斉藤道雄のレビュー一覧

  • 治りませんように――べてるの家のいま

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    最後まで読んでないけど、一応の目処というか、これ以上読み進めても無駄だなと、思ったので。

    一応自分も統合失調症なわけで。

    親亡き後、どうしようもなく死にたくなったら、べてるの家に駆け込むのもありかな?と思ったんだけど。

    ちょっと住む世界が違いすぎる。

    自分はほとんど幻聴はないんですよね。

    家にいる時、またに誰か帰ってきたような音がして、見に行くと誰もいない。

    そんなようなものです。

    よく言う、幻聴があれしろこれしろということは、全くない。仮にあったとしてもフルシカトしますけどね。

    でもべてるの家では、これが日常。

    幻聴や暴力を受け入れてる。

    それを研究して、何かあるんだろう

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    2025年10月31日
  • 手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで

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    手話が存在することによって、ろう児として、そのままの自分で、聞こえる子と同じように学び、遊び、よろこび、悲しみ、育つことができる。日本語と対等の力をもつ手話という言語があるから、聞こえないことは「障害」ではなく「少数派」なのだといえる。

    "「聴者の思い」と「ろう者の受けとめ方」のあいだにある大きな隔たり "

    " 私たちの社会がこれまで行ってきたのは「聴者のろう教育」だった "

    " 聴者がつくり、聴者が進める教育。その目標は、ろう児が聴者のようになることだった。"

    ろうに限ったことではなく、健常者が考えた[障がい者教育]だったり

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    2025年08月17日
  • 悩む力――べてるの家の人びと

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    いしいしんじさんおすすめ本。少し古い本だが、これまでノンフィクションでこんなに心に響いたものはない。精神疾患を経験する人々が共同生活を送る「べてるの家」から見えてくる、生きるとは何かという普遍的な問いへの足がかり。長い取材を通して、ポツポツとした言葉から真理を読み取る著者の目線にも助けられる。

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    2025年03月03日
  • 治したくない――ひがし町診療所の日々

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    『「先生、なんかやんないの?」診療が一息ついたところで、“師長さん”が先生に横目で語りかける。「あたし手伝うからさ、やんなさいよ」』―『あたしがなるから』

    あたしが患者になってあげるから、新しい診療所を開きなさいよ、という看護師の言葉に背中を押されて本書が取り上げる「浦河ひがし町診療所」の精神科医は決心したという。もちろん、その言葉を字義通りに真に受けている訳ではないけれど、その言葉の真意を真に受けての決断だ。本書には、そんな表面上の理屈では片付けきれない、その裏にある根本的なもの(あるいはそれを本質的なものと言い換えても良いけれど、それが何かを鮮明にする訳でもない。あるいは、動物的な本能に

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    2024年05月14日
  • 治りませんように――べてるの家のいま

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    ネタバレ

    統合失調症を理解するために手に取った。北海道のクリスチャン界では「べてるの家」はわりと有名なのではないかと思う。カトリックのうちの母も知っている。

    患者さんたち(みんな統合失調症)のエピソードの中に、病院で同じ入院患者を刺し殺した人と、殺された人の家族のものがあった。重大な事件ではあるが、みんなそろって教会に集まって故人を偲び、被害者の父親はこのままべてるの家を続けて欲しいと訴える。お互いの苦しみが痛いほどわかるからこそ、責めることなく、必要なのはべてるの家のような居場所であることをみんなで再確認する。人はここまで寛大な気持ちでお互いを助け、守り合うことができるのかと驚いた(そして泣いた)。

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    2024年03月15日
  • 治したくない――ひがし町診療所の日々

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    「くらしと教育をつなぐ We」2022年12・1月号の「日々、手話、楽し。」という明晴学園の事務職員で手話通訳者で学園の写真を撮っている清水愛さんのインタビューを読んだ→この学園の校長だった斉藤道雄さんというジャーナリストを知った→著作を読みたいなと思った

    北海道の浦河というところで、日赤病院の精神科医だった川村敏明先生が開いた小さな診療所の記録。

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    2023年03月29日
  • 手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで

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    知った気でいたことが何段階にも知らなかったことで上書きされていく。圧倒的多数による無意識の思い込みや一方的な対策など。効率重視や知ろうする努力を怠ることの危うさを強く感じる。

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    2022年07月02日
  • 治りませんように――べてるの家のいま

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    精神障害者施設がべてるの家でのエピソードや理念が書かれている。手厚い就労支援と当事者研究を行うこの施設では、病気を治すことでなく病気と生きることを大切にしている。だからこその苦悩、豊かさを知ることができる1冊。

    自分が病気になったときと同様に、精神障害者は病気を治したいと思っていて当然だと思っていた。しかし、そうではない。病気があるから今のその人や人間関係がある。治る不安もある。治らないという諦めもある。幸せに生きるということの意味を考えさせられる。進歩的でないことがポジティブな意味合いをもつようになる。

    病院の、医者が主役にならない、患者を主役に、という考えもとても良い。べてるの家と病院

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    2020年07月25日
  • 手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで

