<ポイント>
・自分の基準で心地よく。自分の人生の肯定的な面を、主観的に見出して楽しく生きること。
・正面の顔だけでなく、側面の顔がある。ひとつの面だけ見て人を判断してはいけない。自分を見る時も他人を見る時も。
・人に認められることばかり望む人は、結局、人に振り回されてしまう可能性が高い。この人生は誰かから認められるための人生ではない。自分の人生なのだから、誰かにいいように操られたりするなんて御免だ。
・よそはよそ、うちはうち。優劣なんてない。ただ違うだけ。劣等感は”存在”から来るものではなく、”意識”から始まる。実際には存在が劣っているのではなく、劣っていると思う意識があるだけである。コップがポットより小さいからと言って、劣っているわけではない。ただ、違うだけ。ぼくらはみんな、それぞれに違う存在であるだけ。
・不確かで大きな目標が重要なのとおなじくらい、日常の小さな楽しさも重要である。
・競争しないで生きていく。勝つことを人生の目的にしてしまいたくなるから。
・辛い人生ほど、笑えて最高だな。
・人生はルールのわからないゲームだから、仕方ない。
・自分の選択がどんな結果につながるかわからない。結果を知る方法は、その道を進んでみること。「なるようになる」が人生を面白く変える。「なるようになる」が人生を面白く変える。
・命まで取られなかったから御の字
・望みもしなかった人生と不幸を。そんなとき、「あるよね~、あるよね~、あるある。」と。ほんの少し心が軽くなった。
・いつかは笑ってやり過ごせるはずだ。今だけ見れば失敗。答えも希望ない。短編で見ようとせずに、シリーズで見ないと。
・星の数ほどの考えや理解が絶え間なく衝突する戦場が僕らの人生。間違いなく僕やあなたは、誰かにとっては理解できない変人である。
・大切なのは結果ではなく軌道修正
<ピックアップ>
〇一度きりの人生なのに、そんな暗い気持ちで生きていくなんてあまりにももったいない。どうせなら楽しく生きたほうがいい。自分だけのものさしと観点で。自分の基準で心地よく。自分の人生の肯定的な面を、主観的に見出して楽しく生きること。
〇たくさんの肯定的なサインや証拠があっても、否定的な言葉や評価が僕らに目隠しをしてしまう。負の力は強力である。だからこそ、努力が必要である。つまり、自分の人生の肯定的な面を、主観的に見出して楽しく生きることである。
〇正面の顔だけでなく、側面の顔がある。ひとつの面だけ見て人を判断してはいけない。自分を見る時も他人を見る時も。
〇誰かの考え方までコントロールすることはできない。人に認めてもらえれば最高に気分がいいけれども、認めてもらうことを望み始めたら、物事が複雑になっていく。人に認められることばかり望む人は、結局、人に振り回されてしまう可能性が高い。この人生は誰かから認められるための人生ではない。自分の人生なのだから、誰かにいいように操られたりするなんて御免だ。
〇僕は競争相手ではない。
〇成功というのは、人によって基準が違う。
〇世間の反応とは関係なく、一人、凛として我が道を行きたい。
〇よそはよそ、うちはうち。優劣なんてない。ただ違うだけ。
〇劣等感は”存在”から来るものではなく、”意識”から始まる。実際には存在が劣っているのではなく、劣っていると思う意識があるだけである。コップがポットより小さいからと言って、劣っているわけではない。ただ、違うだけ。ぼくらはみんな、それぞれに違う存在であるだけ。
〇村上春樹、小さいけれど確実な幸せ「小確幸」。
〇幸せは大きさじゃない。頻度である。
〇1日働いて、缶ビール1本空ける。ささやかな幸せを楽しむ。その人に向かって、その幸せは本当の幸せじゃない、そんなお手軽な幸せに甘んじるのではないというのはどうなんだろうか。そんなことすら楽しめなくて、何を楽しみに生きて行けというのか。
〇大きな幸せは、意外と長続きしない。
〇幸せとは持続できる感情ではない。きわめて瞬間的な感情。よって、幸せは感度じゃなくて頻度である。
〇日常の中の小さな幸せは、大きな目標に向かう長い旅路に耐えうる活力をくれるだけでなく、失敗した時の衝撃を和らげるエアバッグにもなる。大きな幸せは、意外と長続きしない。「これさえ叶えれば幸せになれ!」とよく考えるものだが、その幸せもほんの一瞬である。大きなことだけを追い求めて、小さなことをすべて無視して生きることはむなしいことである。不確かで大きな目標が重要なのとおなじくらい、日常の小さな楽しさも重要である。両方を追い求める。平凡な日常での幸せを感じられない人は、もし大きな夢が実現したとしても幸せを感じられない可能性が大きい。
〇競争しないで生きていく。勝つことを人生の目的にしてしまいたくなるから。
〇辛い人生ほど、笑えて最高だな。つらいときこそ、笑おう。つらい世の中を生きていくときには、怒りよりも笑いが助けになってくれる。丸ごと笑いに昇華してやろう。
