玉木俊明のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
物流。読んで字の如く、モノの流れ。
情報化社会の今尚、モノが途絶えることはない。
むしろボタン一つで需要を表すことが可能になった今、そのスピードに対してどのように供給するかがニュースにさえなっている。
第一章フェニキア人から始まって、第二章で東アジアの経済発展を挙げる。
秦の始皇帝の時代に通貨の統一、そして文字の統一が為されたことで、余分なコストをかけることなくモノの行き来が可能になったわけだ。
なるほど。知っていたことを違う角度から見た気がして、すごいな。
そしてイスラーム、ヴァイキングと話が及んでいき、中国・地中海が衰退する中で、北海沿岸諸国が台頭するようになる。
世界史の授業で、東インド会社と言えば茶とアヘン!くらいの点的な知識だったのだけど、イギリス・オランダにおける東インド会社ってすごいシステムだったんですね。
商人を外敵から保護したり、輸入品独占したり、個人的な貿易オッケーだったり。
でも、独占するということは価格設定が可能になるわけで、そうすると同じモノをより安価に仕入れるルートが必要になる。
いわゆる密輸なのだが、イギリスに茶の密輸を可能にしたのはなんとスウェーデンだった。
こうして正規=高価ルートだけでなく、裏ルートからお茶を手に入れることが可能になったからこそ、イギリスの茶文化が市民にまで浸透したのだとさ。
同じように、迫害されて国という拠り所を持たないユダヤ人なんかも、独自の情報ルートが生まれ、貿易での利益を手にすることになったとか。
最後はそうしたルートの確立を行わなかった社会主義の衰退までを論じて、この本は終わる。
テーマはものすごく面白いものの、説明口調なので盛り上がりには欠けるかも。
けれど、歴史的に力を持つ国とそうでない国の分かれ目はどこにあったのか、ということを一つの視点として見直してみるのは楽しかった! -
Posted by ブクログ
ネタバレさらさら読めるんだが、主語が拾いにくい。端的に言えば、分かりにくい。
オランダのゲヘモニー。活版印刷の普及は商業の発展に繋がった。ヨーロッパ内での情報の共有化による価格の均一化や情報の正確性の向上から国際貿易商人の活動が活発となった。17世紀、ヨーロッパ商業の中心地はアムステルダムだった。宗教的寛容、人の移住移民による商業技術の伝搬を背景に商取引が拡大した。
さらっと読んでしまった、イギルスのゲヘモニー。イギリスは国家が自由経済に介入したからこそ成長した。イギリス帝国は電信によって維持される帝国だった。電信の敷設は、国内では国が、対ヨーロッパは私企業によって敷設された。電信は蒸気船とセットで世界を縮めた。蒸気船は航海の確実性を増大させた。この事は、商業的にも軍事的にも極めて重要なことだった。イギリスが成功した背景には、ヨーロッパにおいてはオランダの、ヨーロッパ外世界ではポルトガルの商業を巧みに利用し奪い取っていった点がある。電信の発達は商業慣行を国際的に統一する傾向を生み出し、近世の無国籍の国際貿易商人を多国籍の国際貿易商人にした。(あと、電信の速度とか金融がうんとか書いてあった。)
ここまでで、あとは読み流し。活版印刷が社会にどう影響したのかを知りたく手にとった一冊。資本主義社会の成り立ちについて書かれた本の引用があり、この点有意義だった、引用された本を読んでみようと決意した一冊。 -
Posted by ブクログ
オランダを中心に、近世から近代にかけてのヨーロッパ経済について述べてあります。オランダ中心ということですから、当然海上輸送貿易についての話となります。ヨーロッパ中世では地中海世界がヨーロッパ経済の中心でしたが、それが食料や船舶用資材である森林資源の枯渇から北方(アルプス以北のヨーロッパ)が替わってヨーロッパ経済の中心となります。その中でもオランダはポーランドなど東方から穀物などを輸入して他国に再輸出する(つまりは転売・中継ぎ貿易)ことにより、ヨーロッパ経済を牽引する存在となります。またオランダはこのようにバルト海貿易を中心に栄えますので、オランダではバルト海交易を「母なる貿易」と呼ぶそうです。しかしオランダは中央集権的でないため商人の移動に制限が無く、最新の技術を持ったオランダ商人が各地に移住、また他国の商人がオランダに移住し技術を習得した後また他地域へ再移住するという形をとることにより、ヨーロッパ全体の商業を底上げするとともにネットワークを形成して発展していきます。そうした中台頭してきたのがドイツの中立都市ハンブルクとイギリスの帝都ロンドンでした。ハンブルクは「長い18世紀」ないし第二次英仏百年戦争中も中立都市として、他国と距離をとっていたことにより安全に航海を行うことが出来たため貿易を優位に進めます。またロンドンは中央集権国家イギリスの保護のもと同じく発展していきます。拮抗していた両者はしかしナポレオン戦争により中立の立場でも拿捕されかねない状況となってハンブルクが減速、一方ナポレオン戦争でほとんど唯一戦場とならなかったイギリスに資本投下が集中してロンドンは他を引き離してオランダのアムステルダムに代わりヨーロッパ経済を牽引する立場となります。そしてこの「商業資本主義国家」オランダから「産業資本主義国家」イギリスへのヘゲモニーの移行によりヨーロッパ近代が誕生したと結んでいます。
内容は以上のような形で非常に参考になる本でした。とくにオランダの発展におけるバルト海貿易の影響は、「地中海沿岸から大西洋沿岸へ」という16世紀のいわゆる「商業革命」を重視する高校世界史の教科書ではほとんど取り扱われないため、目からウロコでした(バルト海貿易が重視するのはリューベックを中心とするハンザ同盟が活躍する中世のみ。最近では近世スウェーデンによる「バルト海帝国」も取り上げられるようになっているが・・・)。オランダの対外進出はおもにケープ植民地と南・東南アジアが中心で、1623年にアンボイナ事件を起こしたことにより東南アジア香辛料貿易を独占したこと最盛期として、のちインド経営に成功したイギリスにその立場を奪われるという流れです。ヨーロッパ内での貿易はほとんど取り上げられません。あまりにマクロに目を向けすぎて、足下が見えていませんでした。
この本の難点をいえば、数字ばかりが取り上げられて非常に読みづらいこと、最後のまとめがなければ(読解能力・知識の不足している)私は以上のような感想を書くことはできませんでした。