深井龍之介のレビュー一覧

  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

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    ネタバレ

    孔子⚫︎イエスキリスト
    結論 存在感した時点で人生は99%成功
    短期的なスパンで他人を評価しない方がいい

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    2026年01月14日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

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    変化の激しい現代において、特定の価値観に傾倒せずに、あらゆる価値観から距離を置くという態度は重要だと感じた。あらゆる考えに対して「ふーん、そういう考えもあるかぁ」程度に納める感じ。
    価値観は生きている時代や社会に左右されるという点も重要だと感じた。明治以降はスーツがかっこいい、現代はラフな服装で仕事をするのがかっこいいに戻っていたり、社会の流れで価値観はコロコロ変わる。時代や社会に迎合するもよし、迎合しないもよし、何を軸にして生きるかを選べる時代。選ばなければならない時代。
    そうした圧力すらメタ認知しつつ、心の声に耳を傾け体を預ける日々を過ごしていこうかね。

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    2026年01月14日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

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    リベラルアーツとは、自由になるための学問である。現代は何に価値があるのか自分で答えを出す時代であり、答えを出せる力を鍛えることが求められている。そのためには、物事を多面的・多角的に考えられる力が必要であり、想像力が大切になってくる。
    人間の学びは「人・本・旅」であるとされる。それぞれの学問は視点という捉え方ができる。見え方を鍛えれば、物事の解像度が上がっていく。西洋と東洋の文化の違いも知っておくことが重要だ。たくさんのことを知れば、それらが頭の中で混ざり合って自分なりの見え方になっていく。​​​​​​​​​​​​​​​​

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    2026年01月12日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

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    7つの分野の専門家の話を聞いていく、対談形式の書籍。

    たくさんの視点を持つにはどのようにしたらよいのかというヒントが隠されているのでは?と思い手に取った。


    本作は
    ・物理学
    ・文化人類学
    ・仏教学
    ・歴史学
    ・宗教学
    ・教育学
    ・脳科学
    の7つの分野の話が掲載されている。


    そこでおすすめなのが、読んで気になるところに付箋を貼っていく読み方をしてほしい。

    読書メモとしてまとめる時に、たくさん付箋のついた分野、あまりつかなかった分野が出てくると思う。
    それが現在の興味関心の度合いと思われる。
    そこからその分野を広げていくのも面白いと思う。


    個人的に面白かったのは、物理学や仏教学、歴史学、宗教学それぞれに『哲学』というワードが入っていること。
    つまり、哲学から色々な学問が派生していったと捉えることができる。
    これも、いろんな視点を持ったからこそ派生することができたのではないか?と思った。


    最後に、本作はじめの方にとても納得した本文があるので紹介したい。

    「社会と違う視点でいること自体は、悪くありません。
    ただ、自分が社会とどうずれているのかをまったく認識できないことが、問題なんです。」

    現在、多角的に視点を持つということが言われているが、世間とかけ離れたこと伝えると受け入れられにくい。
    だからこそ、客観的に自分と社会とをみていくことが大事で、その為にいろんな分野を知ることが多角的にとらえられるヒントになるのではと感じた。

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    2026年01月08日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

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    p246

    【目次】
    はじめに
    chapter.01 リベラルアーツの力を考える
    chapter.02 物理学:「直感」を身につけて、判断力を手に入れろ ×北川拓也
    chapter.03 文化人類学:感染症も経済も、世の中はすべて文化人類学の研究対象になる ×飯嶋秀治
    chapter.04 仏教学:実はきわめて論理的な、仏教の世界へようこそ ×松波龍源
    chapter.05 歴史学:歴史を学ぶことで「つっこみ力」を磨け ×本郷和人
    chapter.06 宗教学:キリスト教が、世界を変えた理由 ×橋爪大三郎
    chapter.07 教育学:現代に再び現れた「松下村塾」の実践 ×鈴木 寛
    chapter.08 脳科学:感情の仕組みを脳から読み解く ×乾 敏郎
    おわりに─7つの対話を終えて

    西洋哲学(古典力学)の学者達が研究に行き詰まった時に、東洋哲学(インド哲学)に頼ってみたら、古典力学から量子力学に発展したんだよね。だから、インドは科学史のターニングポイントみたいになってて、科学界でのインドのかっこよさは異常だと思う。だからインドにずっと憧れてる。


    これわかる。肌の色で差別する発想って日本人の私からしたら感覚がイマイチ掴めない。ハッシュタグBLM運動とかやってる日本人って日本にしか住んだことないような人達が本当に感覚分かってるのかなと思う。

