あらすじ
■心は何から、いかにして生じるのだろう。進化は「まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」。一つはヒトや鳥類を含む脊索動物、もう一つがタコやイカを含む頭足類だ。哲学者であり練達のダイバーでもある著者によれば、「頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう」。人間とはまったく異なる心/内面/知性と呼ぶべきものを、彼らはもっている。本書は頭足類の心と私たちの心の本性を合わせ鏡で覗き込む本である。■海で生まれた単細胞生物から、現生の頭足類への進化を一歩ずつたどれば、そこには神経系の発達や、感覚と行動のループの起源、「主観的経験」の起源があり、それは主体的に感じる能力や意識の出現につながっている。「タコになったらどんな気分か」という問題の中には、心とは何か、それは物理的な身体とどう関係するのかを解き明かす手がかりが詰まっている。■知能の高さゆえの茶目っ気たっぷりの行動や、急速な老化と死の謎など、知れば知るほど頭足類の生態はファンタスティック。おまけに著者が観察している「オクトポリス」(タコが集住する場所)では、タコたちが社会性の片鱗を示しはじめているという。味わい深く、驚きに満ちた一冊。
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Posted by ブクログ
タコは不思議な動物である。頭足類であり、人間が属する哺乳類とは全く違う生物類に属している。しかしながら、著者が言うように「頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある」。もちろん、心 (意識や主観的経験、知性)については、いくつかの定義がある。また、ある生物種が心を持っているかという問いの答えはゼロイチではなく程度によって測られるものである可能性も高い。しかし、もしタコがこの本で書かれているとおり、個々の人間や同類の個々のタコを見分け、さらにその性格や行動も記憶し、相手がいるかいないかで行動を変えるというようなことを少なくともある種の心を持つものだと認識したとすると、次の重要な事実を認めることになる。
「進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」
神経系の共通の役割は二つある。一つは、「知覚と行動を結びつける」ことであり、そしてもう一つは「行動を生み出すこと」である。結果として「心」のようなものが生み出されると考えられる。何も不思議なものではなく、知覚と行動を制御する神経系が進化の過程によって、目や翼が何度か独立に発明されたのと同じように収斂進化して別の形で同じ機能が生物として発明されるようなものであるということだ。つまり「心」を獲得するのは進化上偶然ではなく必然であったといえる。
著者は言う。
「頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう」
そして、
「哲学には他者の持つ「自我」」について考える「他我問題」というのがあるが、タコはこの他我問題の格好の題材と言える」
タコに関してそんなことを思ったことはこれまでなかった。著者はタコの海底コミュニティ(著者は”オクトポリス”と呼ぶ)を定点観測し、タコがいかに社交性があり、個性をもち、まるで心をもってお互いに行動を調整しあっているのかを実地で見た。驚くべきことにタコの寿命は二年以内と短い。そんな短命の生物であっても全身の神経系を発展させて「心」のようなものを持つことが生物学上費用対効果に見合うものとして進化させてきたのだ。このことは心(意識や主体)を考える上で多くの示唆をわれわれにもたらすことが期待される。
