ピーター・ゴドフリー=スミスのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
まず本書はタコメインではあるが同じくらいジャイアント·カルトフィッシュが良く出てくるので頭足類を主軸と捉えても良さそう。
哲学者が書く、思考や知覚に焦点を当てた進化論の本でもあるし、タコなどの頭足類という不思議な生き物たちへの愛を綴る本でもある。
本当にタコという生き物は面白い。あれだけ大きな目があるのに色覚は無さそうだし、色を変えるのは必ずしも擬態だけではないし、足は味覚だけではなく、個々でも動く、まるでタコの身体は指揮者のいるジャズバンドのようなものであったり。
心、本書では知覚·思考をすることを指すと思われるが、その進化を語るときは哲学的になるものだとは思う。数値化が難しく、感覚的に語るものになりがちだから仕方ないことだが、この手のものは生物学者が書くよりも哲学者が書くほうがこの点はわかりやすいかもしれないなと本書を読んで感じていた。
あと学者の方でもない限り、今後の人生で一番ジャイアント·カルトフィッシュという単語に目を通すことになる。 -
Posted by ブクログ
驚いたことにタコやイカは色の識別ができないらしいのだ。どうしてあんなに周囲に合わせて色を変えて擬態したり、威嚇のために体の色を変えるのだろう。
なんと、目による知覚で脳が指示するのではなく、皮膚細胞そのものが、周囲の色を感知して自律的に変化しているらしい。
これは“多くの動物では、脳と身体が明確に分かれるが、タコはその区別とは関係のない世界に生きている”ということの1つの証左なのだろう。
かといって、これはタコが感覚刺激だけで行動する、考えない動物だということではない。タコはじっくり目で見て観察してタコ同士や人間同士を区別できるし、食べられないものを使って遊ぶこともできる。
タコがあまりにも賢いため、つい擬人化したくなるが、タコは人や猫やカラスの親戚ではない。
なにせ、身体の中でどこからどこまでが脳なのかそもそも正確に定義できない、人を含む脊椎動物とは認知の仕組みが大きく異なる生き物なのだ。
筆者は生物学と神経心理学の面でタコを追求し、ダイバーとしてタコを愛する。しかし、哲学者たる筆者の面目躍如と感じるのは、ホワイトノイズから意識へと題された4章と、ヒトの心と他の動物の心の6章である。
極単純な進化的に初期の動物の中では、主観的経験はホワイトノイズに近いものだった。とりあえず常にざーと言う音が聞こえている状態に例えられる。その中で、痛みや快感といった根源的な感情、すぐに何かの反応を必要とするような感情が最初に生まれたのだろう。
これは既に主観的経験を獲得しているといえる。
主観的経験とは、「自分の存在を自分で感じること」という意味だ。別にヒトの特権ではない。
例えば、電気信号を発する魚は、主観的経験による認知がなければ、自分が発してている電気信号なのか、誰かが発した電気信号なのかの違いがわからない。つまり多くの動物たちは、主観的経験を備えているのだ。そうするとどの段階で、私たち人間が持っているような『意識』に近いものが生まれたというのが次の問いだ。
その道筋は1つではないだろう。ホワイトノイズから単純な形態の主観的経験、そして意識へと至る道は、進化の試みの中でいくつもあるはずだ。
帯びにも書かれた『進化はまったく違う経路で、心を少なくともニ度作った』ということ。
ではヒトの心と動物の心の違いを考えていくと、様々なレベルの意識が動物に備わっている中で、人間は高次思考ができる。
簡単にまとめると、「自分の思考についての思考」だ。
例えば、“なぜ自分は今、これほど機嫌が悪いのか”ということを人は考える
高次思考を行うためには、内なる声(インナースピーチ)が必要だ。言語は、コミュニケーションのための唯一の手段ではないのは事実だ。実際単純な言語手段しか持たない動物が複雑なコミニュケーションをとっている例はいくらでも見つかる。
しかし高次思考をするためには内なる声が必要であり、内なる声を獲得するためには言語化が必要である。ここが恐らくヒトの心に生じた特異性なのだろう。
“私たちは自分に向かって何かを問いかけることも多いし、自分に向かって説明や忠告をすることも多い。これは心に浮かんでは消える意味のないたわごとではない。
私たちの内面では絶え間なくおしゃべりが続く。そのおしゃべりから逃れるためには、瞑想の必要を感じるぐらいだ。”
ここではちょっと苦笑する。
寿命を進化論で論じた章や、まだ見知らぬ海で起きている進化の壮大な実験など、読みどころが多くて学びの多い一冊であった。
-
Posted by ブクログ
タコの知性、なんて考えたことなかった。
それが、読んでみて驚き!