    物理学、文化人類学、仏教学、歴史学、宗教学、教育学、脳科学といった7つの分野からリベラルアーツを考えるとそれぞれの学問分野が密接に繋がっていることが分かる

    世界の見方や時代の変遷について少しずつは理解が深まってきていることも実感

    「深井  リベラルアーツは、直接的に仕事や出世に役立つわけではありません。だから 50年くらい前までは、ごく一部の人が学べばいいものでした。でも僕たちが生きる現代は、教養がとても大切になってきています。  というのも、現代は「個人が生き方を主体的に選ばなければならない、史上初めての時代」だからです。詳しくは後述しますが、これまでの人類は歴史の中で、社会によって生き方が規定されていました。でも現代人は、それを自分で選ばなければいけません。  加えて、いろんな価値観が同時多発的に存在しています。異なる価値観を持つ人たちとは、競争したり打ち負かしたりするのではなくて、共存しなくちゃいけない。  さらに言えば、「何に価値があるか」も、数年ごとに変わっていきます。 3年後にどんなものに価値があるとされているか、それすら予測できない。こうした状況も、史上初めてです。  有史以来、価値観の転換は何度もありました。でも現代は、そのスピードがこれまでと比べものにならないくらい速い。だから、「何に価値があるか」を一人一人が考えなければいけないんです。「 How」じゃなくて「 What」や「 Why」が、万人にとってすごく大切な時代になってきています。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  要するに、 2人とも文系です。だから僕たちのバックグラウンドと、なるべく遠い学問から始めたいと思いました。遠いと思われる分野を初めに持ってくることで、リベラルアーツの幅の広さを感じてほしかったんです。それに、日頃から歴史を語っている僕が、歴史学から始めても、新しさがありませんし。  何より物理学って、この世界ですごく重要じゃないですか。あらゆるものは、物理から発展している感覚があります。野村  そうですね。世の中のテクノロジーの多くは、物理の原理が下地にありますからね。確実に、現代社会を構成する1つの要素といえるでしょう。  ただ、苦手意識を感じる人も多いと思うんです。私自身、高校 1年生の物理の授業がまったくわからなくて、自分は文系に行くべきだとはっきり自覚しましたから(笑)。結局、物理を学んだのはその 1年だけでした。まあ文系・理系という区分自体も、これから変わってくるかもしれませんが。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「ユージーンは芸術家から物理学者に転向した人なので、物理学と他分野の橋を架けることに寛容です。とくに変化が激しいこれからの時代は、その「物の理」をもっと幅広くとらえ、他の分野にも取り入れるべきだと考えているから、こういう言葉が出るのだと思います。  現在の物理学は、大きく2つに分けられます。1つは、物をどんどん小さい単位で見ていき、世界が何で構成されているかを解き明かすもの。何からできているかさえわかれば、世の中が理解できるはずだという考え方です。「素粒子理論」や「超ひも理論」は、こちらに分類されます。  もう1つはそれとは逆で、原子や分子を組み合わせると何ができて、どんなことに役立つのかを研究する分野です。「物性物理」と呼ばれていて、僕はこちらを専攻していました。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「ですから物理学者とは、「できる限り、考えることをすべて物理にするんだ」という少し傲慢な姿勢と、「何でも理解したい」という謙虚な姿勢が、同居する存在なのかもしれません。深井  なるほど。物理学者の「何でも理解したい欲求」には、すさまじいものがありますよね。「世界を1つの数式で表したい」という人もいるじゃないですか。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「北川  その証拠に、学者の評価は被引用数、つまり他の論文に引用された数で決まります。日本人はあまりやりませんが、学者の評価を見たいときは、まずは「 Google Scholar(グーグルスカラー)」で引用数を見る。そのとき、すでに解決した問題では、引用されません。深井  まだ疑問が残っていて議論の余地があるから、引用されるのだと。北川  そうです。新しい問題を解こうとしている人たちに引用されるということは、新たな問いを作ったということ。さっきの統一理論に取り組む物理学者でいえば、「統一できないこと」に興奮しているんです。深井  おもしろい!  歴史を勉強しながら「すべてを理解できる」という人間の傲慢さを感じていたんですが、それは傲慢さだけじゃなくて、わからないことに対する興奮でもあったんですね。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「まさにそうですね。とくに物理は、 1兆分の 1の精度で理論の正しさが確認されているから、直感も正確になりやすいです。  だから物理学者同士で話すときは、すごく身振り手振りが多くなります。会話の中に数式は入りますが、直感的な表現で理論を構築していく。ある意味、とてもクリエイティブなんです。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  「物理学的にものを見る」とはこういうことなんだ、ととても興味深いです。こうした見方は新しい視点の獲得になりますし、自分の視点との差を意識していただくと、より楽しめると思います。  それにしても、やっぱりロジカルですね。きっと僕たちが疑いようのないところを疑っているんだろうなぁ。ものの構造を、複層的に理解しているというか。北川  「 COTEN RADIO」を聞いていると、深井さんも複層的にものごとを見る人だと感じますよ。  ものごとを複層的に見るのは、真実を突き止めようとすることと同じだと思うんです。真実とは泥の中に埋まっているボールみたいなもので、それを取り出すにはいろんな方向からのアプローチがある、というのが僕のイメージです。どの方向から行っても、泥を突き抜けさえすればボールはある。