竹田円のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
YouTubeで紹介されていたのを見て購入。
すごい!全然知らなかった!めっっちゃ勉強になった!!
ドゥテルテさんやマルコスさんのことはニュースで知ってたけど…確か日本のニュースでも麻薬犯罪は確かに減った的な報道でその裏での非道な行いについてはあまり強い報道はなかった気がするな…あと、マルコスさんが当選したのもマジで意味わかんなかった。フィリピンどーなってんの??大丈夫??!とは思ったけど、裏で…というか水面下で?なのか、そんなふうに世論が醸成されていくのかぁ…なるほど、日本もそれらしきことあるよなぁ…と…そして世界でも現在進行形で起こってるんだなぁと思ったよ。
火の立たないところに煙って立ちまくるんだねー、
立ちまくるというより、発煙筒焚きまくることができちゃうんだねー、SNS計り知れんな。
まだ読んでる途中だけど、PLURALITYと繋がってる気がする。あっちはテクノロジーを使ってどう民主主義を守ってくか、進化させていくかが主眼な気がするから、続いてそちらを読み終わらせてみようと思ったよ。 -
Posted by ブクログ
フィリピン人ジャーナリストである著者が、フェイスブック等のテックを活用し偽情報を流すことで、ナラティブを支配しようとする権力者に立ち向かう自叙伝。
ジャーナリズムに必要なのは、「透明性」「説明責任」「一貫性」であり、その目的は「民主主義が機能するために必要な、より多くの情報を手にした市民を作り出すこと」であると高い志を掲げる著者が、真偽不明な偽情報により民意が意図的に作り上げられる様を嘆き、結果その刃が自らに向かってもなお立ち向かい戦い続ける様は心にズシンと響いた。
snsで流れてくる情報は軽々と信じてはいけないと思いつつも、おそらくわたしも誰かが意図的に作り上げた民意の片棒を担いでいるのだろうなと言う気がしてならない。
情報の出処には常に気をつけ、偽情報の拡散に加担しないようにしたい。そしてこの本は子どもにも読ませたい。 -
Posted by ブクログ
ドゥテルテ前大統領がInternational Criminal Courtの発付した逮捕状により逮捕されたニュースを受けて、長らく読みたい本リストに入っていた本書を読んでみることにした。
序文を書いているアマル・クルーニーは、本文中にも登場するが、ジョージ・クルーニーの妻であり、弁護士をしているらしい。ジョージ・クルーニーがアメリカ民主党のパトロンであるのは有名な話だが、迫害されているジャーナリストの支援をしていることは知らなかった。
本文は著者の生い立ちから始まる。やや退屈にも思える記述が続くが、著者の人生経験により形成された価値観やパーソナリティがドゥテルテ側の者たちとの闘いにも影響しているので、ここは必要な記述であるということだろう。
7章くらいからドゥテルテとの戦いに入っていく。近時の日本でもX(旧Twitter)などを発信源とする比較的新しい政治的事象が見られるが、これは既に2016年頃からフィリピンで起こっていることだった。本書を読むと、日本の自称愛国者たちの使うレトリックやナラティブは、フィリピンでのそれらと酷似していることが分かる。恐らくアメリカ大統領選挙でも似たようなことが起きていたのだろう。
そのアメリカではXのオーナーが政府の高官に取り立てられるまでに至った。それにもかかわらず、Xが政治的に中立な情報プラットフォームであると信じている人がいるとすれば、それこそ能天気というものであろう。
野放図に流通する偽情報を規制するために、事実の真贋をAIに確認させるというアイディアはどうであろうか。これと似たアイディアは藤井太洋氏の「マン・カインド」に登場するのだが、そこでもアルゴリズムや裏付け資料をどこに求めるかによって真贋の判定が揺らぐ危険性が描かれていた。現状のリアルワールドを前提とすると、主にオンラインから情報を収集するAIが、その情報の真贋を的確に判断するのは難しそうである。むしろ、偽情報の拡散を促進する可能性すらある。
隘路に入り込んでしまった感のある民主主義であるが、希望は本書の著者のようなジャーナリストに求めるしかないのであろうか。しかし、事実を尊重して公益に尽くし、権力とも戦うファイティングスピリッツを具備するジャーナリストという存在は希少であり、それだからこそ、この著者にノーベル平和賞が授与されたといえる。これを支持する層を含めてあまり大きな勢力になることは期待できず(本書でも述べられているように、人は情動に働きかける言説に容易に釣られてしまう。)、未来は楽観できない。
かくして、情報化社会の下では、テック企業と結び付いた政治勢力が流す偽情報に民主主義が翻弄されるばかりであるように思われる。
