朱喜哲のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「私たち」という言葉づかいには、常に逡巡をともないます。そこには誰が含まれて、誰が含まれていないのだろう。最近そんな事をよく考えます。
本書を友人に薦める際、ポイントにしている事があります。「正しさ」で殴り合っている渦中の人には届かないとしても、「殴り合っていたかも…?」と顔が浮かんだ人には薦めようと。後者は案外周りにたくさんいます。私たちの周りはそれらでしか成り立っていないのです。
「どうせ」「やっぱり」と、シニカルで諦念に満ちた言葉を使う前に、彼ら彼女たちがどうしてその言葉づかいを獲得し捻り出したのか、思い浮かべながら会話を楽しみたい。自分の底に本書を置き、バランスを取るための支えにでき -
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ面白い。
谷川さん、朱さんの著書を齧ってから読んでいるので、各々の研究・思考というベースがあり、それを対談で発揮するとこういう展開になるのかと感動。
『アイデンティティ』『社会秩序』『社会通念』は仮固定的なものであり、いくつかのノイズに晒されながら絶えず己を変化させつつある。という現代思想の立場を踏まえた上で読み解くべき一冊かと思う。
以下、印象に残った箇所。
【対話は自分の能力以上の力を発揮させる】
人間の能力は「脳」単体ではなく、状況や周囲との相互作用の結果のパフォーマンスとして考えるべき。
人との対話の中ではじめて浮かんでくるボキャブラリーもある。
【諍いを生み出す「 -
Posted by ブクログ
あなたがいることでこの会話ができる・この発言ができる。
対話ってこうありたいなと思える3人の会話だった。ボキャブラリー自体を引き出し、引き出される関係で柔軟に展開される語りに非常に引き込まれたり、引き出されて視点を調節しなおしたりされる本だった。本書はネガティブケイパビリティというワードから創発される様々な論点(陰謀論、言葉遣い、アテンションエコノミー、SNS、ethic、中間共同体、観察、エピソード)で自由に話されている。
終盤の、「イベントよりエピソードに焦点を当てる」という話は本当に腑に落ちた。別に目立たなくてもいい、自分自身がそこにアテンションを当てて手触りがある、他の人にはあまりアテ -
Posted by ブクログ
短絡的な理解、紋切り型の言葉遣い、敵味方思考、バカと言う優越。
この時代をめぐる悪弊の流れに棹さす試み。
たくさんの抜き書きをしました。
願わくば、ネガティブ・ケイパビリティそのものをもっと掘り下げて欲しかった。
しかし、それは自分に託された部分かも知れない。
対話の面白さと限界も感じた。
<ネガティブ・ケイパビリティについての思索>
*どんどん決めて物事を進めていく。進まないのはつらい。ゴールが見えないのもつらい。そんなとき、強権的なリーダーが欲しいと思うが、現れたら現れたで、「自己」への抑圧は本当に苦しい。
*ポジティブ・ケイパビリティの特質を列挙してみる。
・スピード感
・集約的 -
Posted by ブクログ
ジョン・キーツの「ネガティブ・ケイパビリティ」を書名に冠している通り、安易に結論を出さずに、様々なテーマの多面性に光を当てながら三人の哲学者の鼎談が進んでいく。ポラリゼーションや単純化・効率化の加速に違和感を感じていたためか、とても多くの含蓄や示唆を得られた。
・ファクトフルであることを手放しに称揚する危うさ
個人的には、ファクトや真実への立脚や反証可能性を主張するカール・ポパーやハンナ・アーレントの論につい賛同してしまうが、そうではないものを切り捨てることは「愚かさの批判」であるという著者の警鐘は肝に銘じたい。これは、本書中でも引かれている『社会はなぜ左と右にわかれるのか』を読んだ時にも感 -
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「アンチ哲学」の哲学者ローティから学ぶ「バラバラな世界で共に生きる」を読んだ。以下自分のために抜粋と要約。
共通の足場などないバラバラで誤りうる私たちが出来ることは、どうにか共に生きていかなければいけない、という事実に向き合うこと。
なんの根拠も保証もないが相手のことばに自分を委ねたり、時には手を携えたり、せめてお互いに降りかかる苦しみや痛みについて、それがとりのぞかれるよう願えること──それをローティは「連帯」と呼んだ。
必要なことは「自己の偶然性」の認識。自分が相手に影響されたり、相手が自分に影響されたりする可能性があると認識する。つまり、それぞれが変わりうる存在であり、必然に固執するので -
Posted by ブクログ
分断の時代といわれる昨今、何でもかんでも二項対立したがるから、政治的にも右とか左とか、経済的にも貧とか富とか、メディアも対立を煽って話題づくりするから世の中ギスギスしてきますね。じゃあ、どのように考えればうまく生きられるのか、というのがアメリカの哲学者リチャード・ローティが考えたことであり、その解説書が出ていたので読んでみた。
ローティは脱哲学を考えた人で、真理や本質を見つけることではなく、より現実的でより実際的な対応を考えた。個人個人が違うことを考えているのは当然だ。しかしそれを各自が主張したら喧嘩になる。相手を言い負かして黙らせるのは愚策だ。
個人が私的に考えていることは「偶然性」から