あらすじ
JAPAN PODCAST AWARDSベストナレッジ賞受賞の人気番組が待望の書籍化!
7つの学問の研究者と深井龍之介氏・野村高文氏が対談したpodcastを書籍化。様々な選択肢があるがゆえに、迷いや嫉妬が生まれる現代に、世の中をあらゆる視点から捉え、自ら選択できる能力を身につけるための、リベラルアーツの思考法を紹介する。
【目次】
はじめに
chapter.01 リベラルアーツの力を考える
chapter.02 物理学:「直感」を身につけて、判断力を手に入れろ ×北川拓也
chapter.03 文化人類学:感染症も経済も、世の中はすべて文化人類学の研究対象になる ×飯嶋秀治
chapter.04 仏教学:実はきわめて論理的な、仏教の世界へようこそ ×松波龍源
chapter.05 歴史学:歴史を学ぶことで「つっこみ力」を磨け ×本郷和人
chapter.06 宗教学:キリスト教が、世界を変えた理由 ×橋爪大三郎
chapter.07 教育学:現代に再び現れた「松下村塾」の実践 ×鈴木 寛
chapter.08 脳科学:感情の仕組みを脳から読み解く ×乾 敏郎
おわりに─7つの対話を終えて
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
たまたま深井氏のYoutubeを見て人間社会の見方や造詣の深さに感動して、本書を購入。冒頭から、リベラルアーツの意味が「物事を複数の視点で見られるようになる」こと、「人間は物事を相対的にしか捉えられない」こと、「現代は、コミュニケーション手段の発達によって価値観の転換スピードが早く、その重要性が高まっている」ことの説明に引き込まれた。
各界を代表する方々との対話は発見の連続。特に仏教における空即是色、色即是空の考え方や、大乗仏教と上座部仏教の考え方の違いやその歴史的背景、西洋哲学との比較は、大変勉強になった。リベラルアーツは私が勉強しているのではない。私の理性が勉強しているのだ。
Posted by ブクログ
リベラルアーツとは、自由になるための学問である。現代は何に価値があるのか自分で答えを出す時代であり、答えを出せる力を鍛えることが求められている。そのためには、物事を多面的・多角的に考えられる力が必要であり、想像力が大切になってくる。
人間の学びは「人・本・旅」であるとされる。それぞれの学問は視点という捉え方ができる。見え方を鍛えれば、物事の解像度が上がっていく。西洋と東洋の文化の違いも知っておくことが重要だ。たくさんのことを知れば、それらが頭の中で混ざり合って自分なりの見え方になっていく。
Posted by ブクログ
7つの分野の専門家の話を聞いていく、対談形式の書籍。
たくさんの視点を持つにはどのようにしたらよいのかというヒントが隠されているのでは?と思い手に取った。
本作は
・物理学
・文化人類学
・仏教学
・歴史学
・宗教学
・教育学
・脳科学
の7つの分野の話が掲載されている。
そこでおすすめなのが、読んで気になるところに付箋を貼っていく読み方をしてほしい。
読書メモとしてまとめる時に、たくさん付箋のついた分野、あまりつかなかった分野が出てくると思う。
それが現在の興味関心の度合いと思われる。
そこからその分野を広げていくのも面白いと思う。
個人的に面白かったのは、物理学や仏教学、歴史学、宗教学それぞれに『哲学』というワードが入っていること。
つまり、哲学から色々な学問が派生していったと捉えることができる。
これも、いろんな視点を持ったからこそ派生することができたのではないか?と思った。
最後に、本作はじめの方にとても納得した本文があるので紹介したい。
「社会と違う視点でいること自体は、悪くありません。
ただ、自分が社会とどうずれているのかをまったく認識できないことが、問題なんです。」
現在、多角的に視点を持つということが言われているが、世間とかけ離れたこと伝えると受け入れられにくい。
だからこそ、客観的に自分と社会とをみていくことが大事で、その為にいろんな分野を知ることが多角的にとらえられるヒントになるのではと感じた。
Posted by ブクログ
p246
【目次】
はじめに
chapter.01 リベラルアーツの力を考える
chapter.02 物理学:「直感」を身につけて、判断力を手に入れろ ×北川拓也
chapter.03 文化人類学:感染症も経済も、世の中はすべて文化人類学の研究対象になる ×飯嶋秀治
chapter.04 仏教学:実はきわめて論理的な、仏教の世界へようこそ ×松波龍源
chapter.05 歴史学:歴史を学ぶことで「つっこみ力」を磨け ×本郷和人
chapter.06 宗教学:キリスト教が、世界を変えた理由 ×橋爪大三郎
chapter.07 教育学:現代に再び現れた「松下村塾」の実践 ×鈴木 寛
chapter.08 脳科学:感情の仕組みを脳から読み解く ×乾 敏郎
おわりに─7つの対話を終えて
西洋哲学(古典力学)の学者達が研究に行き詰まった時に、東洋哲学(インド哲学)に頼ってみたら、古典力学から量子力学に発展したんだよね。だから、インドは科学史のターニングポイントみたいになってて、科学界でのインドのかっこよさは異常だと思う。だからインドにずっと憧れてる。
これわかる。肌の色で差別する発想って日本人の私からしたら感覚がイマイチ掴めない。ハッシュタグBLM運動とかやってる日本人って日本にしか住んだことないような人達が本当に感覚分かってるのかなと思う。
物理学、文化人類学、仏教学、歴史学、宗教学、教育学、脳科学といった7つの分野からリベラルアーツを考えるとそれぞれの学問分野が密接に繋がっていることが分かる
世界の見方や時代の変遷について少しずつは理解が深まってきていることも実感
