池川明のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
初めての妊娠で流産を経験し、なるべく『流産』という言葉自体口に出さないようにしていました。
妻にもなるべく悲しい思いをさせないように気丈に振る舞っていましたが、この本に出会いこんな考え方もあるのかと心がスッキリしました。
スピリチュアルな側面もあり信じられないと思う人もいると思いますが、私は赤ちゃんが何かしらの意味を持ってお母さんに宿り、生きて生まれても死んでしまっても、役割を果たしにきたという考えが素晴らしいなと感じました。
私たちに宿ってくれた赤ちゃんは何を伝えにきてくれたのか。
まだ対話しきれてないですが、耳を傾けてみようとおもいます。
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ネタバレ 購入済み
納得と不思議
胎内記憶のことは 何かの本で読み興味を持っていましたが、赤ちゃんが親を選ぶことや 産まれる前に自分の人生を決めてくるということや、寿命や試練を自分で選ぶ・決めるということを理解しようとすると、意外とすとんと理解することが出来ました。自分の子はどんなことを決めてきたのかわかりませんが、自分は 人のため(家族や周りの人、全ての人)に…という理由は、何となくわかる気がしました。改めて、周りの人たちへの感謝も感じました。
ただ、人に産まれることと人以外に産まれることの違いを 何となく不思議に思いました。過去生のある人は、みんな過去も人のようなので…。 -
Posted by ブクログ
今年に入ってから、死後の世界や胎内記憶についての本を読むようになりました。
胎内記憶や中間生記憶は私にはない概念だったせいか、これらのエピソード全部をスッと信じることはできないでいるけど、「こういう考え方もあるのかな」という感じで読み進めました。たぶん、今後このようなエピソードにもっと触れていけば、また感じ方も変わるかもしれないです。
それにしても、わが子が私をママとして選んで生まれてきてくれたのかもしれないことや、あかちゃんは大人が思っている以上にいろんなことがわかっているということに気づけたことがとてもよかった。子どもへの接し方がいい意味で変わりそうです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ宇宙人の転生とアストラル界でのリハビリ、そしてマスターソウルへの帰還、新たな目的をもっての転生。地球人の輪廻と幽界、目的の記憶を失っての果てしない輪廻の理由。
ニビル星人、シリウス人、プレアデス人といった宇宙人とドラコニアン、レプティリアンといった地球外生命体の区別、転生と輪廻の区別、地球人の創造と様々な遺伝子注入による改造、流刑地であった地球に送られた極悪犯と政治犯の輪廻など、聞いたことがあるような、でも新鮮な情報。
マスターソウルに還るためには好奇心をもち今ここの幸福を目指すこと、死を前に輪廻の観念にとらわれることなく静かに生涯を振り返ることなど、宇宙やあの世の仕組みが説明通りかどうかはわからないが、死生の世界観として納得できた。
19-13 -
Posted by ブクログ
ネタバレ産婦人科医・池川明院長著。小さな子どもから語られる胎内記憶・誕生記憶の研究から、中間生記憶、過去生記憶を持つ子ども達もいることが分かり、彼らから語られた内容から、死生観や人生観まで壮大に広がった世界を感じとった考察本。
私も当初は、信じられなかった世界だけれど、信じる信じないは別として、考え方や捉え方の一つとして、こういったことを知らないよりは知っていた方がいいと思うし、生き方の指針になると思う。日本しか知らないよりは、世界を知っていた方がいいように。
「親から子どもに注がれる無償の愛」よりも、「子どもたちから親に注がれる無条件の愛」の方が、余程素晴らしいということ。
流産も死産も、子どもがそういう人生を決めてやってくる。親の成長や気付きのために命を差し出す。
確かに子どもというものは、思春期頃まで、どんな親であろうと無条件で好きであり、一緒に過ごすことを望み、親に自分の存在を認めて欲しいと一生懸命である。親のために生まれたと言っても過言でないぐらいに。
オギャーと生まれる前から、母親はすでに子どもから、めいっぱい愛されているということ。
でも、思春期以降は、「親のため」の役目を終えて、「自分のため」に生きることにシフトしなくてはならないのに、「親のため」の役割を果たせなかった子は、大人になってもずっと引き摺ってしまい、「自分のため」に生きれず、生き辛くなる。
どんな人も、人間として肉体をまとって生まれた以上、人を傷つけたり悲しませたり、生きていくために殺生したりといった「悪いこと」や「穢れ」と全く無縁で生きることはできない。悩みながら反省していくことの連続だったり、時には他人を恨み、それを乗り越えようと苦しみもがくこともある。
