永田希のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
情報の濁流に流されないために、テーマをもって本を集めたビオトープ的積読環境を構築することにより、情報に対する自己の軸をつくる。
現代は情報が多すぎる情報の濁流の時代
積読環境=知識のビオトープ
バイヤールは完全な読書以外は未読と定義
流し読みも積読も同じ未読
完全な読書は不可能
自分にとって重要な本を見つけるために投資が必要
積読=投資
テーマを決めて書き出す
テーマにあった本を集める
古典を読むと早く読めるようになる→多くの本で参照されているため
読書ノートで情報のいけすを作る
定期的に本棚をメンテナンスする
ビオトープ的積読環境=スロー思考
→自己の輪郭を作り自己肯定のための足場になる -
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Posted by ブクログ
読書という行為には、複数の異なる種類のネットワークが関わっていると本書は指摘する。
まず、書物間が互いに参照しあってできるネットワーク。さらに、書物の中の言葉同士が参照して作るネットワーク。そして、書物を読む人の頭の中にある情報からなるネットワークである。
再読とは、過去に読んだ時のネットワークから、新たなネットワークに組み替えられることだ。そのネットワークのずれは「読み手が生きた時間」であると本書は語る。
正解を求めるわけではなく、誰かに評価されるためでもなく、自分自身と向き合うためにする。それが、著者が提案する創造的な読書術である。
「再読」という一見単純なテーマで、ここまで深く語 -
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Posted by ブクログ
ネタバレ一言要約:読書とは全てが「再読」で、自分の分解と再構成の終わりなき営みである
読書とは想像⇄創造を回す動力で、再読はこれをスパイラルさせることだろう。
読書という行い自体が静的にも動的にも働くが、これ自体が他者の成果物に触れるという受動的な面がある一方で、動画などと違って自らが文字を目で追いページをめくらないと進まない能動的な行いである為だと振り返る。さらに古典で言えば、古より普遍な「静的な知」に触れる価値と、古典に集い形成される4次元の事物によるネットワークに触れる「動的な知」の価値があると理解する。後者は、どの古典(点)に、どんな知を携えた人(線)が、どこ(面)で、いつ(時間)、触れてそ -
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ネタバレ要約:積読が完全な読書法なのは、そこには「主体性」しかなく、イノベーションの土壌形成となるから
ひとたび本を開くと、次のページも読まなければ、本全体を理解せねば、という強迫観念に囚われ、そこに主体が陰る部分が生じる
これに駆られ何度も本を読むと、その本だけでは理解しきれない部分が出ることで別の本にも手を出さざるを得ず、やはり主体が脅かされる
この板挟みや葛藤から逃れることは「読まない」つまり「積読」であるが、そこにも「読んで!読まなければ!」という本の訴えを幻聴する状況がある
著者のメッセージは本の機能はそもそも「読まれること」と「情報の保存」の二つで、積読は後者を叶えている側面から、気負い -
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“読書”に対する内容の書籍は数多あれど、そうした内容の本からは少し離れたような感じもする内容だった。
ネタバレになるのだが、中盤にある『読書や再読を繰り返すうちに、自分の読み取れる内容が変化することにも繰り返し気付かされるようになります。読書に慣れ、再読に慣れるとは、書かれていることが変わっていないのに、読む度に読み取れる内容が変化することを知るということでもあるのです』という文章がすべてだと思う。
例えば書籍一つとってもそれを好む好まざる関係なしに、それを自らが再び手に取って読んだ時に成長しているか否か、はたまた違う感情が生まれるか。
同じ時はない人生で繰り返しのような生活の中でそうした -
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読書猿さんの帯文を見て気になり、購入した。
一度目の読書は、受動的なものだが、再読は能動的、創造的なものになる。読書の創造性とは、今まで自分が作り上げてきた言葉のネットワークを、様々に組み替えて思索、創作することだ。
著者は再読をテラフォーミングに例えている。上にも書いたがこれも「読み落としや読み間違いを認識して、読者がじぶんのなかの既存のネットワークを組み換えること」だ。
また、カルヴィーノやナボコフなどを例に挙げ、どう再読するか?を紹介している。
著者の主張とは少しズレるかもしれないが、人生をかけて何度も読み返す本に出会いたいと思った。 -
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永田希(1979年~)氏は、米国コネチカット州生まれの書評家。書評サイト「Book News」を運営し、「週刊金曜日」、「週刊読書人」、「図書新聞」、「HONZ」等でも執筆している。
本書は、著者がかつて「時間銀行書店」を名乗って刊行した『サイコパスの読書術-暗闇で本を読む方法』を下敷きに全面的に改稿され、2020年に出版された。
私は元来、不必要に断定的だったり、奇をてらった書名の本(「~しなさい」、「なぜ~なのか」等々)は敬遠する方で、本書も書名自体は好まなかったが、書店でめくってみると、多数の著名な読書術の本を引用しており、面白そうで購入した。
このチャレンジングな書名について、著者は「 -
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この本は、ランキングで見かけたときに、気になったのですが、タイトルが私はとても鼻についたので、一度敬遠したのですが、レビューを拝見したら面白そうだったので読みました。
何冊かの読書についての名著を取り上げて、積読について語っています。
主に取り上げて語られているのは、バイヤールの『読んでいない本について堂々と語る本』他です。
そして同じことを書名をある時はショーペンハウアー『読書についいて』。モーティマー・J・アドラー『本を読む本』などに変えて繰り返し言い方を変えて述べられています。
「予算を決めて定期的に本を買いなさい。ただし買った本のすべてをすぐに読む必要はありません。積みなさい。そ -
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この本は読み方のハウトゥーではなく(読書ノートや情報カードがどう、みたいな話はほぼない)、情報過多な現代で、いかに積読するか?が書かれている。
自分の決めたテーマに沿ってビオトープのような積読環境をつくり、その環境も適宜見直して代謝させていく。読んで!(観て!聴いて!買って!)と訴えてくる情報の濁流にのまれず、自分が読むべき(観る、聴く、買うべき)ものを選び取ることの大切さを述べてある。
お堅めそうな本から、流行ったこんまりさんの本まで様々な本を引き合いに出しつつ、いかに積読するかを語る著者の視点はとても興味深い。
濁流にのまれて日々焦燥している身として、もう少し主体的に積読を構築し直そうと思 -
Posted by ブクログ
『なにかを積み上げる。その意味を、真剣に考えてみようじゃないか』
まず断っておくけれど、この本は、「読書法」の本ではない。『積読論』の本である。
「もうこんな生活イヤ!
積読しっぱなしなんて、あり得ない!」
な〜んて人にこそ必要な本だ。
つまり、何かを積んだ状態が許せない人への「特効薬」とも言うべき本である。
今や、誰もが、何かしら「積んでいる」状態にある。本はもちろん、DVDやネット動画、テレビ番組や雑誌、スマホゲームから旅行先、食べ物や飲み物に至るまで、それこそ、「あれもやりたい、これもやりたい」状態にあるはずだ。
ひとつ終えたと思ったら、その間にもまた多くのコンテンツが発表される -