本書の原題は”Other Minds”。われわれの心とは別様態の心についてタコに基づいて考察した本である。意識問題へのアプローチとしては異質であるが、議論を避けることのできないテーマである。タコがどうやら「心」を持ったように、同じく神経系ということもできるであろうAIも「心」が生まれるのだろうか。それとも哺乳類と頭足類とで個別に収斂進化した「心」が生まれるためには身体や行動が必要となるのだろうか。そうだとして、AIは動物の「身体」や「行動」を模擬することで「心」を獲得するようにできるのだろうか。この興味深い議論が、ここからさらに発展することを望むし、そうなることが今や期待されているのである。
Posted by ブクログ
この本を読む前と後でタコの印象が大きく変わり、なんだか愛着を感じるようになった。すぐにでも生きてるタコを見に行きたくなる。
心身問題について論じる本はたくさんあるけど、下手に哲学的なものよりも、この本を読むほうが有意義かもしれない。単に知識が増えるだけではなく、これから先の生き物との関わり方が変わるかもしれない。少なくともタコが痛みをどのように感じているか、考えずにはいられなくなる。
Posted by ブクログ
タコやイカは知性が高いと言われている。進化樹の中でははるか昔に枝分かれした人類とタコであるが、異なる進化の中で神経系をそれぞれで発達させているのが興味深い。人間は脳で集中制御しているのをタコでは腕部にも脳のような機能があるなど、違いはあるもののタコにはタコの心があるようだ。また、もし異星人が存在するのであれば、独自進化した異星人の心を知るためにもタコの心を研究するのは有意義だ。まずはタコになった気分を考えるというのは面白い思考実験になりそう。こんなことを考えられるのも人間の特権のようなのだけど。何冊か類書を読んだうえで、この本にたどり着いたが、読みやすくて分かりやすい。
Posted by ブクログ
著者は熟練ダイバーでもあるそうだが、「オクトポリス」でのタコに手を引いてもらった(と感じた)体験、ジャイアントカトルフィッシュという種のイカとの交感の描写が、実らない愛を感じさせ切ない。
頭足類が地球上の動物の中で極めて特殊な位置づけの生き物であることに改めて感心。ボリュームあり読むのはちょっと大変だが良書。
P10 頭足類を見ていると「心がある」と感じられる。それは何も私たちが歴史を共有しているからではない。進化的には互いに全く遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、全く違う経路で心を少なくとも二度、作ったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。
P13 よい哲学は日和見主義だ。つまり、どのような情報であれ、どのような道具であれ、役に立ちそうであればすべて利用するということだ。
P40 クラゲのように上下の区別はあっても左右の区別はない構造の動物を「放射相称動物」と呼ぶ。一方、人間、魚、タコ、アリ、ミミズなどは「左右相称動物」と呼ばれる。【中略】元来、左右相称の身体は、移動に向いている。またこの身体の構造は、ほかにも多くの複雑な行動に適していた。
P65 タコは、ラットやハトなどに比べてはるかに、自分でこうしようという考えを強く持っているようである。【中略】タコの行動にどうも「いたずら」の要素が多くあり、また彼らには多分に狡猾な面もあるようなのだ。
P80 脊索は動物の背側にあり、身体の中央を貫く。瀬木作には神経が通り、一方の端には脳がある。一方、頭足類は、それとは大きく違った身体の設計、違った種類の神経系を進化させる。脊索動物の神経系を中央集権型だとすると、頭足類の神経系はそれよりも分散型だと言える。(はしご状神経系)【中略】頭足類の場合は(食道が)脳の中央を貫いているということだ。その位置関係はあまりにもおかしいように私たちには思える。そこは絶対に脳があってはならない場所だと感じるのだ。
P88 タコには余計なことをするだけの、内面の能力の余剰があるようだ。
P92 タコの身体には決まった形というものがなく、変貌自在だ。可能性のかたまりだと言ってもいい。決まったかたちを持ち公道をある程度決定する身体を持つと、そのためのコストが発生する一方で利益も得られるが、タコにはどちらもないということになる。多くの動物では脳と身体が明確に分かれるが、タコはその区別とは関係のない世界に生きている。