「深井 リベラルアーツは、直接的に仕事や出世に役立つわけではありません。だから 50年くらい前までは、ごく一部の人が学べばいいものでした。でも僕たちが生きる現代は、教養がとても大切になってきています。 というのも、現代は「個人が生き方を主体的に選ばなければならない、史上初めての時代」だからです。詳しくは後述しますが、これまでの人類は歴史の中で、社会によって生き方が規定されていました。でも現代人は、それを自分で選ばなければいけません。 加えて、いろんな価値観が同時多発的に存在しています。異なる価値観を持つ人たちとは、競争したり打ち負かしたりするのではなくて、共存しなくちゃいけない。 さらに言えば、「何に価値があるか」も、数年ごとに変わっていきます。 3年後にどんなものに価値があるとされているか、それすら予測できない。こうした状況も、史上初めてです。 有史以来、価値観の転換は何度もありました。でも現代は、そのスピードがこれまでと比べものにならないくらい速い。だから、「何に価値があるか」を一人一人が考えなければいけないんです。「 How」じゃなくて「 What」や「 Why」が、万人にとってすごく大切な時代になってきています。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 要するに、 2人とも文系です。だから僕たちのバックグラウンドと、なるべく遠い学問から始めたいと思いました。遠いと思われる分野を初めに持ってくることで、リベラルアーツの幅の広さを感じてほしかったんです。それに、日頃から歴史を語っている僕が、歴史学から始めても、新しさがありませんし。 何より物理学って、この世界ですごく重要じゃないですか。あらゆるものは、物理から発展している感覚があります。野村 そうですね。世の中のテクノロジーの多くは、物理の原理が下地にありますからね。確実に、現代社会を構成する1つの要素といえるでしょう。 ただ、苦手意識を感じる人も多いと思うんです。私自身、高校 1年生の物理の授業がまったくわからなくて、自分は文系に行くべきだとはっきり自覚しましたから(笑)。結局、物理を学んだのはその 1年だけでした。まあ文系・理系という区分自体も、これから変わってくるかもしれませんが。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「ユージーンは芸術家から物理学者に転向した人なので、物理学と他分野の橋を架けることに寛容です。とくに変化が激しいこれからの時代は、その「物の理」をもっと幅広くとらえ、他の分野にも取り入れるべきだと考えているから、こういう言葉が出るのだと思います。 現在の物理学は、大きく2つに分けられます。1つは、物をどんどん小さい単位で見ていき、世界が何で構成されているかを解き明かすもの。何からできているかさえわかれば、世の中が理解できるはずだという考え方です。「素粒子理論」や「超ひも理論」は、こちらに分類されます。 もう1つはそれとは逆で、原子や分子を組み合わせると何ができて、どんなことに役立つのかを研究する分野です。「物性物理」と呼ばれていて、僕はこちらを専攻していました。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「ですから物理学者とは、「できる限り、考えることをすべて物理にするんだ」という少し傲慢な姿勢と、「何でも理解したい」という謙虚な姿勢が、同居する存在なのかもしれません。深井 なるほど。物理学者の「何でも理解したい欲求」には、すさまじいものがありますよね。「世界を1つの数式で表したい」という人もいるじゃないですか。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「北川 その証拠に、学者の評価は被引用数、つまり他の論文に引用された数で決まります。日本人はあまりやりませんが、学者の評価を見たいときは、まずは「 Google Scholar(グーグルスカラー)」で引用数を見る。そのとき、すでに解決した問題では、引用されません。深井 まだ疑問が残っていて議論の余地があるから、引用されるのだと。北川 そうです。新しい問題を解こうとしている人たちに引用されるということは、新たな問いを作ったということ。さっきの統一理論に取り組む物理学者でいえば、「統一できないこと」に興奮しているんです。深井 おもしろい! 歴史を勉強しながら「すべてを理解できる」という人間の傲慢さを感じていたんですが、それは傲慢さだけじゃなくて、わからないことに対する興奮でもあったんですね。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「まさにそうですね。とくに物理は、 1兆分の 1の精度で理論の正しさが確認されているから、直感も正確になりやすいです。 だから物理学者同士で話すときは、すごく身振り手振りが多くなります。会話の中に数式は入りますが、直感的な表現で理論を構築していく。ある意味、とてもクリエイティブなんです。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 「物理学的にものを見る」とはこういうことなんだ、ととても興味深いです。こうした見方は新しい視点の獲得になりますし、自分の視点との差を意識していただくと、より楽しめると思います。 それにしても、やっぱりロジカルですね。きっと僕たちが疑いようのないところを疑っているんだろうなぁ。ものの構造を、複層的に理解しているというか。北川 「 COTEN RADIO」を聞いていると、深井さんも複層的にものごとを見る人だと感じますよ。 ものごとを複層的に見るのは、真実を突き止めようとすることと同じだと思うんです。真実とは泥の中に埋まっているボールみたいなもので、それを取り出すにはいろんな方向からのアプローチがある、というのが僕のイメージです。どの方向から行っても、泥を突き抜けさえすればボールはある。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「北川 なるほど。物理学では1つの真実があるとしたら、実は 5種類ほどの導出の仕方があるんです。 物理学者のファインマンも「1つの公式に対して3つ以上の導出の方法を知っている人が、真の物理学者だ」みたいなことを言っています。物理の世界では実際に、まったく違う考え方から同じ結論に至ることがよくあります。 深井さんも歴史を見るとき、幼少期からの生い立ちを見たり、社会状況から見たりと、いろんな方向から確認するじゃないですか。 1つの真実にたどり着くことが多い物理学と違い、社会科学で真実をシンプルに記述することは難しいですが、やっている作業自体は、きわめて近いと思います。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 そこは共通しているんですね。やはり物理学も社会学も哲学の一派で、追究しているものや導出方法が複数あることは同じだと。北川 僕はそう感じています。 実は物理学にも、「現象論」というジャンルがあります。