小笠原敬承斎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ"今、私たちの日常生活に何が欠けているのかを大人が気づかなければ、子どもたちの未来には、こころが希薄で事務的なコミュニケーションばかりが行われることになってしまう。"
にとても共感する。
ことば遣いの乱れを指摘されると反発する人も多いが、
ことば遣いはこころ遣い という感覚が無いからではないだろうか。
日本語に細やかな言葉遣いが存在しているのは相手に対する心そのもの。
それが日本語の、日本文化の良いところである。
それはつつましいものであり、欧米文化に毒されて
謙虚さを否定し個人主義をもてはやす風潮も現代には強いが
程を知り、自分をひけらかす事を避けるというのは
美しい行為でもあり、当然のことでもあると思う。
非難や罰則で人は育たない。
こころが納得していなければ同じことの繰り返し。
子供への躾の場面に限ったことではないと思う。
スポーツの練習や芝居の稽古など、必要以上に怒鳴り散らす
『指導者』は残念ながら多い。
おどしたりだましたり強く叱りつけたりしないことが
幼い時から勇気を養うことに繋がる。
携帯が普及してきたのは良いが、
かかってきた電話に出る前に同席者に「失礼します」と
言いもしない人間が本当に増えた。
相手は突然置いてけぼりにされ、会話も中断して放置される訳で
人を軽んじる行為だと思う。
襖を3回に分けて開けるのは、
まず5センチほど開けて中に入る合図、
身体の中心くらいまで開けて互いの状況を見てから開けるから。
確かに、襖は鍵も無ければノックをするものでもない。
この辺りも日本人の考え方の現れだったのだろうと思う。
今はこの辺りも洋風化されていて、ノックや鍵の方が馴染みがありそうだ。
常に子供へ心を傾けるのが武士の子育て。
甘やかすことと愛情を与えることは違うというのは
勘違いされがちな気がする。
父親を尊敬するのは、現代でも必要なルールだと思う。
男尊女卑だのといった問題ではなく、哺乳類が集団で生活するに当たり
リーダーに従うのは生存する確率を上げる為にも当たり前のことである。
庭から父上と声をかけるのは無作法、とあったが
確かに自分も父に物を取らせたり頼み事をしたりするのは
いけないと躾けられた。
現代は、『家』という概念が希薄になり過ぎている。
頭で考えているのはまだ十分身についていないから。
意識せずに体が動くようにするために必要なのが稽古や練習だ。
答えを出さず子供が考えて答えを出すまで待つ、
叱るだけでなく褒めるというのも
意外と大人ができていないことだと思う。
生活が便利になるのは良い面もあるが、
現状に満足してしまうタイプにとっては
考えることが減り想像力が欠如するのは確かにそのとおりだと思う。
想像力がないと、相手を思いやることができなくなる。
だからこそ、あらゆる角度から物事を見たり聞いたり
考えたりする訓練を家庭で行うべだと思うし
その礎として学校の勉強も役立つのだろうなと感じた。
誤解して武士は簡単に名誉ごときの為に切腹し命を軽んじる
という解釈をしている人も多く、驚くことが度々あるが、
"武士は戦場のみならず、いつでも自分の身を処する覚悟があった。
決して命を軽視していたわけでも、自分の人生を悲観して捉えていたわけでもない。自分の立場をわきまえ、生き方に対する名誉を重んじていたゆえに、覚悟をもっていたということだ。"
家族でも目上には敬語を遣い、敬語を自然に身につける。
これも、友達のような関係の親子が良い、という感覚の現代では
受け入れられないのだろうか。
自分も常にではないものの、親には敬語も使っていた。
確かに周りからは、厳しい家だと思われていた。
現代は無責任な人が増えた。
実行できないことは口にするな、というのも
頷くところだった。
約束というものを真剣に考えておらず、平気で待ち合わせに遅れ
頼まれたこともやらない。
武士に二言はないというのは、誠に対する己の誇りの高さがあったから。
雨傘を腕にかけたり本体を手に握って横に持ったりして
周囲に刺しても気にしない人も増えたが、
武士であれば刀のこじりを気遣いして立っていたし
自分の幅も知っていた。
子供が靴を履いたまま椅子の上に立っても
何も言わない親。
扇子の使い方も知らないので、自分の顔に風を当てることだけ考えて
間違えた使い方をして周囲にも風を当ててしまう人が多い。
本来、考えて扇ぐのが当たり前だし、
上の人がいるときは使わないものだ。
扇ぐことで暑さが厳しいことを周囲に実感させるから良くない
という感覚も最早無いのだろう。
水は器にしたがう。水の様に生きる という言葉、素敵だなと思った。
厳しいことを書かれているようでいて、
「窮屈な礼儀なら必要ない」ともある。
規則や手順は相手との和、環境との和で決まるものだ。
無作法な人も如何にも作法知ってますって人も同じ。
問われてもいない知識をひけらかすのは褒められたものではない。