P163 ヒヒはメロドラマのような生活を送っており、おそらくストレスも多い複雑な社会にいる。にもかかわらず、情報を発信するための手段は非常に貧弱だ。反対に頭足類の場合、社会生活は非常に単純なもので、したがって言うべきことも非常に少ない。にもかかわらず異様なほど多くの表現をする。
P174 言語が思考のための重要な道具であることは間違いない。そして内なる声はただ泡のように無意味に湧いているわけではない。しかし、秩序だった思考をするのに言語が絶対に必要だとまでは言えない。言語は複雑な思考を一手に引き受ける媒体というわけではないのだ。
P191 皮膚に現れる色や模様は、たとえどれほど複雑なものであっても受取り手のいない一方通行のものである。頭足類は、自らの発する色や模様を、人間が言葉を聞くように認識するわけではないのだ。
P194 頭足類の多くは、その寿命の短さに比してあまりに大きく、あまりに賢いと言える。タコが卵からかえって2年以内に死んでしまうのだとしたら、彼らの高度な知能は一体何の役に立っているというのだろうか。
P253 この地球上では、少なくとも2回、同じような能力が、全く別のところで無関係に生まれ、進化したということである。【中略】頭足類は、独立して進化を遂げたにもかかわらず同じようなmindを持った非常に不思議な生物だ。昔から、異星人の想像図はタコに似た姿になっていることが多かった。偶然にしてはできすぎている。(訳者あとがき)
Posted by ブクログ
スキューバをしながらオクトポリスというホタテの貝殻に敷き詰められたタコ達の住処や生態を眺め、哲学や生物学の授業を受けているようだ。タコを擬人化してその知性を探りながら、読書中、私自身の意識は海底にある。ダンゴムシに心があると言われれば、それはこじ付けだと感想を述べながら、タコに知性があると言われれば、それなら分かる気がすると興奮しながら一気読み。また面白い本に出会えた。
カンブリア爆発と呼ぶ生物多様性を生む時期より前、エディアカラ紀にも多様な動物がいた事がわかってきた。6億年前だ。カンブリア爆発は、生物同士の関係性、被食者と捕食者の競争により激化したと考えられる。攻撃や防御の手段、海中を泳ぐ進化を遂げ、その樹形図を辿りタコは生まれた。
タコのニューロン数は5億と人間の1000億より少ないが、犬にかなり近い。頭が良い。ビンの蓋を開けたり、巣穴を記憶できる。カラスのように遊んだり、仲間同士で戯れるような仕草も見える。人間の顔を区別する事もあるらしい。しかし、タコの寿命は1から2年。知性の機構を持つ必要があるのか。こういう話の展開は面白い。
著者は哲学者らしく、その切り口でも知性を探る。ダニエル・カールマンはシステム2思考(人間が意識的に行う速度の遅い思考の事)、システム1思考(習慣や直感に頼る高速思考)を分類したが、そもそも心の声、言語無く思考が可能かという点まで論が及ぶ。人間の失語症患者にも心はある事を例示し、必ずしも言語は必要条件にならぬ事を説明。
知覚と運動、思考を司る脳を持ちながら、思考の果てにも自我は見抜けず、何のために生きるのかという主客転倒な哲学を時々考える。1年や2年でその命を終えるタコからすれば哲学など無意味か。無邪気な好奇心を8つの腕に託すその生き様に、考えさせられる。
Posted by ブクログ
星10個あげたい!
タコたちの楽園 オクトポリス
この場所で、タコに「意識」が生まれる?!
全てのものは、連続的である。
人間が意識を持ち、言語を獲得したのも、
偶然の連続であり、突然空から意識が降ってきた
わけではない。
タコは、人間と同じかそれ以上のニューロンを
持つという。人間にできて、タコにできない理由は
ない。たまたまその機会に恵まれなかっただけ。
その機会を得たかもしれないのだ。
それこそがオクトポリス。全ての条件が揃った
タコの楽園。
10万年後の地球は、タコ新生か?
