ピップ・ウィリアムズのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
20世紀初めのイングランド製本職員である。ペギーと妹モード。そして母の友人であるティルダ。社会がガウン(大学)とタウン(庶民)とに分かれていた時代、製本職人のペギーが、不良品の本を集めて学んでいる。
女性たちの言葉
“辞書に入れてもらえない言葉がある”
自分の許された以上の何者かになりたいと言う憧れで頭をいっぱいにした彼女の姿が胸に浮かんだ。
Sisters
共通の経験、政治的目標、変化の願望によって結ばれた有名無名の女性たち ティルダ・テイラー、1906年。
戦争により、傷ついたベルギーの兵士たちを看護するペギー。一緒に看護の仕事についた上流階級の娘、グエン、彼女との友情の物語から、この時期の欧州における社会階層及びヨーロッパとの関係性について改めて学ぶことができた。
扉にあった広告「虎と翼」の脚本家、吉田エリカ氏の文章に惹かれて読んだ。
但し長い -
Posted by ブクログ
19世紀末のイギリスを舞台に、『オックスフォード英語大辞典』の編纂に携わった女性、エズメの生涯を描いた歴史大河小説。
「辞書編纂者や辞書の用例に用いられる書物の書き手は男性ばかりで、それはすなわち辞書の内容が男性の言葉に偏ったものになっているということではないか」というのは自分が今まで考えたこともなかった視点で、新しい気づきを与えてくれました。
もちろん現代の日本は本作で描かれる当時のイギリスと状況はだいぶ違いますが、それでも男性目線に偏って作られたものが社会規範としてまかり通っているようなことって今でも結構多いよなと。
また、印象的だったのは終盤、"奴隷娘"を意味する「ボンドメイド」という言葉に対するリジーの一言。
「あたしはねえ、あんたがこんなちっちゃこい頃からあんたのボンドメイドだったの、エッシーメイ。そしてね、それを喜ばなかった日は一日もないんだよ」
リジーの言葉を受けて、エズメはこの「ボンドメイド」の語を、「愛情、献身、あるいは義務によって生涯結ばれていること」と再定義したのでした。
どんな言葉も、辞書による定義に関わらず、それが発された状況、間柄、文脈によって意味は全く変わるもので、重要なのはそれが相手に対する真心、リスペクトをもって発されたものであるか否かということだと思います。
自分の発する言葉がいつも相手にとってなるべく優しい形をしているように意識していきたいし、世界中にネガティブな言葉よりも優しい素敵な言葉がどんどん増えていく未来であってほしいなと思いました。
普段なかなか読まないジャンルなので読み終えるのにだいぶ時間がかかってしまいましたが、一人の女性の生涯を通じて、私たちの世界を形作っている「言葉」というものの奥深さや難しさを改めて感じることができた1冊でした。
史実にイマジネーションを掛け合わせて、架空の女性の生涯をこんなに重厚な歴史大河作品に仕上げた作者の方には感服の一言。
巻末に、作中で描写のあった写字室のスタッフたちの集合写真の実物が掲載されているのを見て、作中のキャラクターたちが歴史の中に実在していたことを実感できておお!と嬉しくなりました(^^) -
Posted by ブクログ
『小さなことばたちの辞書』ピップ・ウィリアムズ(小学館)を読む。オックスフォード大辞典(OED)の写字室(スクリプトリウム)と編集助手エズメの物語。原題がThe Dictionary of Lost Wordで表向きは辞書に表れる言葉の物語なのだが、裏では失われた言葉と言葉を失うほどの出来事の物語なのだ。たとえば、「loss」の言葉収集カードには、「失くしちゃって気の毒に、ご愁傷様ってみんな言うじゃないか。でも、失くしたってどれのことを言ってるのか、あたしは訊きたいのよ。だって、あたしが亡くしたのは息子たちだけじゃないんだもの。あたしは母親であることも、孫を持つ希望も失くしたの。ご近所との他愛ないおしゃべりも、家族とのんびり暮らす老後も失くした。毎朝目が覚めるたんびに、それまで気づかなかった新しい失くしものを思いつくの。あたし知ってるのよ、そのうち、正気を失くすんだろうって」(ヴィヴィアン・ブラックマン1915年)。辞書は単なる過去の記録や記憶ではなく、日々変化する人間の言葉の辞書なのだ。散歩して、喫茶店「Post」で洋梨とラムレーズンのケーキをいただきながらの読書。
