ハンス・ペーター・リヒターのレビュー一覧

  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    第一次世界大戦から第二次世界大戦までにおける、ドイツのユダヤ人迫害をドイツの一般国民である少年の視点から描いた作品。
    主人公はユダヤ人である友人フリードリヒと、家族ぐるみで良好な関係を築いていた。ただ時代の流れによって徐々に居場所がなくなっていくフリードリヒのことを、支えたくても周りが許してくれない中で、見ていることしかできない辛さを、主人公の目線を通して読者にも追体験させられているような気分にさせられる。
    大衆心理の恐ろしさも非常に感じられる。ドイツ人の集団が、ユダヤ人の居住に強盗のような形で押しかけ、家を荒らし、金品を奪い去っていく。その最中、恐ろしさで躊躇している主人公が、周りからお前もやるよう強制され、逃げ場が無くなって遂には加担してしまう。そして1度加担してしまえばタガが外れ、罪の意識もなく暴力行為を行ってしまう。ユダヤ人の友人がいても、その場にいなければその友人のことなど忘れてしまう、人間の弱さや愚かさを思い知った。
    小説の最後には、ユダヤ人迫害に関する年表が掲載されている。ヒトラーが総裁の地位についてからの、ユダヤ人に対する法律が時系列に沿って淡々と述べられていて、年表を見るだけでもこの時代の異質さが際立っていることが分かる。資格の剥奪、学校からの強制退校、美容院の入店禁止、果てには暖房のついた部屋の使用禁止と、人間はここまで恐ろしくなれるということを知り、自分への戒めとしても心に留めておきたい作品だと思う。

    0
    2026年05月20日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    河合隼雄先生のこころの読書教室で紹介されていて手に取った。

    主人公はドイツ人の少年。そのぼくと同じアパートに住むユダヤ人のフリードリヒ一家との交流や、時代の流れの中で否応なしに悲劇に巻き込まれていく様子がぼくの視点から克明に描かれています。

    独裁者がどのような仕組みで社会を支配していったのかがよく分かります。レッシュのように率先して迫害を推し進めた者から、ぼくの一家やノイドルフ先生のように心を持って変わりなく接していた人たちもいた。ただそのような人たちにもユダヤ人に手を貸すと家族や自身が危険に巻き込まれる恐怖からそうできないように圧力がかけられて、どんどんユダヤ人を孤立無縁な状態にしていく。

    人間の残忍さや愚かさ、弱さをまざまざと感じた。支配された時に考えることを放棄し暴力にまで加担してしまう人が大勢いた。フリードリヒの親友であるぼくでさえ、素性をよく知らない相手であればユダヤ人見習い工の寮に他の民衆と押し入って物を破壊しまくり、それを楽しんでさえいた。元々良心的な人でも想像力を失った時の行動は恐ろしいと感じた。

    フリードリヒが学校を退学させられた際の担任のノイドルフ先生の生徒たちへのメッセージがとても心に残った。ユダヤ人には何故ここまで優秀な人が多いのだろうと以前から不思議に思っていたけど、ノイドルフ先生の言葉を聞いて納得した。


    「痛めつけられ追いたてられはしないかと、常に恐れていなければならない者は、それでも堂々と胸を張れる正しい人間でいようと思えば、非常に強い精神を持たざるを得なくなる。ユダヤ人は金銭欲が強いとか、人をだますなととも、よくいわれる。だが、そうならないでいられるだろうか?ユダヤ人は、何度も何度も財産を強奪され、没収された。また、持っているもの全てを残したまま逃げなければならなかった。いざという場合、命をあがない無事を買いとることのできるのは、お金以外にないことを彼らをその経験から身につけたのだ。しかし、こういうひどいユダヤ人嫌いでさえ認めなけらばならない点がひとつある。ユダヤ人は有能だということだ!有能な民族だからこそ、二千年にわたる迫害にも耐え抜いてきだのだ。ユダヤ人はその居住国の人たちより、大きい、よい仕事をして、次第に尊敬を勝ち取り高い評価を得てきた。多くの偉大な学者や芸術家がユダヤ人だった。現在でもそうだ。ユダヤ人を軽べつするのを、もし君たちが今日にでも明日にでも見聞きしたら、次のことをよく考えてほしい。ユダヤ人は人間だ。われわれとまったくおなじ人間なんだ!」