研究用に飼育しているタコが人の顔を一人ずつ記憶していて、嫌いな人がくると水をかける。
水槽の中の電球をわざと壊して遊ぶ。
食べ物でないものにも純粋な好奇心で近づいてくるように見える。タコの方から人間に近づいてきて,時には,探るように腕を伸ばしてくることさえある。手をつないで散歩をしたダイバーもいるらしい。
海は身近な小宇宙、というけれど、
ここまで知性をもつ動物がこの小宇宙にいたとは。
しかもイルカやクジラではなく、無脊椎動物ですよ?!
脊椎動物と無脊椎動物が枝分かれしたのは6億年前。
タコと合流することは、まさに「宇宙人との交信」しているようなものなんだと思う! -
Posted by ブクログ
この本は、「意識」とはなにか?人類は進化のいつの時点から「意識」を持つようになったのか?なぜ人類だけがここまで「意識」を進化させることに成功したのか?という究極の問いに、人類とは全くことなる進化経路をたどってきたタコを研究することで解き明かしていくというユニークでありながらしかし真相をするどく突いた本です。
例えば、人間は言語を操る能力を持っているけれど、その言語は単に外に向けて誰かに発せられるだけでなく、人間の意識の中で内なる自分に向けても発せられていて、それは何かを思考する上で無くてはならない能力だけど、意識の中で自分自身に向けて内なる会話をする能力を人類はいかにして手にしたのか、それは脳や視聴覚機能がどう作用して実現しているのか、賢いタコにもその能力があるのか、といった問いに、実際にオーストラリアの海に潜ってタコを長く観察してきた著者が挑んでいる本です。
なぜ、著者は、この問いを解き明かすヒントをタコをはじめとする頭足類から得ようとしたのか。それは、タコが、類人猿から進化した人類とは全く違う経路の進化をたどりながら、しかしある意味では人類と非常によく似た脳の働きと大規模な神経系を持つ賢い生き物であるからです。
例えば、ある動物にプラスチックの棒を差し出した時、ほとんどの動物はそれが食べられないものだとわかるとその棒には一切興味を示さなくなるけれど、タコは、そうだとわかった後でも、その棒を8本の手で掴んだり蹴飛ばしたりして遊んだりするらしく、これはタコがそれだけ能力に内面的な余剰があることを示唆しているそうです。
この時、タコの内面になにが起きているのか?
棒で遊ぼうとする時、人類の場合は、その決定を絶対的な中枢機関である脳が決定し、それを筋肉に伝えて手足を動かすけれど、タコの場合は、ニューロンが集まった脳のようなものが頭部付近にあるにはあるけれども、それとは別に同じようなニューロンの集まりがあの8本足付近にもあって、足にある脳とも言える部分が独自に意思決定をして足を動かすというようなことが起きているそうです。この時、頭部付近の脳は意思決定にあまり関わっていない可能性があるのだとか。
もしこれを、タコの、脳から独立した足の個別意識だとするならば、その意識はどのように決定されて足の筋肉に伝えられているのか、長い進化の歴史の中で頭足類がそういう機能を持つように進化してきた理由は何かを探っていけば、この本が挑む問いである「意識」の起源に近づけるのではないか、という筆者の研究と考察の結果が約250ページに渡って記されています。
この本は、読むのにとても難しい本です。知らない言葉がたくさん出てきます。読むのには根気が必要な一方で得られるものはタコのことが好きになるぐらいしかないのですが、それでも、自分の普段の生活とは全く関係のないこういう研究の世界があり考え方があるんだということを知れて、読んで良かったと思います。あとは、本の表紙のデザインがなかなか良くて、みすず書房さん出版の他の本も読んでみたいという気持ちになりました。 -
Posted by ブクログ
宇宙や生命、人体のことはわかっていないことだらけだけど、タコさんならどうなんだと気になった。でも、人類はタコさんのこともほぼなにも理解できていなかった。
タコさんは神経細胞(脳)が中央に1つ、そして各腕にも1つずつで8つ。合計9つある。中央の脳からの指令の有無にかかわらず腕が勝手に動き出す状況など、人間では到底考えられなくて笑ってしまう。痛みや記憶力や自己認識に関する考察やテストの必要性は理解するものの、どうしても人間的な発想を抜けきれてない。誰に見せるでもなく体表面の色を変化し続ける理由がわかるなら、頭足類に直接聞いてみたい。タコさんをはじめとする頭足類は、知れば知るほど不思議な魅力が増す生命体だった。
