山口尚のレビュー一覧
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文系ですが、学生時代は現代文が苦手でした。
本書では読解の技法として「具体例をあげる」ことが指摘されていた。
多分当時の自分は具体例にたどり着くほど経験が足りていなかったんだと、今は思う。
振り返ると昔の自分は読解の「必勝法」を求めて失敗していたんじゃなかったかと。
代ゼミの酒井先生や出口さんの参考書を求めては難解な文章を理解できず、挫折をしていたものだった。
この本を読んで、難しい本の読解とは文章に人生まるごとでぶつかる営為ではないかと思った。
だからこそ読書会を催す必然性もあるのだろう。
外堀を埋めるばかりだが、本書の一番の肝は恐らく「部分の積み重ねで全体を理解する」と同時に「全体が部分の意味を定める」という解釈学的循環=グルグル回りにうまく入り込むと云うことだ。
これを誤ると、2003年イラク派兵時の憲法前文の「誤読」(わざとかもしれないが)のような事態がおきてしまうのかなあと思った。
併せて読みたい
「サブカルチャー反戦論」 大塚英志 -
Posted by ブクログ
0 どんな本?
部分と全体を行ったり来たりしながら齟齬を最小
限に抑える読み方を正攻法として提示する本。解釈
学的循環がキーコンセプト。必勝法では無く正攻法
と言う地道にして確実に前に進む読書法を教えてく
れる1冊。
1 何で読んだの?
(1) 日々の読書力を上げたくて。
(2) 具体的な読書の方法が知りたい。
(3) 読書の仕方が変わった状態になりたい。
2 構 成
全9章263頁
必勝法では無く正攻法と言う本のコンセプトから始
まり書籍や読書会への感謝で終わる。とてもわかり
易い構成で各章節毎に哲学者の著作を引用して説明
して行く。とても分かり易い。
3 著者の問題提起
書籍や論文の理解に必勝法はないあるのは正攻法
だ。
4 命題に至った理由
書くと言う行為は自由であるので、自由に書かれ
たものを確実に理解する方法など無いと言う事実。
5 著者の解
部分と全体を往復して解釈学的循環を進めること
が必勝法では無いが正攻法である。
6 重要な語句・文
(1) 読む事とはいったん疑った上で自分のわかる形
にまとめる事。
(2) 前提と結論に腑分けする。
(3) どの段階か意識する。(話の流れを抑えた上
で)
(4) 重要な箇所を指摘することが重要
(5) 主張を自分ごとにする。
(6) バッチリな具体例を見つける。
(7) マルティン・ブバー「汝と我」
(8) キーセンテンス
(9) 解釈学的循環
7 感 想
読んでいて次の読書に活かしたい気持ちになっ
た。部分と全体を循環したい。刺さったのは読む事
とは〜。ただ読めば理解できるわけじゃ無いらしい。
深く知りたい事は具体例の見つけ方。人に勧めるな
ら解釈学的循環。循環の図があって分かり易いが無
くても良いと感じた。タイトルは「読書の正攻法」
がピッタリだと感じた。
気になっていた哲学者のマルティンバッチリブバ
ーの引用も有ったし、とても有意義な一冊だったけ
ど、読書会の尺が長いので星4つになります。
8 todo
(1) 次の一冊から循環読書
ア アウトラインを書く。
イ キーセンテンスを書く。
ウ 重要な箇所を書き出す。
エ 主張を自分毎にする。
オ どの段階かアウトラインと照らし合わせる。
カ 前提と結論に腑分けする。
(2) マルティンブバー「汝と我」の購入
9 問 い
理解とは?
