小池陽慈のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
評論に関心がないという人にも届けたい良書です。
読書案内とあるので、最初はトピックごとに本を紹介しているのかなと思ったのですが、この本は明確なメッセージ性が根幹にあると思うので、世の中のことを少しでも考えたいと思う人、もしくは自分の狭いものの見方を変えたいと思う人におすすめしたい。
評論って雲の上のことばかり考えていると思ったら大間違いで、今この時、もしくはこれから起こるかもしれない将来について述べたもの。
私たちが意識できないことについて、たくさんのことを考えさせられるきっかけを与えてくれる、それが評論。
たとえば、私たちが使っている日本語。
この言葉を使うことに、私たちは疑問を抱くことはあるだろうか。
日本語を使うことに苦しみを持つ人々がいることを私たちは知っているだろうか。
アイヌの人々、在日の人々、日本の植民地下にいた人々…。
彼らに日本語しか使えない環境を与えてきた、そのことを知ることで、全く考えたこともなかった自分の社会的立場の優位性に気づくことができる。
ステレオタイプ、ナショナリズム、オリエンタリズム、表象や全体主義など、評論的用語をわかりやすく噛み砕き、評論への入口に案内してくれる。
できればこういった本を多くの人が読んでくれればと思う。 -
Posted by ブクログ
高校生になった元教え子に、『葬送のフリーレン』の分析を書くと約束してしまったのだが、一体、何から手をつけたらよいかと思っていたところで、Twitterでこの本が流れてきた。目次を見ると、「テクスト」を解説する項目で『フリーレン』を扱っている。買おう買おうと思いつつ、数ヶ月が経ち、満を辞して購入した。
読んだことあるマンガが『フリーレン』しかないので、とりあえず、そこだけ読んだのだけれども、内容としては、ふむふむという感じでありつつも、そういうことだったのか! という感じはない。万人がそう読むだろうという平均的な読み方を、批評理論の用語を使って価値づけている本というのが、本のつくりとしての印象である。
前評判として、大学の後輩が、「高校生のレポートの参考にするならいいけど、大学生が卒論の参考にするにはちょっと……」と言っていたのを聞いた。後輩の言いぶり的には、だからイマイチな本、といった言いぶりだったが、中学校教員をしている身としては、これくらいの批評本の存在は、教育的にとてもいいのではないかと思う。
第一話のヒンメルの葬式のシーンと、そこで泣き出すフリーレンの表情から、この物語のコードを「『葬送のフリーレン』=人間の心を完全には理解できないエルフのフリーレンが、人間を知ろうとする物語」として抜き出す。その後、「人類(人間、ドワーフ、エルフ)」と対立するキャラクターとして、「魔族」を取り上げて、この物語のコードが、「異種間での心の分有の不可能性」であるという風に読み替えるのが、論の骨子になっている。
「分有」という概念の使い方もなんとなく気になるところではあるけれども、『フリーレン』で扱われている批評理論の概念が、「テクスト」であるところも何となく違和感を感じるポイントかもしれない。
まず、上のコードの抜き出し方は、至極まっとうな読みだと思うが、あまりにまっとうで普通に過ぎるので、読みとしての面白みはない、というのが文学系でスレてしまった後輩たちの感想だったのではないか。加えて、それは、作者が意図した通りなのではないかというところも何となく気になるのだろう。
テクストを原理的に、誠実に説明するのなら、作者の意図によって書かれた「作品」という考え方を相対化するための概念だと説明するのが基本だと思う。そのため、作品を作品として読んだときにも成立しそうな読みを、テクストの自由な読みとして語られると、何とも微妙な気分になる。テクストの解説のために、テクスト論を実践するのであれば、もっと無関係なコードから、『フリーレン』の持っている無意識的な構造を取り出してほしいと思われるのだと思う。
とはいえ、読み方がまっとうもまっとうであるからこそ、自分たちが何となく読み取っている「普通の読み」をどうやって説明したらいいのか、とてもいいお手本になっていると思う。そもそも、世の中の大方の人たちは、「普通」の読者なのであって、義務教育の中学校教員をしている人間からすれば、そういった「普通」の人たちが、「普通」の読みを言葉にできるようになることの方が、よっぽど教育的に大切なことであるように思う。
考えてみれば、「『葬送のフリーレン』=人間の心を完全には理解できないエルフのフリーレンが、人間を知ろうとする物語」というところまで、しっかりと言語化できるのも、100人読者がいれば、半分くらいもいればいいものなのではないだろうか。これくらいの読みを、しっかりと言葉にして、交流できるようにすることが、けっこう大切でいて、それでいて意外に難しいことのような気がする。
結論としては、先に上げた後輩の評価が、この本の評価を完璧に言い当てているように思う。曰く、大学生が、文学を専門にしてする批評として見るには、あまりに物足りないけれども、高校生がマンガを分析対象として批評するというのは、どういうことなのかということを感覚的に学び取るにはちょうどいいのではないか、といったところである。そもそも、そういう趣旨で書かれている本だと思う。
自分がなんとなく感じている「普通の読み」を言葉にするにはどうしたらいいのかを学ぶ教科書として、ぜひ中高生くらいの読者に読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
高校生くらいなら読みこなせるかな。
三部で展開されている。
一部は、プレゼンターがそれぞれ一冊の本を、自分の持つ知識を併せながら紹介する。
人文学系にやや偏っているので、そうでない世界も見たいような。
二部は、一部で紹介された全ての本について、編者と読書猿さんが対談する。
読書猿さんの対談、初めて読んだけど、この人がそもそも備えている知識(もはや教養の質)が高すぎて、怖い(笑)
『サロメ』を書いたワイルドをどう捉えるかが、プレゼンターと読書猿さんでかなり違っていて、そこが面白かった。
三部は、一部で紹介された本の一冊を、プレゼンターが読んで、感想をつなげる。
これいいな、と思った。
ビブリオバトルにしても、本を紹介することに焦点を当てているけれど、こんな風に、お互いが持ち寄った本を語りつなげる。
オーソドックスな読書会とも、また少し違う。
何かに使えないかなと感じた。