個人的に思ったのは、頭足類も人類と同じように、遺伝子レベルで刻まれた頭足類独自の行動指針があるのではないかということ。これだけは、今後どれだけ観察しても、解剖しても、人間が理解することは難しいのではないかと思った。
著者の仮説の中で一番興味を持ったのは、「分散型から集中型への進化(散在神経系から集中神経系への進化)」 のところ。人間のように、中央にすべてのニューロンを集中させるのではなく、まずは単機能の専属細胞として生まれ、それが集まることで後から高度なシステム(脳)になったのでは、という推察はかなり興奮した。
この部分を読んで思い出したのは、サンティアゴ・ラモニ・カハールさんが手描きでスケッチした脳の断面図。そこには「シナプス」と呼ばれる、神経細胞がわずかに接触しているだけで、物理的には繋がっていない狭い空間があった。もしかしたら、独立して存在していた細胞たちが後からお互いに関係性を結んで集まったからシナプスがあるのかも…、と思うとワクワクした。実際のところ、現代の生物学ではシナプスの理由がかなり説明されているので、「独立していた名残だからシナプスがある」とは言えない。でも、自分の中で妙に腑に落ちた。この1点だけでも、本書を読んでよかったと思えた。 -
Posted by ブクログ
科学史、科学哲学という分野。概念的な哲学ではなく、科学からスタートする意識の探索は、ある意味分かりやすくて面白い。タコを中心に頭足類の観察からの考察だ。
他の無脊椎動物と比べても、頭足類の神経系の規模は異常に大きく、短期記憶と長期記憶に明確な区別があり、目新しいものや、食べることはできずすぐに役立つわけではないものに興味を示し、コウイカにはREM睡眠らしきものがあるなど、人間の知性との類似点も見られるのだそうだ。
「身体化された認知」というのは面白い。脳だけではなく、身体も賢さの一部を担っていて、周囲の環境がどうなっているか、それにどう対処すべきかという情報は、実は身体にも記憶されていると考える。例えば手足の関節のつくりは、歩行などの行動を自然に生むようになっている。適切な身体をもっていれば、正しく歩くための情報のかなりの部分がそこに記憶されている、と。
頭足類のコミュニケーションを考察しながら、いったい何のためにこの信号(色が変わったりすること)を発しているのか?理由があるはず、と著者は考えるが、受け手となる相手がいなくても、なんだかつぶやいているような…という未だ解明されていない部分が神秘的で、素人にも面白い。
この本の原題は、”Other minds”. マインドという言葉を心、知性ととらえると、その境目はあいまいだ。著者のいう「主観的経験」、~になった気分、という考え方は面白かった。生きものの寿命も、持っている特徴も、すべてを「進化」というものさしの中で測る。ゴールも方向もない、試行錯誤を繰り返す生きものたちの中に人間もある。こうやって相対的に捉えて傲慢にならないことが、今の人間にとって一番大事なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
現時点における進化の最終形態は人間だと思いますか?
立派な神経系をもっているのは人間だけだと思っていますか?
いえいえ、人間でなく哺乳類でもなく、脊椎動物でもない、頭足類「タコ」の神経系のなんと密なこと!
タコが好奇心旺盛であること。いたずら好きで好き嫌いもあって、自分を研究する気に入らない研究者には容赦なく水をぶっかけたりすること。闖入者である自分の手を引いて海底散歩をしたことなど。
微笑ましいエピソードと進化ツリーの話が交互に語られています。
タコとの触れ合いに関してはとても興味深くて、カンブリア紀以前からすでに進化を着々と進めていたことなど、「へーーーー!」とワクワクしながら読みました。
まー、半分くらいは退屈なところがあったのですが、タコやらイカやらの話が面白くて読み切りました!
生物として驕っていたなと反省、考えを修正しました。