    0
    2026年04月12日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    第二次世界大戦前の1925年にドイツで生まれたドイツ人の“ぼく”とユダヤ人の幼馴染、フリードリヒとの日々を通じて当時のヒトラー政権下のドイツを描く作品。

    これはできるだけ多くの人に読んで欲しい

    当時のドイツにいるユダヤ人たちの状況がとてもリアルに描かれているのではないだろうか。
    とてもつらい。つらいけど、きっとそうだったんだろうな、と思う。
    訳者あとがきによると、著者はフリードリヒたちと同じ1925年生まれ。おそらく作品内のほとんどが著者自身が体験したことだろうと書かれている

    120ページで主人公の父が、フリードリヒの父親であるシュナイダーさんに「(中略)早く、でておいきなさい!」と言うシーンがあるんだけど、もうね、これが全てなんよ……主人公一家含むドイツ人たちが今まで共に生きてきた大切なユダヤ人たちに言える唯一の言葉なんよな……。

    ほんと、戦争は嫌だ。

    0
    2025年11月23日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    『ベルリンは晴れているか』を読んだのでドイツ人だって辛いんだというのを感じた。
    それでもやっぱりユダヤ人は、そんな目にあう必要はないのに酷過ぎる。
    嬉しそうに迫害出来る人たちの感覚を疑うと思ったが
    こういう人、日本にもゴロゴロいたわと思い直した。
    人ってそういうものだよね、でもそれで終わりにしちゃいけない
    というのを改めて思った。

    0
    2025年08月09日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    いやこれは……。普通の生活を刻々と蝕む戦争の影。「ぼく」がヒーローではなく、時々は他のドイツ人と一緒になりユダヤ人を囃す描写があるのもまたリアル。「わからない。ぼくはどうしたらいいのか。わからない!」には誰もが共感するのでは。

    0
    2025年06月05日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    街の普通の日常を暮らす人々が差別意識をあらわにして残虐な行為へとエスカレートしていく様子がリアルで本当に怖かった。
    主人公も必ずしも善であるわけではなく、分別のつかない衝動的な子供は軽い気持ちで暴力的な行為を面白がったり大人に従ったりしてしまう。
    人間の負の側面がリアルに描かれていると思った。
    私事だけど、住んでるマンションの住人も最近挨拶してもすごく無愛想でゴミを捨てるような返事しか返さないような人が増えてきて、そういう小さな、他人を粗末に扱うことの延長に差別や負の行動があるように思えてとても乾いた気持ちになる。
    怖いなあと思う。

    0
    2025年03月16日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    第二次世界大戦時のナチスドイツによるユダヤ人迫害をテーマにした作品は数多くありますが、その中でも読み継がれている名作の一つです。

    ユダヤ人であるフリードリヒとその家族が住むアパートの階下に暮らすドイツ人の「ぼく」の視点から語られる日々の暮らしは、主人公が英雄的な活躍をするわけでもなく、迫害されるフリードリヒ一家の悲惨な状況を殊更に悲劇的に描こうとしているわけでもありません。
    しかし、特にユダヤ人への憎しみを抱いているわけではない、「ごく普通」のドイツ人が、社会の大きなうねりと狂騒に呑み込まれていく様子が淡々と描かれることで、かえってその悲惨さが強調されているように感じます。

    リヒターの三部作として岩波少年文庫で刊行されている残りの2冊もぜひ読んでおきたいと思います。

    0
    2025年03月14日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    間違いなく
    次の世代に いや 全ての世代に
    手渡し、語り継がねばならない一冊

    あの悲惨な時代、
    被害者としての日本を描いた
    ものは数あれど、
    アジアの人たちに対しての
    加害者としての日本を
    日本人の少年の視点から描いた
    児童文学が極端に少ないのだろう

    と 読み返すたびに
    思ってしまう一冊でもあります。

    0
    2024年07月16日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    悲しいお話だった。特に最後のフリードリヒが蹴られて死ぬところは「僕」たちが自分の身を守る為に何もできずにただ見ているだけだったので辛いなぁと思った

