あらすじ
女性と異なり礼儀を教わる機会が少ない男性。だが、自分の立場をわきまえたうえで堂々と振る舞うために、一度礼法の歴史を振り返りその「こころ」と「かたち」を身につけてみてはいかがだろう。そもそも礼法とは、武士が生き延びるために作られ受け継がれてきたものである。「こころ」「姿勢」「席」「食作法」「ことば遣い」「つき合い」「格好」。室町時代に確立した小笠原流礼法の秘伝の古文書を、本格的に紹介する初の試み。【光文社新書】
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Posted by ブクログ
誰も教えてくれない 男の礼儀作法
著:小笠原 敬承斎
出版社:光文社
光文社新書 484
お茶の飲み方や、座りかたなどの解説かとおもっていた、ちょっと違っていた。
伝統的な小笠原流の作法に流れる、「こころ」。
礼儀作法とは、型や所作だけではなく、相手を大切に思うの心なのです。
こころのない所作や作法、堅苦しい「かたち」を否定する
男の礼儀作法とは、「こころ」なのです。
気になったのは、以下です。
・我意を通そうとすると、いくら道理を知っている人だといっても道理に適った人とはいえず非難される
・「こころ」とは相手を大切に思うこころである
「かたち」とは、そのこころを行動によってあらわすことである
・「こうでなければならない」などと、かたちばかりこだわる礼法など存在しない。
・「かたち」はいつも流動的であれー相手を思う「こころ」こそが礼
・「こころ」は時代が変化しても、相手を大切に思う気持ちであることには変わりはない
・勝ちというは味方に勝つことなり。味方に勝つというは、我に勝つことなり。
・残心 文字通り、相手に対するこころを最後まで残す、ということ
・残心は、間である
・言霊 ことばには不思議な力が存在するとして、ことばそのものを大切に考えて発している
・孔子曰く「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患えよ」
・「水は方円の器にしたがう」
・こころ遣いは、見返りを期待しない気持ちから発している
目次
序章 なぜ「武士の礼法」が成立したのか
第1章 男のこころ
第2章 男の姿勢
第3章 男の席
第4章 男の食作法
第5章 男のことば遺い
第6章 男のつき合い
第7章 男の格好
あとがき
ISBN:9784334035877
判型:新書
ページ数:168ページ
定価:700円(本体)
2010年10月20日初版第1版発行
2010年12月05日初版第5版発行
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2013年上半期のマイベスト候補。
女性でも礼儀を知る人は多くはないと思う。タイトルこそ「男の礼儀作法」とあるものの、学ぶことは多い。なぜなら、男性と席を共にしたときに、それに見合うような振る舞いをすればいい。たとえ、上手く振る舞えなくとも、心算だけはしておきたい。
頁数こそ薄手だが、歴史を重んじた内容に非常に読み応えがある。挿絵がないとが残念だが、心構えとしては良書。
Posted by ブクログ
この新書を読むきっかけとなったのは『日本はなぜ世界でいちばん人気がるのか』の北野武との対談で、北野武が小笠原流礼法の本を読んで「礼儀作法は目上の人へのおべっかではない。なぜこういう行動をとるのかが理路整然と書かれている」と言っていたから興味を持った。
この著者、小笠原敬承斎という方が女性というのは購入してから知った。
内容はとても面白かった。
気になったところ、参考になるところなどをチェックし、ページ端を折っていたら、またもや折り目だらけになった。そのくらい興味をもった。
礼儀というのは大雑把でもいけないし、丁寧すぎてもよくない。丁寧すぎてよくないのは、相手に対して厚かまし過ぎてはいけないということである。そのため、礼儀の基本は相手がされて、また自分も嬉しくなるようにしなければいけないということ。
「水は方円の器に随(したが)うこころなり」。水が器のかたちにかかわらず自然に存在することを例に、自己主張をせず、すべてに順応するようにするように振る舞いながら、自分の本質を失わないこころを持つ。
