R・F・クァンのレビュー一覧
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「言語とは民族の象徴である」と言ったのは、十六世紀の機織り職人ヒマーワリ・メーロンですが、あるいは「民族を隔てる」ものとも言える
傲慢なバベルの塔の計画は神の怒りに触れ、その裁きによって人々は分断を余儀なくされた
「翻訳」とは分断された人々を再び繋げるための営みなのか
しかし悲しいかな「翻訳」に”完全”はない、異なった言語では全ての単語に全く同じ意味を持つ対の言葉は存在しないからだ
どんなに近しい言葉でも、住む場所が違えば全く同じニュアンスで使われることはない
それでは人々は「完全に分かり合う」ことはできないのだろうか?
フィクションの力を借りずとも、現実の世界はその答えを明確に示しているように思える
人々に残されたのは、緩やかな諦めだけなのだろうか
そんなことないと信じたい
完全ではなくとも「翻訳」とは異なった背景を持つ人たちを少しでも理解し、手を取り合い、共に生きる世界を実現するための手段であるはずだ
新たなる「バベルの塔」は分断ではなく、共生の象徴となるのだ -
Posted by ブクログ
ネビュラ賞にローカス賞、SFが読みたい2025年1位、そして星雲賞と国内外のSF小説の勲章を総ナメにしたR.F.クァンの『バベル』
SFファンなら絶対読むべき一冊です
ここでふと思ったんですけど、もうひとつのSFの世界的文学賞ヒューゴー賞は受賞してないのね
こいつも受賞してたらSF三冠だったのにと思ったら、なにやらすごい不祥事が起きていたようなんよね
ヒューゴー賞というのは毎年世界のどこかの都市で開催される世界SF大会ワールドコンにおいて参加者(読者)による投票で決められる賞なんだけど、2023年に中国の成都で開かれたワールドコンに、既にネビュラ賞とローカス賞を受賞していたにもかかわらず『バベル』はノミネートすらされなかったの
そして後々内部告発などで明らかになったのは、「中国、台湾、チベットなど中国当局を刺激する恐れのあるトピックに焦点を当てている作品」を除外していたということなんよ
しかも担当者は作品も読まずに中国のことが書いてあるだけで、批判的な内容を恐れて除外しちゃってるみたいなんよね
しかもしかも皮肉なことに、本作は中国に批判めいた表現はほとんどなし
それどころか上巻では中国(清)カッコよ!大英帝国このクソ野郎!という
ほんともうなー
どうにかならんかね〜
ちなみに本作の『バベル』というタイトルはもちろん「バベルの塔」が由来なんよね
「バベルの塔」はご存知旧約聖書の『創世記』に出てくる物語なんだけど、その内容は昔人々は同じ言葉を話していて、協力して天(神々の住むところ)に届く塔を建設しようとしてたんよ
だけどそれを知った神様が「お前ら調子のってんじゃねー!」って怒って人々の言葉を互いに通じなくさせたという
多言語が生まれた”分断”の物語なんよ
そして図らずも、この騒動そのものが"分断"の象徴みたいになってしまったわけね
実際にはその"分断"をなんとかせな!って物語なのに
そんな作品が"分断"の象徴みたいな騒動に巻き込まれてしまったのよ
なんだかな〜
ほんともう残念だわ〜 -
Posted by ブクログ
上巻の前半部、所謂日常パートのようなものに退屈を感じ、ここまでくるのにかなりの時間を要してしまった。上巻の後半部に差し掛かってからあっという間だった。およそ2週間で下巻まで読みきってしまった。そのくらい物語は急展開を迎え、のめり込んでしまう魅力が詰まっていた。