    0
    2022年05月02日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    ナチスによるユダヤ人の迫害。
    市井の人々の目線で描かれるとまた違う迫力がある。
    進んで暴力に加わるもの、躊躇いながらもその力に陶酔してゆく者、抗い信念を貫こうと苦しむ者。
    岩波少年文庫、大人の胸にも強く残る作品だった。

    0
    2021年12月31日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    2021年のオリンピック演出(演出家が過去ホロコーストをネタにした)といい、日本人は今一度世界が抱える歴史にしっかり向き合うべきだと考える!!!


    この本を読んで、演出家の方は当時の状況を面白おかしくネタにしようとは絶対に思わないはずだ。

    当たり前の日常から、少しずつ迫害を受けていく生々しい状況をこの本で感じ取れるだろう。主人公は1番側にいて大親友の友達を最後まで守りきれなかった歯痒さを見てて感じた。

    皆に一度は必ず読んで欲しい一冊!!!

    0
    2021年11月25日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    読みながら苦しかった。読み進めるうち、徐々に苛烈になっていくユダヤ人迫害。深くなっていくフリードリヒ一家の絶望。シュナイダーさんの、ユダヤ人への迫害が20世紀という理性ある時代にもなって、そこまで酷いものにはならないだろうという期待に、胸が詰まった。どうしてこんな結末にならなければならなかったのだろうと思いながら、これが現実にいくつもあった出来事の一つなのだと思うと、頭が痛かった。アンネの日記とか戦争関係のものはいくつか読んで知ってたのにね。でも読んでよかった。
    著者自らの経験をつづった3部作ということで、他の2作品もゆっくり読もうと思う。
    ユダヤの文化について注付きで細やかに書かれていて面白かった。

    0
    2021年07月16日
  • ぼくたちもそこにいた

    Posted by ブクログ

    「あのころはフリードリヒがいた」と、ほぼ同時代を描きなから、視点としては、ヒトラーユーゲントの一員としてどう過ごしていたか、ということが描かれている。
    少年~青年までが「組織」として統率されている。
    だから、そういうのになじめる子にとっては、わりとわくわくできたかもしれない。
    ただ、行き着くところは戦場なんだ。
    一寸先には死があるんだ。
    大切に大切に育ててきたのに。

    0
    2021年07月08日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    人間て、自分が苦しい状況になった時、他者を見下したり攻撃したりしたくなるのか。
    冷静に善意(いや、普通)の感覚を持っている人がいても、それを貫けない世の中になってしまう。
    だから、少なくとも、周りに流されるんじゃなく、自分の頭で考えられるようにしたい。

    0
    2021年06月26日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    ハッピーエンドが好きです。登場人物のがんばりが報われる物語が好きです。しかし世の中そんな話ばかりでないことも知っています。

    戦時中のドイツでの物語。ドイツ人のぼくが見た友人のユダヤ人フリードリヒの生涯。ユダヤ人迫害の様子が、ドイツ人の目から淡々と描かれています。
    つらい展開が見えているため、手に取ることを躊躇していました。思い切って読んでみると、静かな文章がスルリと胸に迫り、つらさに目を背けることなく読むことができました。重い内容のものを読ませることができるのも小説の力なのでしょう。

    まだ平和だった幼年期から書かれているため、世の中の変わりようがはっきりと感じられます。
    徐々におかしな方向へと進む社会。気が付けば暴動に参加していたことへの恐怖。差別意識が日常化する怖さ。友人を救いたいのに救えない無力感。
    これは昔あるところであったことだけでは括れない問題でしょう。現代の日本でも大きな問題として存在するでしょう。
    ぼくの感情描写を表立たせないことにより、読み手に考える余白が与えられます。

    0
    2022年02月22日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    【失われた幸せな日々と残された傷の重さ】