Posted by ブクログ
『タコの心身問題』ピーター・ゴドフリー=スミス著、夏目大訳(みすず書房)なんだか色々煮詰まったので、タコに会いに。タコの本にジャズやカンディンスキーが出てくるなんて。笑 タコになったらどんな気分?というシンプルな問いから進化への深い問いかけへ。なんだか癒された。面白かった。#読書 #翻訳 #タコ#進化 #petergodfreysmith
Posted by ブクログ
タコは人間と全く異なる進化の経路をと取ってきたにも関わらずまるで知性を獲得しているように見え、おそらく獲得しているのであろう。人間の認識している世界が真実であるかのように思ってしまうが、認識している世界や知性のあり方はあくまで相対的なものでありそこの絶対的な実在は存在しない。異なる知性とのファーストコンタクトというSFのような体験は宇宙に行くまでもなく身近な海の中で繰り広げれているのかもしれない。タコたちの生活の瑞々しい描写を通して意識や知性の存在について描かれていた。
Posted by ブクログ
自分自身、長い年月に渡ってスキューバダイビングを楽しんできています。
魚だけではなく、エビ・カニや貝、サンゴなどなど、水中ではさまざまな生物を目にします。
なかには、怒っているような反応を示す動物もいるので、「どこまでの生物が、意識や感情を持っているのだろう?」と、疑問に思っていました。
この疑問に答えてくれそうな、この本の存在を知り、読むことにしました。
驚いたのですが、著者は哲学者で、オーストラリアを中心に活動しているそうです。
序盤は動物の進化の過程を追いながら、神経系がどのような必要から生まれ、発達してきたのかを解説しています。
そして、タコやイカといった頭足類が持つ身体的特徴と、それによりどのようなことができるかへと、話が展開していきます。
頭足類が持つ能力の中で、特徴的なものの一つが、体の色を変えられこと。
擬態とコミュニケーションという目的は推察されるものの、あまりにも複雑な表現の意味やそのメカニズムは、まだまだ未知の部分が多いようですね。
そして、人類が持つ特徴の一つとして挙げられる言語。
コミュニケーションの手段という役割だけでなく、自らの思考を整理するという役割が強調されていることが、印象に残りました。
進化の過程で、人類(脊椎動物)と頭足類(軟体動物)が分岐したのは、カンブリア紀。
その後、約6億年という時間をかけて、人類と頭足類がそれぞれ独自に、神経系を発達させてきたということに、奇跡と必然性の両方を感じました。
人類とは体の構造があまりに違う頭足類が、どのようなしくみで心身を制御しているか、研究している人や機関が多いというのも、本書を読んで納得しました。
物質の組み合わせである生物がどのようにして、心や知性を持つに至ったのか。
その要件は何で、どの生物が持っているのか。
この世界、宇宙に関する根源的な疑問について、考え方の方向性を示してもらえたように感じた一冊でした。
同じ著者の、続編に当たる書籍も邦訳されているようなので、探して読んでみようと思います。
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Posted by ブクログ
大分面白いな
タコ(生物学/神経科学)を哲学の道具として使うだけでなく、人間の独善的(人間中心主義的)な視点を排そうとしてしっかり対象の生物の目線(気分?)からも探ろうとしていて丁寧で謙虚な姿勢が見とれた
哲学的な部分では生物学/神経科学の理論などからタコや彼らを初めとする動物全般における「心の進化」を解明しようと、従来の理論を踏襲するだけでなく最新の研究や、現場の協力者などからゴドフリー=スミス発の理論などを提示しているところも読んでいて楽しかった