頬紅は顔色を良くし、周囲に不快感を与えないためのもの。
現代の化粧も同じ用途のはずが、電車内やカフェの席等でメイクをする者も増えてしまった。
己を消し目に立たないよう心遣いから美しい所作が生まれ周囲と調和する。
こうした感覚は、現代ではあまり無いのではなかろうか。
自分は子供の節目となる行事はきちんとしてもらえる家で育ち
服装の簡略化もなかった。
たとえば、七五三はきちんと着物であったし、スニーカーではなく
足袋と草履を履かせてもらった。恵まれていたと思う。
初詣などもそうだ。
武家の躾というタイトルではあるが、
日本人であれば当たり前だったはずの大切な事柄が書かれている本。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
凛としていながらも、慎みを忘れない。
しなやかでたおやか。
そんな日本の女性ならではの美しさを、グローバルな時代だからこそ、磨きたいもの。
本書では、七百年の伝統ある小笠原流礼法を受け継ぐ著者が、現代にふさわしいマナーを伝える。
「立つ」「歩く」「座る」といった基本的な動作から、訪問、おもてなし、食事、冠婚葬祭の場面まで。
プライベートでもビジネスでも、日常のあらゆるシーンで活用できる心得を多数紹介する。
あなたを輝かせるふるまいは、周りの人をも笑顔にするはずだ。
本物の気品が身につく一冊。
[ 目次 ]
1 「しぐさ」は「こころ」の表れ
2 日々の「綺麗」を重ねる
3 人を訪ねる、人をもてなす
4 美しく食事する
5 美しいことばでこころを伝える
6 おとなの女性としてのふるまい
7 気品の根底にある「ゆとり」
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
誰も教えてくれない 男の礼儀作法
著:小笠原 敬承斎
出版社:光文社
光文社新書 484
お茶の飲み方や、座りかたなどの解説かとおもっていた、ちょっと違っていた。
伝統的な小笠原流の作法に流れる、「こころ」。
礼儀作法とは、型や所作だけではなく、相手を大切に思うの心なのです。
こころのない所作や作法、堅苦しい「かたち」を否定する
男の礼儀作法とは、「こころ」なのです。
気になったのは、以下です。
・我意を通そうとすると、いくら道理を知っている人だといっても道理に適った人とはいえず非難される
・「こころ」とは相手を大切に思うこころである
「かたち」とは、そのこころを行動によってあらわすことである
・「こうでなければならない」などと、かたちばかりこだわる礼法など存在しない。
・「かたち」はいつも流動的であれー相手を思う「こころ」こそが礼
・「こころ」は時代が変化しても、相手を大切に思う気持ちであることには変わりはない
・勝ちというは味方に勝つことなり。味方に勝つというは、我に勝つことなり。
・残心 文字通り、相手に対するこころを最後まで残す、ということ
・残心は、間である
・言霊 ことばには不思議な力が存在するとして、ことばそのものを大切に考えて発している
・孔子曰く「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患えよ」
・「水は方円の器にしたがう」
・こころ遣いは、見返りを期待しない気持ちから発している
目次
序章 なぜ「武士の礼法」が成立したのか
第1章 男のこころ
第2章 男の姿勢
第3章 男の席
第4章 男の食作法
第5章 男のことば遺い
第6章 男のつき合い
第7章 男の格好
あとがき
ISBN:9784334035877
判型:新書
ページ数:168ページ
定価:700円(本体)
2010年10月20日初版第1版発行
2010年12月05日初版第5版発行 -
匿名
購入済み一読の価値あり。
最近は、
伝統的なマナーと称して、
柔軟性のない意味不明なマナーが布教されがちで、辟易していました。
この本は、伝統と現代の双方を考慮して書かれていて、非常に勉強になりました。
具体的な行動だけではなく、その心根も解説してくださるので、理解が進みます。
何度も読み返して、「美人(びびと)」を目指します! -
Posted by ブクログ
ネタバレこの新書を読むきっかけとなったのは『日本はなぜ世界でいちばん人気がるのか』の北野武との対談で、北野武が小笠原流礼法の本を読んで「礼儀作法は目上の人へのおべっかではない。なぜこういう行動をとるのかが理路整然と書かれている」と言っていたから興味を持った。
この著者、小笠原敬承斎という方が女性というのは購入してから知った。
内容はとても面白かった。
気になったところ、参考になるところなどをチェックし、ページ端を折っていたら、またもや折り目だらけになった。そのくらい興味をもった。
礼儀というのは大雑把でもいけないし、丁寧すぎてもよくない。丁寧すぎてよくないのは、相手に対して厚かまし過ぎてはいけないということである。そのため、礼儀の基本は相手がされて、また自分も嬉しくなるようにしなければいけないということ。