まだ理解できないものごとを、起こっている現象から要素を取り出し、理解しようとする学問です。これは社会で起きていることからストーリーテリングする、社会学と同じですよね。深井 本当ですね。今回の話を聞くまで、社会科学は、物理学ともっと距離のあるものだと思っていました。 哲学という、真理を追究する学問の一派同士なんだという仲間意識が芽生えたし、物理学者の人たちは、自分の中に数式や理論をビッグデータ並みに蓄積して、そのうえで直感を駆使しているんだとわかりました。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 そうですね。社会科学で天才といわれる学者たちも、直感で思いついたようなことを言います。積み上げ式の思考法では、どうやっても出てこないだろう、というようなことを。今の社会の理解とは程遠いことを先に言って、後から理論的に補足していく思考方法を感じるんです。 きっとそれも、これまで哲学や宗教を死ぬほど勉強して、自分の中にデータを蓄積しているからなんでしょうね。そこも、物理学との共通点だと感じます。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「北川 一方で僕は、物理学者と社会学者の違いを如実に感じることがあって。かなりバイアスのかかった見方ですが、物理学者は理解できていないことを早めにそぎ落としてしまう癖があり、また社会学者は早い段階で、考えることを諦める癖があるような気がします。 物理学を含む自然科学は、最終的に真実にたどり着けることが多いから、解けるまで考え抜くし、わからないことがあっても「いや、わかるはずだ」と思う力が強い。 けれど、社会学を含む社会科学はわからないこと、結論が出ないことのほうが多いから、学者も早めに考えるのをやめてしまうように感じます。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 やはり物理学者は、「できる」という思いが大きな原動力になっていると感じます。社会学はどちらかというと「できない」をエンジンにしているから、そのアプローチは異なりますね。北川 だからこそ、産業革命から今に至るまで、自然科学のほうが人間の生活に大きな影響を与えてきたのかもしれないですね。 逆に深井さんにお聞きしたいんですが、社会科学における「理解する」とはどういう定義なんですか?」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 役立てるための手段にすると、その瞬間からリベラルアーツではなくなってしまう。「どういう観点でものごとを見るか」なので、手段の1つ前の段階のものなんですよね。だから、「どう使うか」から離れ続けることも、すごく大事です。これは、この本で紹介するすべての学問領域で、同じことがいえます。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「自分たちの文化を外側から見る「インサイド・アウト」の手法をとることで、それまでの常識から自由になり、自文化を相対化できます。外の文化の視点から見ると、中にいては気づかなかった自文化の奇妙な点が見えてくる。この文化人類学の特徴を生かし「専門家が陥る罠」という形でまとめた本は、ベストセラーになりました(※ 4)。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「飯嶋 一口に先住民といっても民族がたくさんあるので、僕の場合は研究にふさわしい場所を探すために、まず半年かけてオーストラリアを一周しました。 リサーチを終えてここだなと思ったのが、中央砂漠地帯のあたりでした。まず訪れたのは、アランタ族という民族が住んでいるアリス・スプリングスという都市でしたが、ここが目的地だったわけではありません。ここを中継地点にして、もっと奥地に行こうと思っていました。 ですが、そこから奥はアボリジナルテリトリーといって、先住民の人たちが入ってくる人を決められる土地なので、入るには許可証をもらわないといけないんです。その媒介をする機関を訪ねたところ、「まず現地に友達をつくりなさい。そして自分で車を調達して行きなさい」と言われました。友達をつくれと言われても、福岡から京都を目指すような距離です。どうしよう……と途方に暮れていたところ、酔っぱらった先住民男性が「アイムハングリー」「ギブミーサムマネー」と物乞いをしてきました。 お金を渡しても、どうせ酒を買うだろうと思ったから、彼に「おなかが空いているなら、食べ物を持っているからそれを分けるのはかまわないけど、お金は渡せない。僕は君たちの文化を勉強しに来たから、よかったら何か言葉を教えてくれないか」と言ったんです。 すると意外にも「それなら教えてやるよ!」と乗ってきて、それがきっかけで彼が僕のホストファミリーになりました。結果的に、彼のアランタ族を研究することになったんです(※ 5)。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「私も日頃から感じるんですが、目の前の人とうまくいかないとき、「あの人はなぜこんなことを言ってくるんだろう」「何か私が失礼なことをしたかな」と自分や相手に原因を求めると、結構しんどいんです。 それを一歩引いて「この集団はこういう価値観で動いているから、一定の確率でこんなタイプの人にも出会うな」と構造でとらえると、ちょっと気持ちが楽になります。深井 僕たちがこんなふうに社会をとらえるのは、 2人とも社会学専攻だったからかもしれませんね。社会学と文化人類学は、どちらも社会のメカニズムを把握することを目的とした兄弟学問です。 社会学はどちらかというと、常に一歩引いたところから社会のメカニズムを理解しようとします。というのは、当事者であればあるほど、客観的に把握するのが難しくなるからです。 ところが文化人類学は、自分がプレイヤーとしてどっぷりコミュニティに浸かりながら、一歩引いた視点からも理解しようとする。当事者意識を持ちながら、構造的理解もする。どちらの視点もバランスよく持っていて、おもしろい学問です。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 なぜ仏教をここに持ってきたかというと、僕自身、というか僕の家が浄土真宗の信徒なんですね。しかも本願寺派で、日本でもっとも信徒数が多いといわれる宗派です。