「「すみません」を頻繁に使っている人に疑問をもつ」と書かれている節がある。これはわたしも同じなのだが、私自身も多用してしまっている。「ありがとう」を使うべきだな。
作者の曽祖父の話で、いつも同じ縞の羽織を着ていることに疑問を持ち、こっそり羽織に印を付けたところ、実は常に異なる縞の羽織を着ていた、というエピソードに驚いた。アップル元CEOスティーブ・ジョブスと同じだったから。実際には縞の幅が多少異なっていたりの目立たないなかおしゃれがあったらしい。素敵だ。
また、
ほかに面白いと思ったのが「嫁入りは惣別(そうべつ)死にたる物のまねをするなり。輿(こし)も蔀(しとみ)よりよせ代物を着せて出すなり」というところで、嫁ぐさいは「死装束」の白物を着て、死者の出棺のように輿(神輿の輿)を出した。昔は、二度と帰らぬ覚悟で、まだ会ったこともない男性のもとへ嫁ぐもあり、その決死の思いが根底にある、と説明している。その嫁ぐ女性の心細い気持ちを少しでも和らげる為に、婿側ではその女性のために迎小袖(むかいこそで)を用意するこころ遣いがあったらしい。
その節のまとめでは、現代のように「嫁入り」という概念が減少し、男女平等という考えのもとに結婚するのならば、お互いが少しずつ歩み寄って新しい家庭を築いていく過程に、小袖のようなこころ遣いが互いに必要である、としている。
相手に不快感を与えなり、また丁寧すぎない、相手、その場合に合った礼儀をもう少し心がけるようにしたいと思う。
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著者は総じて
真の礼法とは「こころ」と「かたち」から成り立つ
「こころ」を大切にする人が「かたち」を身につけると、自然で美しい立ち居振る舞いができるようになる
ということをうったえています。
小笠原の伝書のなかでは「不躾は目に立たぬかは躾とて目にたつならばそれも不躾」に共感しました。
また、書の中では
「儒教」孔子、「赴粥飯法」道元禅師、「エセー」モンテーニュ、そして「美味礼讃」 ブリア・サバランまでもが登場します。
そして総じて、儒教の教えから来ているものが多いと思います。
仁はみずからをわすれ他をはぐくみ危うきを救う。
孔子の教え の 君子は和して同ぜず 小人は同じて和せず からのものです。
お酒を飲むときの心構えもあります
ここは私の一番頭がいたいところですが、
「一つゆとは酒をすきとのみて下を捨てるに一露おちたるを申し候」
差された盃の酒を飲み、盃を振って飲み残した酒を捨ててから盃を返すのだが、その盃を振るさい、ちょうど一滴だけ酒が落ちるように飲むのがよいということ
というのが印象に残りました。
基本となるお辞儀では、
お辞儀において、「礼三度に過ぐべからざる」を体現し男性としての優美さを次世代へ伝えるべし とあり、忙しないお辞儀をせず、礼三息を心がけるようすすめます。
そして「残心」 お辞儀のあと上体が元の姿勢に戻ったあとに数秒、こころを残すこと、すなわち間をとることで、お辞儀に深みが生まれる、としています。
また、最後には、男として、身だしなみを整え、まっすぐに立つこと、それが「品格」であり、そして品性を保とうとする気持ち、「気品」 とともに大事である
また「品格」は「志」ともいえる 「志」を持ち続けるには、自分のこころに正直なだけでなく、ときには厳しく自己と向き合うことも重要である。とありました。
どれも、今の世の中でふと振り返って考えなければならないことばかりだと思います。
Posted by ブクログ
礼儀作法を武家社会の思想までさかのぼって解説してある一冊。実用性を求めるなら姉妹書の『男の1日1作法』の方がオススメ。読んでいると文字通り背筋が伸びる。
Posted by ブクログ
具体的に礼儀作法を挿絵で説明するといったものではなく、その根底にある心のあり方を武士道と絡めながら説明している。
精神の強さが、品格のある振る舞いに通ずることを改めて確認できる一冊。
Posted by ブクログ
小笠原流礼法の礼儀について説いた本
具体的な所作も少しはあるが、大部分は心構えや気遣いについて書かれてある
下記、目次その他公開されてある情報である程度の内容は推測できる
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結局、男は「礼儀が9割」??