他方、日本でそこまで状況が進んでいないのは、皮肉にも社会の情報化が遅れているからではなかろうか。
最後に一つ。
SOFT BALLETというバンドが第一次湾岸戦争の時に製作した曲があり、本書を読んでいて、同曲の一節が頭に浮かんで仕方なかった。
か弱き民衆 この手をかざせば
まどろむ群衆 疑う者なし
高まる歓声 思いのままに
政治勢力が仕掛ける情報戦が主としてオンライン上で繰り広げられている現状を鑑みると、同曲の"VIRTUAL WAR"というタイトルは、予見的であったといえよう。 -
Posted by ブクログ
【周囲の世界に対するアメリカの無関心ぶりには、長く、立派な前科があるのです】(文中より引用)
冷戦期のインドネシアやブラジルで起きた「反共産主義」に対する大規模な弾圧事件を指弾するとともに、丹念に証言と資料を集めることにより、当時の人々の経験を読者に呼び起こす作品。著者は、「ワシントン・ポスト」等で勤務をした経験を持つヴィンセント・ベヴィンス。訳者は、スラブ文学を専攻する竹田円。原題は、『The Jakarta Method: Washington's Anticommunist Crusade and the Mass Murder Program That Shaped Our Wolrd』。
この作品で伝えられること一つひとつが心に重くのしかかってくる一冊。また、冷戦という時代をどのように認識するかにつき、アメリカ発でこのような「贖い」に近い見方が出てきて、しかもその作品が欧米で高評価を得ているというのも非常に興味深く思えました。
『アクト・オブ・キリング』を観賞した方には特にオススメ☆5つ -
Posted by ブクログ
本書の第1章「あらたなアメリカの時代」でアメリカが介入したイタリアの選挙について、1度だけ参考文献として挙げられているウィリアム・ブルム著『アメリカ侵略全史』(作品社、2018)は、世界各地でのアメリカの蛮行の数々を、いわば時系列上の点として描き出した画期的な書だった。
本書は、『アメリカ侵略全史』でも取り上げられていたグアテマラで、多くの民衆の支持を集めていた比較的穏健な政権を、アメリカがCIAや、クオリティ・ペーパーとして有名なタイム、ニューズウィークなどを使って大々的なキャンペーンを行い、失脚させていった様子を記述している。
グアテマラの政権の行く末を、インドネシア共産党(PKI)の機関紙「人民日報」は注視し、記事にしていた。著者ベヴィンスは本書執筆時点で、アメリカの当時のマスコミの記事と人民日報の記事を比較して、後者の方が遥かに正確だったと断言している。
こうして、中南米と東南アジアを線で結び、インドネシアのスカルノに焦点を当てる。著者が重視するのは「第三世界」という言葉に実体を伴う潮流を生んだ、1955年インドネシア・バンドンで開催されたアジア・アフリカ会議である。
この会議の開会の挨拶を行ったスカルノの考えを、本書はこう要約している。
「世界経済システムのなかで、よりよい条件が得られるように自分たちが団結して力を合わせれば、富裕な国が第三世界の商品にかけている関税を引き下げさせる一方、あらたに独立した国々は関税を自国の開発費にあてることができる、と」
極めて真っ当な考え方というべきだろう。スカルノは自らインドネシア国民党(PNI)を結党したが、第二世界であるソ連との提携を望んでいたにもかかわらず、PKIはこの会議を称賛する。
そして10年後の1965年、スカルノはクーデタにより失脚し、ソ連、中国に次いで300万人規模の正式党員を抱えていたPKIは、インドネシアから一掃された。50万人とも100万人とも言われる虐殺によって遺棄された死体の山となって。
ベトナム戦争やポルポト政権下のカンボジアと比べて、ジャカルタ・メソッドにより、アメリカの意に沿う国に生まれ変わったインドネシアの歴史は、日本ではあまり知られていなかったを思われる。
かつて日本が、東亜協同体論や大東亜共栄圏構想で欧米帝国主義からの解放を目指していた地域である。欺瞞的な思想であったことは敗戦によって明らかになった。本書の初めの方でも、著者が取材した女性が子供の頃、侵攻してきた日本軍を、彼女の父親が「解放軍」として歓迎しようとしたエピソードが紹介されている。もちろん彼女は幻想に過ぎないことに、すぐに気づく。兵隊は父親を乱暴に扱い、同胞やオランダ人女性を従軍慰安婦とした。
これらの国々のどこよりもアメリカに従順な属国と化した同盟国という名の日本が、自らの過去と真摯に向き合い、もう一度目を向けるべきところが東南アジアではないか。