とはいえ熱心な仏教徒ではないので、いわゆる「スタンダードな日本人」と言っていいでしょう。 僕はこれまで、葬式仏教(葬式の際にしか必要とされない形骸化した仏教)になっている現代の日本の仏教を、少し馬鹿にしていました。なまじ、宗教を少し勉強しただけに「戒名をお金で買うって何なんだ」と。あまりにインスタントなやり方に思えて「宗教を舐めてるのか」という感じだったんです。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「もし宇宙に自分一人しかいなければ、「私」を定義する必要もないですからね。なぜかというと、他者という概念が存在しないから。 これを僕なりに解釈すると、「どこまでが自分で、どこからが自分でないか」を定義できないことと同じだと思うんです。 たとえば、僕は右手の親指を自分だと思っているし、左手も自分だと思っている。じゃあトイレに行って、出した後の排泄物は自分だといえるのか。なんとなく、体の中にあるときは自分という感じがするけど、厳密にはどの瞬間までが自分で、どの瞬間から自分でなくなるのか。 僕たちの体は、すべて原子でできています。もっと細かく考えると素粒子になりますね。他者と体を接触させると素粒子が交換されるらしいですから、僕と龍源さんが握手をしたら、どこまでが僕でどこからが龍源さんなのか。素粒子レベルで見ると、本当に「どこからどこまで」といえないですよね。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「龍源 ええ、そうです。つまり私たちは仮の存在で、ただ認識されて固定されただけに過ぎません。それなのに「私はこういう人間だから」と絶対視するから、そこから不自由や苦が発生するのだとお釈迦様は言っているんです。 ですから「私はこうである」「あなたはこうである」「これは良いこと」「これは良くないこと」という固定観念を一度、外してみましょう。それを外すための手段として、仏教には修行があるのです。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「龍源 どんな精神やねん! と突っ込みたくなりますが(笑)、これも苦なんです。これをどう乗り越えるか。そのためには苦の正体を知らなければならないと考えた結果、苦の発生源はエゴだった。 つまり、何かに期待するから、失望、つまり苦が生じるということです。「こうであってほしい」と期待するけれども、目の前に現れている現象は、必ずしもそうじゃない。そこに人間は一喜一憂するのだ、とお釈迦様は気づいたんです。 だから期待してはいけない。そのこと自体に実体がなく、さらに自分さえ実体がないのだから、実体がない私が実体のない他者に対して「こうあってほしい」と願うのは愚かである。 ものごとは原因と結果から導き出されるのだから、その結果として現れた目の前の現象を冷静に見なさい。それによって苦から脱することができるというのが、仏教の考え方です。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「振られるという結論に至るには、その結果が現れる然るべき道筋、つまり原因があるのだから、それを認識すれば怒る必要はない。「デートのとき、あんなこと言っちゃったな」とか、彼女と根本的な価値観が合わなかったんだな、などと因果関係に納得できれば、サッと次に行けるわけです。 それに気づかず「くそ……!」となると、苦しみに結実する。お釈迦様は、自分が体験するすべてのことには、必ず自分の中に原因があるとも言っています。生きている以上、苦しみの原因が消えることはないけれども、苦しみへの結実を避ける方法を身につけましょうということだと思います。深井 まさに「自分をメタ認知しよう」と言っているわけですね。もっと広い視点から自分を俯瞰すれば、たとえ状況は変わらなくても、心が楽になる。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「龍源 親鸞聖人が開いた浄土真宗は、とにかく「南無阿弥陀仏」と唱え続けることで救われるという教えです。真言宗の私が浄土真宗を語る資格はありませんが、自分の解釈をお話しすると、念仏を唱えるのは、自分から自我を抜いていく精神行為ではないでしょうか。 ずっと唱えているうちに、南無阿弥陀仏とは自分の心の中にいる阿弥陀さんなのか、自分自身なのか、もうわからなくなってくる。強制的に自分の存在がメタ化され、結果的に、いつもにこにこ穏やかに南無阿弥陀仏を唱えられるようになる。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「深井 いろんなお話が聞けて、とてもおもしろいです。日本ではキリスト教との接点が作りにくいんですよね。クリスチャンの人びとは門戸を広げていると思うんですけど、なんとなく教会には行きづらくて。 唯一、話を聞きやすいのが、向こうから話し掛けてくるモルモン教(正式名称 =末日聖徒イエス・キリスト教会)の人びとです。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「だから数の世界は、自分の外にあるものだと認識できる。数学とは、理性を純粋に使おうとする運動なんですよ。 そして啓蒙思想は数学から、自然科学へ広がっていきました。そこからさらに経済や法律など、人間が生きる仕組みまで、理性で理解する社会科学が生まれていった。 現代はその反動もあって、理性的でない人や考えが人気になったりしているけれど、まずは理性を経由していないとだめなんです。 これに注目しようというのが、宗教改革以降のキリスト教です。電気や自動車など、今までになかったものをこの世にあらしめて、人びとの暮らしを少しでも改善しようとする。これが隣人愛の実践で、そのために理性を使いなさいということです。 だから小中学校で算数や理科の訓練をするのを、馬鹿にしちゃいけないんだ。理性を育てているんですから。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「そして日本は、キリスト教国ではないのに近代化できた、世界でも珍しい国なんです。深井 そうなんですか。橋爪 なぜ日本が近代化できたのか。江戸時代は、もちろん憲法はありません。民主主義もなかったけど、藩があって大名が立法権を持っていた。当たり前のように感じるかもしれないけど、これがない国も多いんです。