一流のステージに立つための心得
もともと礼法は男たちのためのものだった......
室町時代より伝わる、小笠原流礼法の
「秘伝」の古文書を本格初公開
◎ 内 容
男性は女性と異なり、礼儀をあらためて教わる機会があまりない。
しかし、上司や取引先、部下とのつき合い、そしてプライベートで大切な人との時間を過ごすうえで、まず必要とされるのが礼儀作法である。
そもそも小笠原流礼法とは、室町時代、武士が社会生活を円滑にするために作られ受け継がれてきたものなのであるが、現代ではあまりそのことは顧みられていない。
大事な場面で、自信のない思いで過ごしたり、逆に身の丈以上に見せようと無理をするのではなく、自分の立場をわきまえたうえで堂々と振る舞うために、一度、礼法の歴史を振り返り、その「こころ」と「かたち」を身につけてみてはいかがだろうか。
約七百年前の室町時代に確立し、「お止め流」とされていた小笠原流礼法の古文書を、本格的に紹介する初の試み。
◎ 目 次
序章 なぜ「武士の礼法」が成立したのか
第1章 男のこころ
第2章 男の姿勢
第3章 男の席
第4章 男の食作法
第5章 男のことば遣い
第6章 男のつき合い
第7章 男の格好
あとがき
◎ 著者プロフィール
小笠原敬承斎(おがさわらけいしょうさい)
東京都に生まれる。
小笠原忠統前宗家(小笠原惣領家第32世・1996年没)の
実姉・小笠原日英尼公の真孫。
聖心女子学院卒業後、イギリスに留学。
副宗家を経て、1996年に小笠原流礼法宗家に就任。
700年の伝統を誇る小笠原流礼法初の女性宗家となり、注目を集める。
門下の指導にあたるとともに、各地での講演や研修、
執筆活動を通じて、現代生活に応じた礼法の普及に努めている。
著書には『美しいふるまい』(淡交社)、
『イラストでわかる礼儀作法基本テキスト』(日本能率協会マネジメントセンター)、
『美人の〈和〉しぐさ』(PHP出版)、
『誰からも好かれる社会人のマナー』(講談社)などがある。
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冒頭で著者の来歴が語られているあたりで、「権威主義のアレな感じの内容かな」と思ったけど、語られている内容は柔軟性に富んだ程よい程度の抑えられていた
「かたち」より「こころ」が先であり、状況によって「かたち」は流動的で良いという主張は意外だった
姿勢にしても、見た目だけでなく自分の中の心の持ちようが真っ直ぐである事の重要性が説かれていたりというのもそう
「かたち」に拘らないのは大事だけれども、最低限のかたちは必要だと思う
そこら辺の実態に合わせる余地を残しているあたりに良い印象を受けた
ただ、いくつか疑問に思うところもある
目の見えない人への配慮として、省いてもよい手順という提案
場合によっては、見えている前提で接するという敬意の表し方もあるのでは?と思う
多分、これもその場その場で相手への気遣いであって、省くことが正解でもないし、手順通りにこなすことが全てではないのだと思う
ここを間違えると、柔軟な対応を説きながらも正しさも提示するという矛盾になっているようにも思えてしまう
世の中に溢れている失礼クリエイターとの違いは何か?も考えた
マナーや礼儀は、歴史や伝統、権威というものに基づいているかどうか
そして大多数の同意を得られるかというのが要点ではなかろうか?
