玉木俊明のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
なぜ,現在の「世界のルール」を決めたのが西洋だったのか。軍事力に裏付けされた経済という視点から,ヨーロッパ擡頭の世界史を眺める。歴史部分は良かった。でも今後を占う終章には反グローバル的な何か妙な偏りを感じた。
"日本はモノづくりを維持し、アングロサクソンとは違う資本主義を目指すことが、世界経済にもっとも大きく貢献することになると信じる"
"近代世界システムの特徴は、「飽くなき利潤追求」にある。それには「未開拓の土地」が必要とされるが、もはやそれが存在しなくなった現在、世界は労働者の賃金に「未開拓の土地」を求めていると考えている"p.204 -
Posted by ブクログ
書店で見かけて気になって買った一冊。中身の大部分に繰り返しが多いのは少し微妙だが、学問的見地よりも少しゆるく語られる序章、終章、あとがきあたりが面白い。
オランダ、イギリス、アメリカと覇権国家が移っていくグローバリゼーションの歴史が語られる。なぜ覇権を握ったのがポルトガル、スペイン、フランスでなくオランダやイギリスだったのか、その理由が分析される。明治維新で日本人が最も学んだのはイギリスだったが、この時代のイギリスがいかに世界を牛耳っていたか、その感覚がよくわかる。例えば20世紀に入る頃には、イギリスが世界中と電信で情報交換できるようになっていたというのには驚くほかない。
終章では近代ヨーロッパシステムの終わりが予兆される。そこでは格差問題などにも触れられ、次のシステムが現れる予感を指摘するが、その時代の転換期を私は見ることができるのか、それを死ぬ前までに感じたいな、と思った。
他に軍事と商業の繋がりや、貿易における海運というファクターの影響力、商品連鎖の考え方など経済史の面白さを感じる一冊だった。 -
Posted by ブクログ
世界史を語る上で、食・味の歴史は欠かせないと日頃から感じていたので、読んでみた。
香辛料、砂糖の観点から見た世界史であり、そこに物流だけでなく、世界の覇権の動きが凝集されているように思えた。
大航海時代前はあくまでムスリム商人経由で入ってきた少量の香辛料をヨーロッパ内部で流通させていただけだったが、大航海時代からはヨーロッパ人が自ら「取りに」行くようになった事(自己完結・自己調達型の輸送システムの誕生)、近世,17世紀に入ると「砂糖革命」がおこり、新世界での大規模プランテーションでの大量生産がなされ、奴隷制や資本主義経済の成立にも大きく影響した事、植民地と宗主国の従属関係には、工業国かどうかではなく、流通を押さえていたのが大きい事、などがポイントだったと思う。今まで、イギリスの航海法によって英蘭戦争が発生したことが、いまいちピンと来なかったが、流通・海運業が重要だった事が本書で強調されており、少しイメージが掴めたような気がした。
「おわりに」のところで、全体を総括してくれていたのも、良かった。
近世に入る頃からヨーロッパ人の嗜好が香辛料から砂糖に変化したのはなぜか、イギリスとフランスで砂糖の扱いが異なっていた(イギリスは自分達で消費したのに対し、フランスは再輸出していた)のはなぜか、などは、もう少し理由が欲しい気がした。 -
Posted by ブクログ
冒頭の方は面白かった。特に、先史時代に太平洋に移民をしつつネットワークを広げて行った話、遊牧民の移動によって日本もヨーロッパも同時代に影響を受けていた話、ヴァイキングのネットワーク、アルメニア人のネットワークやアラブ人のネットワークと琉球のネットワークが接続していた話など。
他方、徐々に西欧を否定するようなトーンが目立ち始める。西欧が誇っていることは既に他民族が構築していたもの、という主張をギリシャ、アレクサンダー、ローマ、中世、大航海時代と延々と続いていって次第に食傷気味になる。また最後の第一次大戦から現代に続く話は誰でも知っている話で何で書いたのかなと。
ということで、短く簡単に読めるのは良いが、全体としてまとまりに欠け、本題から離れて西欧糾弾のきらいがある本だった。 -
Posted by ブクログ
香辛料、砂糖、化学調味料と味覚に直結する調味料の変遷でどのように歴史が動いていったかを書いた本。
古代や中世はフェニキアとかアラブアルメニアとかが香辛料を扱っていたが近世になると味強すぎて食えないから素材の味をという好みになり砂糖のほうが良くなったと。そして輸入だけでなく自分で作ろうとのことで南米なりを植民地化してという話。そしてものだけでなくその流通ルートを押さえたイギリスすごいよね、でも第2次産業革命で化学が発達したから化学調味料になると後塵を拝したねというオチかと。そして味の素とかがある日本も少し出てくる。
それはそれでいいが、あとがきでヨーロッパもアジアによる味覚がないとなりたたなくなっていることから西洋東洋の区別なく内外の区別なくとらえないといけないあり、移民が増えてるから彼らを内なるものとして扱わなければいけないみたいなこと書いてあったが、それは西洋がやるべきことであって日本がやることではない。移民と結びつけようとするのやめてほしい。黒人奴隷の話から移民は被害者であるかのような書き方が本編であるがそれは西洋対それ以外の時であって日本対アジアのような関係では対応しない。武力的な格差がないとホスト側による虐殺はなくむしろ浸透されて国が滅びる。『移民から読み解く世界史』を読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
「迫害された移民の経済史」ではあるが、
重点は迫害ではなく経済にあって、
迫害されながらも、なおそれによって離散していることを
強みとして生き抜いてきた人々の一つの歴史である。
ディアスポラというと、ユダヤ系のイメージが強く
本書でもその系統であるアシュケナジムや、セファルディムはしっかりと紙幅がとられている。
とはいえ、ほかにもユグノーであったり、
スコットランド移民であったりの話があり、
多様な形の移民がある。
もっともそれでも西側に偏っているのは東洋からは
経済圏としての勢力を持つようなまとまった移民がなかったからであろうか。
宗教的な理由、政治的理由、または食糧難などさまざまな理由で
元の故郷を離れる人がいて、それが新たなネットワークの拡大につながる。
本書はそのような描写として興味深いものが多く、楽しめたが
並列的に並べたディアスポラのケースを俯瞰して説明する視点がもう少し欲しかった。
また、僕の知識不足もあるけれど、ヨーロッパの地名がバンバン出てきて、
迷子になってしまうことが多かった。
大航海時代前後の空気の一端は感じられるかな。
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手紙を送るときには、複製を送った。複製とは英語でduplicateといい、さらに、二通目の複製はtripcateというが、日本語ではそれにあたる言葉はない。日本と違って中金製のヨーロッパでは、数通の複製を作るのは当たり前であり、そのうちの一通が届けばよいと考えられていた(p.63)
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船便は沈んでしまうからね。本書によると地中海であってもそのリスクはあったということらしい。
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長崎に居住した人々のなかには、セファルディムもいたかもしれない。むろん、彼らはユダヤ教徒ではなく、カトリックを信じるふりをする隠れユダヤ人であった。彼らは、一六三九年にポルトガル人が出島から追放されるまでは日本にいたようである。(中略)
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ディアスポラの民として、イエズス会士を取り上げることに、違和感を覚える読者もいるかもしれない。しかし十五世紀末にイベリア半島から追放された人々のなかにはコンベルソが含まれており、彼らがイエズス会士として活躍していた。(p.42)
余計なお世話とは思うけど、ここが一番やりたかったところだったんじゃないかなぁ。ここをもう少し掘り下げてくれるとよかったんだけど。