イスラム世界では神に立法権があるから、政治のリーダーには立法権がありません。 法律を作ると近代化しやすいんだけど、政治に立法権がないからイスラム世界は近代化しなかった。伝統社会が根強いインドも無理だったの。 次に市場経済はどうか。日本は大坂に米相場があって、全国の米を売り買いしていました。藩を超えて需要と供給の法則があったから、商人や町人は合理的に行動していたんです。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「やはり真理の突き詰め方は東洋哲学よりも、西洋哲学のほうが強いと感じます。仏教をはじめとした東洋哲学は、神の制約がないから比較的フラットに考えることができる。もちろん、修行などで突き詰めてはいますが、再現性はそこまで高くありません。仏教では、ある人が突き詰めて悟ったとしても、それを他の人や他の場面にそのまま移し、再現することは難しいですよね。一方で西洋の思想は、再現性のある突き詰め方ができる。 それは、理性は神からの賜物であって、万人に共通する普遍的なものという概念があるからだと納得しました。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
「乾 それは個性の大きな要因となります。どちらかというと、自分の体をよくわかっている人は、前向きに生きる傾向があるとされます。 では、どうすれば体の状態がよくわかるようになるのか。手段はいろいろありますが、その1つが瞑想だとわかってきました。外環境を無視して、今の自分、とくに体の状態に注意を集中させるのですね。野村 それはどういうメカニズムなんですか。乾 まだよくわかっていないんです。ただ大まかに言うと、何かに注意を払うというのは、その信号を高い精度で処理することだとわかっています。ですから、ある対象に注意を集中すると、その対象の細かなところまで感じ取れるのですが、逆にそれ以外のところは、相対的に無視されたような状態になります。 このような仕組みによって、体の状態に注意を集中し続けると、自分の体のことがよくわかるようになるということです。おそらく、このような訓練をすると、自分の体のことがわかるだけでなく、体の内部状態をうまくコントロールできるようになるのでしょう。これはいずれも、先に述べた自律神経の働きです。」
—『視点という教養(リベラルアーツ) 世界の見方が変わる7つの対話』深井龍之介, 野村高文著
Posted by ブクログ
何に価値があるがを一人一人考える必要がある時代
HOWでなく、whatとwhy
物事をどこから見るかが教養、リベラルアーツ
BC6〜4
哲学者大量発生
農業の生産性があがって、考える時間ができた
4c
キリスト教→教会権力
フランス革命→人権
二度の大戦→国家のために
ミクロを組み合わせればマクロが理解できるかというとそうではない
理解するの定義の違い
数学→オペレーションの分類ができたら
物理学→予測ができたら
工学→現実におとせたら
社会学→共感できたら?
日本はキリスト教国じゃないのに近代化できた世界でも珍しい国
立法権が神にあって、政治的に法律を決められないから近代化できない。イスラムはまさしくそれ。
日本に足りないのは市場経済や科学技術ではなく、憲法、民主主義への理解。哲学、理性。
理性と自我を切り離すことがキリスト教のキモ。
自分の体がよくわかっている人は前向きに生きる傾向がある→瞑想はこれの訓練になる
Posted by ブクログ
コテンラジオファンには馴染み深い深井さんの共著ということで楽しく読ませてもらった。ターゲットが異なるのだろうが、正直、単独著書の『歴史思考』よりも断然面白い。コテンラジオ本編でも随所に感じられるように、深井さんの宗教(特に仏教)に対しての熱量が顕著で、該当章の内容が特に興味深かった。
話は少し逸れるが、対談というものは他人の頭を使いながら自分の頭を整理できる有益なツールだとあらためて感じる。近年ではソフトバンクの孫さんがAI同士に議論させたり、NotebookLMでの対話音声化が注目されていたりと、インプットや思考整理の方法に変化が生じてきたように感じる。今後は、(人間同士の)こうした対談形式の著作はより関心を持たれやすくなるのではないだろうか。
Posted by ブクログ
本書は対談集、めちゃくちゃ面白かった。
2名の著者が、7つの分野の最先端をはしる学者と対談するという内容。
① 物理学
物事の根本まで立ち返る「第一原理主義」の学問。数式などを重んじる物理学が「直感が重要」と言っているのが印象に残った。直感とは日々たくさんの数式を解き続けて残ったもの、だそうだ。量子コンピュータなど最新の話題も。
② 文化人類学
特に印象に残った話。2年間現地の民族と共同生活をしながら、ある意味「それに染まって」研究をする学問らしい。お話をされている先生が研究した民族では「じゃあ君は私の弟な」と血のつながりのない親族関係を構築する民族であったらしい。
転職の多い現代、この視点は「企業文化」を理解するのに役立つと考えた。会社によって大きさも人間関係も、また文化も違う。新しい会社に転職したら、2年くらい「文化人類学だ」と思ってその企業の文化や力関係がどうなっているかじっと調査したほうが動きやすくなるのかもしれない。
③ 仏教学
自分が認識するから他者が存在するという話だったが、おそらく私はきれいに理解できていない。「こうであってほしい」と願うのにそうならない、そこから「苦」が生まれるのだという仏教の思想は大変示唆に富む。最近の精神医学でも「期待をしすぎない」ということが盛んに言われているのと共通している。念仏を唱えるとなぜ救われるのか?「唱え続ける」という体を使った行為に集中することで疑いやエゴがなくなるからだと。そのような意味があったのか(てっきり、文字も読み書きできない農民でも救われるように簡略化した結果が念仏なのだと私は思っていた)。
④ 歴史学
歴史学で大事なのは「ツッコミ」の力だそう(例;くじ引きで将軍を決めることってある?)。案外、歴史学に必要なのは社会科の知識ではなく国語的な読解力、裏を読む力だと知った。ある歴史的事象に、限られた資料から、人物(例えば信長)の性格に至るまで脳内で「復元」する作業をする、という点が参考になった。
⑤ 宗教学
こちらは主にキリスト教の話。著者も西洋は一時期よりキリスト教OSによって動いていたという言い方をしている。キリスト教は自殺を禁じているのはなぜか?