単純に、古生代(エディアカラ紀やカンブリア紀)の神経系発達当初の奇妙な動物たちの描写や、ジャイアント・カトルフィッシュ(オーストラリアコウイカ)やオクトポリスについての描写はワクワクしたし可愛かった
正に生物学と哲学の両輪で「心の進化」を追いかけようと様々な可能性を示しながら書かれていて面白かった
p.s.哲学が陥りがちな思索のみによる空理空論を、実際の生物に対する実験や常識的な考えから現実の舞台に降ろして考えているところに、学問に対する真摯な態度が見て取れた
Posted by ブクログ
話は面白い。
面白いけど、とっちらかっていて、全体として何が言いたいのかよく分からない。
タコが興味深い生物ということは分かる。
人類との共通祖先から枝分かれして、それぞれ別々に同じような形質を獲得したという話は収斂進化のよう。
タコの足には神経がたくさん通っていて、足が離れても感覚があり単体で運動制御ができる、という話は怖いというか、明らかに人間とは異なるというか、人間で切り離された足がぴょんぴょん動き出したらたまらんなという気がする。赤い靴じゃないんだから。
タコの老化の話も面白い。タコの寿命は2年くらいしかなく、生殖を終えるとすぐに老化して死ぬ。
これは老化に関する有害突然変異蓄積説と整合することが述べられている。
Posted by ブクログ
タイトルは魅力的で、この地球の上に人類だけでなく哺乳類や鳥類もふくめ、われわれとは全くことなった心のありようがあるということが知れるだけでもワクワクするし、十分一読の価値はある。
一方、「ダコであるとはどのようなことか」を手っ取り早く知りたいと思ってこの本を読み始めるとその期待は裏切られると思う。材料が足りない。
Posted by ブクログ
神経系が非常に複雑に発達すると結果として意識が生じると直感的にも考えられるが、知性や認知力が鳥類や大型哺乳類などの脊椎動物とは別の進化系統であるタコやイカなど頭足類でも起きたということは非常に興味深い。脳で中央集権的な制御をしいる前者に対し、タコに代表される後者は分散的で全身に神経が張り巡らされており、触手一本一本が脳を持つと言われることもある。タコになるとどんな気分なのかを想像し、はるか古の単細胞生物からの進化史を思考実験的に味わうことができる本。著者は生物学者ではなくてスキューバが好きなオーストラリアの哲学者であるというのがまた面白い。
Posted by ブクログ
まず本書はタコメインではあるが同じくらいジャイアント·カルトフィッシュが良く出てくるので頭足類を主軸と捉えても良さそう。
哲学者が書く、思考や知覚に焦点を当てた進化論の本でもあるし、タコなどの頭足類という不思議な生き物たちへの愛を綴る本でもある。
本当にタコという生き物は面白い。あれだけ大きな目があるのに色覚は無さそうだし、色を変えるのは必ずしも擬態だけではないし、足は味覚だけではなく、個々でも動く、まるでタコの身体は指揮者のいるジャズバンドのようなものであったり。
心、本書では知覚·思考をすることを指すと思われるが、その進化を語るときは哲学的になるものだとは思う。数値化が難しく、感覚的に語るものになりがちだから仕方ないことだが、この手のものは生物学者が書くよりも哲学者が書くほうがこの点はわかりやすいかもしれないなと本書を読んで感じていた。
あと学者の方でもない限り、今後の人生で一番ジャイアント·カルトフィッシュという単語に目を通すことになる。
Posted by ブクログ
驚いたことにタコやイカは色の識別ができないらしいのだ。どうしてあんなに周囲に合わせて色を変えて擬態したり、威嚇のために体の色を変えるのだろう。
なんと、目による知覚で脳が指示するのではなく、皮膚細胞そのものが、周囲の色を感知して自律的に変化しているらしい。
これは“多くの動物では、脳と身体が明確に分かれるが、タコはその区別とは関係のない世界に生きている”ということの1つの証左なのだろう。