〇困難は主役の証明。どんな人生でも、主役は”私”。生きるのがつらくて、まるで罰を受けているような気分になるために僕は、困難に直面した映画の中の主役たちを思い浮かべたりもする。
〇人生はスポーツに例えられる。しかし、スポーツは同じ条件下で平等に実力を競うものだが、人生は違う。例えば、トラック競技。人生と言う協議では選手ごとにスタートラインの位置がバラバラ。二人の人間が同じ努力をしたとしても、同じ結果になるとは限らない。外見も、家庭環境も、性格も違う。生まれた才能も違う。不確定要素に満ちた二人の結果がどう転ぶかはわからない。人生は単純ではない。何かひとつの原因だけが結果を生み出すのではない。だから、全てが自分の責任で、自分の努力の生であるという考えは捨てる。
〇人生はルールのわからないゲームだから、仕方ない。
〇自分の選択がどんな結果につながるかわからない。結果を知る方法は、その道を進んでみること。「なるようになる」が人生を面白く変える。どうなるかわからないから「怖い」じゃなく、どうするかわからないから「気になる」という気持ちで生きれば人生はもっと面白くなるはず。人生の本質は、不確実さ。不確実さを楽しまなくちゃ。それでこそもう少し軽やかになれる。ひょっとしたら、人生とは僕らが考えるほど重たいものではないのかもしれない。それに、もし重たくて怖いものだとしても、ぶるぶる震えながら生きていくなんて御免だ。軽やかに生きたい。恐れよりも好奇心で生きたい。人生が僕をどこへ連れて行こうとも、たとえそれが今よりもっとつつましやかな暮らしを強いられるところだとしても、僕はそこでうまくやっていける。そう、自分を信じている。何の根拠もなく沸き上がるこの信念がある。
〇人生の意味や楽しみは、自ら探すものである。誰かが決めてくれるわけではない。
〇辛い状況だからこそ、得られる幸せもある。
〇最初から万人に当てはまる答えなんかない。本人がどう生きれば幸せなのかを自ら問うのが先である。自分が幸せかどうかわからない人だけが、他人の人生を否定する。「自分のように生きろ」ということだ。幸せな人は、自分と同じ人生や生き方を他人に強要したりしない。
〇嫌いの判断を遅らせると、人生に奥行きが生まれる。もっと寛大になったほうがいい。口に合わない食事を何度か試してみるくらいの心の余裕を持って暮らしたほうが楽しい。
〇自分が楽しければ、それでいい。
〇内なる声=内なる獣をなだめる。そのためには、対話、ノートを開いて気持ちを整理する。
〇命まで取られなかったから御の字。
〇こぼれた水をもとのお盆に戻すことはできない。自分ができる対策を調べて、それに合わせてすべて行う。そして結果を待つ。やれることはやった。ことがどう終息する課は自分が決められることではない。
〇どうか不幸が起こりませんようにと祈ったり、注意したりすることはできても、その不幸が現実に起きてしまうことは僕らを避けられない。予想できなかった事故のように、迫ってくる。そんな事故をどういう心境で受け止めたらいいのだろう。望みもしなかった人生と不幸を。そんなとき、「あるよね~、あるよね~、あるある。」と。ほんの少し心が軽くなった。
〇人の内面は必ず顔に現れる。
〇いつかは笑ってやり過ごせるはずだ。今だけ見れば失敗。答えも希望ない。短編で見ようとせずに、シリーズで見ないと。
〇履修登録のクリック戦争に負けたからと言って必ずしも悪いことだけじゃない。自分で進んで選択しないような授業が皮肉にも、そんな授業が人生を変える大きな役割を果たすことがある。
〇どうすれば思い通りに行かないこの人生とうまく折り合いをつけていけるのか、それを悩むだけ。耐えに耐えて、限界まで自分を追い詰めて、なにかを克服して勝利をもぎ取る。だいたいこういうものが人生だと考えていたが、人生の大きな問題とは、解決できる性質のものではないため、まず争わないようにする。
〇星の数ほどの考えや理解が絶え間なく衝突する戦場が僕らの人生。間違いなく僕やあなたは、誰かにとっては理解できない変人である。
〇対立が起きている状況では、是々非々で判断することが重要なのではなく、どうしたら円満に和解して関係を気分良く続けていけるかの方が大切である。
〇絶えず軌道修正しながら進んでいくのが人生。大切なのは結果ではなく軌道修正。
〇たくさんの挫折、別れ、後悔、痛み、怒り、自責・・・決して楽しくはなかった経験が積み重なって、真実の何たるかを知りうるようになる。その瞬間はなくなればいいのにと思っていた感情や様々なで器具とが、いま、人生を生き生きとさせる。
〇つらい経験こそ、人生のエッセンス。不快な経験こそ、人生を輝かせる。
〇器が小さいからたくさんは無理だね。器が小さいのなら、なみなみと注がなければいいだけ。モノだって人だって、あふれると煩わしい。素朴に分相応に暮らしたい。いつでも気軽に、身軽に生きたい。
〇すべてが自分の望み通りじゃなかったとしても、時には与えられた枠(現実)に自分を合わせる柔軟さが必要である。自分の居場所とは、そうやって妥協ながら作り上げていくものではないだろうか。