倫理的に悪いからではなく「命より大切なものがあるから」というのは初めて知った。「神様から与えられたものであるので私たちに処分権はない」ということだそうだ。仏教徒の違いが整理されていた。キリスト教で、この世界の向こうがわに「人格を持った神様」がいて、人間と対話する。人が行動を起こすときは他律的。これに対して仏教では人格を持たない「法則(因果)」そのものがあるので、対話せずこちらが理解するしかない(これを理解したら悟り?)。仏教は信仰する側が自律的に行動するしかない。
⑥教育学
あらゆる学問の中で特に具体性を持った学問。中で参考になったのは「卒近代」という考え。脱近代とかいうと近代にマイナスなイメージがあるが、卒業すると考えるとお世話になったとかありがとうという気持ちが湧いてくる。センター試験や共通一次テストは「ミスを見つける」能力ばかり試しているが、変わらなかった。その点論者によれば、高校の科目に「公共」という、板挟みを受けながら自分の頭で考える学問が出てきたことは評価に値する。日本国の破綻に備えて租庸調で生活を担保すべきであるという主張。
⑦ 脳科学
脳波を測定できるようになってから脳科学が急速に進歩、現在もAI研究と同じように、発展し続けている。
脳が2Dの情報を一旦受けとり「推認」という過程を経て脳内で3Dに変換しているというのは面白い。この「推論」が、スポーツ選手の動き、コミュニケーション・・とありとあらゆることを説明するのに役立つ。
脳から発せられるトップダウン信号と外の世界の刺激を伝えるボトムアップ信号とがあるが、このギャップが鬱や精神疾患の原因ではないかという説に興味がわいた。しかもうつ病などの場合神経細胞が炎症を起こしているので、その薬が開発されると治療が可能ではないかと。最終的に脳科学と哲学の接近も垣間見えて面白かった。
Posted by ブクログ
いろんな視点で世界を観ると面白いですね。
特に、宗教学の見方が感心しました。
ユダヤ人って、そんなに昔からいるんですね。
見方が変わると思います。
Posted by ブクログ
リベラルアーツがなぜ大事か?昔と今の社会の違い、要は社会がそれを要請しているから。
自分と社会の関係性がどうあるべきか?という根本的な問い。物事をどこから見るか?がリベラルアーツだという主張。リベラルアーツは何か?なぜ必要か?を考え抜いた末のシンプルな主張に感動する。
教養とは、スキル知識だけのことでなく、立ち位置な視点、思考法のこと。歴史的にみると?人類学的にみると?科学的にみると?いろんな視点がある?