かといって、これはタコが感覚刺激だけで行動する、考えない動物だということではない。タコはじっくり目で見て観察してタコ同士や人間同士を区別できるし、食べられないものを使って遊ぶこともできる。
タコがあまりにも賢いため、つい擬人化したくなるが、タコは人や猫やカラスの親戚ではない。
なにせ、身体の中でどこからどこまでが脳なのかそもそも正確に定義できない、人を含む脊椎動物とは認知の仕組みが大きく異なる生き物なのだ。
筆者は生物学と神経心理学の面でタコを追求し、ダイバーとしてタコを愛する。しかし、哲学者たる筆者の面目躍如と感じるのは、ホワイトノイズから意識へと題された4章と、ヒトの心と他の動物の心の6章である。
極単純な進化的に初期の動物の中では、主観的経験はホワイトノイズに近いものだった。とりあえず常にざーと言う音が聞こえている状態に例えられる。その中で、痛みや快感といった根源的な感情、すぐに何かの反応を必要とするような感情が最初に生まれたのだろう。
これは既に主観的経験を獲得しているといえる。
主観的経験とは、「自分の存在を自分で感じること」という意味だ。別にヒトの特権ではない。
例えば、電気信号を発する魚は、主観的経験による認知がなければ、自分が発してている電気信号なのか、誰かが発した電気信号なのかの違いがわからない。つまり多くの動物たちは、主観的経験を備えているのだ。そうするとどの段階で、私たち人間が持っているような『意識』に近いものが生まれたというのが次の問いだ。
その道筋は1つではないだろう。ホワイトノイズから単純な形態の主観的経験、そして意識へと至る道は、進化の試みの中でいくつもあるはずだ。
帯びにも書かれた『進化はまったく違う経路で、心を少なくともニ度作った』ということ。
ではヒトの心と動物の心の違いを考えていくと、様々なレベルの意識が動物に備わっている中で、人間は高次思考ができる。
簡単にまとめると、「自分の思考についての思考」だ。
例えば、“なぜ自分は今、これほど機嫌が悪いのか”ということを人は考える
高次思考を行うためには、内なる声(インナースピーチ)が必要だ。言語は、コミュニケーションのための唯一の手段ではないのは事実だ。実際単純な言語手段しか持たない動物が複雑なコミニュケーションをとっている例はいくらでも見つかる。
しかし高次思考をするためには内なる声が必要であり、内なる声を獲得するためには言語化が必要である。ここが恐らくヒトの心に生じた特異性なのだろう。
“私たちは自分に向かって何かを問いかけることも多いし、自分に向かって説明や忠告をすることも多い。これは心に浮かんでは消える意味のないたわごとではない。
私たちの内面では絶え間なくおしゃべりが続く。そのおしゃべりから逃れるためには、瞑想の必要を感じるぐらいだ。”
ここではちょっと苦笑する。
寿命を進化論で論じた章や、まだ見知らぬ海で起きている進化の壮大な実験など、読みどころが多くて学びの多い一冊であった。
Posted by ブクログ
タコの知性、なんて考えたことなかった。
それが、読んでみて驚き!
研究用に飼育しているタコが人の顔を一人ずつ記憶していて、嫌いな人がくると水をかける。
水槽の中の電球をわざと壊して遊ぶ。
食べ物でないものにも純粋な好奇心で近づいてくるように見える。タコの方から人間に近づいてきて,時には,探るように腕を伸ばしてくることさえある。手をつないで散歩をしたダイバーもいるらしい。
海は身近な小宇宙、というけれど、
ここまで知性をもつ動物がこの小宇宙にいたとは。
しかもイルカやクジラではなく、無脊椎動物ですよ?!
脊椎動物と無脊椎動物が枝分かれしたのは6億年前。
タコと合流することは、まさに「宇宙人との交信」しているようなものなんだと思う!