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「北川  なるほど。物理学では1つの真実があるとしたら、実は 5種類ほどの導出の仕方があるんです。  物理学者のファインマンも「1つの公式に対して3つ以上の導出の方法を知っている人が、真の物理学者だ」みたいなことを言っています。物理の世界では実際に、まったく違う考え方から同じ結論に至ることがよくあります。  深井さんも歴史を見るとき、幼少期からの生い立ちを見たり、社会状況から見たりと、いろんな方向から確認するじゃないですか。  1つの真実にたどり着くことが多い物理学と違い、社会科学で真実をシンプルに記述することは難しいですが、やっている作業自体は、きわめて近いと思います。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  そこは共通しているんですね。やはり物理学も社会学も哲学の一派で、追究しているものや導出方法が複数あることは同じだと。北川  僕はそう感じています。  実は物理学にも、「現象論」というジャンルがあります。まだ理解できないものごとを、起こっている現象から要素を取り出し、理解しようとする学問です。これは社会で起きていることからストーリーテリングする、社会学と同じですよね。深井  本当ですね。今回の話を聞くまで、社会科学は、物理学ともっと距離のあるものだと思っていました。  哲学という、真理を追究する学問の一派同士なんだという仲間意識が芽生えたし、物理学者の人たちは、自分の中に数式や理論をビッグデータ並みに蓄積して、そのうえで直感を駆使しているんだとわかりました。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  そうですね。社会科学で天才といわれる学者たちも、直感で思いついたようなことを言います。積み上げ式の思考法では、どうやっても出てこないだろう、というようなことを。今の社会の理解とは程遠いことを先に言って、後から理論的に補足していく思考方法を感じるんです。  きっとそれも、これまで哲学や宗教を死ぬほど勉強して、自分の中にデータを蓄積しているからなんでしょうね。そこも、物理学との共通点だと感じます。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「北川  一方で僕は、物理学者と社会学者の違いを如実に感じることがあって。かなりバイアスのかかった見方ですが、物理学者は理解できていないことを早めにそぎ落としてしまう癖があり、また社会学者は早い段階で、考えることを諦める癖があるような気がします。  物理学を含む自然科学は、最終的に真実にたどり着けることが多いから、解けるまで考え抜くし、わからないことがあっても「いや、わかるはずだ」と思う力が強い。  けれど、社会学を含む社会科学はわからないこと、結論が出ないことのほうが多いから、学者も早めに考えるのをやめてしまうように感じます。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  やはり物理学者は、「できる」という思いが大きな原動力になっていると感じます。社会学はどちらかというと「できない」をエンジンにしているから、そのアプローチは異なりますね。北川  だからこそ、産業革命から今に至るまで、自然科学のほうが人間の生活に大きな影響を与えてきたのかもしれないですね。  逆に深井さんにお聞きしたいんですが、社会科学における「理解する」とはどういう定義なんですか?」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  役立てるための手段にすると、その瞬間からリベラルアーツではなくなってしまう。「どういう観点でものごとを見るか」なので、手段の1つ前の段階のものなんですよね。だから、「どう使うか」から離れ続けることも、すごく大事です。これは、この本で紹介するすべての学問領域で、同じことがいえます。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「自分たちの文化を外側から見る「インサイド・アウト」の手法をとることで、それまでの常識から自由になり、自文化を相対化できます。外の文化の視点から見ると、中にいては気づかなかった自文化の奇妙な点が見えてくる。この文化人類学の特徴を生かし「専門家が陥る罠」という形でまとめた本は、ベストセラーになりました(※ 4)。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「飯嶋  一口に先住民といっても民族がたくさんあるので、僕の場合は研究にふさわしい場所を探すために、まず半年かけてオーストラリアを一周しました。  リサーチを終えてここだなと思ったのが、中央砂漠地帯のあたりでした。まず訪れたのは、アランタ族という民族が住んでいるアリス・スプリングスという都市でしたが、ここが目的地だったわけではありません。ここを中継地点にして、もっと奥地に行こうと思っていました。  ですが、そこから奥はアボリジナルテリトリーといって、先住民の人たちが入ってくる人を決められる土地なので、入るには許可証をもらわないといけないんです。その媒介をする機関を訪ねたところ、「まず現地に友達をつくりなさい。そして自分で車を調達して行きなさい」と言われました。友達をつくれと言われても、福岡から京都を目指すような距離です。どうしよう……と途方に暮れていたところ、酔っぱらった先住民男性が「アイムハングリー」「ギブミーサムマネー」と物乞いをしてきました。  お金を渡しても、どうせ酒を買うだろうと思ったから、彼に「おなかが空いているなら、食べ物を持っているからそれを分けるのはかまわないけど、お金は渡せない。僕は君たちの文化を勉強しに来たから、よかったら何か言葉を教えてくれないか」と言ったんです。  すると意外にも「それなら教えてやるよ!」と乗ってきて、それがきっかけで彼が僕のホストファミリーになりました。結果的に、彼のアランタ族を研究することになったんです(※ 5)。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著



