高楼方子のレビュー一覧
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ふとした瞬間に、過去に引き戻され、その時の記憶や感情が蘇ってしまうことはあるなぁ。
子供らしくなかった私。周りの大人たちの評価にいつしか合わせるように振る舞っていた。本当に欲しいものを子供らしく口にできなくて、深く後悔したことを、いまだに思い出すことがある。
期待して妄想し、その通りにならなくて失望し、うまく感情を表現することもできず。
時には周りに当たり散らし。
いつしか、期待なんかしなければ楽だ、という生き方をしてきた。
だから、
主人公の心の動きは、よくわかる。
私と同年代だということもあるし、こんな年になっても、完結してない思いって、あるんだよね。うまく整理出来ないけど。
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Posted by ブクログ
ネタバレ心に溢れてくるもので胸がいっぱい、素敵なことが起こると信じていた『いちばんわたしらしいわたし』と思えた11歳のゆゆ。
失望することをおそれ心の内を沈める大人になった57歳の由々。
忘れていたあの夏の日と今が繋がることで、11歳のゆゆが今の由々の中につづいている、今の『私らしい私』に気づいていく。
その夏、ゆゆも由々もどちらも痛みを伴う経験をしながら、忘れられない時を過ごした。2つの夏を繋ぐ魔法。
その魔法のかけ方がなんとも素敵だ。
ピアノの旋律、朝の空気の匂い、黄の花のワンピース、本…世界の描き方がしっとりと美しい。
高楼方子さんの絵本や児童文学で描く子どもや少女は等身大で愛らしい。初の文芸作品だという『ゆゆのつづき』では、高楼さんの描いてきた少女の愛らしさを内に秘めた大人の女性に出逢えた。 -
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児童書の体裁で、子どもが読んでももちろん楽しいけど、大人にこそ読んでほしい。
まず感心するのは高楼さんの言葉のセンスの良さ。登場人物の名前も、フラココの実という名前も、(5ミリでも9ミリでも1センチでもなく)4ミリというのも絶妙。ヘリオトロープ色というのも。ヘリオトロープって聞いたことはあってもよほど花が好きな人や色に詳しい人でないと、どういう色か思い浮かばない。(実はちゃんと表紙に描いてあるんだけど)一体どんな素敵な色なのかとすごく気になる。あー気になる気になると思いながら読むので余計に想像してしまう。上手い。
こういう不思議な物語は、読者をその世界にスッと連れて行けるかが重要なのだけど、意識すらしないで同じ場所に行ける。
高楼さんの作品での友情は年の近い同性なんて狭いものではないのが、素敵。老若男女問わず、魂のありようが似ていれば友達になれる。わかりあえる。『紳士とオバケ氏』で人間とオバケに友情が成り立ったように。それから、登場人物が孤独を恐れず人生を楽しんでいるのもいい。
私も4ミリ浮いていられたらなぁとも思ったり、いやいや時々素晴らしいフラココの実を食べに行くのも悪くないよ、と思ったり。
読んで幸せな気持ちになれる本は多くないけれど、これは数少ない幸せが感じられる本。プレゼントにもいいかも。挿し絵も魅力的。 -
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停泊していた船が動き出してしまい、15人の少年たちを乗せた船は孤島へ流れ着いた。
知恵と勇気と一致団結しながら、2年もの歳月を彼らは、その島で生活していく。
まず、登場人物が多いので、挿絵があって助かった。
把握するまでに何度見直したことか。
少年たちは出身地も様々で、その国々の個性が少年たちに反映されているようだ。
プライドの高いイギリス出身のドニファンには、「また君か…」と何度も思ったし、ドニファンに常に味方する少年たちは、まるでハリーポッターのマルフォイ+αそっくり。
それでも、年齢もばらばらの少年たちが、年長者たちに統率されながら、規律を作り、知恵を絞り、2年という長い歳月を乗り越えていく姿は熱かった。