    ✨「世界的な児童文学賞を受賞し、今も読み継がれる名作」

    時間とともに失っていく自由や尊厳。
    さらに強まる差別や偏見。
    大衆心理や同調圧力が生む監視社会。
    次第に居場所さえ奪われ、心が壊れていく。
    「みんながやっているから自分もやっていい」
    「あいつらは敵だ」「ユダヤ人のせいだ」
    いつしかそれは「正義」となり怪物への一歩(境界線)を越えるのは恐ろしくあっけない。
    集団心理のなかでは人間の倫理観は簡単に崩壊してしまう。
    そしてついに起きた「水晶の夜」フリードリヒは大切な人を……。
    このとき、語り手の「ぼく」は何を思っただろう。
    そしてこの悲劇をとめるには何ができたのだろうか。

    物語全体を通して、主人公の「ぼく」の感情はあまり描かれず、事実が淡々と記録されるように進んでいく。しかし、かえってその淡々さが、この悲劇の怖さを際立たせているように感じました。狂った差別や不条理が、「当たり前の日常」として麻痺していく過程が、生々しく伝わってきます。

    「ぼく」の父親が早く逃げろと助言したのに、家族優先に動かなかったフリードリヒの父親。
    空襲の中で助けを求めるフリードリヒを拒絶した大人たち。
    あの時、助けていればと、彼等はどんなに後悔しただろうか。そしてもう二度と幸せな日々やフリードリヒは戻らない。見殺しにした罪悪感と後悔は一生消えない。まさに命をかけた究極の選択を前に、自分ならどうするかを考えさせられます。

    以前読んだ『ヒトラーと暮らした少年』でも同じことを考えました。もし今、国家が暴走し、不条理な決まりができたら。私は大衆心理や同調圧力、偏見による差別に流されないと言えるだろうか? ぼくのように暴徒に混ざったり、防空壕の前で黙り込んだりしないと言い切れるだろうか?

    そうならないためにどうすればいいのか。
    傍観者は共犯者と同じです。
    今も自分の中で答えは出ていません。
    ただ、「自分も怪物になるかもしれない」という恐怖を忘れず、問い続けることが傍観者にならないための第一歩なんだと思う。

    0
    2026年08月26日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    ・教科書には「ベンチ」の一部しか掲載されていないので、通して読めてよかった。

    ・児童向けではあるが、ユダヤ人が置かれた状況をよく理解できて読みやすい。フリードリヒは架空の人物ではあるが、当時彼のような人々がたくさんいたのだと思うと胸が苦しくなる。

    0
    2025年07月26日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    同じアパートで兄弟のように育ったユダヤ人のフリードリヒとドイツ人のぼく。しかし時代はナチの時代。ごく一般人でもユダヤ人を排斥していく。それはまるで狂気。最後に空襲されて怖いから防空壕に入れてほしいと泣き叫ぶフリードリヒを拒絶したシーンがなかなか衝撃的だった。まだ子どもを空襲の最中に放り出すなんて…ユダヤ人がどうしてここまで憎まれるのか、よく分からない。当たり前のようにユダヤ人を排斥していく空気に胸がヒヤリとする。

    0
    2025年06月02日
  • ぼくたちもそこにいた

    Posted by ブクログ

    「あの頃はフリードリヒがいた」の続編。模範的でいい奴のハインツも、ヒトラーに批判的だったギュンターも「普通」の少年だったぼくも戦時下のドイツの渦にまきこまれていく。中でもギュンターがヒトラーユーゲントに入ったのが衝撃だった。「なぜあんなことになったのか」と思えるような時代でも、その時その場にいて飲み込まれ、そして主体的に関わっていく感じがリアル。

    0
    2025年04月11日
  • あのころはフリードリヒがいた

    Posted by ブクログ

    不況で父が失業中のドイツ人少年「ぼく」と父が郵便局員で安定した生活を送るユダヤ人少年フリードリヒ。2人は同じアパートで誕生日も1週間違い。貧しいぼくにフリードリヒはこだわりなくおやつなどを分け家族ぐるみで仲良し。ヒトラーが台頭してきて失業から脱しナチスを支持するようになる大人たち。ヒトラーユーゲントに憧れるこどもたち。
    振り返って見ると極端でとんでもないことなのに、じわじわとユダヤ人への迫害が強まっていく流れが恐ろしい。
    三部作のようなので残りの2作も読もうと思う。

    0
    2025年03月01日