    「私も日頃から感じるんですが、目の前の人とうまくいかないとき、「あの人はなぜこんなことを言ってくるんだろう」「何か私が失礼なことをしたかな」と自分や相手に原因を求めると、結構しんどいんです。  それを一歩引いて「この集団はこういう価値観で動いているから、一定の確率でこんなタイプの人にも出会うな」と構造でとらえると、ちょっと気持ちが楽になります。深井  僕たちがこんなふうに社会をとらえるのは、 2人とも社会学専攻だったからかもしれませんね。社会学と文化人類学は、どちらも社会のメカニズムを把握することを目的とした兄弟学問です。  社会学はどちらかというと、常に一歩引いたところから社会のメカニズムを理解しようとします。というのは、当事者であればあるほど、客観的に把握するのが難しくなるからです。  ところが文化人類学は、自分がプレイヤーとしてどっぷりコミュニティに浸かりながら、一歩引いた視点からも理解しようとする。当事者意識を持ちながら、構造的理解もする。どちらの視点もバランスよく持っていて、おもしろい学問です。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  なぜ仏教をここに持ってきたかというと、僕自身、というか僕の家が浄土真宗の信徒なんですね。しかも本願寺派で、日本でもっとも信徒数が多いといわれる宗派です。とはいえ熱心な仏教徒ではないので、いわゆる「スタンダードな日本人」と言っていいでしょう。  僕はこれまで、葬式仏教(葬式の際にしか必要とされない形骸化した仏教)になっている現代の日本の仏教を、少し馬鹿にしていました。なまじ、宗教を少し勉強しただけに「戒名をお金で買うって何なんだ」と。あまりにインスタントなやり方に思えて「宗教を舐めてるのか」という感じだったんです。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「もし宇宙に自分一人しかいなければ、「私」を定義する必要もないですからね。なぜかというと、他者という概念が存在しないから。  これを僕なりに解釈すると、「どこまでが自分で、どこからが自分でないか」を定義できないことと同じだと思うんです。  たとえば、僕は右手の親指を自分だと思っているし、左手も自分だと思っている。じゃあトイレに行って、出した後の排泄物は自分だといえるのか。なんとなく、体の中にあるときは自分という感じがするけど、厳密にはどの瞬間までが自分で、どの瞬間から自分でなくなるのか。  僕たちの体は、すべて原子でできています。もっと細かく考えると素粒子になりますね。他者と体を接触させると素粒子が交換されるらしいですから、僕と龍源さんが握手をしたら、どこまでが僕でどこからが龍源さんなのか。素粒子レベルで見ると、本当に「どこからどこまで」といえないですよね。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「龍源  ええ、そうです。つまり私たちは仮の存在で、ただ認識されて固定されただけに過ぎません。それなのに「私はこういう人間だから」と絶対視するから、そこから不自由や苦が発生するのだとお釈迦様は言っているんです。  ですから「私はこうである」「あなたはこうである」「これは良いこと」「これは良くないこと」という固定観念を一度、外してみましょう。それを外すための手段として、仏教には修行があるのです。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「龍源  どんな精神やねん!  と突っ込みたくなりますが(笑)、これも苦なんです。これをどう乗り越えるか。そのためには苦の正体を知らなければならないと考えた結果、苦の発生源はエゴだった。  つまり、何かに期待するから、失望、つまり苦が生じるということです。「こうであってほしい」と期待するけれども、目の前に現れている現象は、必ずしもそうじゃない。そこに人間は一喜一憂するのだ、とお釈迦様は気づいたんです。  だから期待してはいけない。そのこと自体に実体がなく、さらに自分さえ実体がないのだから、実体がない私が実体のない他者に対して「こうあってほしい」と願うのは愚かである。  ものごとは原因と結果から導き出されるのだから、その結果として現れた目の前の現象を冷静に見なさい。それによって苦から脱することができるというのが、仏教の考え方です。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「振られるという結論に至るには、その結果が現れる然るべき道筋、つまり原因があるのだから、それを認識すれば怒る必要はない。「デートのとき、あんなこと言っちゃったな」とか、彼女と根本的な価値観が合わなかったんだな、などと因果関係に納得できれば、サッと次に行けるわけです。  それに気づかず「くそ……!」となると、苦しみに結実する。お釈迦様は、自分が体験するすべてのことには、必ず自分の中に原因があるとも言っています。生きている以上、苦しみの原因が消えることはないけれども、苦しみへの結実を避ける方法を身につけましょうということだと思います。深井  まさに「自分をメタ認知しよう」と言っているわけですね。もっと広い視点から自分を俯瞰すれば、たとえ状況は変わらなくても、心が楽になる。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「龍源  親鸞聖人が開いた浄土真宗は、とにかく「南無阿弥陀仏」と唱え続けることで救われるという教えです。真言宗の私が浄土真宗を語る資格はありませんが、自分の解釈をお話しすると、念仏を唱えるのは、自分から自我を抜いていく精神行為ではないでしょうか。  ずっと唱えているうちに、南無阿弥陀仏とは自分の心の中にいる阿弥陀さんなのか、自分自身なのか、もうわからなくなってくる。強制的に自分の存在がメタ化され、結果的に、いつもにこにこ穏やかに南無阿弥陀仏を唱えられるようになる。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「深井  いろんなお話が聞けて、とてもおもしろいです。日本ではキリスト教との接点が作りにくいんですよね。クリスチャンの人びとは門戸を広げていると思うんですけど、なんとなく教会には行きづらくて。  唯一、話を聞きやすいのが、向こうから話し掛けてくるモルモン教(正式名称 =末日聖徒イエス・キリスト教会)の人びとです。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「だから数の世界は、自分の外にあるものだと認識できる。数学とは、理性を純粋に使おうとする運動なんですよ。  そして啓蒙思想は数学から、自然科学へ広がっていきました。そこからさらに経済や法律など、人間が生きる仕組みまで、理性で理解する社会科学が生まれていった。  現代はその反動もあって、理性的でない人や考えが人気になったりしているけれど、まずは理性を経由していないとだめなんです。  これに注目しようというのが、宗教改革以降のキリスト教です。電気や自動車など、今までになかったものをこの世にあらしめて、人びとの暮らしを少しでも改善しようとする。これが隣人愛の実践で、そのために理性を使いなさいということです。  だから小中学校で算数や理科の訓練をするのを、馬鹿にしちゃいけないんだ。理性を育てているんですから。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「そして日本は、キリスト教国ではないのに近代化できた、世界でも珍しい国なんです。深井  そうなんですか。橋爪  なぜ日本が近代化できたのか。江戸時代は、もちろん憲法はありません。民主主義もなかったけど、藩があって大名が立法権を持っていた。当たり前のように感じるかもしれないけど、これがない国も多いんです。イスラム世界では神に立法権があるから、政治のリーダーには立法権がありません。  法律を作ると近代化しやすいんだけど、政治に立法権がないからイスラム世界は近代化しなかった。伝統社会が根強いインドも無理だったの。  次に市場経済はどうか。日本は大坂に米相場があって、全国の米を売り買いしていました。藩を超えて需要と供給の法則があったから、商人や町人は合理的に行動していたんです。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「やはり真理の突き詰め方は東洋哲学よりも、西洋哲学のほうが強いと感じます。仏教をはじめとした東洋哲学は、神の制約がないから比較的フラットに考えることができる。もちろん、修行などで突き詰めてはいますが、再現性はそこまで高くありません。仏教では、ある人が突き詰めて悟ったとしても、それを他の人や他の場面にそのまま移し、再現することは難しいですよね。一方で西洋の思想は、再現性のある突き詰め方ができる。 それは、理性は神からの賜物であって、万人に共通する普遍的なものという概念があるからだと納得しました。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