-
Posted by ブクログ
ピップ・ウィリアムズ『ジェリコの製本職人』小学館を読む。印刷・出版業は面白いのだ。今回はオックスフォード大学出版局の製本所女工の物語。妹は言葉が不自由だと思っていたのが、突如として理解される場面がある。「まるでプリズムが光を濾すように会話を濾す。一つひとつの語句が、それ以外に理解しようもないたった一つの意味になるまで、会話を分解していく」ことに気づく。妹は自分の言葉で文を作るのは苦手でも、繰り返す言葉は選んで使っているのだ。感動的な場面がところどころでキラッと光る。ケアあり愛あり学問あり、さらにオックスフォードへの羨望を満たす街の描写ありなのだ。
-
Posted by ブクログ
2021年豪州ベストセラー1位
2021年オーストラリア書籍業界賞
2021年MUD文学賞
2021年ニューサウスウェールズ州首相文学賞
2021年インディペンデントブック賞
1928年の完成までに約70年を要した、オックスフォード英語辞典(OED)の編纂に関わった人たちの史実を交えたフィクション。
辞書にも男女差別が反映されていることに驚いた。
言われてみれば男性中心社会で作られた辞書には、女性特有の言葉や女性視点の言葉が抜けるのだと納得。
エズメがそんな女性たちの言葉を集める作業をする場面では、名もなき女性たちが自分の言葉が辞書に載ることに感激する様子が強く印象に残った。
翻訳版なので読みづらさや意味がよくわからない部分もあり、とにかく長いので読むのに時間がかかる。
俯瞰して見れば大きな話の流れがいくつかあるけど、起伏の少ない展開が続くので、ちょっと読むのが辛かった。
でも内容的には歴史的に価値のある素晴らしい作品だと思う。
たまに登場する恋愛要素が、セリフがロマンチックできゅんとした。 -
Posted by ブクログ
歴史の中で記録されることのなかった女性達の物語。けれど確かに、強く根の張った芽の息吹がそこにはあった。翻訳がすごく読みやすく、また美しく、基本的に通学中読んでいたのだが休みの日は部屋で声に出して読んでみたりした。新しい読書体験だった。
オックスフォードの製本工房で日中働くペギーは、夜工房から持ち帰ってきた不良本を読みながら大学で学ぶことを夢見ていた。しかし、労働階級の彼女にとって身分の壁は高く、また障害を持つ双子の妹モードの面倒も見なければならない。夢もまた夢の話だった。
第一次世界対戦の足音も大きくなり、あちらこちらで難民を引き取らなければならない。ペギー達の生活も一変する。
病院の患者に手紙を朗読したり代筆する奉仕活動ので出会ったサマーヴィルカレッジの学生グウェン。ペギーとは身分も性格も真反対だった。グウェンの身分を羨み、存分に学ぶことができる環境の中でそこそこの勉学を修める彼女への愛憎、怒りをペギーを通して読み取ることができる。それでいて自分にもチャンスがあることを知って変化を恐れるペギーの戸惑いも。投票権について話していた時、踏まれる立場の気持ちをわかるわけがないと述べたペギー。自分の手では得ることができないもどかしさが伝わってきた。だから、戦後の話で彼女達がとった選択が、彼女達の望みに適ったもので本当に良かったと思える。
ペギーの双子の妹、モード。彼女の言葉は他人からの借用。決して自分で考えることはできないとペギーと共に私も思っていた。けれどそれは違っていると分かったのは焼け落ちたベルギーからやってきた元司書のロッタ。彼女の亡き息子も、詩の言葉でコミュニケートしていた。ロッタはモードにその子を重ねていた。それはモードに重荷ではないかと私は思ったが、モードは静かに受け止める。彼女は決してものを考えられない訳ではない。むしろ静寂の中は彼女の世界で満たされている。それに気づいた時のペギーは焦りを感じる。双子という関係が「ロッタにモードをとられた」、「私は彼女の姉なのに」という感情を助長させる。ペギーがロッタにモードを任せるようになってから私は安心できた。ペギーの感情は嫉妬の一言では片付けられない。そこには育ってきた中での責任があるから。この双子の描写に、(私には双子はおろか女性の兄弟がいないにしろ)何故か共感を覚えてしまった。