あとがきの末尾に、バベルは何かを抽象化、あるいは比喩していると述べられている。個人的な想いではあるが、自分にとってそれは「社会」だと考えた。学生時代、自分が働いている姿を全く想像できなかったが、社会に出て働くことは当然だと考えていた。自分が与えられるもの、何らかの支払える対価も持ち合わせていないというのに、どうして社会から必要とされるのか、理解ができなかった。そして今思うに、それは社会が自分のような漠然とした将来像と優れた能力の持ち合わせがない者のために設計されていないということなのだと、改めて感じた。社会に出ることに必死で、時間に気持ちが追い付かない私は闇雲に就活を続け、気付いたら人生の半分以上を自分のためではなく、社会のために費やすという設計された社会に身を投じていた。彼らはバベルに所属しなければ人権などあり得なかった。そして私達も同様、仕事は人権のためであり、そのため勉学へ青春を捧げている。バベルのような結末を望んでいるわけではない。現代の「社会貢献をしなければならない」という常識は実は歴史の産物であり、人が負うべき当然のことではなく、私達が私達のために自由に選択できるものであると広く知れ渡ると良いなと考えている。 -
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翻訳は単なる言葉の置き換えではない。歴史的、文化的背景のもとに、似たような言葉でも別のニュアンスを持っていることがある。その差が具現化する銀工術、一種の魔法のような技術がある世界の話。この魔法を使えるのは複数の言語に習熟した専門家のみ。バイリンガルだとさらに良い。19世紀、三角貿易で栄えていた英国が舞台。ようやく奴隷制度は廃止されたけれど、アジア・アフリカ諸国からの搾取は続いている時代。オクスフォード大学で学ぶことになった留学生たちの物語なのだが、人種差別に苦しむところから始まり、多くの社会的矛盾に直面する。200年近く昔の話なのだが、現代にも通じるものがあるし、もしかすると世界情勢は逆行しているんじゃないかとまで思わせられる内容だった。
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Posted by ブクログ
ネタバレ当初思っていた内容とは違っていて、初めはあまり進まなかったのだけど、上巻の中盤くらいからグッとギアが上がって、そこからはもうグイグイと引きずり込まれて、怒涛の展開に翻弄され、読み終わったいまではぐったりと虚脱しながらこの感想を書いています。
広東で幕を上げるこの作品、なにが起こっているのか明らかにならないまま、あれよあれよと物語は進み、舞台はイギリス、ロンドンからオックスフォードへ。
ほぼ史実通りのなか、たった一つのフィクションが紛れ込まされ、主人公はそのフィクションにまつわる大きな事件へと巻き込まれていきます。それは、「銀」を媒体とした「翻訳の魔法」。異なる言語で、同じ言葉を刻み込んだ銀は、言語間を翻訳した際に発生する「揺らぎ」が、様々な効力を発揮する、という設定になっています。
とはいえ、そのフィクションは、本作にとってはエッセンスにすぎず、主題は異なるところにあります。白人主義全盛の19世紀前半のイギリスを舞台に、その傲慢な植民地主義や、それを支える異文化の「奴隷」たちを通して、現代まで続いている人種差別や文化の搾取といった問題を鋭く抉り出し、また、若者たちの壮絶な青春絵巻を描き切っています。
「銀」に刻み込まれる言葉は、翻訳のときに失われるニュアンスが大きければ大きいほど効力が増すとされているため、ヨーロッパ圏の言語間のように、ニュアンスの差異が少ないものではなく、例えば広東語、例えばサンスクリット語のように、ヨーロッパ圏とはかけ離れた文化圏の言語と対にすることで、その効力が増していく、とされています。
また、「銀」は刻むだけでは効力を発することが出来ず、刻まれた2つの言葉を口に出すことで初めて効果を発揮します。しかし、口に出して効果が出るのは、刻まれた2つの言語を、言語として意識しないレベル、つまり母語として使いこなせるレベルでないといけない、という縛りがあります。
そのため、「銀」による覇権を謳歌している英国における「銀」研究の中枢であるオックスフォードでは、植民地や、それに準ずる国の子供に、母語を使わせながら、英語の英才教育を施し、マルチリンガルの話者へと教育したうえで、「銀」を使いこなせる「翻訳者」として囲い込み、「資源」として活用するということが行われているわけです。