「水は方円の器に随(したが)うこころなり」。水が器のかたちにかかわらず自然に存在することを例に、自己主張をせず、すべてに順応するようにするように振る舞いながら、自分の本質を失わないこころを持つ。
「「すみません」を頻繁に使っている人に疑問をもつ」と書かれている節がある。これはわたしも同じなのだが、私自身も多用してしまっている。「ありがとう」を使うべきだな。
作者の曽祖父の話で、いつも同じ縞の羽織を着ていることに疑問を持ち、こっそり羽織に印を付けたところ、実は常に異なる縞の羽織を着ていた、というエピソードに驚いた。アップル元CEOスティーブ・ジョブスと同じだったから。実際には縞の幅が多少異なっていたりの目立たないなかおしゃれがあったらしい。素敵だ。
また、
ほかに面白いと思ったのが「嫁入りは惣別(そうべつ)死にたる物のまねをするなり。輿(こし)も蔀(しとみ)よりよせ代物を着せて出すなり」というところで、嫁ぐさいは「死装束」の白物を着て、死者の出棺のように輿(神輿の輿)を出した。昔は、二度と帰らぬ覚悟で、まだ会ったこともない男性のもとへ嫁ぐもあり、その決死の思いが根底にある、と説明している。その嫁ぐ女性の心細い気持ちを少しでも和らげる為に、婿側ではその女性のために迎小袖(むかいこそで)を用意するこころ遣いがあったらしい。
その節のまとめでは、現代のように「嫁入り」という概念が減少し、男女平等という考えのもとに結婚するのならば、お互いが少しずつ歩み寄って新しい家庭を築いていく過程に、小袖のようなこころ遣いが互いに必要である、としている。
相手に不快感を与えなり、また丁寧すぎない、相手、その場合に合った礼儀をもう少し心がけるようにしたいと思う。 -
Posted by ブクログ
著者は総じて
真の礼法とは「こころ」と「かたち」から成り立つ
「こころ」を大切にする人が「かたち」を身につけると、自然で美しい立ち居振る舞いができるようになる
ということをうったえています。
小笠原の伝書のなかでは「不躾は目に立たぬかは躾とて目にたつならばそれも不躾」に共感しました。
また、書の中では
「儒教」孔子、「赴粥飯法」道元禅師、「エセー」モンテーニュ、そして「美味礼讃」 ブリア・サバランまでもが登場します。
そして総じて、儒教の教えから来ているものが多いと思います。
仁はみずからをわすれ他をはぐくみ危うきを救う。
孔子の教え の 君子は和して同ぜず 小人は同じて和せず からのものです。
お酒を飲むときの心構えもあります
ここは私の一番頭がいたいところですが、
「一つゆとは酒をすきとのみて下を捨てるに一露おちたるを申し候」
差された盃の酒を飲み、盃を振って飲み残した酒を捨ててから盃を返すのだが、その盃を振るさい、ちょうど一滴だけ酒が落ちるように飲むのがよいということ
というのが印象に残りました。
基本となるお辞儀では、
お辞儀において、「礼三度に過ぐべからざる」を体現し男性としての優美さを次世代へ伝えるべし とあり、忙しないお辞儀をせず、礼三息を心がけるようすすめます。
そして「残心」 お辞儀のあと上体が元の姿勢に戻ったあとに数秒、こころを残すこと、すなわち間をとることで、お辞儀に深みが生まれる、としています。
また、最後には、男として、身だしなみを整え、まっすぐに立つこと、それが「品格」であり、そして品性を保とうとする気持ち、「気品」 とともに大事である
また「品格」は「志」ともいえる 「志」を持ち続けるには、自分のこころに正直なだけでなく、ときには厳しく自己と向き合うことも重要である。とありました。
どれも、今の世の中でふと振り返って考えなければならないことばかりだと思います。 -
Posted by ブクログ
予備知識もなく、読み進んだ後、著書は一体どんな人?とググったら、想像とぜんぜん違ってました。本を読んでいる最中は、きっとおばあちゃんくらいの年代で「この頃の若い者は・・・」と思いながら執筆されているんだろうなーと。その実、自分も本書にあげられている、いわゆる行儀作法はまったくもってダメというか無頓着な部類に入っちゃいます。(スミマセン)
本書一冊で、上座・下座の話から、礼の角度、箸の持ち方、冠婚葬祭に向けての心構えなどハウツがいっぱい。手元に一冊おいておくと、無礼なく過ごすことができます。(あ、手元においておくだけでは、だめでした。きちんとした理解と心構えが必要です・・・。)
若い人も心構えとして必要かもしれませんが、若い人・子供の手本になる私たちこそが身につけるべき一冊なのですね。(と、第三者でごめんなさい) -
Posted by ブクログ
小笠原流礼法の礼儀について説いた本
具体的な所作も少しはあるが、大部分は心構えや気遣いについて書かれてある
下記、目次その他公開されてある情報である程度の内容は推測できる
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結局、男は「礼儀が9割」??
