佐藤郁哉のレビュー一覧
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社会科学分野におけるリサーチ・クエスチョンの立て方にまつわる本。あくまで社会科学分野についての話なので、他の分野には適用できない。
研究を行う上では問いが必要だが、問いにもいろんな段階やレベルがある。良い問いを立てることが研究遂行には重要で、そのための色んな指標が世の中にはある。
とはいえ、問いは結局は良い研究のためだとすれば、問いの立て方や形式にこだわりすぎるのは本末転倒という気がする。本書ではリサーチ・クエスチョンの色んな条件が示されるが、ちょっと話が細かすぎるという印象。なぜそれが良いクエスチョンなのか、という部分の説明が乏しく、じゃあ別にその問いの立て方じゃなくてもいいんじゃない?と思 -
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リサーチクエスチョン=疑問文形式の簡単な文章で表現した社会調査で設定される研究上の課題・問い
⇔テーマ・課題などの名詞との違い:研究の基本的な方向性・明確な回答の明示を想定して進めることを明示
⇔平叙文(仮説)との違い:実証研究が問いに対する答えを探す活動だと明示する。
2W1H:実態を明らかにする・因果関係を解明する問いで問題の本質に迫る
→改善策・問題解決のための処方箋の問い
⇔5W1H:タイプが異なる複数のリサーチクエスチョンについてはそぐわない。
リサーチクエスチョンの3条件
・意義:学術的 or 実証的な意義がある
・実証可能性:データに基づいて答えを出すこ -
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大学改革の目的は一体何だったのか?大学改革ということそのものが目的になった壮大な国を挙げての「改革ごっこ」の愚かさを著者は怒りを持って吠えている!という感じ。同感するところ多く、痛快な切り口に快哉を覚える。大学改革でシラバス、PDCA,KPI,「選択と集中」、ルーブリックなどの用語があたかも万能の小道具のように文科省が主張し、それを大学に補助金、検査、自己点検などの場面において強要している。しかし、シラバスは米国のものとは似ても似つかぬお仕着せの和製・画一化されたものであるし、PDCAもまた、日本の産業界で導入されたものが、果たして大学に有効なのか、マイナスなのではないかという検証も杜撰!日本
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Posted by ブクログ
シラバス、PDCAサイクル、エビデンスなどなど……実のない変化を追い続け、実がないのに結果を求められることのウンザリ感を余すことなく語り尽くした一冊。
PDCAサイクルまでは面白かったのだけど、何がウンザリってさあ……と止まらず進んでいってしまう所に、段々付いていけなくなった(笑)
まぁ、PDCAってそんなに強調するほど目新しいことか?と改めて言われると、そうですよね、とはなる。
責任の所在がハッキリしない、主体性のない人々の集まりが、教育に主体性を求めることの矛盾もね、この情勢の最中で見えてくることからも、ホントそうですよねー、って思う(笑)
けれど。
現場では、ウンザリしますわー、で -
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同志社大学で教鞭を取る著者が、迷走する大学改革の実態と、文科省を主体とした行政の迷走に伴走し続けた大学自身も含めて批判的にその実態を取りまとめた一冊。
本書の趣旨は、「PDCA、大学院拡充、EBPMといった言葉だけが一人踊りし、大学改革は実態なき運動になったどころか、かえってムダな”改革ごっこ”に大学関係者のリソースを費やさせたという点でむしろ害悪になっている」という大学行政に関する批判である。これを読むと、なんとなく改革ごっこに過ぎない運動なのだろうと思っていたことが、ここまで酷い実態になっているということが明らかになり、改めて驚かされる。
若干、著者個人の”私怨”が見え隠れするため、そ -
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<目次>
序章 大学解体から大学改革の解体へ
第1章 Syllabusとシラバスの間~和風シラバスの呪縛
第2章 PDCAとPdCaのあいだ~和風マネジメント・サイクルの幻想
第3章 学校は会社じゃないのだよ!~残念な破滅的誤解から創造的誤解へ
第4章 面従腹背と過剰胴長の大学現場~実質化と形骸化のミスマネジメント・サイクル
第5章 失敗と失政からなにを学ぶべきか?~大学院拡充政策の破綻と「無責任の体系」)
第6章 英雄・悪漢・馬鹿~改革劇のドラマツルギー(作劇術)を越えて
第7章 エピデンス・エピデンス。エピデンス…~「大人の事情」を越えて
<内容>
6年越しの本だそうで