片岡義男のレビュー一覧
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片岡義男 短編小説集 「階段を駆け上がる」
■階段を駆け上がっていった
高村夏彦
ライカのストラップ
分厚い板張りの遊歩道
途中に踊り場をはさんで、その階段は上下ふたつに分かれていた。
その女性の姿が飛ぶように彼の後方へと移動した。
写真家として身につききった習性
踊り場に足をとめて振り向きながらライカを右手にとらえてフィルムを巻き上げ、ファインダーを右目へ持っていき、ファインダーと五十ミリ・レンズごしに、階段を駆け上がっていく彼女の姿をとらえたときにはすでに、ファインダーのなかの二重像は完璧に重なっていた。シャッター・ボタンを押し下げた瞬間に次ぐ一瞬のなかで、高村はふたたびフィルムを巻き上げてもう一度シャッターをきった。
素足にエスパドーリユ、そして淡いピンクのごく普通のスカートに、白い半袖のシャツ。
妻の百合子
なにか大事なことを忘れているような、気づくべきことに気づいていないような、妙な不安感に似た心理状態
カラー・リヴァーサルのワン・フレームのなかに二次元で精密に縮小されたこの女性の、どことは言いがたくぜんたいが、百合子にごく近い可能性
階段を上がっていく百合子のうしろ姿を、どんぴしゃりのタイミングで、完璧なポーズで、そのワン・フレームだけ、運転席の窓から彼は撮影した。ライカのシャッター音は小さく静かだ。撮られたことに百合子は気づかなかった。
三年前のこのワン・ショット
白地に様々な大きさの、黄色い水玉の模様
見つけるべきものを自分は見つけた。つながるべきものがすべてつながった。
「やはりきみだったか」
「階段を駆け上がっていく北野百合子」
「いま作ってる短編集の、著者近影にこれを使おうかしら」
「これも私の脚がいい位置にあるのね。これ以外ではあり得ないほどに」
黄色地に白い水玉模様の水着
「確信があるかい」
「ありますよ。この水着には身に覚えがあるから」
「僕たちはまだ知り合ってもいなかった」
「私たちが結婚したのは三十二歳のときよ。二十五歳はそこから七年前よ。おたがいにその存在などまったく知らなかった頃、真夏のこの海岸のこの場所で、偶然にも私たちはすれ違ってたのね」
「あのライカがそこに介在した。五十ミリのレンズ。そしてカラー・リヴァーサルのフィルム」
「素晴らしい偶然だわ」
「良き被写体はレンズを美しくかいくぐり、フィルムの乳剤膜において勝利を収めた」
■夏の終わりとハイボール
風には港の海の匂いが濃厚にあった。
運河
港湾地帯
いつもの店でハイボールを三杯
「夜になると港の匂いを感じるわ」
「田島裕二、三十七歳、独身で夏の終わり」
「三枝直子、独身、二十七歳。ナオコは直線の直」
「夏の終わりに俺と温泉をめぐってみないか」
「私は体を提供するの?」
「そうなはならなくてもいい」
「だったら、基本的にはOKよ」
「さしより、ハイボールば」
「それ、そのひと言」
「すべてのことをさしおいて、まずとにかくハイボールをくれ、という意味だ」
「どこの言葉?」
「熊本」
宝くじ売り場
「もらったその足で俺はここへ来て、おばさんに一万円あげた。百万円当たって一万円は少ないかと訊いたら、この世はすべて気持ちのものよ、とおばさんは言った」
「基本的にはOKよ」
「全面的には?」
「ハイボールのグラスのなかで氷の動く音が好きよ」
「あの店の氷は、なかなか溶けない」
「私のように?」
「すっ裸でこんな話というのも、妙なものだ。箱根の次は、すぐ近くだけど、湯河原へ行ってみることにしよう」
男の身の上話
女の輪をかけて様々な身の上話
ブルー・トレインで熊本へ
基本的には母親がひとりで切り盛りする食堂があった。
「私は、しばらくここにいたい」
「ハイボールとは、グラスのなかの氷の音だよ」
■いまそこにいる彼女
■美少女のそれから
■雨降りのミロンガ
■積乱雲の直径
■割れて砕けて裂けて散る
だめだ、やっぱり買おう。
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ある時期、片岡義男の小説にのめりこんでいたことがある。棚に揃えて悦に入っていた。
その後、何作か映画化されメジャーになって、角川文庫で赤の背表紙で統一された本を本棚に並べていたが、タイトルも装丁も似たようなものが多くなって、しかも昔と違う装丁(赤背表紙で統一)で出たりしたものだから、同じ本を二冊買ったりして、途中まで読んで気づいてとか...そのうちに熱が冷めた。
