島口大樹のレビュー一覧

  • オン・ザ・プラネット

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    まず前提としてナイトオンザプラネットを観ないとと思う。内容自体は鳥取砂丘までの旅の会話を元に、ラストの映画内容をどう解釈するか。この世界について、記憶など。私にとってこの映画は会話で出された議題についてを考えさせてくれる装置であって、あまり内容について言えることはない。しかしラストシーンはとても好み。私も映画の会話に混ざりたいと願う。私なら世界滅亡の時に何を話すか。、

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    2026年07月05日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    青春小説の
    新領域。
    文体が暴れまわる。

    「オン・ザ・プラネット」で芥川賞候補の新星
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    個人的にはとても好みでした。
    たぶん20代で読んでたら、
    もっと好きになってたと思います。笑

    日本一暑い熊谷に住む高校生4人。

    短い本なんですが、そのなかにむわっとするような暑さとか空気とか閉塞感とか、とにかくぎゅっと詰まってます。

    行き止まりの先に行こうとするというか。

    通勤電車の中で読み終えたのですが、
    あまりにも良くて、
    変なテンションのまま職場に行きました。笑

    著者の他の作品も読んでみたいと思います。

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    2025年12月23日
  • 遠い指先が触れて

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    ネタバレ

    極めて難解だった。
    そして面白かった。読んだタイミングが良かった。
    初めて読んだ作家だったが、まさかこれほどまでに素晴らしいものとは思っていなかった。ぜひ芥川賞を獲ってほしい。
    文体は確かに特異なのだが、それよりも表現の、特に比喩の美しさが僕は好みだった。
    苦しい小説だった。
    ひとつになる瞬間がたしかにあった(p.68)ことが、この二者の主観が描かれる文体により明確になっている。だからこそラストにかけての苦しさはより大きなものになっている。
    ただ一志の一人称のみから描かれていれば、杏さんへ怒りが湧いてしまうようになっていたと思うが、この書き方だとひたすら苦しい。
    答えは出ていない。僕も考えていきたい。


    157過去から照射されたいつかの光、網膜にはじめてうつしたのかもしれなかったいつかの光で生まれる、失われた記憶や彼女と過ごした日々の影法師としての僕の身体だった。幽閉されていた僕に引き摺り回され、永遠を希求した僕に振り回され、だらしなく路面に伸びた僕だった。いつか追いつくだろうか。今現在を今現在のままの身体で受け止められるだろうか。失われ奪われ欠落していたとしてもその僕のまま僕の最前線に立たなければいけない。流転する肉体、現象としての一連の僕の最前線に。その僕すらも嘘で欺瞞であることを引き受けて。

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    2025年10月24日
  • 遠い指先が触れて

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    ネタバレ

    久しぶりにこんなに良い本が読めた、凄かった
    素敵な言い回し(何回読んでも理解できない表現もあったけど)がたくさんあって全体的にお洒落だったし、
    一文のうちに語り手が代わるのも、読んでいて心地よかった。
    記憶を見てからの鬱展開に自分もかなりショック受けてしまった、、
    一志のそれからを、ふとした時に度々考えてしまうと思う
    心に残る作品だった。

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    2024年03月18日
  • オン・ザ・プラネット

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    ストーリーは面白いけど、わざわざこんな回りくどいめんどくさい文体で書かなきゃならんかったんか?確かに記憶の話とかで純文学的に掘り下げが必要なテーマを取り扱ってるんだけど なんかそれがただただ制約が出来てしまった。故にこう書かざるを…みたいなのに感じてしまった。

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    2026年03月01日
  • ソロ・エコー

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    目の前にある世界は、自分に関係なく存在する。
    けど自分が感じる世界と、その背景を知ったのちに感じる世界はすべて異なるものだろう。
    認識された対象、そも認識し認識されるということはどういう意味を持つのか? 一人よがりと言えばそれまでだけど、そういった思いが人を支えているんだよね。

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    2025年09月20日
  • 若き見知らぬ者たち

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    本作は映画監督内山拓也氏が原案・脚本をも手がけた映画『若き見知らぬ者たち』の小説版として、島口大樹氏が書き下ろしている。



    〝この世のあらゆる暴力から、自分の範囲を守るんだよ〟主人公のひとり彩人が父からかけられたこの言葉が、この物語の底を流れているかと思います。

    ヤングケアラーと格闘技を軸に
    やり切れなさがクローズアップされます。
    派手さはないにしろ
    心にグサリとくるものがあります。



    映画もお勧めします

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    2025年02月11日
  • 若き見知らぬ者たち