歴史上、思考OSの転換は度々あった、今はその転換サイクルが異常なほど早い。
役立てるために学ぼうとすると、リベラルアーツから外れてしまう。こういう視点もあるんだ、という観点で学ぶ姿勢が大事。
人、旅、旅行、が広い視野を身につけるのに必要な要素。
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学問領域を素人でも分かるレベルで説明されていて、理解したとは言えませんが、納得できたという感覚を持ちました。自分自身にも専門領域があるように、本書の先生方のお持ちの感覚(環世界というのでしょうか)は理解が及びませんが、興味がそそられ、広く浅く教養の蓄積、視野の多様化に努めたくなりました。積読したいですね。
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歴史マニアにして、歴史を楽しく学ぶ coten radio のパーソナリティーである深井さんと野村さんが進める対談集。物理学、宗教、教育学など、さまざまな分野のエキスパートと語り合うもの。さまざまな分野の学問や知識を駆使し、新たな価値に気付いたり、創造したりするための手段として、「視点」というスキルは最大限活用したいもの。例えば、「理解する」ということは物理学では予測できたら、数学では分類できたら、工学では実装できたら「理解した」という。一方、経済や宗教や教育ではどうなの、など考えると楽しい。右目と左目の両方で見ることで奥行きというボーナスを得ることができる」。視点って、面白い。これを磨くにはどうしたらよいか、引き続き考えてみようと思う。
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対談形式で異なる7つの視点から物事を説明してくれる。私たちが日々を過ごす中で目の前の事象の解釈は自分のモノサシでしており、そのモノサシの目盛りの定義を増やす、多角的にしていく上でリベラルアーツ(教養)が大切なのだと思う。異なる学問からの視点を知れて面白かった。
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自分の知らない世界を知ることの楽しさを感じました。自分の知っていることなんて世の中の0.00000005%くらいだよなあと思いながら、少しでも学びを深めていきたいと思いました。「人・本・旅」大切にしていきたいですね。ありがとうございました。
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物理学や脳科学、宗教学などの幅広い分野の話が聞けて、分野が変わると視点が変わるんだなあと参考になった。
いろんな専門家の話を聞いて、面白いと感じても、自分の教養としての知恵になったかというとならなかった。自分で調べたり、体験しないと教養にはならないもんだなあと感じた。
深掘りしたい分野を見つけるきっかけとして読んでもいいと思った。
audibleで聴読。
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本書は、筆者二人の対談によるプロローグとエピローグが全体の見取り図を与え、読者を自然に議論へ導いてくれる。物理学と脳科学という理系分野の間に、文化人類学、歴史学、宗教学といった人文諸学を配置する構成が巧みで、知の連続性を実感させる。いずれも第一線の研究者の知見に基づくため、納得と驚きが交錯する読書体験となった。各分野をさらに深く掘り下げた続編への期待も高まる。リベラルアーツを学び直したい読者にとって、格好の出発点となる一冊ですね。
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どの話も面白く、もっと読んでみたいと思わせる。
ロジカルな仏教、論述式やAOが増えた最近の受験改革について、脳の予測と現実がずれていると鬱状態になる、などふむふむと思える話題が満載だった。
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学問に理系ー文系のような区別はなく、すべてが有機的につながっている。リベラルアーツを学ぶと思考の階層と各階層の解像度が上がる。個別の学問を学ぶだけでなく、各専門家と自分の領域をクロスオーバーさせることでシナジーがある。
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Unlimitedで利用。各分野の専門家との対談集。
仏教と脳科学の分野が良かった。何よりもその専門家を知れたことが良かった。
ということでここからは余談。不確実な時代だからこそ、メタ認知やリベラルアーツが注目されることは非常に良いと思う。私もそこに共感はしていたし、多角的に常に考えようとしているものの、本当にメタ認知なんて必要なのか?というメタ的な視点も生まれている。
色んな視点から物事を見ることは確かに視野が広がって楽しいし、好奇心を満たせる。ただし、際限のない好奇心や情報は、意思決定を鈍らせるし、知識を得るとともに、どのように取捨選択していくか?という話も必要なんだろうなと。取捨選択というよりも、統合という概念に近いかなと。
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私はどれだけぼーっと生きてきたのだろうかと思い知らされた。
視点を変えて物事を考えて行くと、もっと生きやすくなるんじゃないかなぁと。
もっともっと勉強しなくちゃなー
小説もいいけど、たまには違う分野にも挑戦していこうと思いました!
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知らないことがたくさんあるということを知る本。無知の知。
仏教学と歴史学が興味深かった。なぜ宗教がここまで普及しているのか、少し理解できた。歴史を解釈するために必要なのは想像力。
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ある程度の年齢を重ねてきて、自身の思考が凝り固まってきている、自分の見たいようにしか物事を認知していないと感じることが増えてきた。自分は頭が良くないので、たくさんの知識を吸収することは出来ないが、多面的な視点、あらゆる引き出しを持つことは出来るのではないかと考えさせられた。これからも気負わず引出しを増やしていきたい。
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【考え方の視点が詰まった本】
いろんな分野の学者さんとのトーク。ポッドキャストで数年前に聴いていたのだけれど、あらためて本で読んでも興味深かったです。
各回、
リベラルアーツ、教養がより広く学ばれることの重要性。
それは、今日、「誰もが世界に対して好奇心をもって生きていい」時代となっていること。
一方で、「個人が生き方を主体的に選ばなければならない」、つまり「自分と社会の関係性」が個々人に問われている時代であること。