    「乾  それは個性の大きな要因となります。どちらかというと、自分の体をよくわかっている人は、前向きに生きる傾向があるとされます。  では、どうすれば体の状態がよくわかるようになるのか。手段はいろいろありますが、その1つが瞑想だとわかってきました。外環境を無視して、今の自分、とくに体の状態に注意を集中させるのですね。野村  それはどういうメカニズムなんですか。乾  まだよくわかっていないんです。ただ大まかに言うと、何かに注意を払うというのは、その信号を高い精度で処理することだとわかっています。ですから、ある対象に注意を集中すると、その対象の細かなところまで感じ取れるのですが、逆にそれ以外のところは、相対的に無視されたような状態になります。  このような仕組みによって、体の状態に注意を集中し続けると、自分の体のことがよくわかるようになるということです。おそらく、このような訓練をすると、自分の体のことがわかるだけでなく、体の内部状態をうまくコントロールできるようになるのでしょう。これはいずれも、先に述べた自律神経の働きです。」

    —『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著

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    2025年12月09日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

    Posted by ブクログ

    何に価値があるがを一人一人考える必要がある時代
    HOWでなく、whatとwhy

    物事をどこから見るかが教養、リベラルアーツ

    BC6〜4
    哲学者大量発生
    農業の生産性があがって、考える時間ができた

    4c
    キリスト教→教会権力

    フランス革命→人権

    二度の大戦→国家のために

    ミクロを組み合わせればマクロが理解できるかというとそうではない

    理解するの定義の違い
    数学→オペレーションの分類ができたら
    物理学→予測ができたら
    工学→現実におとせたら
    社会学→共感できたら?

    日本はキリスト教国じゃないのに近代化できた世界でも珍しい国
    立法権が神にあって、政治的に法律を決められないから近代化できない。イスラムはまさしくそれ。

    日本に足りないのは市場経済や科学技術ではなく、憲法、民主主義への理解。哲学、理性。

    理性と自我を切り離すことがキリスト教のキモ。

    自分の体がよくわかっている人は前向きに生きる傾向がある→瞑想はこれの訓練になる

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    2025年12月07日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

    Posted by ブクログ

    ビスマルクの言葉で、「賢者は歴史から学び愚者は経験から学ぶ」とあります。 経験は必要ですが、それに頼らない場面も多くあり、両方をバランスよく使える人が成長してゆくのでしょう。

    また更に歴史の本を読みたくなりました。

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    2025年10月03日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

    Posted by ブクログ

    メタ認知で悩みを吹き飛ばせ!
    自分自身に距離を置いて眺めたら気づく、私を悩ませている前提が唯一絶対のものではないと!
    良いメッセージを受け取った

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    2025年08月10日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

    Posted by ブクログ

    SNSで他人の成功が可視化されやすくなった現代において、自分の不甲斐なさに悩んでる人も多いのでは思います。
    ですが、『悩みの多くはその時代の良いとされる価値観に合わないことから発生する』、『価値観は時代とともに変わる』、『偉人たちも評価されるのが老年期だったり死語だったりする』という歴史的事実に目を向ければ、みんなもっと気楽に生きられると思いました。
    自分も職場で同じような仕事をしているのに、上司が変わるたびに自身の評価が上がったり下がったりしているのを目の当たりにしているので、本の内容に腹落ちしました。

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    2025年07月21日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

    Posted by ブクログ

    コテンラジオファンには馴染み深い深井さんの共著ということで楽しく読ませてもらった。ターゲットが異なるのだろうが、正直、単独著書の『歴史思考』よりも断然面白い。コテンラジオ本編でも随所に感じられるように、深井さんの宗教(特に仏教)に対しての熱量が顕著で、該当章の内容が特に興味深かった。

    話は少し逸れるが、対談というものは他人の頭を使いながら自分の頭を整理できる有益なツールだとあらためて感じる。近年ではソフトバンクの孫さんがAI同士に議論させたり、NotebookLMでの対話音声化が注目されていたりと、インプットや思考整理の方法に変化が生じてきたように感じる。今後は、(人間同士の)こうした対談形式の著作はより関心を持たれやすくなるのではないだろうか。

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    2025年07月19日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

    Posted by ブクログ

    偉人は遅咲き
    失敗しかしていない
    「当たり前」なんてコロコロ変わる
    ほぼ全ての悩みは、自分よりも超できる優秀な人間が解決している

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    2025年05月18日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

    Posted by ブクログ

    本書は対談集、めちゃくちゃ面白かった。
    2名の著者が、7つの分野の最先端をはしる学者と対談するという内容。
    ① 物理学
     物事の根本まで立ち返る「第一原理主義」の学問。数式などを重んじる物理学が「直感が重要」と言っているのが印象に残った。直感とは日々たくさんの数式を解き続けて残ったもの、だそうだ。量子コンピュータなど最新の話題も。

    ② 文化人類学
     特に印象に残った話。2年間現地の民族と共同生活をしながら、ある意味「それに染まって」研究をする学問らしい。お話をされている先生が研究した民族では「じゃあ君は私の弟な」と血のつながりのない親族関係を構築する民族であったらしい。
     転職の多い現代、この視点は「企業文化」を理解するのに役立つと考えた。会社によって大きさも人間関係も、また文化も違う。新しい会社に転職したら、2年くらい「文化人類学だ」と思ってその企業の文化や力関係がどうなっているかじっと調査したほうが動きやすくなるのかもしれない。