Posted by ブクログ
オクトポリスの話がとても興味深かった。生命の死や進化についてもタコという一種の視点から覗き込むような構図も勉強になる。
意識の、哲学部分については読者自身が知識不足のため、関連する知識分野の概要を理解してから再読したい。
Posted by ブクログ
この本は、「意識」とはなにか?人類は進化のいつの時点から「意識」を持つようになったのか?なぜ人類だけがここまで「意識」を進化させることに成功したのか?という究極の問いに、人類とは全くことなる進化経路をたどってきたタコを研究することで解き明かしていくというユニークでありながらしかし真相をするどく突いた本です。
例えば、人間は言語を操る能力を持っているけれど、その言語は単に外に向けて誰かに発せられるだけでなく、人間の意識の中で内なる自分に向けても発せられていて、それは何かを思考する上で無くてはならない能力だけど、意識の中で自分自身に向けて内なる会話をする能力を人類はいかにして手にしたのか、それは脳や視聴覚機能がどう作用して実現しているのか、賢いタコにもその能力があるのか、といった問いに、実際にオーストラリアの海に潜ってタコを長く観察してきた著者が挑んでいる本です。
なぜ、著者は、この問いを解き明かすヒントをタコをはじめとする頭足類から得ようとしたのか。それは、タコが、類人猿から進化した人類とは全く違う経路の進化をたどりながら、しかしある意味では人類と非常によく似た脳の働きと大規模な神経系を持つ賢い生き物であるからです。
例えば、ある動物にプラスチックの棒を差し出した時、ほとんどの動物はそれが食べられないものだとわかるとその棒には一切興味を示さなくなるけれど、タコは、そうだとわかった後でも、その棒を8本の手で掴んだり蹴飛ばしたりして遊んだりするらしく、これはタコがそれだけ能力に内面的な余剰があることを示唆しているそうです。
この時、タコの内面になにが起きているのか?
棒で遊ぼうとする時、人類の場合は、その決定を絶対的な中枢機関である脳が決定し、それを筋肉に伝えて手足を動かすけれど、タコの場合は、ニューロンが集まった脳のようなものが頭部付近にあるにはあるけれども、それとは別に同じようなニューロンの集まりがあの8本足付近にもあって、足にある脳とも言える部分が独自に意思決定をして足を動かすというようなことが起きているそうです。この時、頭部付近の脳は意思決定にあまり関わっていない可能性があるのだとか。
もしこれを、タコの、脳から独立した足の個別意識だとするならば、その意識はどのように決定されて足の筋肉に伝えられているのか、長い進化の歴史の中で頭足類がそういう機能を持つように進化してきた理由は何かを探っていけば、この本が挑む問いである「意識」の起源に近づけるのではないか、という筆者の研究と考察の結果が約250ページに渡って記されています。
この本は、読むのにとても難しい本です。知らない言葉がたくさん出てきます。読むのには根気が必要な一方で得られるものはタコのことが好きになるぐらいしかないのですが、それでも、自分の普段の生活とは全く関係のないこういう研究の世界があり考え方があるんだということを知れて、読んで良かったと思います。あとは、本の表紙のデザインがなかなか良くて、みすず書房さん出版の他の本も読んでみたいという気持ちになりました。
Posted by ブクログ
とても興味深い本。
タコの気持ちは分からない。そもそも、タコに人間と同じような気持ちがあるかどうかわからない。
しかし、タコには知性があるようである。
哺乳動物とは、遥かに遠い昔に分岐し、別々に進化し、脳の在り方も違う。このように遠い存在に、人間と共通するうような気持ちがあるのではないかと感じるような振る舞いがあることが不思議なことである。
その謎が本書の中で解き明かされる訳では無い。
むしろ、海底で様々に色を変えるタコ、イカに対する、著者の愛の書。
フィードバックループが脳、神経系を発達させるという指摘は、その通りと思う。
Posted by ブクログ
ヒトとはまるで違う進化を遂げたタコの生態から、「意識」を考察した一冊。小難しい話はさておき、読むにつれてタコの魅力にハマってしまいます。好奇心旺盛でいたずら好き、日和見主義だけど時に大胆。そして、たった2年で生を終える。これ何てラノベのヒロイン?