原作、長いが頑張って読んでみようかな。 -
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高楼方子さんの作品は、「ゆゆのつづき」以来、久しぶりに読みましたが、今作はユニークな中にも、ひっそりと大切なものが潜んでいる、おとぎ話のような面白さを感じました。
「フラココノ実」を食べられない現実に、不安を抱えて生きる、四十代の主人公「ポイット氏」が、同じ仲間三人と協力して、なんとか実を食べようとお互いに協力し手を結んだのが、「4ミリ同盟」。
同じ仲間と書いたが、細かい点での嗜好というか、考え方の違いを強調しているところが、重要なのかなと思いました。フラココノ実や、周りの考え方に惑わされずに、あくまで現実に起こったことを冷静に見つめる、と。児童書だけど、なんだか大人も読めて奥が深いというか、人生を楽しく生きるための方法を教えてくれているようで、興味深かったです。
ただ、ストーリーが簡潔で短かったのが、やや消化不良な感もありましたが、児童書だから、仕方ない部分もあるとは思いました。それでも、個性的な挿し絵の構成や、時折、崩れる文字フォントの自由さ等、何かワクワクさせる要素が多かったのが、また印象に残りました。
これを読んだ子供たちが、どういった感想を持つのかが、すごく気になります。 -
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ネタバレああ、「期待しなければ失望することはない」と私も思ったことありますね。むしろ、私の場合は、単に傷付くのが嫌なだけですが。主人公「ゆゆ」の11歳の夏の1日の思い出と、40数年後の現在の「由々」の夏の日々の出来事が思わぬ形で様々にリンクする物語は、音楽、文学、町や自然の美しさなども絡め、瑞々しくも、匂いを感じさせてくれるような文体が心地好く感じられました。そのリンクの多さに、ちょっと偶然が過ぎるかなと思ったりもしましたが、龍彦とれい子の場合は、由々がずっと続けてきた翻訳の仕事によって、つながったのだから、それはやはり、由々自身が引き寄せたと考えても良いのではないかと思います。そう考えると、やはり人生何が起こるか分からない。これまで変わりなくても、明日、何かいいことが起こるかもなんて思ってしまうので、我ながら、現金な者だと。
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ネタバレポイット氏はフラココノ実を食べたことがない。
この本の世界では、人はある時期がくるとみんなフラココノ実を食るようになる。はじめて食べる時には、未知の味を味わおうと大人びたふうを装ったり、精神鍛錬に励んだりする人もいれば、逆にフラココノ実を拒否しようとする人もいる。けれど、一人一人違う「食べ時」が来たら、人はフラココノ実を食べずにはいられない。
大きな湖の中程にあるフラココノ島にある木になるフラココノ実。一度食べたら、毎月一度食べに行くことになるが、そうなると、フラココノ実は日常のひとつでしかなくなる。
大人はほぼ、フラココノ実を食べている。
だけど、ポイット氏は、そこそこおじさんで、仕事もしている大人なのに、まだフラココノ実を食べた事がない。島に近付こうとすると何らかの障害があって、島に渡ることさえできないのだ。
他人には隠している、フラココノ実を食べていない事実だけど、ある時、エビータさんという女の人に声をかけられた。
「あなた、お歩きになるとき、4ミリほど浮いていらっしゃることご存じ?」と。
フラココノ実を食べていない人は、地面から4ミリほど浮いている、そして自分もそうなのだと言うのです。
さらに画家のバンボーロ氏もおじいさんなのに4ミリ浮いている。
3人は4ミリ同盟をくんで、フラココノ島へ一緒に行くことを決めましたが・・・。
フラココノ実が大人への階段のようなものであり、フラココノ実を食べていない人の楽しげな空気が、たかどのほうこさんらしい・・・と言うか、たかどのほうこさんこそ、4ミリ浮いていても不思議じゃないと思ってしまう。