10 答 え
具体と抽象の往復の果て(達する事は無いか、達
するが変化を続けるもの)
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Posted by ブクログ
難しい本を読むために意識、実践するべきことを哲学者の文章を実際に読んでみることを通じて説明していく内容です。難しい内容の本を読むことが苦手な人は、論理的に読むために必要なことを構築でき、そうでない人にとっても改めて自分の中で理論を整理し、明確にする手助けになるのではないでしょうか。
タイトルに対するネタバレになりますが、筆者がこの本で何度も述べているように、難しい本を読むために「正攻法」はあれども「必勝法」はありません。人によって持っている背景知識や読む文章との相性も違います。文章の内容も書き手によって様々であるため、万人が必ず正しく読むことができる方法などは当然ありません。しかし、難しい文章に対してはやみくもに読むよりは、ある程度の型みたいなものが存在することを意識して読むことによって、理解を促す手助けになるというのはまさしくその通りだと思います。
方法的な部分に関してはネタバレになるのでここでは書きませんが、この本の終わりで筆者はこのように述べています。
「書き手が自分の言いたいことが最もよく伝わるよう臨機応変に工夫する以上、読み手の側も臨機応変に対応する以外に道はないのです。」(p.262)
他者が練りに練った深い内容を読むため、私たちは主体的に試行錯誤しながら読まなければ理解は促されません。お手軽に本を読むという方法は無いのですから、すぐに理解できなくても挫けずに時間をかけて読むことが一番の正しい道なのだと思います。 -
Posted by ブクログ
難しい本を読む「必勝法」はないが押さえるべき「正攻法」がある、という、変な煽りのない素直な序文に好印象。
読書好きな人は無意識にできている読解法が丁寧に説明されており、わかりやすい言語化にスッキリした。
キーセンテンスを掴むとか、相手の意見を理解するのは賛同するのとは違う、みたいなことって、Twitterでのすれ違い論争を見ていると意外と皆できていないよね、というポイントだと思う。
「難しい本」のサンプルとして日本の哲学書を使っているのも面白かった。一部を紹介されて続きが気になる、というのは国語の教科書での経験を思い出す。懐かしい。
読書法を紹介した後に読書会のススメという展開は物珍しかったが、こちらも奇をてらうことなく、素直で実直なノウハウ説明で良かった。 -
Posted by ブクログ
日本に独自な哲学が勃興してきていることを、十分な筆致でもって描き出している。もともと哲学界は関係者にしか分からない用語を使って、探究を進めてきたが、一般の人にも知の果実を届けようと、努力する哲学者も一方で存在し、私が知る限りでは、内田樹や鷲田清一はその部類に入るだろう。本書では、その後進を引き受けた、分別盛りの哲学者による知見を紹介している。紹介された哲学者はそれぞれ社会で苦しむ人々に視線を送り、思考革命を起こすことによって打開を図る方法を用いる。長々しい話をして面倒だと思う人はいるだろうが、理屈が好きな人には効用があるに違いない。ただ、哲学用語は依然として使用されているので、全く一般向けになるには至っていない。この本がすんなり読めたらその人は立派に哲学に入門している。従って、哲学的議論が白熱する本書はそういう意味では面白いが、慣れない人には難しいかもしれない。知の専門家たる哲学者と、一般の人々が手を携える日はもう少し待つことになるだろう。
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山口尚(1978年~)は、京大総合人間学部卒、京大大学院人間・環境学研究科博士課程修了の哲学者。大阪工業大学講師、京大講師。
本書は、日本哲学(「J哲学」)の6人の旗手、國分功一郎、青山拓央、千葉雅也、伊藤亜紗、古田徹也、苫野一徳のそれぞれの思想を紹介することより、「J哲学」の最前線でどのような思索が展開しているのかを論じるものである。
私は、いわゆる哲学、現代思想については、特段の専門的な知識は持たず、これまでノンフィクション系の本の一部として、千葉雅也の『勉強の哲学』、『動きすぎてはいけない』を含む複数の著書(千葉は出身高校が同じなので少々注目している)、伊藤亜紗の『目の見えない人は世界をどう見ているのか』や、佐々木敦『ニッポンの思想』、岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』などの幾つかの本を読んできた程度であるが、「日本哲学の最前線」というワードには大いに興味をそそられ、手に取った。
通読してみると、著者が、単に最新のJ哲学の代表格6人の思想を紹介するだけではなく、それらの通底する視点をどのように読み取り、なぜこの6人を取り上げたのかがわかるのだが、その背景・意図は概ね以下である。
