阿辻哲次のレビュー一覧
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ネタバレ≪目次≫
はじめに
第1章 漢字を読む
1 難読漢字を楽しもう
2 力士の「しこな」を読む
第2章 漢字を書く
1 漢字の「書き取り」を考える
2 時代ごとの漢字の規範
3 さまざまな漢字を楽しもう
第3章 漢字を作る
1 漢字を作った人びと
2 アイディア漢字を楽しむ
あとがき
≪内容≫
京都大学の漢字文化史に詳しい教授の著書。いろいろと初耳の話が多く、蘊蓄が増えた。
たとえば、「剽軽(ひょうきん)」は、「軽はずみ、浮かれ者」ではなく、中国では「すばしこい」なのだとか、「閖上(ゆりあげ)」(宮城県名取市の地名、東日本大震災の津波でよく出てきた)は、伊達の殿様(綱村)が一存で決めた国字ぽいが、実は中国でも漢字はあった(唐の則天武后が作った「則天文字」。因みに「水戸光圀」の「圀」もそうだとか)など。
でも、著者の一番いいたいのは、小学校では漢字の書き取りの際に「とめ」「はめ」にやたらうるさいが、その根拠は実はない(つまり、「とめ」「はね」にそんなにこだわる必要はない)。書き順も同じ、との部分。自分もそう思っていたので、納得した。 -
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漢字を楽しむ
この4月からNHKラジオの中国語講座を担当している。その4月号の最終ゲラが出た段階で、校正者の一人から、「テキストの漢字と辞書の漢字の字体が違うが、どうしますか」という質問がきた。たとえば、“买”の字の最後の画の点は、辞書では上にくっついているのに、テキストは離れている。“月”や“真”の中の短い横棒は辞書ではくっついているのに、テキストでは離れている。“女”の横棒と最後の画とは辞書では接しているだけなのに、テキストでは交差している。“了”の縦棒は辞書ではまっすぐなのに、テキストではゆるやかにカーブしている等々いわれてみればそうで、一般の辞書をみる限り、テキストで使った字とは違う。どうしようかと考えあぐねていたときに出逢ったのが本書。とりわけその第2章には、漢字の書き取りテストで間違いとされた字が実はまちがいではなく、非は明朝体という活字の字体を金科玉条のごとく振りかざし、生徒たちの字を間違いとした先生たちの方にあるという話が紹介されていた。これは実は明朝体という活字がデザイン的にあまりに発達したため、手書き文字との間に齟齬を生じ、手書き文字があたかも誤字であるかのような錯覚を与えているという問題である。「明朝」というのがフォントの一種であることは知っていても、それがどうやって生まれ、手書き文字との間にどのような差が生まれているのか、本書は音の問題、国字の問題も含め、漢字というものを再認識させてくれる好著である。
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日本における近年の漢字ブームの立役者と一人といったら本人は気を悪くするだろうか。しかし、阿辻さんの語り口で、漢字に興味を持った人は多かろう。その阿辻さんが、中国語教師として(漢字学だけで暮らしているわけではない!)自分の学習経験を晒しながら、中国語とはなにかを知らない人のために書いた中国語入門書。しかも、それは日本人の漢字で現代中国語がどれだけわかるかを問いかけたもの。本当に中国語をマスターしようと思えば、日本人のもっている漢字の知識ではだめだという含みが本書の根底にはある。したがって中国語ができる人にはちょっともの足りないか。帯に「中国語ができる人は読まないでください」というのは、本当は逆説なのだろうが、案外著者の本音のような気もする。最初読んだときは、中公も功労のある阿辻さんだからこんな本も書かせたのだと思ったが、再読すれば味の出てくる本である。
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漢字は部首や部品に分解しておぼえると覚えやすいものだということをこの本の1が出たときに書いたが、2は1よりもいっそう文章が読みやすい。ひとつひとつの部首によくこれだけいろんなエピソードをくっつけられるものだ。著者の蓄積に感心する。漢字は確かに現在、もとのカタチから大きくずれてはいるが、単なる記号とはいえない。戦後の漢字改革は字体を減らすことに一生懸命になるあまり、示へんは衣へんと紛らわしいし、「戻」「為」等、字源との関係を絶ってしまった字が増えたことは残念なことであった。また、部首といいながらまったく関係のない字も入っていたり、ほとんどその部首に属す字がないとか、現在の漢和辞典が引く人の便宜のため、本来の部首と違う分類をしているというのも考えさせられた。一つ読んだらその話をだれかに吹聴したくなるような本である。