片岡義男のレビュー一覧
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著者の好きな「珈琲」を題材にした5篇からなる短編集。最後の短篇は全体のまとめのような作りになっていて、小さな仕掛けが施されている。
表題作では、珈琲のお供が「豆大福」というミスマッチの中に新しい恋愛関係を描く。片岡義男も齢八十にしてようやく枯れ具合が出てきたのかなと思いつつページを繰った。表題作の冒頭から数頁費やして描写する「豆大福」についての観察眼には畏れ入った。
餅の表皮はじつに穏やかに、そしてたおやか
に、でこぼこしている。表皮の餅に周囲を囲
まれたでこぼこのなかで、どの豆も自分の分
を心得た諦観のなかにある。その諦観がこれ
から豆大福を食べようとする人 -
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かき氷で酔ってみろ、駐車場で捨てた男、三種類の桃のデザート、の三編がよい。
「かき氷で酔ってみろ」この食堂、なんか覚えがある。半円形の白い暖簾。何だっけ?どこかで実際に見たような気がする。
描写に徹する。内面の心の動きなどはほとんど描かない。映画のカメラのよう。作品中で語られる小説のアイディアでは、人物の内面が語られるのに。
「三種類の桃のデザート」。金魚という焼酎カクテル、知ってる。作品中に出てくる和のテイスト、昭和を感じさせるテイストが好きなのだ。
が、全体としてはやや低調、というか、好みではないかな。真夜中の〜は同じタイトルでこれまでに三回書いているとのこと。どうも同タイトルの -
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私には「いちぢくの香りがして…」というあのシーンを読みたいがために、何度も読み返している本があるのだけど、片岡さんの小説もそれと同じ気配がする。
ちゃんとはじめから読まないとその状態にならない。クライマックスではないのだけど、辿りつきたい場面を持つ小説。
「細い体だから、と彼女はかつて言ったが、その体には人を夢中にさせる許容力の奥行きがあった。」(フォカッチャは夕暮れに焼ける)
「どんな気がしても、それはきみの自由だよ」(ティラミスを分け合う)
「平凡で素朴だけれど、たいへんいい状態にあっておいしいもの、という基準をきちんと持つためには、たくさん経験しないといけないね」(この冬の私はあの蜜 -
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前にも書いた気がするけど、昔すごく片岡義男の短編が好きで、本棚の片隅が赤くなるくらい(角川文庫の背表紙が赤かった)読んでいたのと、あとやっぱりこのタイトルに惹かれて読んだんだけど。(なんかかっこよくないですか?)
うーん、なんかおもしろくないといえばおもしろくないような。不思議な小説だった。ほんとにただの喫茶店でのどうでもいいおしゃべりをきいているような。あらすじとか登場人物とかどうでもよくて読んだらすぐ忘れているような。
現実感、生活感がないというか。そこがいいところでもあるんだけど。
でもときどきちょっとした描写がすごく好きなこととかあったりもして。うまくいえないけど、ふっと、好きに、自由 -
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街を歩き、街で食べる。美味しい「食」のエッセイ。
食べ物が中心、というよりは食の周りにある記憶をたどっていくような内容だった。記憶をたどる、だけに著者が若かりし頃街をそぞろ歩いていた時代、つまり昭和の雰囲気が満ちたエッセイだった。食べ物エッセイとして期待して読み始めたが、バリエーション豊かな食べ物が登場するわけではなく、その点は少し期待外れだった。特にコーヒーにまつわる話が多かったように思う。それだけ著者の人生に外せない食べ物(飲み物)であるということだろう。そして最も印象に残った話もコーヒーに関するものだった。
著者は毎朝必ず2杯のコーヒーを飲む。コーヒーの香りは覚醒の効果がある、それ