オックスフォードを、そして英国そのものを運営する白人たちは、こうして集めた子供たちをただの道具としてしか見ておらず、有色人種の子供たちは、学校から一歩外に出れば、いえ、「塔」から外に出るだけで、オックスフォードの他の学部の白人たちから偏見にさらされ、女性に至っては更に過酷な状況を受け入れなければなりません。
さらに、集めてきた子供たちの母国に至っては、白人からすれば「蛮人の住む未開地」であり、「劣った人種」と完全に見下している有り様です。
この歪な状況に巻き込まれた主人公たちは、こうした白人主義、植民地主義への抵抗を行う集団と出会い、歴史のうねりに巻き込まれていきます。
これは、今でも根強く世界中にはびこっている白人中心主義や、様々な差別への異議申し立てであり、いわゆる先進国が行っている文化の搾取というもののグロテスクさを描いた作品なのだなあ、と。
そして、世界という大きな視野でなくとも、近現代における日本における、地方の優秀な学生を東京へと吸い上げ、囲い込む施策と同じであり、同様に労働力を確保している手段と同じじゃないかと思ったりしました。地方から労働力を充分に吸い上げられなくなった近年では、その食指を海外へと向けていますね。
コンパクトシティという一見正しそうな理屈には、それぞれの地方にはそれぞれに根ざした文化があって、そこには生活している人達がいる、という側面を完全に無視し、都会から見た「効率化」だけを一方的に押し付けるものだと自分は思っています。それぞれの地域が、それぞれの文化を持ち続けることが、一つの国家の中に多様性をもたらし、国力そのものを底上げしていくものだと思うのですが、中央官僚の視野の狭さでは、そういう視点は持てないのでしょう。
レティという登場人物の、残酷なまでの描かれ方は、この人物こそが影の主人公なのではないかと思ってしまうほどのものでした。物語の中では裏切り者であり悪役ですが、自分をその立場に投影した時、果たして違う行動が取れるだろうか?というのは、非常に大きく重い問いになる、と思います。
本書が世界中で絶賛され、ネビュラ&ローカスのダブルクラウンを初めとした様々な賞を受賞しているということは、まだまだこの世界は捨てたもんじゃない、という気持ちにさせてくれますね。「バベル」が崩壊せず、その奇蹟を世界中で共有できるような、そんな世界がいつか実現されて欲しいものです。 -
Posted by ブクログ
寝食を忘れて物語に没頭したのは何十年ぶりだろうか。
それほどまでにこの物語は、ここ十数年で読んだ本の中で特別に素晴らしい。
舞台は十九世紀のイギリス。銀と翻訳を支配する者が世界を制する時代。その中枢機関・オックスフォードのバベルで学ぶ一人の学生が主人公。
中国の広東の港で育ったことから複数の言語が得意という能力をもち少年の頃に教授に拾われる。その生い立ちがまさしくこの本の作者の人生そのものだ。
伝統と格式を重んじるイギリスにおいてアジア人はあざけられ不当な扱いを受ける。その様子が同じアジアの日本人である読者に共感を呼ぶ。
たいていの翻訳SFものはカタカナが多く人の名前は覚えられず世界にのめり込むのに苦労する。がこの物語は銀の棒以外に奇抜なSF装置は登場せず、古き良き古典SFに近い。
『三体』に挫折した者(自分)であってもスラスラと読めてしまう平易さがうれしい。
主人公ロビンはある信念に大いにゆらぐ場面がある。そのシーンで自分もロビンになりどっちが正しいのだと悩み逡巡した。こんなにも自分が主人公になりきってしまうとは!
ハードカバーは分厚く文字は小さくなかなかページはすすまないが苦にはならない。むしろ残りページが少なくなってしまうのが寂しいくらいだ。
大学に入ると3人の同期と一緒に過ごす時間が多くなる。その青春のまばゆさがまた美しい。
作者が実際に翻訳の研究をしていた先生だというから、そのうんちくがこれでもかと散りばめられている。それを訳者が日本語に見事に翻訳している。特に踊るような比喩表現が随所に出てきて感嘆させられる
SF好きでなくとも是非読んでもらいたい傑作である -
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ネタバレまさかのバッドエンド!