◆「J哲学」とは、J-POPのアナロジーとして鬼界彰夫が使い始めた概念であり、J-POPと同様に、日本的なものを哲学(J-POPなら音楽)に取り入れようという志向を持つわけではなく、輸入された西洋哲学と土着の(従前の)日本哲学の区別を超えて、普遍的な哲学に(たまたま)日本語で取り組むものである。また、日本の哲学の言説は、大きく「海外の哲学者の思想を紹介するもの」と「アーティストとして自分の表現を彫琢するもの」に分けられるが、J哲学は(当然ながら)後者に属する。
◆J哲学は、大森荘蔵がその土台を形成したと言われ、2000年代までは、大森門下の大庭健、田島正樹、中島義道、野矢茂樹や、出自を異にする永井均、入不二基義、更に、鷲田清一、内田樹、小泉義之、檜垣立哉、森岡正博らが、それぞれ枝流のようにJ哲学を実践してきた。
◆2010年代に、J哲学は一つの大きな流れと見なしうる思潮に発展したが、それは、人間の「不自由」に目を向けるという視座であり、単純に「自由」を希求するのではなく、人間の避けがたい不自由を直視した上で可能な自由を模索するというものである。そして、本書で取り上げる6人は、2010年代に頭角を現し、それぞれ独創性を持ちつつも、「自由のための不自由論」という観点で有機的に結びついている。
◆上記の通り、J哲学が日本的なものを基盤としていない以上、「和」と「不自由」のあいだに前もってのつながりはないが、哲学の個別的活動は時代の特性に多かれ少なかれ縛られることも事実であり、2010年代のJ哲学の代表的な流れが「不自由論」として特徴づけられるものとなった背景には、現代日本の社会的・経済的閉塞感などがあるのかも知れない。
J哲学において、2010年代を代表する6人が何を考え、そこに通底する思潮は何なのかをコンパクトにまとめた一冊である。
(2021年7月了) -
Posted by ブクログ
難しい本、というより哲学書を読むための本。ちょうど哲学者に関する本を読んでたが全くわからなかったので助かった。
難しい本を読む必勝法ではなく正攻法の紹介と書かれており、自分が意識して実践している内容もあった。
本書では部分と全体をいったりきたりしながらキーセンテンスを見つけることが重要だという。その中で主張したいことを捉えていき、理解につなげる。また、具体的な例えがあるとより理解が深まる。1人では例えを出すのに限界があるため、読書会をするといいという内容だった。
読書会について、みんなでどんな話するんだろうと謎に思ってた部分があったため、このような目的でやるのかと気づきがあった。
必勝法ではないので本書を読んでも難しい文章はすぐには読めないだろうが、少しずつ訓練して読めるようになりたい。 -
Posted by ブクログ
この本の感想として、まずわたしは普段の生活で自らが変だな、と違和感を感じたことについて書いておこうと思います。
○会社のイベントで、あたかも任意であるかのように出欠確認がとられるのだが、実は拒否権はない(参加しなくては今後の査定に響いてしまうと思われる)
○研究職という「職業」に、「好きなことを仕事にできてよかったね」などと言葉をかけられるのだが、実際はたまたま研究者である。
○就職活動で思ってもいないようなことを言わされる(言わなくては不利益があるのではと思わされる)。
特にそのような形で外的な要因によって決まったことがら(実は非常に多いことだと思われる)に対して、弱音を吐くとか、不満を述べると、「自分で選んだ道でしょ」と叱責されるための言質になっているのです。
自由選択のボールがいったんこちらに渡される、そのことでわたしは不自由を感じてしまう。
※ ※ ※
著者の山口氏はこの本を通して現代日本で活躍する6人の哲学者を紹介し(J-POPをもじってJ-哲学と称しています)、それぞれがバラバラに活動しているように見えて、実は根底に流れるテーマとして、「不自由論」を論じているのだ、と指摘します。そして、その文脈で、それぞれの哲学者を「読んで」いきます。
内容は実際に読んでいただくとして、わたしの気になったところをピックアップしてみます。まず、国分と青山の議論から自分が決めた、意思した、と思うことでも実は環境からの影響を無視できない、という共通の議論が立ち上がります。何人たりとも自分を始点にはできないはずなのに、あたかも自分が決めたかのように〇〇します!と言う(言わせられているにもかかわらず。これは就職活動などでありそうです。)という構造を浮かび上がらせています。
後半は、その自分を巻き込んでいくような環境を「ノリにのっとられている」あるいは「運を引き受けながら生きる」のような言葉でとらえます。わたし自身も実家に帰ると「家庭の中の長男というノリ」にはめ込まれてしまい、それは苦痛ですが、「引き受けながら生き」ざるを得ないという事態にはまっているので、このあたりはそういう体験を当てはめながら読むことができました。
わたしたちの生きる処方箋になりうるのは、このレベルの「倫理」の幅を増やしておき、「ノリの読み替えの可能性」を拓いておくことかもしれませんね。