そういうたましいの曇りが多ければ多いほど、磨かれるととても眩しく光り輝けたりする。困難な人生を良い方向へ変えていこうともがいて奮闘していくプロセスこそ生きる意味があると、イエス・キリストもブッダも唱えている。
たましいが成長するために、愛するために生きていて、「ただ生きている」だけでも生きている意味がある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ子どもたちの胎内記憶、誕生記憶、更には、空の上の中間性記憶まで。子どもたちから語られる世界はなんて神秘的なんだろう。ここまで証言が揃うともう信じるしかない。もっともっと知りたいと思う。
私も子どもにまつわる不思議な体験はしているので、会話という形の言葉を交わさなくても、心の対話はできるのだと確信して思えるようになった。(以前まではこういう考え方は持てなかった)
「おなかに来てくれて、ありがとう」
「大切なことを教えてくれて、ありがとう」
印象的だったのが、空の上で人生を選ぶというのは、自分がとっておきの時間を過ごす時に読みたい物語やDVDを選ぶのと同じ感覚、ということ。
何もかもが恵まれて、最初から最後まで平坦で何事も巧くいく人生(物語)は当然、何も面白くないし心惹かれない。せっかく体験するのなら、刺激のあるものや、なかなか自分の思い通りにいかない、山あり谷ありの人生(物語)の方が楽しい。
そういう風に考えると、私は、困難で刺激のある人生(物語)を間違いなく選ぶだろうし、実際に普段も自分が成長するような物語を好んで選んでいる。
人が物語を選ぶ時、受験の時に志望校を選ぶのに似ている。楽勝で入れる学校を第一志望にしないで、自分の実力よりもほんの少し上の学校を第一志望にする。その心理、なるほどと思った。成長したい向上したいと挑むのは、たましいの本能なのかもしれない。
そうやって、人は自分の人生という物語を選んで、挑戦しているのだと。
虐待されることを解ってて親を選ぶチャンレジャーな子もいる。病気と闘う人生やあえてハンデを選ぶチャレンジャーな子もいる。皆、ちゃんと自分だけの"ものさし"を持っているのだな。勿論、私も。 -
Posted by ブクログ
自分自身、3回の流産経験があり、15年以上経っても、3人の子ども達の命の意味を見い出せずにいました。
現在は子どもはおらず、夫婦と愛犬2匹で暮らしております。胎話とアニマルコミュニケーションは、何か根本的なところで通じる部分があるように思います。目に見える世界を越えた、たましいレベルでの会話。
本書では、宿ることはできたけれど、生まれることができなかった命の胎内記憶や胎話のケースで、流産や死産だけでなく、更にはタブー視されている中絶、里親に出すことにも触れており、妊婦さんへの対処の仕方や心のケアなど、池川院長の方針にとても感銘を受けました。
愛するお母さんに、何かのメッセージを伝えに宿った命。「気付き」や「成長」に必要不可欠だった命。どんなに小さくても、短くても、それでも何かの役に立ち、一生を全うしたということ。
また「生まれ変わり」にも触れており、生まれ変わりは存在するけれど、次に生まれてきた子に亡くした子を「重ねる」のは問題であるという考えは、まさに私も同じ考えで、「たましい」は同じでも、「身体」や「生まれた意味(使命や役割)」は全く違うのだから、全く別の子どもとして扱わなくてはならないということ。
何故なら、亡くなった子の「生まれ変わり」として生きる子どもにとって、自分は亡くした命の「代わり」であって、何者でもないように感じながら生きてしまうから。親が重ねることで「生まれた子どもが傷つく」ということは本当に現実に多くある。
『お母さんのおなかに宿り、いのちの尊さをおしえてくれるという意味では、流産や死産も赤ちゃんが生きて生まれるお産と同じ、かけがえのない経験です。赤ちゃんが生きて生まれるか、死んで生まれるか、体が大きいか、小さいかという違いはありますが、ひとつの完結したお産なのです。亡くなった赤ちゃんはすでに一生をまっとうしていることを、受け入れて欲しいのです。たとえ同じたましいがお母さんのもとに戻ってきてくれたとしても、今度は別の役割を持って生まれているのです』
『生きて生まれる赤ちゃんも、雲の上に帰っていく赤ちゃんも、お母さんが大好きで、お母さんの役に立つためにやってきたことに変わりありません。中絶される赤ちゃんも、流産と同じように、お母さんにメッセージがあるのです。それは、お母さんが耳をすませば必ず受けとれますし、今まで私が聞いたところでは、例外なくすべてあたたかいものばかりです』
妊娠、中絶、流産、死産、出産、婦人科系の病気など、女性の幸と不幸をランダムに日常的に接している産婦人科医は、本当に神経がすりへる仕事であるけれど、それ故に、事務的・形式的になりやすい医療で傷つく女性がたくさんいるのも確か。
すべての産婦人科が、池川クリニックのように、患者や小さな命の心に重きを置き、細やかな配慮や、気持ちを尊重できる場所になっていって欲しい。切に願います。