たくさんの選択肢を前に、何をしたらいいか、なぜそうするのか、そんな問いを考え続けるための複眼的な視点を持つことが、豊かに生きることにつながる、というモチベーションで書かれた本。
印象に残った点。
・物理学
「理解する」の意味の違いが話されていた。数学だと、分類する。物理だと、予測する。工学だと実用で役に立つ…各学問は、追究する目的、があって、その世界観が醍醐味でもあるのかなーと思った。
・人類学
普段の生活に参与観察の視点を取り入れることはとても興味深いし、実際にそのようなことをしていたりもするのかもしれない。「デザイン・アンソロポロジー」。UXデザインを学んだ時に、ユーザーへの聞き取りや行動のマッピングを行うUXリサーチを興味深いと思ったけれど、研究手法としても名前が付けられているのだと知る。企業文化についてもこの視点でアプローチすることができる。
・仏教
ヘラクレイトスが「万物は流転する」とヨーロッパで言った紀元前6世紀ごろ、まったくつながりのないアジア地域でも同じような考えが生まれていた。その時代、本当に凄いと思う。本当にあったのかなと思ってしまうぐらい。仏教は身体を伴う修行を通して、自分や他者に対する固定概念を外す。自分も他人も常に変わっていくから、固定化しないこと、神格化もしないこと、今の私以外になれないことは、これからの自分について、何にでもなれるということでもあるのかもしれない。そして、他者、周りが変わると自分も変わる、その境界も揺らぎ続けているから、自分だけを変えることはできないし、周りだけを変えることもできない。
・歴史学
歴史を学ぶことは、異文化交流。多様性。一緒だけど違う、他者について、多文化について、どう解釈していくかのバランス感覚を養うこと。とくに価値観の変化のスピードが速い、長寿な今の時代、世代間の相互理解が欠かせない中、知りえないけれど知ろうとする想像力も大事なのだろうと思う。
・宗教学
キリスト教は神のみに頭を下げる。欧米の平等感観には、神の作った人間は平等という考え方が根付いているのか。一方、仏教は、情況、空気を読んで、頭を下げる。また、西洋での哲学は、自分ではなく理性が考え、変わらない客観的な知を生むという視点。理性は髪がインストールした神アプリ。そして、キリスト教は、人格化された神との和解を求める一方、仏教は、言葉での対話を越えた和解、だから身体を伴う修行を実践することを通して、無意識、感覚の世界の境地に入るのか…そんな瞑想などの傾向が今欧米でも流行っている。
・教育学
教育分野で実践をされている方とのお話。2030年ごろに日本政府は破綻。社会インフラが壊れることを見越したアクションとして、都会と地方の人を交ぜておくような場づくりを行われているとのこと。人的資本、とかいうけれど、企業の発展以上に、人の育成に意図的になることって本当に大事。
・脳科学
読みながら、刺激から反応までのプロセスをあらためて細分化する、解像度を上げて考える。そしてどこで間違いやすいのか、間違いを起こしてしまうのか、胴どれだけ正確に、うまく作動できるのか、みたいなことを考えてみた。自覚的になることで、感情にと身体の動きを改善できるはず。鈍っている部分をどう鍛えたらいいのかも考える。身体感覚ー人や自然とどれだけ関わり合っているのか…認知・指令ーどんなバイアス、習慣、癖がどれだけ推理や解釈に影響しているのか、また身体を動かす際のイメージをどれだけ正確に持てているのか…反応ー筋力。
そしてこれらの学問が別々にあるのではなく、一つの世界にどう切り込むかという態度や視点が、派生して発展してきたのだろうと思うとさらに面白い。
音で聞くとスラスラ入っていくもののスラスラ抜ける部分もあり、本で読むとよく考えないと分からなかったりするところに躓きながらも立ち止まって考えられ多様な気がする。
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仏教についてが一番面白かった
仏教は思考と身体を合わせたロジカルな学問
輪廻は確かめることができないけれど、輪廻があるということにしてゲーム理論を成立させたほうが互いにお得
なるほどなぁ、と
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装丁とは裏腹にとっつきやすい本。
何となく気になる分野の導入を集めた幕の内弁当的対談集。
作者たちも述べてるように、すぐに実りあるもの即席的なものとして勉強するのではく、色々とかじって裾野を広げるのが、令和を面白がって生きるライフハックの一つ。それを命名したらリベラルアーツとなった、ということだろう。
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対談形式で大変読みやすく、色々なことを考える
きっかけになった。
学生時代、リベラルアーツ的な学習に興味を持って
広く哲学や社会学を学んでいたことと、
大人になり、教養としてこの本を手に取ったこと、
考えてみると自身の興味に近い一冊だったのかもと思った。
個人的には、
・学問により「わかる」の目指すゴールが違うこと
・真理を追求する(できる)という観点では、
西洋哲学的な考え方が様々な学問の根底にあること
という、学問横断での考察視点を新鮮に感じた。
また、仏教学については大変興味深く、
「悟り」の世界を垣間見ることができた。
ざっくり無我、というようなイメージがあったが、
・色即是空、空即是色は自分と世界の共依存関係を
示すこと
・自分の幸福を行き着くところまで追求すると、
利他的な行為や自我の外に因果を置く思考法になる
などの考え方があるようで、
何となく感じていた宗教の胡散臭さみたいなものが
薄れたように思う。
理系の学問に関するお話は大変興味深く、
テクノロジーの進化が生活やビジネスを
良くしていくような感覚がリアルに伝わった。
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現代の「結」
稲作だと2泊3日の作業を5回ほどやればお米が収穫できる。
→手分けすれば可能
ミラーシステム、模倣回路
スポーツで自身でできるイメージのない動作は理解ができない。
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ポッドキャストを全部聴いていたので、大体の内容はわかっていたけれど、やはり難しい内容に関しては耳ではなく目でインプットした方が分かりやすい。
特に仏教の話などは出てくるワードが難しかったりするので、文字を見ると(その漢字のなどから)理解がしやすい。
ポッドキャストではあまりに物言いが断定的で、ともすれば横柄というか、偉そううというか、、、ちょっと人を小馬鹿にしたような話し方で、聞きながらドキドキしていた橋爪先生のパートは、文字にされるとかなり穏やかになり、会話のイントネーションが与える影響がいかに大きいか実感した。
仏教、キリスト教徒来たら、本当はイスラム教のパートも欲しかったよね、と思う。
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対談形式の本ということでかなり軽い感じで読めました。
自分があまり関わりのない分野に頭を突っ込めるような行動指針を持って、視野を広げたいとました。