佐藤郁哉のレビュー一覧
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面白かった。リサーチ・クエスチョンの育て方について、社会科学系の学問を専攻する初学者向けに、ここまで丁寧に解説した本はないのではないだろうか?
個人的な印象では、リサーチ・クエスチョンは「必ず一度は聞くけど、それ自体問われることはない」言葉と言える。なぜなら、リサーチ・クエスチョンそのものが「問い」なのだから、それ自体を問うということは意味がわからないことだからだ。
けれども、著者は曖昧に使用されてきたリサーチ・クエスチョンに真摯に向き合い、定義を与え、分類を行い、育て上げ方の解説を行った。
社会科学系の学問を専攻する初学者は、本書を読むことで得られるものは大きいと思う。
ただし、最後 -
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ようやく読み終わった。何度も途中で読み返したり、また最初からに戻ったりしながら読んだので、妙な達成感がある。
しかし、著者もあとがきで書いているとおり、これはページ数も価格も反則だ(笑)
昨年の某学会での佐藤先生の基調講演が強烈だったと知人から聞いたのが、これを手にしたきっかけだが、非常に読み応えがあり、かつ同じ考えと納得できる点も多く、また新たに学んだことも多かった。
主張されていることは現実問題として荒唐無稽とかではなく、逆に真っ当なことなのだが、これが奇妙なことと扱われるのが現在の大学教育をとりまく行政、政策のもっとも大きな問題なのだろうということは実感する。とは言え、何ともならなそうな -
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単純なようでわかりにくい、リサーチ・クエスチョン。論者や学問分野によって少しずつ扱いや定義が異なるからなのだが、この本では「社会科学系の実証研究のさまざまな段階で設定される研究上の問いを疑問文形式の簡潔な文章で表現したもの」(p29)と定義した上で、仮説はリサーチ・クエスチョンに対して平叙文で対応するものとされたり(pp59−63)、リサーチ・クエスチョンが実際には何度も見直され、完成した時の論文の構成におけるものが現実に行われた研究当初のものとは異なっていたとしても構わないのだ、その方が読者にとってわかりやすいのだから(pp170-173)とか、臨床研究をしているなかでなんとなく気になって
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<目次>
序章 論文のペテン≪詐術≫から学ぶリサーチ・クエスチョンの育て方
第1章 定義する~リサーチ・クエスチョンとは何か?
第2章 問いの内容を見きわめる~何について問うのか?
第3章 問いの目的について確認する~そもそも何のために問うのか?
第4章 「ペテン」のからくりを解き明かす~なぜ、実際の調査と論文のあいだにはギャップがあるのか?
第5章 問いを絞り込む~どうすれば、より明確な答えが求められるようになるか?
第6章 枠を超えていく~もう一歩先へ進んでいくためには?
