河野啓のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
栗城史多さんの生きた足跡を辿る物語。
登山家にそこまで詳しくなかった私でも、ニュースで騒がれていたことは微かに記憶にあり、書店で並んでいる「栗城史多」という聞いた事がある名前と、「デス・ゾーン」という一瞬見ただけでも目を止めてしまう様な強烈なワード、この2つの文字を見て、私はこの本を手に取ってみた。
趣味として登山を行う私からみても、山をビジネスに繋げようという考え方は、あまりにも失礼なのではないか。読み始めは終始この感情がついてまわった。
しかし、読み進めていくと、栗城史多さんの行き詰まっていく様子や、ネットを使った事による様々な弊害、自分の実力を見誤り虚勢を張ってしまったこと、そして、社会 -
購入済み
後味の悪さ
一方的な暴露本。なんだけど、これが面白くて夢中になって読み進めてしまった。私も彼の人生を面白おかしく消費しているということなんだろう。良い作品だけど後味の悪さが残る。
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Posted by ブクログ
ネタバレ栗城氏が登山家とは言えないというのは、少しでも山をかじったことのある人なら疑う余地のないところだが、本書を読めば山の知識がない人にもそれは十分すぎるほど伝わるだろう。以下の一節が象徴的だ。
「BC(エベレストベースキャンプ)に入って最初に言われたのが『今回は占いの先生の判断を最優先したい』って」
生死のかかった登山の判断を、現地にすらいない占い師の判断に委ねることは登山家としてあり得ない。
本書は読んでいるうちに段々と苦しくなってくる。最後のエベレスト登山は、周りの状況すべてが、その登山がほぼ自殺だったことをうかがわせる。栗城氏は自己実現の場所を誤って見つけてしまったようにしか思えない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ栗城さんの事はテレビでよくお見かけするなぁくらいの意識しかなかったが、ニュースで亡くなったと報じられた時は驚いた。
夢を向かって頑張っていく姿を見せて周りを勇気付けるみたいな人だったのかなとふんわりと思っていた。
栗城さんが掲げていた夢が山岳界隈から物議を醸すような無謀な行為であったのも山についての知識のない自分は全く知らなかった。
登山は夢というより山という圧倒的現実と対峙するもので、自分の体力気力ポテンシャルとコンディション、天候、地形、シェルパの存在、その他諸々が合致して初めて難所の山が登れるのだなと思った。
無謀な挑戦を夢として無責任に応援する事の罪深さも理解できた。
にしても -
Posted by ブクログ
2018年、35歳でエベレストで亡くなった栗城史多さんについての本。筆者は2008年と2009年に彼を取材したテレビマン。
栗城さんが亡くなった日、登山系の話に興味があった自分は、「また山で若い人が亡くなった…なんで登山家は山に登るのか?」とネットサーフィンしていた。そこで彼についてのネット上の評価を知ることになり、同時に彼の不可解さに驚いた。だからこの本の批判でよく言われる「悪く書きすぎ」という印象は受けなかった。むしろ栗城さんに対するというか孤独な人間への愛情みたいなのを感じたのは自分だけか…
この本を読む前は、「無邪気な陽キャの若者がでっかい野望をぶち上げて世間をあっと驚かせようとした -
Posted by ブクログ
「栗城くんは登山家として三流」
これはとあるテレビ番組で耳にした専門家の言葉だ。
登山について素人であり、高尾山でさえしんどいと感じている自分にとって「単独無酸素登山」を達成した栗城さんは凄い人だと思っていたので違和感を覚えた。
その理由の一端を知れるのが本書だろう
評価が明確に決まっていない登山においての評価軸は、これまで積み上げられた歴史による文化、価値観、美学だと感じる。その点においては栗城さんは登山家として疑義が出たのだろう。
しかしながら、いつだって変革を起こすのは異端者であり、登山界では栗城さんだったのでは?とも考える自分もいた。
栗城さんという1人の人間から「挑戦者」「