あらすじ
わかり合えない他者を、敵にしないために。
分断が極まり、「正しさ」がSNSでぶつかり合う社会で、私たちは他者といかに語り合えるか。アメリカの哲学者リチャード・ローティは、共通の基盤なき世界でそれでも人が共に生きる可能性を問い続けた。その哲学から、分極化の時代を生きるための知的作法を鮮やかに引き出す。大好評だった『100分de名著 リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』』テキストを大幅改稿。死後に注目された「予言」や主著以外の発言にも光を当て、その思想の先進性をいま問いなおす。著者初の新書!
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Posted by ブクログ
組織で賃金労働者やってると、すごく既視感のある話題だな〜と思う。社会の中での人文知の実装をとても丁寧にやっているな印象。素晴らしい。
一つの用語をどこまで抽象度を上げて話すか?ということだけでもイデオロジカルな話だし。また、バザールとクラブの話も身に覚えのある人は多いのではないかと思う。親しい人の前では建前を取り払って語りたいものだからね。
Posted by ブクログ
「私たち」という言葉づかいには、常に逡巡をともないます。そこには誰が含まれて、誰が含まれていないのだろう。最近そんな事をよく考えます。
本書を友人に薦める際、ポイントにしている事があります。「正しさ」で殴り合っている渦中の人には届かないとしても、「殴り合っていたかも…?」と顔が浮かんだ人には薦めようと。後者は案外周りにたくさんいます。私たちの周りはそれらでしか成り立っていないのです。
「どうせ」「やっぱり」と、シニカルで諦念に満ちた言葉を使う前に、彼ら彼女たちがどうしてその言葉づかいを獲得し捻り出したのか、思い浮かべながら会話を楽しみたい。自分の底に本書を置き、バランスを取るための支えにできると良いなと思いました。
話し方や言語化のハウツーは世の中に溢れすぎていて辟易しますが、言葉はつかさどると同時に手放し、人へ委ねるものです。その逆も然り。
私にとって、言葉づかいは回路そのものなのだと本書を通して考え直しました。自らの改訂と、再記述に耐えうるこれからの私たちのために、広く長く読まれる本であってほしいと願います。
Posted by ブクログ
ずっと「中庸」でありたいと思っていた自分にとって、とても頷ける理論ばかりで読んでよかった。
ローティの哲学についてもっと知りたいと思った。
思想を知ったところですぐに実践に移すのは難しいし、それで社会が直ちに変わるわけでもないと思うが、それでも少しだけ今の社会への希望を捨てずにいさせてくれる本。
Posted by ブクログ
100分de名著では理解しづらかったことが分かったような気がした、特に4章の連帯の章についてはいろいろ考えた。それぞれ個別の被害、残酷さの中の当事者にあるものたちがなぜ孤立してしまうのかあるいは時には対立してしまうのかということを考えた。
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ローティの思想には初めて触れたが、
非常に面白かった。
自分の言っていることが100%正義で普遍的だと思っている哲学者に比べたらよっぽどまとも。
可愛らしいカバーに惹かれて手に取ったがかなりガッツリ哲学書でした。
Posted by ブクログ
「アンチ哲学」の哲学者ローティから学ぶ「バラバラな世界で共に生きる」を読んだ。以下自分のために抜粋と要約。
共通の足場などないバラバラで誤りうる私たちが出来ることは、どうにか共に生きていかなければいけない、という事実に向き合うこと。
なんの根拠も保証もないが相手のことばに自分を委ねたり、時には手を携えたり、せめてお互いに降りかかる苦しみや痛みについて、それがとりのぞかれるよう願えること──それをローティは「連帯」と呼んだ。
必要なことは「自己の偶然性」の認識。自分が相手に影響されたり、相手が自分に影響されたりする可能性があると認識する。つまり、それぞれが変わりうる存在であり、必然に固執するのではなく偶然に開かれていることを確認する。そうやってお互いを改訂されることに対して開きながら、どうにかして時には手を携える。そこに、連帯の可能性や必要性が生まれくるのだとローティは言う。
バラバラな私たちは、だからこそお互いが必要で、そしてそのためにはそれぞれに異なる〈正しさ〉を踏まえて、それでもいっしょにやっていけるような仕組みと、そして個々人として都度のふるまいを考えていかなければならない。それは、どこまでも終わることのない営為だ。
「リベラル」であるとは、そうした道なき道を一歩一歩たしかめながら歩もうとすること。その道を行く以上、絶対的な〈正しさ〉をわがものとして他者を裁くことはできない。むしろ自身や「われわれ」に向けられる、心地よいばかりではない反省とことばづかいの改訂をしていかねばならない。
Posted by ブクログ