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    映画を観た後に読んだ。
    「この世のあらゆる暴力から、自分の範囲を守るんだよ」、「みんな表現者なんだよ」。
    やっぱり台詞がかっこよくて惹かれる。
    映画が余白多めだったのと対照的に、こっちはかなり細かく描写されてる。書き手の癖もあるけど。
    彩人と日向の馴れ初めとか、治虫の心情とか。
    大いなる喪失を抱えた機能不全の家族なんだけど、全員が背負って、向き合って、闘っている。
    前頭側頭葉変性症の母親の症状を、過去をまだ見ているのだという風に表現していたのが気に入った。
    不条理の中でも幸せだった過去は変わらない訳で。
    風間家の原風景とも言える、庭での兄弟と父親でのミット打ちの風景が何度も家族を繋いでいる。
    重く苦しい展開が続くけれど、だからこそその全てを背負った終盤の闘いがどこまでも眩しくなる。

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    2024年11月02日
  • 若き見知らぬ者たち

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    映画を観る予定なので読みました
    映画が楽しみです

    追記
    映画、観てきました
    磯村勇斗の疲れ果てた顔がなかなかよかったです

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    2024年10月21日
  • 遠い指先が触れて

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    児童養護施設で育った2人が再会し、失った記憶を取り戻そうとする。
    視点人物が移り変わり、主語が変わる。それは2人の人が一つに溶け込んでいくような、2人の関係性が密になっていくのを表しているようにも感じる。
    そして、2人が兄弟であったことが過去の記憶を知ることにより判明する。
    そこまでは2人が1人であったような文体から、関係性はより強固な血縁の繋がりがあるのだとわかったのにも関わらず、2人が離れていく様が文体からも伝わる。
    そして、最後の場面。
    お世話になっていた児童養護施設長の言葉。
    「あんまり覚えてねえんだけどなあ、お前さんがそう言ってくれるなら嬉しいこっだな」
    記憶にこだわる登場人物とは、一線を画した考え方の持ち主。でもこの作品で伝えたいのはこれが全てなのかもしれない。
    今までの島口作品とは違う万人ウケする読みやすい一作だと感じる。

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    2024年08月18日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    流れていく感情、心が今まさに言葉になる瞬間を捉えようとする詩だった。
    私は小説に新しい表現をあまり求めないので、この作品が現代的なもので、新しい普遍になっていくものなのかもしれないと思いつつ、気持ちをくっきり描き出すこれまでの小説の方が好ましいと思った。

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    2024年06月14日
  • 遠い指先が触れて

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    ここで展開される視点の切り替え方は斬新だ。
    章ごとに語り手が切り替わるのはよくある手法だけど、この作品では同一の文章内でも切り替わる。
    これにより自我と自我を認識する自分、自分の自我に気づいているであろう相手の意識が溶け合っていく。
    新しい才能だ。

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    2023年01月29日
  • 遠い指先が触れて

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    ネタバレ

    混じり合いの文章は意外に、さほど違和感なく良かった。

    展開的には何となく読めるので、早く、早くと読み進めたくなる。

    だからだろうか、終わり方が消化不良だった。
    純文学はそういうものなのかもしれない。

    けれど個人的には、何らかの希望が見えたり
    一応のおさまりがついている小説が好きだ。

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    2022年10月02日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    タイトルからまず惹かれる。タイトルの読点で終わる感じがこの小説を表している気がする。そして登場する高校生4人組のバックグラウンドがなかなか重い。語りも独特で、ぼくという一人称かと思いきや、三人称のなかにも「ぼく」が登場する。「ぼくがみんなのことを知っているのだから、みんなもぼくのことを知っている」という理由からなのか、「そこに映っていたぼくらはそこに映し出される世界に居続けている。その記録し続けるカメラが捉えた世界、それとは別に、並行した世界で、今がある。」という視点なのか。

    「今この上野駅にいる歩いている人々ですら捉えきることができないのに、それを標本として、さらにもっと多くの人間が、銘々の想いや苦悶や感動を内に抱えて生きているという、取り留めもない個々の輝き、決して話題にのぼることもなく消費されることすらない輝かしい人生が行き交っていること、各々が持ち寄った全く感じ方の違う、つまりは時間の流れ方の違う瞬間や歳月が追い越し追い越されながら同じひとつ光景の中に均一化されて存在していること、そしてそれが実は世界中に広がっていることに、ひたすら圧倒された。」←好き

