五味太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
久々に読んで、誠にそうだなあと思う一方で、小学校の先生の忙しさを同情する。
学校の先生を責めるのではなく、社会を見直す所にきている。もちろんごみさんの言い分には賛成だ。
五味さんの言い分に付け足すとしたら、
小学校に対する私の意見は、
各教科を専門家が教えること。
子供の心についてしっかり研究し、かつ、子供の邪魔にならない専門家を置くこと。(形だけ発達心理学やってます、じゃなく本当にわかってる人)
どんな子も褒めること。
先生のカウンセリングをすること。
文部省の言うことを聞かないこと。
あー。要するに寺子屋方式、予備校方式がいいですね。
あと、あとがきにあるように、犬飼ってる人でいい人もいるし、「人それぞれの普通」があります。五味さんみたいには、自由にものが言えない人もいます。誰にでも敬語で話しちゃう人もいるし、優等生タイプも不安を抱えて優等生やってたりします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ勉強はストイックなものという思い込みを正せ、と言ったのは親野さんだった?
子供が自ら「楽しい」と思えば、自然に「知りたい」「読みたい」「描きたい」という気持ちにつながっていく。つながらなくてもソレはそういうタイプの個なんだよっていう感じ?
こうやって言葉でまとめるのも「わかってないんだよな」って怒られてしまいそうな本。
言い返したいこともけっこうあるけど、五味さんってそういう個なのね、と思うことにする。
20年近く?前の本なので、今の学校や社会はもう少し違ったものになってるような気がする。よいか悪いかは別として。
「目が楽しい、口が楽しい、のどが楽しい、耳が楽しい、手が楽しい。絵本というものはそういう世界になじむのですが、サポートする大人の側が違うモティベート(動機づけ)としてとらえるから、おかしなことになってしまいます。」
「足がサイダーだよって言った男の子がいたそうです。(略)やっぱり、言葉って限りなくスリリングなんです。そのスリリングさの学習、どこかにあるのでしょうか。」
(世間様の目)「つまり基本は禁止なのです。してはいけないことが多くあって、していいことが少しある。で、自分のしていることがしていいことなのかどうか、ちょっと心配だという図式なのでしょう。」
「学びたい、知りたいという、その子の必然が出てきたときに、はじめて”教育”というものが、現象としてな成り立つのだろうと思います。
そのときにいちばん必要なのは”わかっている”人ではなくて”わかろうとしている人”です。”人生、そこらあたりが問題なんだよね”と問題を世代を超えて共有できる人。」
「子どもというのは”異邦人”だと思っています。この文化圏に最近やってきた異邦人という感じ。だから、この国の、あるいはこの風土のこと、何もしらないのは当然のことなのです。」
「子どもは大人をただ”見ている”のだと思います。(略)大人の立派さを見ているわけでも、批判しようと厳しく見ているわけでもなく、ただそこに居るから見ているのです。」
読んでいてかつての自分をいろいろと思い出した。
「兄が徒歩で家を出発して、その何分か後に弟が自転車で出発してそれぞれ駅にむかう。駅までの距離は**。兄の歩く速度は**。」なんて算数の文章問題。
確かに私も、なんで二人で一緒に行かなかったのかその背景を悶々と想像してしまったり、自転車途中でパンクしたりして、なんて考え出すと、算数なんてどこかに行ってた。
我が家のルーキーどもの熱い視線を意識しながら、自分のことも考えてみよう。