一流のステージに立つための心得
もともと礼法は男たちのためのものだった......
室町時代より伝わる、小笠原流礼法の
「秘伝」の古文書を本格初公開
◎ 内 容
男性は女性と異なり、礼儀をあらためて教わる機会があまりない。
しかし、上司や取引先、部下とのつき合い、そしてプライベートで大切な人との時間を過ごすうえで、まず必要とされるのが礼儀作法である。
そもそも小笠原流礼法とは、室町時代、武士が社会生活を円滑にするために作られ受け継がれてきたものなのであるが、現代ではあまりそのことは顧みられていない。
大事な場面で、自信のない思いで過ごしたり、逆に身の丈以上に見せようと無理をするのではなく、自分の立場をわきまえたうえで堂々と振る舞うために、一度、礼法の歴史を振り返り、その「こころ」と「かたち」を身につけてみてはいかがだろうか。
約七百年前の室町時代に確立し、「お止め流」とされていた小笠原流礼法の古文書を、本格的に紹介する初の試み。
◎ 目 次
序章 なぜ「武士の礼法」が成立したのか
第1章 男のこころ
第2章 男の姿勢
第3章 男の席
第4章 男の食作法
第5章 男のことば遣い
第6章 男のつき合い
第7章 男の格好
あとがき
◎ 著者プロフィール
小笠原敬承斎(おがさわらけいしょうさい)
東京都に生まれる。
小笠原忠統前宗家(小笠原惣領家第32世・1996年没)の
実姉・小笠原日英尼公の真孫。
聖心女子学院卒業後、イギリスに留学。
副宗家を経て、1996年に小笠原流礼法宗家に就任。
700年の伝統を誇る小笠原流礼法初の女性宗家となり、注目を集める。
門下の指導にあたるとともに、各地での講演や研修、
執筆活動を通じて、現代生活に応じた礼法の普及に努めている。
著書には『美しいふるまい』(淡交社)、
『イラストでわかる礼儀作法基本テキスト』(日本能率協会マネジメントセンター)、
『美人の〈和〉しぐさ』(PHP出版)、
『誰からも好かれる社会人のマナー』(講談社)などがある。
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冒頭で著者の来歴が語られているあたりで、「権威主義のアレな感じの内容かな」と思ったけど、語られている内容は柔軟性に富んだ程よい程度の抑えられていた
「かたち」より「こころ」が先であり、状況によって「かたち」は流動的で良いという主張は意外だった
姿勢にしても、見た目だけでなく自分の中の心の持ちようが真っ直ぐである事の重要性が説かれていたりというのもそう
「かたち」に拘らないのは大事だけれども、最低限のかたちは必要だと思う
そこら辺の実態に合わせる余地を残しているあたりに良い印象を受けた
ただ、いくつか疑問に思うところもある
目の見えない人への配慮として、省いてもよい手順という提案
場合によっては、見えている前提で接するという敬意の表し方もあるのでは?と思う
多分、これもその場その場で相手への気遣いであって、省くことが正解でもないし、手順通りにこなすことが全てではないのだと思う
ここを間違えると、柔軟な対応を説きながらも正しさも提示するという矛盾になっているようにも思えてしまう
世の中に溢れている失礼クリエイターとの違いは何か?も考えた
マナーや礼儀は、歴史や伝統、権威というものに基づいているかどうか
そして大多数の同意を得られるかというのが要点ではなかろうか?
だとするならば、室町の時代から支配者階級の礼儀作法とされてきた事は、ある程度の信頼性はある
ただ、読んでいる最中にも著者が女性という事に気づき違和感を覚える(男尊女卑の意味ではなく)
読み終わった後にちょっと検索してみたら、「小笠原流」を巡ったいざこざがあったらしい
そのあたりの事情を知ると、やはり失礼クリエイターとの違いとは何か?を改めて考えなければいけない