    ③ 仏教学
     自分が認識するから他者が存在するという話だったが、おそらく私はきれいに理解できていない。「こうであってほしい」と願うのにそうならない、そこから「苦」が生まれるのだという仏教の思想は大変示唆に富む。最近の精神医学でも「期待をしすぎない」ということが盛んに言われているのと共通している。念仏を唱えるとなぜ救われるのか?「唱え続ける」という体を使った行為に集中することで疑いやエゴがなくなるからだと。そのような意味があったのか(てっきり、文字も読み書きできない農民でも救われるように簡略化した結果が念仏なのだと私は思っていた)。

    ④ 歴史学
     歴史学で大事なのは「ツッコミ」の力だそう(例;くじ引きで将軍を決めることってある?)。案外、歴史学に必要なのは社会科の知識ではなく国語的な読解力、裏を読む力だと知った。ある歴史的事象に、限られた資料から、人物(例えば信長)の性格に至るまで脳内で「復元」する作業をする、という点が参考になった。

    ⑤ 宗教学
     こちらは主にキリスト教の話。著者も西洋は一時期よりキリスト教OSによって動いていたという言い方をしている。キリスト教は自殺を禁じているのはなぜか?
    倫理的に悪いからではなく「命より大切なものがあるから」というのは初めて知った。「神様から与えられたものであるので私たちに処分権はない」ということだそうだ。仏教徒の違いが整理されていた。キリスト教で、この世界の向こうがわに「人格を持った神様」がいて、人間と対話する。人が行動を起こすときは他律的。これに対して仏教では人格を持たない「法則(因果)」そのものがあるので、対話せずこちらが理解するしかない(これを理解したら悟り?)。仏教は信仰する側が自律的に行動するしかない。

    ⑥教育学
     あらゆる学問の中で特に具体性を持った学問。中で参考になったのは「卒近代」という考え。脱近代とかいうと近代にマイナスなイメージがあるが、卒業すると考えるとお世話になったとかありがとうという気持ちが湧いてくる。センター試験や共通一次テストは「ミスを見つける」能力ばかり試しているが、変わらなかった。その点論者によれば、高校の科目に「公共」という、板挟みを受けながら自分の頭で考える学問が出てきたことは評価に値する。日本国の破綻に備えて租庸調で生活を担保すべきであるという主張。

    ⑦ 脳科学
     脳波を測定できるようになってから脳科学が急速に進歩、現在もAI研究と同じように、発展し続けている。
     脳が2Dの情報を一旦受けとり「推認」という過程を経て脳内で3Dに変換しているというのは面白い。この「推論」が、スポーツ選手の動き、コミュニケーション・・とありとあらゆることを説明するのに役立つ。
     脳から発せられるトップダウン信号と外の世界の刺激を伝えるボトムアップ信号とがあるが、このギャップが鬱や精神疾患の原因ではないかという説に興味がわいた。しかもうつ病などの場合神経細胞が炎症を起こしているので、その薬が開発されると治療が可能ではないかと。最終的に脳科学と哲学の接近も垣間見えて面白かった。
     

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    2025年05月17日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

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    「コテンラジオ」で深井さんのことを知り、大ファンになりました。

    この本を通して言いたかったことは、きっと第7章の「悩みの答えは古典にある」に凝縮されているんじゃないかと思いました。普段はラジオという音声メディアに携わる深井さんが、なぜ本を書いたのかということも記してあります。

    深井さんが、ご自身だけのために教養をつけるのではなく、現代を生きる私たちの悩みに寄り添い、過去の偉人が残した功績や生き方に私たちがアクセスしやすくなることで、悩みを解決したり、生きやすくしたりすることに繋げようとする取り組みに、個人的にとても感謝しています。この本も、その取り組みの一環であるという認識です。

    本の中身は、文面が口語的でとても読みやすく、紹介される偉人も有名人ばかりで、抵抗なく読み進めていけました。またこの本の執筆にあたっても参考文献が掲載してあり、複数の本の内容を読者向けにまとめているところは、コテンラジオに通じるところがあり、とても深井さんらしいなと思いました。

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    2025年03月22日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

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    歴史の知識がなかったり、歴史に興味がなくても、読みやすいし、面白い本です。
    終始語られているのは大半の悩みは古代の人々が考え尽くしているので古典を読めば悩みに向き合うことができるということ。歴史思考でみると、平凡とか非凡とか「どうでもいい」し、身の回りにある「当たり前」も歴史思考でみるとぜんぜん当たり前じゃなかったり。価値観も場所や時代によって変わるし、歴史を知ることによるメタ認知のことを「歴史思考」とよんでいる。子どもにもおすすめしたい。

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    2025年03月14日
  • 視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話

    Posted by ブクログ

    リベラルアーツがなぜ大事か?昔と今の社会の違い、要は社会がそれを要請しているから。

    自分と社会の関係性がどうあるべきか?という根本的な問い。物事をどこから見るか?がリベラルアーツだという主張。リベラルアーツは何か?なぜ必要か?を考え抜いた末のシンプルな主張に感動する。

    教養とは、スキル知識だけのことでなく、立ち位置な視点、思考法のこと。歴史的にみると?人類学的にみると?科学的にみると?いろんな視点がある?