Posted by ブクログ
全般的に面白かったと思う……が、これほど神経系の在り方やその別などを解説してくれながら、これほど頭足類に親しみを持ってくれながら、どうして後半においては人間を賢さの特異点に置いてしまったのだろうとなんだか悲しくなってしまう。私の読み方が至らないせいだろうか。
しかしわからないことはわからないという態度には好感が持てた。また、老化と突然変異の関連の項、自分の行動の「打ち消し」関連の項は非常に興味深かった。さらに進んだものも読んでみたい。
Posted by ブクログ
腕で考える生き物への理解と、「老化」に対する見識は参考になった。若い頃の生存能力を優先した結果、後からようやく作動するリスクを許容してしまうことになるとは。
Posted by ブクログ
科学哲学者の著者が、頭足類の心理について語ります。
タコやイカは賢いと知っていましたが、全体が脳とも言えるほど神経細胞だらけであることに驚きました。
哺乳類とは違う知的進化を選んだ彼らは、宇宙人ではありませんが別世界の知的生命体です。
地球にはまだまだ研究余地が残されていることを教えてくれる一冊。
Posted by ブクログ
ヒト以外の生き物がどう世界を認識しているのか、ちょっと自分の外に意識が出るような感覚を与えられる
ヒトのような脳がないはずのタコが知性を持つ不思議が印象的。
ちょくちょく進化生物学の話が入ってきて、知性と関係なく思えるところの詳細が多く、読むのがしんどいところも。
Posted by ブクログ
科学史、科学哲学という分野。概念的な哲学ではなく、科学からスタートする意識の探索は、ある意味分かりやすくて面白い。タコを中心に頭足類の観察からの考察だ。
他の無脊椎動物と比べても、頭足類の神経系の規模は異常に大きく、短期記憶と長期記憶に明確な区別があり、目新しいものや、食べることはできずすぐに役立つわけではないものに興味を示し、コウイカにはREM睡眠らしきものがあるなど、人間の知性との類似点も見られるのだそうだ。
「身体化された認知」というのは面白い。脳だけではなく、身体も賢さの一部を担っていて、周囲の環境がどうなっているか、それにどう対処すべきかという情報は、実は身体にも記憶されていると考える。例えば手足の関節のつくりは、歩行などの行動を自然に生むようになっている。適切な身体をもっていれば、正しく歩くための情報のかなりの部分がそこに記憶されている、と。
頭足類のコミュニケーションを考察しながら、いったい何のためにこの信号(色が変わったりすること)を発しているのか?理由があるはず、と著者は考えるが、受け手となる相手がいなくても、なんだかつぶやいているような…という未だ解明されていない部分が神秘的で、素人にも面白い。
この本の原題は、”Other minds”. マインドという言葉を心、知性ととらえると、その境目はあいまいだ。著者のいう「主観的経験」、~になった気分、という考え方は面白かった。生きものの寿命も、持っている特徴も、すべてを「進化」というものさしの中で測る。ゴールも方向もない、試行錯誤を繰り返す生きものたちの中に人間もある。こうやって相対的に捉えて傲慢にならないことが、今の人間にとって一番大事なのかもしれない。
Posted by ブクログ
頭足類の多くの寿命は1~2年。その理由は殻を備えていない無防備さからくる淘汰圧によるもの。タコには約5億個にニューロンがあり、個人を識別できるくらい賢い。読んでるとタコが食べたくなる。
Posted by ブクログ
現時点における進化の最終形態は人間だと思いますか?
立派な神経系をもっているのは人間だけだと思っていますか?
いえいえ、人間でなく哺乳類でもなく、脊椎動物でもない、頭足類「タコ」の神経系のなんと密なこと!
タコが好奇心旺盛であること。いたずら好きで好き嫌いもあって、自分を研究する気に入らない研究者には容赦なく水をぶっかけたりすること。闖入者である自分の手を引いて海底散歩をしたことなど。
微笑ましいエピソードと進化ツリーの話が交互に語られています。
タコとの触れ合いに関してはとても興味深くて、カンブリア紀以前からすでに進化を着々と進めていたことなど、「へーーーー!」とワクワクしながら読みました。
まー、半分くらいは退屈なところがあったのですが、タコやらイカやらの話が面白くて読み切りました!
生物として驕っていたなと反省、考えを修正しました。