どの登場人物も戦争に晒されて"人間味"をすごく感じられる作品だった。この"人間味"は強さとも言い換えられる。ペギーとバスティアンとの関係の描写も芸術的で好きなのだが、中でも墓地で石棺の上に腰をかけるシーンは、木漏れ日や湿り気までも感じられる。一度は"強さ"を失ってしまっても、時間がかかっても、不完全でも人は立ち直ることができることを知ることができる。
フォーカスされた労働階級の女性像。フィクションであることは知っているが、どうしてだろうか、大きなリアルを見出すことができる。確かに彼女達は生きていたのだ。 -
Posted by ブクログ
第一次世界大戦中の英国、オックスフォード大学出版局の製本所で女工として働くペギー。双子の妹モードと、川船に暮らしながら働いている。亡くなった母親も製本所の女工で、失敗して売り物にならなくなった本をもらい受け、家には糸で綴じられただけの本がたくさんあった。貧しいながらも知識欲もあり、母親はペギーには学業を続けてほしいと思っていた。だが、ペギーは障害のある妹のモードを置いてまで勉強続ける気になれなかった。
勉強を続けて大学まで行くことは、女性にとってはとても稀有な時代に優秀さを認められ、奨学金を受けて勉強するように勧められるペギー。顔や体の半分に重傷を負いながらも祖国へ戻り、ベルギー再建に尽くしたいと考えるベルギー人士官のバスティアンとの出会い。女性の参政権を求める運動などを背景に、ペギーの生き方を描く。
前作「小さなことばたちの辞書」の続編ではないのだが、舞台は同じ第一次大戦中の英国・オックスフォード大学出版局。「小さな…」の登場人物やエピソードも出てくる。
時代も環境も大きく違う時代だが、だからこそ勇気づけられる。 -
Posted by ブクログ
WW1のオックスフォードが舞台
女性の参政権や地位が大きく動いた時代
障がいを持つ双子の妹の為に、学問への道を諦め、
製本所で働く20代前半の姉が主人公
それでも何処か諦めきれず
失敗した製本の一部をこっそり持ち帰ったり
仕事中に暗記したり
妹への複雑な想い
若くして亡くなった母への想い
恋の行方
身近になっていく、迫りくる戦争の足音
それらが、フィクションながら
現実の時代設定、
実在した人物を幾人か織り交ぜながら
物語にリアリティを持たせ、
重厚な海外ドラマを見終えたような
満足感に浸れる
前作『小さなことばたちの辞書』の姉妹編に当たる
前作に出てる登場人物も出てるらしく
そちらはまだ未読なので、読んでみたくなりました -
Posted by ブクログ
オックスフォード英語大辞典の編纂に関わった実在の人々の中にひとりの少女を登場させ、
その時代の女性たちがどのように生きたか、
辞書に入ることを許されなかったことばたちと絡めて描かれた大作。
編纂者の一人である父との二人暮らしの中、1日をほぼ写字室(スクリプトリウム)で過ごすエズメ。
話し相手はパパと、マレー博士(編纂主幹)の家の女中、リジー。
エズメの心の揺れや、子どもならではの失敗や小さな罪を、このリジーが上手にすくい上げ、力になってあげる姿に何度も救われた気分に。
二人の関係性がとても良かった。
主人公よりもリジーに肩入れしながら読んでしまった。
ことばに関係する本だけあって
あちこちに考えさせられる表現や
奥深い台詞が散りばめられている。
本の装丁もすてき。 -
Posted by ブクログ
第一次世界大戦中にイギリスで製本職人として働く少女、父親はおらず母親も亡くなり、少し発達障害を有すると思われる双子の妹とともにボートでの生活をしながら勉強への渇望が徐々に実っていくお話。主人公や周囲の人々が一歩ずつ人生を歩んでいく様がとても丁寧に描かれており、自分も同じ歩調を感じながら読み進めた。女性の権利を訴え勝ち取ったに見えても、実現したときに訴えた階層の女性が除外されたなど、”踏まれる石”が存在する哀しみや悔しさも綴られている。そのような中で”選択肢がある特権を持つ人”がどのように社会に貢献していくかも重要な課題として提起されているように感じた。戦争で傷ついた兵士らの描写は抑えめながらも惨くそれが今も続いていることはやるせない気持ちになる。