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    卒論で使わせていただきました。
    手話とは何か。歴史から現代の教育においての実態まで読みやすく分かりやすい。

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    2020年05月12日
  • 悩む力――べてるの家の人びと

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    【繋がる】

    人はなんのために生きるのか?
    人間の繋がりのために生きている。

    病気を抱えている時は
    みんなと一緒にいること
    みんなの中に入って、自分のことを話すこと。

    精神障がいを抱えている人達の生き方に学ぶことで、誰もが幸せに生きられるだろう。

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    2018年10月17日
  • 手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで

    ネタバレ 購入済み

    手話は私達の言葉

    私は聴覚障害者ですが、この本は本当に素晴らしく良いです。ろう学校に手話教育を教えるのが必要です。口話教育だと聴覚障害の子供達はほとんど解らないまま、普通の教科書を読んでも言葉の内容が伝わりません。私は聴覚障害児にとって手話が当たり前の言葉です。口話教育を受ける必要がなく受ける意味がありません !

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    2018年02月18日
  • 手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで

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    なぜ「手話で生きる」ではなく「手話を生きる」なのか、読んで納得。手話は日本語の補助ツールではない。むしろ、ろうの人にとっては第1言語であり、日本語は第2言語。まずそれを理解しないと何も始まらない。人工内耳を拒んでまでろうでいたいという気持ちには複雑な思いがする一方で、人間としての尊厳をベースに考えれば当たり前のことかもしれない。

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    2016年08月21日
  • 手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで

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     各地で自治体主催の手話教室が開かれ、多くの手話サークルが活動する中で、日本手話に対する理解はまだまだ途上にあるということに驚きました。ほんの十年前の2006年に、元聾学校校長という方が「日本語体系の習得は手話では難しい」と新聞に寄稿していたこととか(p73)。また、ろうあ連盟が「手話を『日本手話』と『日本語対応手話』に二分」する」として日本手話でろう教育を行うことに否定的である(あった?)こととか。なるほど、「日本聴力障害新聞」はろうあ連盟の機関紙なのだから、連盟の意見が反映されて当然ですよね。つい、「新聞」だから、ある程度は両論併記されていると期待してしまいがちですが。

    「手話サークルの

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    2016年04月11日
  • 悩む力――べてるの家の人びと

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    精神疾患を持つ人々が共同で暮らす北海道の「べてるの家」のルポ。精神病に馴染みのない人が読んでも感じる事、教えられる事が沢山ある。社会からこぼれ落ちた(排除されてしまった)人々が寄せ集まり、自分を語り、周りとつながりながらその人の人生を生きている姿は、私たちが普通だと思っている人生よりも、どれだけ人間らしく豊かな生き様だろう。病気を抱えて苦労して生きている人は絶対大変だしかわいそう、守られるべき、と思う自分の感覚自体が、その人たちを生きにくくし、排除している社会の一部であることを分かった時、愕然とした。

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    2013年09月03日
  • 治りませんように――べてるの家のいま

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    べてるの本三冊目。べてるってすごい、べてるに行くと救われる、べてるは最先端の障がい者コミュニティ。こんな印象を持った二冊の後でのこの本。べてるの人の抱えた病、生きづらさが、重たかった。先日精神科医が患者に刺されてなくなるという痛ましい事件が起きたばかり。べてるでも患者同士の事件が起きていたのですね。その経緯とべてるの式の葬儀の章が胸に迫りました。また、「人間とは苦労するものであり、苦悩する存在なのだ」というべてるの世界観は、すべての人の生き方に大切な気付きを与えてくれるのではないかと思います。

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    2013年09月03日
  • 治りませんように――べてるの家のいま

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    369.2
    病気との共生
    アウシュビッツで1人生き残った少年が家族に向けて言った「大丈夫、ぼくは幸せになりませんから…」

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    2013年05月25日
  • 治りませんように――べてるの家のいま

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    北海道、浦河の精神病を抱えた人たちのコミューン、べてるの家の人々についての取材報告。
    長年継続して取材してきたTVディレクターによる報告なんだけど、とても内容が濃くて感動もの。看護、介護福祉関係者は、必読だろうね。

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    2011年09月18日
  • 悩む力――べてるの家の人びと

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    2002年発行。外部のジャーナリスト、斎藤道雄さんによる取材をまとめたもの。べてるのこれまでと現在を描いているが、同時に筆者自身が、べてると出会い、語り、受容し、変容する様子が描かれている。

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    2011年08月06日
  • 悩む力――べてるの家の人びと

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    ものすごくよかったです。自立とは何か、働くとは何か、障害者と健常者の境目はどこにあるのか。「治る」とはどういうことか、考えさせられた。

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    2011年09月03日
  • 原爆神話の五〇年 すれ違う日本とアメリカ

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    原爆神話。原爆によって100万人の命が救われた。根拠のない数字がものの見方を変える。半数のアメリカ人にとっては原爆は人命を救ったもの。絶望的な意見の乖離。

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    2009年10月04日