本書はその重要なヒントを与えてくれると思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ以前からメディアに不信感を抱いていて、表紙を見てふと気になったから買ってみた。どちらかというと洗脳的な情報操作はテレビのメディアで起こっていて、インターネットやSNSは情報を選べるという点で、もう少し偏りのない情報を得られると思っていたが、大間違い。自分では取捨選択をしているつもりだったが、確かにアルゴリズムの影響を受けて偏った政治的思想になりつつあった気がする。ハッとさせられた本だった。でも何が起こっているかは理解できたが、ユーザーとしての私たちは?どうしたらいい?という一般ユーザーの対策の部分がもう少し詳しく書かれていたらよかったなと思った。
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Posted by ブクログ
マリア・レッサはフィリピンのジャーナリスト。フィリピン政府がSNS(主にフェイスブック)をはじめ、ネットメディアによる偽情報を流し政権の維持を目論む。それに対して、マリア・レッサはジャーナリストとして真の情報を提供することで、フィリピン国民に真実を伝える戦いに挑む。
■目次
序章:透明な原子爆弾
第Ⅰ部
- 第1章:黄金律
- 第2章:倫理規定(オナーコード)
- 第3章:信頼の速度
- 第4章:ジャーナリズムの使命
第Ⅱ部
- 第5章:ネットワーク効果
- 第6章:変化の波を起こす
- 第7章:友達の友達が民主主義を駄目にした
- 第8章:法の支配が内部から崩れる仕組み
第Ⅲ部
- 第9章:無数の傷を生き延びて
- 第10章:モンスターと戦うためにモンスターになるな
- 第11章:一線を死守する
- 第12章:なぜファシズムが勝利をおさめつつあるのか
エピローグ
■読んだきっかけ
・とあるyoutubeチャンネルで紹介されていたのを見て興味を持った。
・いつもと違うジャンルを読みたかった(普段はビジネス書が多い)
■気になったポイント(#は感想)
①人生のなかでどうやって意味を築いていくか
人生を何に捧げるか、誰を愛するか、どんな価値観を大切にするか、といった選択を通じて築いていくのだ。
#愛すべきは家族。私にはこれしかない。人生を捧げられるものは今まではなかったが、本書を通じて思ったのは何か教育に携われる仕事ではないかということ。
②教育への投資が実を結ぶには一世代かかる
教育が、国の生産性、労働力の質、投資、最終的には国内総生産(GDP)を決定する。
#納得感をすごい感じた。政府による情報操作によりメディアに混乱を招くが、ジャーナリストによる真実を伝える情報発信だけでは足りず、やはり国民が情報の取捨選択を正しくできるようになることが必要と感じた。それができるようになる為にも教育の充実により国民一人一人の能力の底上げが必要ではないかと思う。GDPが改善されると国が豊かになり、国民の心も豊かになる。
③自己検閲
周囲の反応により、自分の意見の表明を控える事(Wikipedia)
政府内しかり、マリアレッサの周囲しかり、自己検閲が散見され、間違いの指摘や意見の表明が出来ない空気感になっている。
#私の職場でも自己検閲だらけと改めて感じた。「自己検閲による波風を立てないことが大人」という風潮すら感じる。自己検閲が組織を駄目にしていくのだと思う。
■まとめ
先日の参院選でもSNSによる政治活動が活発になっていると報じられていた。本書で語られているフィリピンと同じことが日本でも起こらないのかと思う。SNSによる情報発信は強力で、匿名の利用者の何気ない一言がバズることで印象操作に繋がることもあると思う。政府側についてはSNSがなかった時代でも新聞やテレビなどのメディアを通して情報発信をしてきたので大きく変わらないと思うが、SNSで国民と簡単に接触できるところに何となく不安を感じる。昨今は政府へのバッシングが過剰ではないかと思っているが、国民一人一人が政府に人生の行方を委ねるのではなく、自分自身で人生についてしっかりと考えられるようになることが必要だと思う。そのためには教育制度の充実は欠かせないのではないか…。 -
Posted by ブクログ
ネタバレいろいろと驚いた、というか、考えさせられた本だった。
まず、思ったのは、インターネットの出現は、現代のありとあらゆるものの在り方を変えたけれど、「悪の帝王」の在り方までも変えたんだなぁ、ということ。
この本の原題は「The Mastermind」、日本語にすると「黒幕」とか「首謀者」という意味で、通常、犯罪組織のマスターマインドというと、私はゴッドファーザー的なマフィアのボスを思い浮かべたりするんだけど、この事件の首謀者ポール・ル・ルーは、そういうマッチョで父性の強いタイプとは全然違う。外に出ずに自分の部屋で過ごすのが好きな「オタク」タイプ!