その裏で、片岡義男が文中に表現されているような、細かなこだわりで、万年筆やインク、原稿用紙にこだわっていたんだということを知り、しばし思い出に浸ることができた。
昔、片岡義男をたくさん読んだ人にはおすすめ。
あと、昔の MADE IN USAとか、初期のPOPEYEとかにこだわっていたひとなら、☆4つだと思う。
同年代にはそこそこいるのではないかと。(私はその意味で☆4つ)
そうでないかたは、モノにこだわったりするひとにはおすすめかも。 -
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著者がこれまで読んだもの、見た映画などから、英語らしさを感じさせるフレーズをめぐるエッセイ。
英語の論理では、動詞が中心となるということ。また、Iとyouがなくてはならないこと。
この辺りは、今までの私の読書経験からも、納得できる。
正直、この本を読まなくてもそう思うかもしれない。
ただ、この人の感じる、それ以外の英語らしさ、文法に由来するものらしいけれど、それが掴み切れなかった気がする。
忙しい時に読んだのがいけなかったのか…。
それから、こういう英語を主題とする本には、横書きをしてほしい。
NHK新書でも、横書きの本はある。
英文の所へ来るたびに、とても読みにくい思いをする。 -
Posted by ブクログ
美しい文章が、トマトや沢庵、コーヒーを媒介に世界に溶け込んでいく
先日、麹町・赤坂見附エリアをお散歩していた際に
COOK COOP BOOKさんに立ち寄って、
食に関する本を眺めました。
それで、気になったのがこの本です。
申し訳ないのですが、お名前は伺うのですが読むのが初めての
作家さんです。
ごく短い、短編が続々と続く中、「トマトを追いかける旅」
でトマトを追って世界中を旅する姿、絵が浮かびます。
片岡さん本人も行ってない、空想の世界なのに、
その空想世界に引っ張られる文章です。
沢庵ひときれが冬になり、コーヒー一杯が短編小説になる。
食べ物や飲み物を媒介に、世界に溶け込んでいく、
その溶かし方が絶妙なんですね。
文章に、
「あ、この人こうやって読者を酔わせようとしている」
という作為的な押しが見えないので、
引き込まれてしまうのでしょうか。
文章を書いて、発表してを数多繰り返し、短編小説の書き方、
というのが体に染み付くとこのレベルに達するのだなと感じました。
押しの強い自分の文章からどう引きのエッセンスを取り入れて、
適切な単語を選べるのか、考えさせれる本でした。
春夏秋冬、その間の季節にも、それぞれあう短編があるので、それを探して
ゆっくり読んでいくのも楽しいかもしれません。 -
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片岡義男の名前を見ると、
青春時代に思いが飛ぶ。
彼の作品に感化され
一度は本気でバイクの免許を取ろうかと、思った位。
生きた英語の言い回しはおしゃれに感じたし、
少し乾いた目線から見た人々の日常の
切り取りかたが、特に好きだった。
南佳孝の♪ウォンチュー。。。と、音楽まで聞こえてくる。
ひとしきり何作も片岡義男の作品を読んだものだ。
昔から、きらりと光る言葉づかいで
特に短編に良いものが多かった。
そんな片岡義男のわりと最近の作品集
前は気がつかなかったが『俳句』が好きらしい。
何遍も登場する。言葉の捉え方がうまいのだろう。
本人は凡作と言い切るが、しゃれてる。
久々に青春時代を思い出した読書のひとときでした。 -
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エッセイや短編小説が並ぶ。
片岡さんがご自身のコーヒーの淹れ方を書いている。これははじめて聞く話で、興味深かった。
日本人でコーヒーに凝る人には、どこか茶道のように作法を感じさせるところがある。儀式的とさえ思える。究極とか至高とかを指向し、これがベストに近い方法だと主張しているような。
ところが、片岡さんのコーヒーの淹れ方は違う。シンプルであり合理的であり、実用的だ、と私は思う。だからこそ、毎日数杯のコーヒーを淹れるにしても、それほど面倒にはならない方法だ。とってもいいと思う。
ただし、コーヒー通を自任する方々に、この方法はどうだろう?
