楽にもって」というアドバイスくらいしかできないだろうが、こんなに閉塞的な関係性しか想像できない若者が多いとしたら、それはこの世代だけの問題ではないと思うのですがね。 -
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ネタバレ休日イオンで過ごすしか選択肢がないなんて嫌だ。
この前読んだ震える牛じゃないけど、地方もSCの餌食となっている。お仕着せの娯楽にお金を吸い取られているだけ。
自分も家族・友人とはまあまあ接点があるが、大人になってから地域の活動は殆ど参加したことない。災害の時に困るかな。。その時のためだけに仲良くする、っていうのも下心満載な気がする。
一若者として、家族や気の合う友人とだけつるんでいては人間性が凝り固まっていってしまうという危機感がある。もっと外に出て、多様な価値観の人にもまれるべきだと。けど外に出るお金も勇気もないのよ。
やりがいがあると思い込むことによって低賃金の仕事を耐える、か。。
★紹介された曲
・Avril Lavigne - Complicated…昔のままの素直な自分でいられる巨大なショッピングモールが懐かしい。
・Green Day - Jesus Of Suburbia…アヴリルと違い、郊外の影を描く。暴力・薬物・アルコール・親の放任。
1988日本映画「So What」では主人公は親のしがらみから逃げようと都会へ出ていくが、この外国の少年は逃げるものなど何もない。
・BOOWY/氷室京介(80s)
SCHOOL OUT/WATCH YOUR BOY/GUERRILLA/RATS/ELITE…自分を抑圧するものから頭の中だけで逃げて、反発することが自分らしさ。
・B'z(90s)
Stay Green~未熟な旅はとまらない~/ねがい/BREAK THROUGH/F・E・A・R/ギリギリchop/Boys in Town…自分らしさは努力の過程で得られる。夢は叶えるもの。
・Mr.Children(90s)
名も無き詩/everybody goesー秩序のない現代にドロップキックー/東京/しるし…周りとの関係性によって自分らしさを再定義。感謝せよ。
・KICK THE CAN CREW(00s)
イツナロウバ/アンバランス…郊外の地元最高。モラトリアムの中で仲間と夢をかなえる。
・ONE OF ROCK(10s)
未完成交響曲/完全感覚dreamer/アンサイズニア/夜にしか咲かない満月…自分たちが強くなるためには居心地のいい場所は出ていかなくてはならない。違う他者とぶつかり、試行錯誤する中で見えてくる自分らしさ。
・RADWIMPS(00s)
おしゃかしゃま…社会システムの構築の重要性。 -
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メルクマール イオン的なところ 倉敷市 鳥取県米子市 宮崎あおいアース 倉敷チボリ公園の跡地にアリオ倉敷
モータリゼーション (motorization) とは英語で「動力化」「自動車化」を意味する言葉で、すなわち自動車が社会と大衆に広く普及し、生活必需品化する現象である。狭義では、自家用乗用車の普及という意味で言われることが多い。国立国語研究所では、その「外来語」言い換え提案の中で「車社会化」という代替表現を提示している。
つまらない地方と刺激的な大都市という二項対立 程々に楽しい地方都市という選択肢 カナダ人アヴリルラヴィーン ファスト風土 ショッピングモール グリーンデイ 1988ソーホワット 群馬県高崎市 ボウイ 社会への反発+母性による承認 稲葉は反発ではなく努力をキーワードに、自分らしさを再定義した 様々なレトリックを駆使してリスナーをキミとボクの世界に引きずり込んでいく巧みな歌詞は関係性の魔術師たる桜井の面目躍如である。 キックザカンクルー レペゼン 江戸川のロックオン マクドナルドよりドムドム チャリで舞浜駆け巡りますか? サンチェーン アンサイズニア 完全感覚ドリーマー 夜にしか咲かない満月 野田洋次郎 おしゃかさま
第1象現は右上、第2象現は左上、
第3象現は左下、第4象現は右下。
90°180°270°360°は、
どこの象現にも含まれません。
変化するバイト先の風景 KY 蔑称
蔑称(べっしょう)とは、ある特定の性質を持つ者に対し、軽蔑や卑下を込めて使用する 呼称である。 イルボン チョッパリ ヤンキー的マネジメントとギャル的マネジメント スクールカースト 謙虚な俺様 統合 ワンオク 開かれている ジャイアントキリングに見る新時代のマネジメント -
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「私生活主義」として、 「他者」を「ノイズ」として排することを目的として、同質的な人びとが集まってかたちづくられてきた郊外。両親はその典型。「うるさい他者」から逃げて自分の「家族」だけの世界をつくってきた。でも子供も他者なわけだから子供が大きくなると他者として出て行くことになる。そこまでも呑み込んでいこうとしても無理で結局そこで他者とのルールが必要になる。そういう家族たちの集まりが新興住宅地だ。そこにないのは、文化ではないか。自分勝手は居心地はいいが、自分だけの薄っぺらい我が儘なルールは文化にはなり得ない。所詮自分勝手でしかない。文化はどこへ行ってしまうのか。
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大学時代の社会調査実習を思い出した。
はい、はい。対面インタビュー形式のアンケート。
事前に選挙人名簿からハガキを出し、回答のあった人のところに直接出向く。磐田市の田んぼの中をグルグル回ったっけなー。。。
あれ、その時のテーマって何だったけ??
Jリーグとなんちゃらの関係性…だったっけ??
さて、本書はそのようなフィールドワークの結果を元に考察を行っているのだが、モータライゼーションがもたらした「ほどほどパラダイス」は確かにその通り。東京まで新幹線で2時間半という地方に住んでいる身としては、わざわざリスク(家賃を含む物価の高さ・コミュニティの一からの構築など)を冒してまで「都会」に出ていく理由が見つからない。もちろん、叶えたい夢などがある場合は別だけど。
今どきの高校生も「親元から通えるところ」に就職または進学希望するもんねー。ワタシは「進学を機会に東京に行きたい」と思った人間(でそれを叶えた)なので、本書を読んで今日日の若者の志向をなるほど~と理解した。
後半の「J-POP(というかロック)」から見る若者の変容は、歌詞を元にそれに共感熱狂する若者の姿を分析しているが、地方で音楽を糧にしていたものからもう一言足すとすれば、モータライゼーションに加えインターネットの普及は音楽を発信する者にとって、「わざわざ東京に行かなくてもヒーローになれるかも」と思わせてくれちゃった。実際に地方在住のミュージシャンは80年代などに比べると格段と増えたし。
インターネット通販の充実も確実に若者を地方の「ほどほどパラダイス」に引きこもらせる理由となっているよね。