そう来たか。主人公が生き残るわけじゃないんだな。予想できる結末じゃない点には満足。人種差別が何をどうしてもなくならないことも伝わった。
ダークアカデミアな雰囲気、大人よりの魔法、勉強、語学、オックスフォードが好きなので、設定は間違いなかった。
ただ、読むに従ってここまで人種差別が描かれているとは思わず、後半で「もういいよ」と満腹になってしまった。また、私はレイシストなので、主人公が中国人という時点で、実は本屋でTBRリストには入れなかった本でもある。
イギリス人が読んでいるのを見たけど、どのように捉えるのだろう。私は損得感情が大きいので、自分が少しの得をするなら、他の知らない人たちが苦しんでいようと知らないふりをする。そしてそれはこの小説が示している通り、ほとんどの支配する側に共通することだ。私自身は支配する側である認識はなく、人種差別を受ける側にいるけど、支配側が近くにいないだけだと思う。
人種差別撤廃運動ではなく、もっと学生生活を楽しみたかったな。ああいう環境で勉強に浸りたい。語学が好きになってしまった人にはわかる、「翻訳をするとそれはもう原語を伴っていない」ということはとても共感できた。
ただ、注釈が多すぎることで物語に集中しにくかった。メタ発言ではなく、物語の裏話的なことも多い。普通はそれらを本文で書くので珍しかった。 -
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ネタバレ書評を見てからずっと読みたかった本。いっきに読んだ。
翻訳がテーマなので、翻訳について何度も議論が交わされている。翻訳は原作そのものにはなりえない。原作のニュアンスを真に伝えることはできない、といった主張や言葉が通じることで広がる世界など否定や肯定が重なり合っている。
話自体は時々読み進めるのが苦痛になるような虐待や差別が書かれている。
主人公の行動や仲間、周囲の人の様子などありきたりな部分もあり、話の流れもどこかでみたような話だったりもする。こうなるんだろうな、という方向に最後まで話が流れていく。
悪者側の人物たちがカリカチュアライズされすぎているように思える。でも、こういう小説に出てくるような人って本当にいるんだよな、とも思う。びっくりするような差別意識の人、それをはばからない人、尊大な人、自分を高級だと思っている人が実在することをわたしも知っている。著者は実際にオックスフォードにいたようだし、小説だと思うなかれというところなのかもしれない。
部分部分は退屈で、2冊の本を最後まで読むのは時間がもったいなくなる時もある。
しかし、できれば、途中を飛ばしてもよいから、最後に主人公が友人と話をするシーンは読んでほしい。
翻訳とはなにかを長く議論してきたこの小説の、希望に満ちた一つの結論が書かれているからだ。 -
Posted by ブクログ
タイトルからノンフィクションかと思っていたらパラレルワールド的ファンタジーだった。
大学、マント、世界中から集められたエリート学生たちの寮生活…とちょっとダークなハリポタっぽいところも。
一応魔法っぽいのが出るけどこの作品では派手な回復や攻撃が出来るわけではなく、産業革命時の技術に代わるものであって商業商品みたいな意味合いを持っており、それを生み出せたり扱えるのがオクスフォードのエリート、という設定。
魔法よりもメインになっているのは、扱っているテーマが帝国主義とマイノリティであり、搾取する側とされる側であり、虐げる側と虐げられる側と言う構図であり、幼くして有無を言わさずイギリスに連れてこられたマイノリティ側の主人公が父親との確執を乗り越えようとし、同じく帝国主義に抵抗しようとする…といういわゆる正統派ビルドゥングスロマンの部分。そこはとても説得力がある。
私は言語学と中国語にも興味があるので、この世界の魔法に関する言葉の語源や変化のお話なども楽しく、割と一気読み出来た。
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Posted by ブクログ
19世紀、大英帝国がその巨大な力を以て世界に君臨していた時代。
大英国の力の源は銀と翻訳にあった。同じことを表す複数の異なる言語の単語を銀に刻むと、その言葉の意味の微妙な相違による歪みが力を生み、馬車の速度を早め、船の運行を円滑に行い、大砲の狙いの精度と威力を増していた。
オックスフォードには世界各地から少年少女たちが集められ、大学構内の王立翻訳研究所バベルの塔で働く翻訳家となるために育成されていた。
中国の広東省から連れてこられた少年ロビン・スウィフトは中国語の翻訳者としてオックスフォードに入学する。
しかし、そこにはバベルから銀や蔵書を盗む秘密結社ヘルメス社があることや、英国は中国から銀と交換に英国に阿片を売りつけようとし、それに逆らえば戦争をも辞さない一方的な貿易をしいろうとしていることを知り、バベルの存在に疑問を抱き破始める。