分断の時代といわれる昨今、何でもかんでも二項対立したがるから、政治的にも右とか左とか、経済的にも貧とか富とか、メディアも対立を煽って話題づくりするから世の中ギスギスしてきますね。じゃあ、どのように考えればうまく生きられるのか、というのがアメリカの哲学者リチャード・ローティが考えたことであり、その解説書が出ていたので読んでみた。
ローティは脱哲学を考えた人で、真理や本質を見つけることではなく、より現実的でより実際的な対応を考えた。個人個人が違うことを考えているのは当然だ。しかしそれを各自が主張したら喧嘩になる。相手を言い負かして黙らせるのは愚策だ。
個人が私的に考えていることは「偶然性」から生まれる。それが正義な訳ではなく個人的に都合が良いのは偶々そういう環境に生きてるからに過ぎない。他の立場であれば他の考えを持つはずだ。つまり偶然なのだ。
そして公と私の二つの顔がある。公では公の人として振舞う。私では個人的な考えを持っていても、公ではそれを出さないことが大事。当たり前だ。公私が同じだと裏表がなくて良いかのようなことを言う人もいるが、良いはずがない。SNSを私の場と勘違いして余計なこと言って炎上する人もいる。それは悪い例だ。だから公では社会のルールを守る言動をする。私では家族や親友とはリラックスして個人的意見を言う。
その意見は当然ながら人によって違う。自分の意見を公私使い分けて発信しながらも、常に俯瞰してみて他人の意見など聞きながらそれを表現する言葉づかいを見直したり、考え直したりすることが必要だ。それが「アイロニー」な態度。
相手とは対話や議論ではなく会話を通じて「連帯」していく。それが社会を大切にし仲間と繋がっていく態度となる。
分断の世界では、われわれとやつらという区分けをしたがりますが、われわれを細かく細かく分けていくのではなく、逆に拡張させていく必要があるんです。地球防衛軍のように全人類がひとつとなって、いや「プロジェクト・ヘイル・メアリー」のように異星人とも「われわれ」で繋がって連帯したら楽しそうですね。
Posted by ブクログ
公共的なものと私的なものは統一すべきでないが、しかし統一すべきでないものとして1人の人間の中に同時に存在うる。
ことばの選び方は人間や社会にとって決定的に重要である。
アイデンティティに訴える「ことばづかい」が、論法として相手を黙らせ、会話を止めるものになるという点については、マイノリティ当事者が悪いのではなく、そのような状況に追い込むのは、いつだって会話の主導権を握っているマジョリティ側である。
会話を通じて「ことばづかい」を考える。相手を尊重できる表現が、多様化社会に対応していける一つの方法である。
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ゆる言語学ラジオで「バザール」と「クラブ」の話を聞いて気になり購入。
「われわれ」と「やつら」の対立がルワンダ内戦の例をもとに書かれていて本当に恐ろしかった。恐ろしく感じたのは、身近でも起こりうるとリアルに感じたから。会話を続けて「われわれ」を拡張しながら共に生きること。バラバラだとわかったうえで付き合っていこうと前向きな気持ちになれた。
Posted by ブクログ
学校に行き、社会に出ると、自分とは異なる視点や考え方をもった人が多くいることに気づきます。
そして学生時代に学んだ、 絶対的な正解 というのは、この世に意外とないのだなと気づきます。
本書で取り上げる哲学者のリチャード・ローティは絶対的な真理を追求するよりも、人々が対話をしながら、より良い社会をつくることが大切だと言います。
つまり、真理は一つではなく、「対話によって育っていく」ということです。
私たちの社会がバラバラであることから目を逸らさず、正しさもバラバラであることを受け止めつつ、ただそれを冷笑したり嘆いたりするのではなく、それでもどうすれば共にやっていけるか、それを考え抜くことが大切だと、本書を通して学びました。
対話を通した平和な世の中が1番です。
Posted by ブクログ
バラバラな人たちを統一しようと正しさで黙らすのは無理ゲー。隣人と会話を続けるためにはどうすればよいのかという問い。人を記号化する語彙の危うさ、個々への想像力で〝われわれ〟を拡張する必要性。にしてもトランプのような人物の出現を20年以上前に予見していたのすごい。リチャードローティ知らなかったけどいろいろ読んでみたいな
Posted by ブクログ
ローティの入門書として最適。法による支配より、力による支配が強く感じてしまう今のような時代を予見していた。力強くはないが、大切な反哲学の思想。
内容)基礎付け主義批判、終極的な語彙の改訂性、文学やルポを重視する文化政治の視点、残酷さを避けると言う意味でのリベラリズム、公私の二元論、小さな断片を手がかりに構築される連帯。
力強さがないため、ローティの哲学は確固たる処方箋にはならない。しかし、この思想が広がることに希望はある。ある種の実践性をともなっていることが彼の哲学の特徴だ。
『人類の会話のための哲学』の内容と重複があった。
Posted by ブクログ
難しい言葉も多かったが、日常の体験に近い説明が多く、楽しく読めた。価値観が合わなくても、違いを認めながら一緒にやっていくことの大切さを感じた。