パーシヴァル・エヴェレットのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ハックルベリー・フィンの冒険を
黒人奴隷の視点から描き直した物語。
視点の転換が覆す、上っ面な表層。
全米図書賞、ピュリツァ―賞、
英国図書賞、カーネギー賞、カーサス賞受賞。
全米200万部突破!
これらの文字が帯で踊る。
物語は有名なマーク・トウェインによる
「ハックルベリー・フィンの冒険」を
黒人奴隷であるジム、
ジムは愛称で正式名称はジェイムズであるが、
このジェイムズの視点から描き直している。
ハックルベリー・フィンはトム・ソーヤーと仲良し。
二人は冒険し、宝を発見し、大金を手に入れる。
母親と死別し、父親は飲んだくれのハックルベリーは
ダグラス未亡人に引き取られる。
しかし、規則正しい生活に耐えられず、
自分が殺害されたように見せかけて脱出する。
そして、ミシシッピー川の中州のような
ジャクソン島に潜んでいると、
自分が売られるとうわさを聞いて逃亡した
ジェイムズに出会うのだった。
ここから二人のミシシッピー川を下る
逃避行の冒険が始まる。
途中までの展開は
「ハックルベリー・フィンの冒険」と
ほぼ同じだそうだが、
冒頭からこの物語が
ジェイムズの視点から語られる。
わかっているのにわからない振り。
黒人奴隷言葉を使う。
白人が好むように自らを偽る
ジェイムズの姿が痛烈に描かれる。
白人は黒人が無知であると思い、
自らの気分で罰を課し、鞭打つ。
黒人がものがわかっていないと喜ぶ。
こうしたことを察知している黒人奴隷は、
鞭打たれないように、白人が望む
黒人奴隷を演じている。
この構造が、すでに
「ハックルベリー・フィンの冒険」を
ひっくり返している。
ジェイムズは思う。
鞭打つ白人も、黒人奴隷を哀れに思い、
やさしく接する白人も、同じではないか。
どこが違うのか、と。
白人の意識では、
鞭打たない、やさしい扱いをする白人は
いい人だと思う。
しかし、奴隷制を容認している時点で
大同小異なのだ。
このひっくり返しが、
こちらの胸に迫った。
物語はオンリバーストーリーの様相を呈す。
ジェイムズとハックルベリーフィンの冒険は
ときにアクティブであり、
シニカルな笑いもあり、
さらには逃亡奴隷として
見つかるという恐怖もつきまとい、
読む者をハラハラとさせて引っ張っていく。
しかし、ジェイムズが
次第に覚醒していくに従い、
物語は恐ろしさと同時に
ある種の期待感を抱かさせる。
希望のない暗黒に少しずつ見える
かすなか光。
クライマックスでは
衝撃的な事実が明かされ、
ジェイムズは新たな局面へと向かう。
第二次世界大戦終戦後、
完全にアメリカの文化圏に取り込まれた
日本人は有色人種であるにも関わらず、
無意識のうちに
白人の思考が刷り込まれている。
そして、子どものころに
おもしろがって読んだ
トム・ソーヤーや
ハックルベリー・フィンも
実はそうした白人フィルターが
かかっていた物語であったのだ。
多分、子ども心に
黒人奴隷にやさしくする白人を
いい人だと思ったに違いない。
そうした、かつての子どもたちが
襟を正して読むべき本だ。
そして、自らの内面を
改めて問い直すことができることに
感謝したい、と思う。
何度も、何度も読まないと
自らのなかにある無意識の白人フィルターは
そう簡単には明確化しないと思う。
いろいろ考えさせられて、
そして、少しずつ良い方向へ
歩みを進めさせてくれる一冊だ。 -
Posted by ブクログ
あらためて奴隷のことを知る。
アメリカ映画でよく見るような、南部の田舎の大きな家で働く力強い男や子供の面倒を見る働き者の女など、温かい家族の一員であるかのようなイメージを持ってしまうが、実は金で売買される主人の所有物と同じであり、奴隷の身分をわきまえ虐げられても文句も言えず、ご主人様に一切の反抗を示さずながら命をつなぐ生きる存在。
主人公のジェイムズはもうすぐ自分が売られそうだと耳にし、やむを得ず妻子を捨てて逃亡する。
そんな事情を知らずに冒険のつもりで家を出てきた白人の子供のハックルベリー(ハック)と合流し一緒に逃避行を続けることとなる。
逃亡先で受ける黒人差別の恐怖。同じ立場の奴隷仲間との助け合い。命からがら生き延びる過酷な逃亡奴隷の日々。
アメリカの児童文学「ハックルベリー・フィンの冒険」を黒人の視点から皮肉的に描いた小説。ピューリツアー賞受賞。