    歴史上、思考OSの転換は度々あった、今はその転換サイクルが異常なほど早い。

    役立てるために学ぼうとすると、リベラルアーツから外れてしまう。こういう視点もあるんだ、という観点で学ぶ姿勢が大事。

    人、旅、旅行、が広い視野を身につけるのに必要な要素。

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    2026年01月18日
  • 人文知は武器になる

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    歴史上の出来事を抽象化し今の具体につなげる。本書で主張されている日本の強みたり得ることも過去を振り返り自国をメタ認知することで出てくる発想かなと。このように高い視座で仕事することを目指し、まずは好きに勉強しようと思います。

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    2026年09月27日
  • 人文知は武器になる

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    安定の好きな本。
    普段の山口さんの本と違って、山口さんがインタビュアーとなって、深井さんの歴史の知見を引き出す感じなのが良かった。
    ますます歴史を学ぼうという気持ちが湧いた。

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    2026年09月24日
  • 世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考

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    歴史を通じて、今生きづらさを感じている人を応援する内容。
    コテンラジオを通じて感じる深井さんの考え方がわかりやすく書かれている。
    子どもでも読みやすい易しさで書かれている。

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    2026年09月15日
  • 人文知は武器になる

    Posted by ブクログ

    元ゴールドマンサックスの田中渓さんが、YouTubeのインタビュー中にポケットに入れて持っていて、今この本読んでますっておっしゃっていたので、読んでみた。
    著者の山口周さんは哲学を中心に経営コンサルタントをされているというところが面白いなと思う。本書は、COTEN RADIOの深井龍之介さんとの対談。哲学や歴史に興味を持ち始めたばかりの私には、ちょっと退屈、まだ面白さを一緒に感じることができなかった。 
    自分のテーマ、例えば愛とは何か、とか、幸せとは、とかそういう大きなテーマを持って、それを解決できそうな本を読むってことから始めたらいい、と言われていて、それは実践したい。

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    2026年09月13日
  • 人文知は武器になる

    Posted by ブクログ

    この本のテーマは【はじめに】の山口氏の文章に要約されていると思う。
    p7
    哲学は私たちが当たり前に受け入れているものに対して批判的な眼差しを向け、「なぜ、そうなのか」「なぜ、他ではないのか」を問いかけさせます。つまり前提を疑い、価値を多元的に吟味する学問です。
    歴史学は私たちに「それはどこから来て、どこへ向かうのか」と問いかけることを教えます。人類が過去に何度も同じ失敗を繰り返してきたことを示し、私たちがいま置かれている局面を、長い時間のスケールのなかに位置づけてくれます。
    文学は私たちに「人はなぜ、そのように感じ、行動するのか」を描く想像力を与えてく
    れます。合理性だけでは説明できない欲望、恐れ、嫉妬、愛、希望。そうした人間の深層に触れさせてくれます。
    これらはすべて、世界を理解するための「見取り図」を更新する営みです。
    私は、人文科学を「教養」や「嗜み」と呼ぶよりも、むしろOS(オペレーティング・システム)だと考えています。どんなアプリケーション(スキル)を動かすか以前に、どのOSで世界を見ているかが、意思決定の質を決めてしまうからです。
    同じデータを見ても、同じ出来事に直面しても、人によって洞察が分かれるのはなぜなのか?その差を生むのは、能力の差ではなく、「世界の切り取り方」の差です。

    【以下、抜粋。】
    p42
    オックスフォード大学の看板学部、代表的な学位コースはPPE(Philosophy, Politics and Economics)といって、哲学・政治学・経済学という三つの分野を並行して学ぶことで人間や社会を深く理解することをめざすプログラムになっている。(略)ハーバード大学にあるのは、実はリベラルアーツ学部のみで、経営・法律・医学などの専門分野は大学院で学びます。専門性を身につけるためには、ベースとして文理融合の多分野にわたる知識が必要で、社会のリーダー候補、いわゆるエリートと呼ばれる人たちは、専門性だけに偏らない、幅広い知識や視野を持たなければならないという思想がある。

    p73
    特に大手企業の採用基準が、高度経済成長の時代とほとんど変わってないということです。未だに工業化社会において求められる人材像を求めている。代表例は、「与えられた問題に対して実直に正解を出せる能力」です。そういう能力に長けた人材を選ぶうえでのプリ・スクリーニングの機能を果たしたのが大学入試でした。(略)ところが、いままさに技術革新が起きています。AIの費用が安くなり、与えられた問題を解決するコストが下がると、その能力は過剰供給されるので、過去の歴史のパターンから考えると、価値が下がるはずなんです。
    過去の歴史から見て、過剰供給されると何が起こるかというと、ボトルネックが隣の工程に移動します。(略)そう考えると、正解を出す能力が上がったいま、ボトルネックとなっているのは、次の2つの能力です。
    「おもしろい問いを立てる」能力
    「出した解を実行する」能力