だとするならば、室町の時代から支配者階級の礼儀作法とされてきた事は、ある程度の信頼性はある
ただ、読んでいる最中にも著者が女性という事に気づき違和感を覚える(男尊女卑の意味ではなく)
読み終わった後にちょっと検索してみたら、「小笠原流」を巡ったいざこざがあったらしい
そのあたりの事情を知ると、やはり失礼クリエイターとの違いとは何か?を改めて考えなければいけない
Posted by ブクログ
『かたち』がもたらす可能性!
礼儀作法は基礎練習。基礎あってこそ次の世界へ進める。多くの人が様々な事を学んでいるが、社会人の基礎の徹底不足で次のステージへ進めていない気がした。
Posted by ブクログ
こせこせとお辞儀を繰り返すなどの動きは、軽い印象を与える。「礼三度」「残心」を意識し、また筋力も鍛えて美しい立ち姿を維持しつつ、ゆったりとした動きを心がけたい。
Posted by ブクログ
心構えだな。
相手への思い遣りを基本として,振る舞うこと。
具体的な振る舞い方については,教室で学んだ方が早かろう。
静坐できるように減量が先だな。
Posted by ブクログ
実用書というよりも「心構え」を説いた本。武士の礼儀作法であった作法を現代に例える事で分かりやすく解説している。結局のところ、形よりもまずは心なんだよと。
たまに忘れてしまっている普段からの心構えを、この本を読んで気付かされた次第。
Posted by ブクログ
心の在り方、姿勢、宴席での振る舞い、身だしなみなど7章に渡って、男の作法について説く!
礼法には「こころ」と「かたち」が大切だと筆者は言う。
こころとは、目の前の相手を尊重し、思いやる心。
かたちとは、所作に表れる相手への思いやり。
相手が一番喜ぶことはなにか、一番不快感を与えないことはなにか、それでいて自分の心遣いが出過ぎてはいないか、こうしたことに気を付けながら、その心遣いをかたちにして表現出来る男性を、本当に見習わなければと思った。
Posted by ブクログ
会社の新入社員研修につっこみできるようになれる本。
最敬礼は儀礼などに使われるもので日常的なものではない。
3秒ルールよりは礼三息のほうが親しみやすい。
こうしたマナーも少しずつ身に着けたいものである。
Posted by ブクログ
全体的に武士の精神論を述べている。
具体的な礼儀作法を期待しただけにやや物足りない印象。
しかし、現代にも通じる『心の在り方』を学ぶことができる。
Posted by ブクログ
「礼法においては、相手が誰であっても、どのような立場の人であっても、悲しいときに、嬉しいときに、ともに泣き、喜ぶ気持ちが重要だと考える。さらにその相手に対する思いは控えめでなくてはならず、ゆえに相手によっては、自分が受けている、やさしいこころ遣いからなる自然で慎み深い振る舞いに気づかない人もいるだろう。だが、それでよい。」
「だが、それでよい」…とは、なんと爽やかな心持ちだろう。
巷でよく見る冠婚葬祭集的な内容かと思ったけれど、そうではなかった。もちろん一通りの作法が書かれているが、いずれの箇所にも強調されているのは、礼儀作法とは相手に対する心遣いだということ。しかも相手を恐縮させない形でそっと相手を思いやる。それはとても難しいこと。形だけの作法程度では早晩鍍金が剥がれてしまうだろう。
「当座目に立ち申さぬ様に時宜能き様にするをさして躾と申す也……一篇にこりかたまりたるは礼に非ず」
本当の作法とは、その心根にこそあるのであり、形は、時・場所・状況に応じて臨機応変にと説く。臨機応変にとは、どんな状況でも対応できるということ。それは、作法に対する深い知識と行動が身についていなければできない。そして、相手に対する理解と相手の立場にたった深慮と優しさが不可欠なのである。
まぁ、いずれにしても、どんなに形を身につけても、それが独り善がりなものだとしたら、下品ということなのでしょう。弛まぬ心の錬磨こそが大切なのですね。