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    2026年09月10日
  • 若き見知らぬ者たち

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    短い中ではじめは読み進めたくない、しんどい描写が続いた。読むのを止めることはできなかった。時折描かれる回想描写が良かった。何もなんとかなっていないのになんとかなっていると思った。
    映画化もしているみたいで、でも苦しくなりそう。しかし見てみたくもある。

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    2026年06月18日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    第64回群像新人文学賞、受賞。
    第43回野間文芸新人賞候補。
    文体からスピードと閉塞感を感じながら、息苦しく走ったように読んだ。それが後半の気持ちよさに繋がっていった。流れるただ流れるように目を走らせた。全くよくわからなくはないのに何か掴み損ねたような全体を完全に理解できずに進んでいく感覚。走り切った。嫌いじゃないかもしれない。

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    2026年06月17日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    この本の特徴である「文体」があまりにも特殊すぎて、意味が分からなかった。読むのが退屈だった。
    しかし、主人公と友達。彼らにはそんな文体の文章を声に乗せても、互いに理解が出来る。1個の発言から派生して相手が何を感じるのか、を深くまで。

    訳の分からない文章なのに最後まで読めたのは、この文体に既視感を覚えたから。その既視感を探る為に読もうと思った。のかもしれない。

    二日酔いの朝、もとい自身の考え事の「結論」を見つける為に、頭の中に浮かべる文章達、の形に似ている。気がする。
    誰に伝えたい訳でもなく、自分自身を納得させる為の、自分と自分で対話したい時の文章。
    この文体の文章を頭の中で書いてると「結論」が見えてくるような気がするし、見えなくなって来ることもある。遠ざかる、
    ただ、確かに落ち着く。
    気がするから、自分の人生でよく用いてる。自分にとって大事で特別な文体。

    次はもっと上手く読める。と思う!

    山吉の手紙、高島の通話、のシーンが好き。

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    2026年03月09日
  • オン・ザ・プラネット

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    この作家は何度も記憶について書いていて、そこには記憶することに対する疑い、真実を見失ってしまうことへの無力感が現れていて、それはとても共感できる。記憶だけにとどまらず、言語やコミュニケーション、知覚、認識をも疑ってしまう。
    事実を認識するなんていうことはできないという割り切りは、今作では最後の方で、それでもまあ仕方がない、というかむしろ書かれたことはそれはそれとして事実であるという形で、結論ではないのだけれど前を向くというその方向性は開かれていて、好感が持てた。

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    2026年01月21日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    ネタバレ

    難しい。だがしかし面白い。
    詩的で私的な文章。そのすべてを拾えてはいない。
    だがここに敷かれている雰囲気は儚くも美しい青春の一回性を孕んでいる。
    僕が生きる今は、過去から連続していて未来に繋がっている。しかし僕が生きているのは確実に、今だけ、なのである。

    98 どこに向かうか誰が何をするかわからない常に惑い揺れ動く今を抱えた人間が交差し交錯して織りなす綱渡りが延々と繰り返される日常のワンシーン、その都度奇跡的でだからこそ危険性を孕む一回性。その先が見えなくとも暗闇の中で不安定な綱の上を歩く、歩こうとする一瞬のことを、高島は臨場感、すなわち、今って感じ、と呼んだ。

    100 認めてあげないと。過去の自分を解放してあげないと。ぬるい場所から抜け出さないと。被害者で居続ける自分から抜け出さないといけないんだよきっと。

    112今が過去から続いている地続きになっていることを認めながら、かつ過去と今とを切り離し、人間を肯定し否定し好いて嫌って、愛憎に塗れながら揺れながら、それでも可能な限り最善の今を絶えず繰り返し生み出し更新していくしかない。途方もない。途方もない。途方もないが、俺は、俺らは、そうしていくしかない。希望はそうしなければ生まれない。

    138 絶対の楽しさが正しいのは、それは今を生きた俺らだ

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    2025年10月28日
  • 鳥がぼくらは祈り、

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    熊谷の四人の男子高校生。彼らはみな父親との不幸な関係をもち、お互いの傷をなめ合うように、時には傷つけあいながら生きていく姿が描かれています。僕のホームビデオや高島の撮る映像を通してみる過去、今の自己と未来の姿といった時間軸の対比を語る彼らの表現は難しい言い回しで読解できないところも。随所に表現されるそれは高校生らしからぬ不自然な違和感を感じ、登場する四人は似た境遇設定のためか没個性で、彼らは一様で一律に感じてしまいました。

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    2025年10月18日