    p123
    「技術革新が、社会のゲームルールを変える」ということについて詳しく話します。
    単に新しい道具が増えて便利になる、といったレベルの話ではなくて。技術が変わることで社会の「主要な生産体制」が根底から変わり、その結果、それまで「正解」だと言じられていた行動原理や倫理が、新しい環境では致命的なエラー、つまり「バグ」になってし
    まう。そういう構造的な変化が起こります。
    歴史を振り返ると分かりやすいのですが、社会の「規範」や「道徳的価値」というのは、絶対普遍のものではなく、実はその時代の「生産体制」に都合が良いように後付けで作られている側面が非常に強いんです。
    たとえば、産業革命によって人々が工場で働くようになったとき、規範もまた大きく書き換えられました。生活の場と労働の場が切り離されたことで、「男性は外で仕事、女性は家で家事・育児」という役割規範が新しくできあがりました。それに合わせて母親像も大きく変わったのがこの時代です。産業革命以前、農村や手工業者の家庭では家族全員が生産活動に携わっており、母親もまた家事と並行して農作業や家業を担う存在でした。子育ては家族全体、あるいは地域共同体で分担するものであり、「母親が子供につきっきりで育てる」「子供の教育は母親の仕事」という発想自体がそもそも存在しなかったのです。
    しかし、核家族化が進む中で、「母親が愛情を持って子供と向き合い、献身的に育てることこそが正しい」という新しい規範が社会にインストールされていきました。「母性愛は本能である」という考え方も、ヨーロッパにおいてはこの時代以降意図的に作られたと言われています。日本においては、明治期の近代化と核家族化の進展の中で「良妻賢母」という規範が国家主導で形成されていったとされており、戦後さらに核家族化が加速する中で「母親が子育ての中心を担う」という規範が強化されていったと考えられています。
    つまり、私たちが「当たり前」だと思っている規範の多くは、ある特定の時代・特定の生産体制のもとで「都合よく」形成されたものにすぎないのです。(略)いままで歴史で技術革新があったのに規範が変化しなかった例はないのです。だから今回も変わることはほぼ疑いがない。

    p200
    ヨハネの福音書の冒頭に「初めに言葉があった」、「すべては言葉によってなった」と書かれています。あの「言葉」というのは、もともとのギリシャ語だと「logos (ロゴス)」で、英語の「logic(ロジック)」の語源になった言葉だから、「logos」には「言葉」以外にも「論理」とか「理性」といった意味がある。日本語に訳すときになかなか苦労したと思うんですけど、日本人からすると「言葉」と「理性」というものがくっついてるってこと自体が、かなり違和感があるわけです。
    でも、初めにlogosがあって、logosによってすべてがなったのであれば、logosによって万物は秩序づけられているわけで、それは神の似姿として作られた人間の理性で解明することができるはず、という思考が彼らのベースにはあるんです。

    p230
    「未来は予測できない」ということ。スタートアップは事業計画書を書いて売上目標や成長性を示す必要がありますが、数年後に急成長するという前提からバックキャストでつくる(未来のある時点から逆算して計画を立てる)のが基本です。
    僕は、こうした資金調達のやり方は、欧米のような「理性に対する信仰」が暴走している状態だと思っていて。そもそも未来を予測することなんて、歴史を振り返っても、いまの社会状況を見ても、できていないのは明らかですよね。自然現象とは異なり、人間社会や歴史には厳密な法則性が存在しないので、未来を計算によって正確に予測することは本質的に不可能なんです。(略)
    僕たちが直面している問題の根幹は、「企業のパフォーマンスはすべて数字で示せるはずだ」という強い思い込みにあります。いまのビジネス界を支配しているのは、デカルトやカントの時代から地続きの、いわば「300年前の古い哲学」なんですよね。それは、「世界は客観的に計測可能である」という前提に立ち、株価や離職率、果てはソーシャルインパクトまでも数字で説明しようとする「定量化至上主義」です。しかし、この古い思考基盤には、決定的な「ブラインドスポット(死角)」が存在します。(略)「人間の仕事」とは、不確実な未来を予測することではありません。計算や論理では導き出せない理想の「関係性」を自ら決定し、それを立ち上げるための「意志」を持つことです。「情勢が悪化しそうだから撤退する(予測)」のではなく、「悪化しそうだが、われわれは友好的な友人でありたい(意志)」と決めること。この矛盾を引き受け、決着させることこそが、AIにはできない経営者の責任だと僕は思っています。

    p233
    僕が歴史の勉強から導き出した仮説の一つに、「ホモ・サピエンスは、基本的に儀式をしないと集団での合意形成ができない」というものがあります。人類がもっともコストをかけてきたのは、儀式、コンセンサスをとる手続きだと思っています。
    たとえば、古代中国では「龍の甲羅を焼いて、ヒビの入り方で方針を決める」という儀式を行っていました。これはたとえですけど「右にヒビが入ったら、戦争する」と決めておいて、戦争したかったら右にヒビが入るまで何度もやり直していたんですよ。(略)
    現代人からすると、そんなのバカらしいと感じるじゃないですか。だけど、スタートアップが資金調達のために事業計画書を出して合意形成する「儀式」もまったく同じだと思っています。儀式でコンセンサスが取れても、未来が予測できているわけではない。

    p238
    数字というのは非常に具体的なものだと思われていますが、実は最も抽象的な表現方法なんです。学問の中で数学が最も抽象的であるように、数字の本質はその抽象性にこそあります。近代以降、民主主義と資本主義の登場によって、人間は数百人単位ではなく、数百万、数千万人単位で合意形成をしなければならない時代に突入した。そのときに数字の抽象性は非常に役に立った。社会階層や文化圏を超えて、抽象的な領域で合意形成をすることを可能にしたんですよね。しかし、いま僕たちが直面している問題の多くは、その抽象的な合意形成では乗り越えられないものばかりです。(略)数字に表れないものこそが本質的な価値を持っている。それなのにまた数字で合意形成しようとする慣習にのっとってしまうと、解決できないままになってしまう。
    ソーシャルインパクト(ビジネスや公益活動を通じて社会に与える影響)がその典型です。
    抽象性で解決できなかったことを具体的にして解決していこうという動きのはずなのに、インパクト投資の計測という形で数字化することで、また抽象性の世界に押し戻してしまっている。これは愚かだと思っています。そしてなぜこうなってしまうかというと、僕たちが合意形成の「儀式」をアップデートできないからなんですよね。

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    2026年09月11日