「あー、このへんて友達の家の近くだー」『じゃ寄ってお茶でも飲ませてもらおうよ』「はぁ!?だって今、夜の10時だよ?」『それが何か?』「いや、だって君、その子と面識ないっしょ?実家で、家族と住んでるんだよ?」『え?なんで?友達なんだからいいでしょ』……という会話を昔、大学時代の友人としたことがある。奴は待ち合わせの時間に二分遅れていったらもうそこにいなかったりして、電話で聞いたら「だって来なかったから」と悪びれずにふつーに答える(別に怒ってない)ようなタイプで、当時は何を考えてるのかさっぱりわかんなかった。
で、今の私はいちおう専門職なので奴があの頃どういう判断をしていたのか一応わかっているつもりである。でも同時に、本書で紹介されるさまざまなエピソードを読んでいると、筆者や家族の戸惑いがものすごーくよくわかる気がするのだ。
私が仕事で出会うのは大抵「自分自身がすごく苦しい状況にある人」だが、筆者の旦那さんとか私の友人とかは「そのことで直接困ってはいない人」。でも、特有の行動や認知のスタイルに周囲が戸惑ったり振り回されたりするのは同様。というか、自覚がないだけに危機感も生まれづらいのだろうなあと思う。
ニキリンコさん言うところの「困らな感」が大人になっても続くことの難しさをつくづく感じる。
本書はマンガということもあり、とても読みやすくわかりやすい。受動型のASを持つ旦那さんの姿は大なり小なり自分の知るASの方たちと重なる。きちんと専門家の監修を受けて描かれており、ところどころに監修者のコラムもある。もちろんこれは個人のエピソードであり、ASの方全てが同じなわけではないけれど、理解を助けてくれる一冊だと思う。前作は未読なので、今度探して読んでみるつもり。