<内容>
大学生、修士レベルの論文を書くための問い=「リサーチ・クエスチョン」の立て方から論文を書 -
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30年におよぼうとする大学改革の掛け声にもかかわらず、いっこうにその実があがらないようにも見える大学改革について、その実態を批判的な観点から明らかにしている本です。
シラバスやPDCAサイクルの導入などの実例について検討をおこない、それらが「改革ごっこ」や「経営ごっこ」にすぎないということが、ていねいに説明されています。こうした著者の議論を読み進めていくと、「どっちを向いても茶番」という気持ちになってくるのですが、本書の後半で著者は、オーリン・クラップという社会学者による、社会を舞台に上演されるドラマの登場人物が「英雄」「悪漢」「馬鹿」の三種類に分類されるという説を紹介して、わかりやすい悪役 -
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実に精緻なデータの分析によって、いかに日本の高度教育が「大人の事情(=無理が通れば道理がひっこむ)」によって、さらには大学側の面従腹背によって混迷を極めてきたのかが語られ、本書が正に行なっているEBPM(Evidence-Based Policy Making)、そして過去の失敗から学ぶことの重要性が指摘される。
過去の失敗から学ぶには公文書の丹念な精査も必要となるわけだが、それが改竄されてしまうのがこの国の力量なわけで、暗い気分となる。
後書きでは新島襄の言葉が紹介される。
一国を維持するは、決して二三英雄の力に非す、実に一国を組織する教育あり、智識あり、品行ある人民の力に依らざる可か -
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シラバスの煩雑化、「PDCAサイクル」の乱立、「おつき合い」的に形式と体裁を整えるためだけの業務の激増、「エビデンス」という名のデータの恣意的なつまみ食い……。本書の話柄は、大学に籍を置き、日常の業務に従事している者なら誰もが体感的に熟知していることばかりである。
しかし、できれば目を背け続けたいそれらを逐一問題化し、検証していく記述から受ける、圧倒的な徒労感と「死屍累々」感は何なのか。旧日本軍の「失敗」どころではない。もはや喜劇にもならない壮大な人的・時間的な無駄遣いがくり返されてきたことが、改めて読者に突きつけられる。たぶん政界と財界は、大学と教員に「知」的組織としての本来業務をおこな -
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ネタバレ文科省が実施する「教育内容等の改革状況について」調査結果に見るように、大半の大学が数字の上では改革を進めている実態が覗える。しかし一方、大学がよくなったという話は寡聞にして聞かない。高等教育界は教育の本質や現場を知らない経済界(様々な利害団体の代表)に踊らされ、日本の景気減速の責任までも押しつけられる。批判は年々厳しさを増す。許認可権や各補助金対象事業の決定権を握る政府・行政に対し、表立って異議を唱えることもできず、昨今の「言っても無駄」風潮も手伝う。「異を唱えさせない」ガバナンス構造を、大学教職員の隅々まで徹底させたのが「学校教育法」の改正(2014年)であった。
大学改革を迷走させている -
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2020年1月で大学入試センター試験の幕引きとなった。2021年からは大学入試「改革」として、センター試験に替わり「大学共通テスト」が新たに導入されることになっている。
大学はこれまで、監督官庁である(現)文部科学省の旗振りの下に「改革」を求められ続けてきた。しかし、その「改革」がうまくいっているという話はあまり聴かない。若手研究者への支援が不十分だから今後の日本人ノーベル賞受賞者は減っていくだろう、世界大学ランキングで中国の大学が躍進する中、東大をはじめとした日本の大学の存在感が低下している、企業のニーズにあった学生教育がなされていない等々。
松岡亮二「教育格差」でも指摘されていたが、教 -
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社会科学分野におけるリサーチ・クエスチョンの立て方にまつわる本。あくまで社会科学分野についての話なので、他の分野には適用できない。
研究を行う上では問いが必要だが、問いにもいろんな段階やレベルがある。良い問いを立てることが研究遂行には重要で、そのための色んな指標が世の中にはある。
とはいえ、問いは結局は良い研究のためだとすれば、問いの立て方や形式にこだわりすぎるのは本末転倒という気がする。本書ではリサーチ・クエスチョンの色んな条件が示されるが、ちょっと話が細かすぎるという印象。なぜそれが良いクエスチョンなのか、という部分の説明が乏しく、じゃあ別にその問いの立て方じゃなくてもいいんじゃない?と思 -
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リサーチクエスチョン=疑問文形式の簡単な文章で表現した社会調査で設定される研究上の課題・問い
⇔テーマ・課題などの名詞との違い:研究の基本的な方向性・明確な回答の明示を想定して進めることを明示
⇔平叙文(仮説)との違い:実証研究が問いに対する答えを探す活動だと明示する。
2W1H:実態を明らかにする・因果関係を解明する問いで問題の本質に迫る
→改善策・問題解決のための処方箋の問い
⇔5W1H:タイプが異なる複数のリサーチクエスチョンについてはそぐわない。
リサーチクエスチョンの3条件
・意義:学術的 or 実証的な意義がある
・実証可能性:データに基づいて答えを出すこ