人間にはまったく興味がなく、携帯電話とネットを使ってすべてをコントロールし、プログラミングの腕と頭脳で悪の帝国を築きあげる。
今後はこういったタイプのインドア派の悪の帝王も増えていくんだろうなぁ、とこの本を読んでいて思った。法や捜査の目をごまかすためには、筋肉ではなくIT知識の方がますます重要になっていくだろうから。
著者は元ITエンジニアで、ル・ルーと同世代。
インターネット発展期にその可能性に魅了された世代で、ル・ルーのたどってきた道には非常に共通点が多いと言う。そして、自分や、同じく同世代のIT長者たち(イーロン・マスクやザッカーバーグなど)と、ル・ルーの道はいったいどこで分岐してしまったのだろうか、と考える。
もちろん、TVドラマと違って、現実の物語なので、明確な答えはないんだけれど。
私は子供の頃に見たアニメや漫画を思い出した。
悪の帝王が洞窟みたいなところにいて「世界制覇まであと一歩じゃー! フハハハ」などと言っているシーン。
「世界制覇て・・・そんなアホな夢を見ている奴は実際はおらんだろう」と子供心に思ったものだが、ル・ルーという男は、そういう子供じみた古典的とも言える野望を本気で抱いていたように思える。そこが、著者やイーロン・マスクと決定的に違うところのような気がする。
とても信じがたい話だけど。
金もうけだけが目的だったなら、グレーゾーンで荒稼ぎすることで、死ぬまで成功者でいられたのではないだろうか。(それはそれで嫌な話だけど、そんな輩は世界中に死ぬほどいると思う)
何年かあとに、ある国際組織が「サステナブルな漁業開発」として提案したソマリアでの事業プランが、ル・ルーの考えていたことと酷似していた、というあたりを読んで、「世界制覇」とかいう意味不明な野望さえなければ、彼もその地の功労者くらいにはなってたかもなぁ、とも思った。実態はただの金もうけ目的だったとしても。
しかしこの人物、スケールが大きいんだか小さいんだか分からなくて笑えた。
社員には出張時のホテル代の上限が80ドルというルールを課していたとかで、殺人や暴力担当の傭兵たちもそれを守っているのには笑った。超えるとすごく怒られるからなんだけど、微妙な値段すぎて笑える!
ほかにも、麻薬の取引をまとめるために泊まったホテルで、シャツのクリーニング代が2ドルなんて高い!と文句を言っていたり。
傭兵たちを悩ませていたというエクセルの報告書フォーマットの話も、想像するとかなりおもしろい。めちゃくちゃ細かかったらしい。
自分はとんでもない悪事を働いているというのに、部下には限りなく忠実かつ正直さを求めている。勤勉さも。なんなんだろう。意味が分からない。
ちなみに、意味不明だったのはル・ルーだけではなかった。
ル・ルーが逮捕されてからのアメリカの各機関の対応も、私には意味不明に思えた。
ノンフィクションだから、ドラマみたいにポエティック・ジャスティスがなされてスッキリ!てなわけにいかないのは当然なんだけど、それにしても、彼の手先として働かされていた人ばかりが起訴されて、彼は逮捕されたことすら伏せられてPC触ったりしているなんて、読んでいて歯がゆくてストレスがたまった。
著者は、当局が「イラン」あるいは「北朝鮮」を手に入れようとして、ル・ルーの起訴を保留にしていたというようなことをほのめかしていたが、そんなウソの餌(あるいはハッタリ)に踊らされたおかげで、ル・ルーはすぐに裁かれもせず、刑期を終えた後の人生設計を練ったりしているなんて、ちょっと許せないと思ってしまった。もっと大物を釣り上げたいと思う気持ちはもちろん分かるから、彼らを責めることもできないんだけど。
著者の仕事ぶり(事実をすべて検証して、憶測は極力排除する)はとても素晴らしかったけれど、読後は全然すっきりしない本だった。読み終わってしばらくたつけど、いまだモヤモヤ。
少なくとも今後の結果(ル・ルーの起訴内容と判決)くらいはいつか知りたいと思う。スッキリする結果だといいのだけど。