少なくとも、クリアなコーヒーを好む方には適さないかもしれない。
こんなふうに、ただ単に「コーヒーを淹れる」というあまりに日常的な行為から片岡流をみるだけでも、片岡さんの生き方の基本が覗けるようで面白い。 -
Posted by ブクログ
片岡義男の小説に出てくる女性はいつも精神的に独立している。今回の7篇の短編小説もそうだ。そのほとんどが小説家や詩人など、孤独を肯定的にとらえて暮らす都会の女性が主人公だ。かたわらに男性が現れ、よどみのない会話から絵画的なまぶしさのある場面へと続く。
表題作には、平日の夜、偶然同じ電車に乗り合わせたイラストレーターの女性と翻訳家の男性が登場する。そのひと月ほどまえ、夏の陽ざしの只中で、彼女は220円の誕生日プレゼントを彼に渡した。色違いの水鉄砲を2丁。まずは彼が2丁を手にして彼女を、次に彼女が彼を射ち、そして並んで残りの水の全てを頭上に向けて射った……。この場面を機に、男性は小説の創作を決断する。小説が生まれる過程が惜しげもなく登場人物たちによって明かされる。記憶だけを材料にして創作するという著者の女性への関心が、物語に不思議な明るさをもたらしている。
(「週刊朝日」 2011/9/16 西條博子) -
Posted by ブクログ
好きです。この感覚。自分がとてもシブい男になったような気にさせてくれます。四半世紀前、片岡義男さんの文庫本を大学生協で1割引で買い揃え読んでいました。かなりの頻度で新刊がでていたので、本のコーナーを覗くのが楽しみでした。あの頃は物語の登場人物が自分より年上だったけど、今回は逆転しており現実の時の流れを感じてしまいます。そのかわり、バーで出てくる酒を自分が知っているなど、良い事もあったので「良し」としましょうか。昔から、片岡義男さんの本の中に描かれるような人になりたいと思っていましたが、それは相叶わぬ夢です。(たとえば、登場人物が良く飲むペリエは手が出ず、サントリーの炭酸水か久里浜の井戸水でごまかしています)でも、だからこそ、本に惹かれて、物語の中に入り込んでしまいます。タイムマシーンにのったような気分にさせてくれる最高の一冊です。
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Posted by ブクログ
懐かしい。
書店の角川文庫の棚に「片岡義男」の赤い背表紙がずらりと並んでいたあの頃、片っ端から読んでいった。
私が「電話ボックス」ではなく「テレフォン・ブース」と言うようになったのも、無地の競泳用の水着の、その色が自分の肌や雰囲気に合っているか、なんてことを気にするようになったのも、この人の影響だ。
この人が描くようなかっこいい女性になりたい、と身の程知らずなことも夢想した。
角川文庫の赤い背表紙が番号順にすべて揃ってしばらく経って、いったん卒業しよう、と傲慢にもそんなふうに感じて手放してしまったけれど、最近またこんなものを見つけると手に取ってしまう。
以前とは、ちょっと違って読めるような気もする。
「米文学的あるいは米文学の翻訳的な」というなら、私はまずこの人の文章が、好きだ。