下川裕治のレビュー一覧
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少し読みづらいようにも思いましたが、全体的には楽しく読めました。
香港の宿のエレベーターの話が面白かったです。現地の人々の生活にどっぷりと浸かって、現地の食堂などにチャレンジされており一般の日本の観光客が体験していないことを体験していると思いました。
何度も現地に足を運んでおり、その時々で香港•マカオが変化していることを感じました。中国への返還の時の様子や政治状況にも触れており、こんな感じだったんだなと感慨深く思いました。
マカオも観光客向けに造られた街だと思いました。
観光でマカオを訪れた時、ベネチアンホテルの空の色が不思議に印象的だったことを思い出しました。
マカオのカジノ景気は凄いと思うが、カジノによってマカオや香港、中国の人々が不幸せでなければいいなぁと思う。 -
Posted by ブクログ
著者は1954年生まれの旅行作家。主にアジア・沖縄をフィールドにバックパッカースタイルでの旅を書き続けている。だが、コロナ禍で海外に出る回数が激減、2023年夏、ようやく旅を再開、国内を歩いた。
本書はその記録である。 花巻のデパート大食堂、ディーゼル車キハ40系が走る小湊鉄道、吉田拓郎の歌で有名な苫小牧発仙台行きフェリー、高尾山登山、路線バス旅などシニアのひとり旅ならではの味わい深い内容になっている。
同年代の自分としては、時代を遡ってノスタルジーに耽りながら読めるところに魅力を感じた。
最後に紹介されている小豆島に辿り着いた俳人・尾崎放哉が酒に溺れ、寺男になったのが山頭火とダブるところも興味深かった。
ただ、暗渠道や路線バスに関する記述は都内の地理や歴史、交通に関して詳細に書かれているものの、地方に住み、地理勘がなく想像力に乏しい自分には少し退屈だった。 -
Posted by ブクログ
●は引用、その他は感想
朝日新聞社のデジタルマガジン「&」の「クリックディープ旅」に連載中から断続的に読んいたが、”路線バスと徒歩で行く”とはタイトルに偽り有りで、実際に歩くのは1日1時間程度(日によって違う)。それ以外はバスの他、鉄道、タクシー、レンタカーを利用して、いる。どうでも良いことだが。
●石巻市と登米市の路線バスを調べていく。そこで登場してきたのは、市民バスとか住民バスと呼ばれるバスだった。民間のバス会社の路線バスのほかに、もうひとつのバスが生まれていた。調べてみると、かつては民間会社がバスを運行させていたが、人口が減り、マイカーが増えていくなかで採算割れに陥ってしまった。しかし路線バスには、公共の乗り物という役割があった。そこで行政との協力体制を模索することになる。市町村とタクシー会社が手を組むケースも出てくる。運賃を割り引いたり、定額にして負担を減らす。赤字分は行政が補填する。石巻市や登米市には、そんなタクシーもあったが、市民バスもあった。これまでのバス会社に行政側が委託する形をつくり、バス路線を維持していた。→バス路線はインフラ維持費がが少ない分、鉄道に比べて路線変更、廃止を容易に行なえる。また逆に行政側が資金援助して維持することも容易ということ。先に読んだローカルバス路線が令和になっても存続している理由の一端と思われる。
●夜のバス停というものは不安なものだ。市街地なら周囲に灯もあり、人の気配がある。しかし地方に出、人家も少ない道端に立っていると、バスが現れなかったら今晩は・・・と思ってしまうのだ。たぶんその不安は、ほかの人よりも強い気がする。僕はアジアや発展途上国を歩くことが多い。バス停に時刻表が貼りだされていることはまずない。いつバスがくる?近くにいる人に訊きながら待ち続ける。結局、バスが姿を見せなかったことは何回もある。ここは日本だから、そんなことはない・・・と自分にいい聞かせても、アジアの路上で刷り込まれてしまった不安は、トラウマのような塊になって心のなかを占めていた。 -
Posted by ブクログ
アジアを中心に海外を旅する著者がカメラマンと二人で、1日1時間歩きで路線バスを乗り継いで「おくのほそ道」をたどる。
テレビでお馴染みの路線バス旅のような感じで、ゆるやかなタッチで楽しめる。この手の旅番組につきものの道中の食レポは残念ながらコンセプトから外れているが、その分、松尾芭蕉と河合曾良の旅に想いを馳せて趣深さが味わえた。
印象に残った記述を以下に箇条書きしておく。
・「おくのほそ道」の道中は基本的にストイックで、温泉や料理といった今風の旅の楽しみはほとんど登場しない。
・旅に必要な資金は、出発の際の弟子たちからの餞別と旅先での句会で商人や有力者から得る餞別という名の授業料。曾良はそれらを管理したり、資料集めや宿の手配をするスーパーマネージャーだった。
・旅のハイライトとなる松島では、芭蕉は絶景に興奮し、苦悩、いい句が残せていない。
・太平洋側の松島に対し、日本海側では象潟(きさかた)を訪ねることが目的だった。象潟は鳥海山の岩なだれによって出現、潟の中に小島が点在する景勝地だった。だが1804年の地震で土地が隆起、潟の水がなくなり、小山になってしまった。
・「おくのほそ道」は紀行文だが、物語の要素もある。市振(地名)では遊女を登場させているが、それは読者の「飽き」を乗り越えるための工夫。芭蕉はなかなかのストーリーテラーだった。
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野湯というものの存在は知っている。
沢谷を遡っていったところ、自然に湧いている温泉のことだ。
16年前に塩原の甘湯新湯なる野湯までサイクリング同期に連れていかれ、入浴写真を掲示板に貼られたいい思い出。
この時に思った。
「やっぱり温泉はお金払ってシャンプーボディソープがあるところに入りたいなぁ」と。
時は過ぎて三、四年前。
これは別のサイクリング同期と、台北くんだりまで登山に行った時のこと。
陽明山の最高峰、七星山に登った後(大変な悪天候だった)、新北投温泉の公衆浴場へ向かった。
そこで見たのは、めっちゃ人多っ!
台湾人も温泉好きなのである。
さて、本書は台湾の温泉を全て踏破すべく、フォルクスワーゲンのバンに乗って、温泉と聞けば川を渡り、遡って向かう男三人旅である。
いうて台湾、与那国島のすぐ先だから年がら年中暑いのだ。
かつて俺も台東をチャリンコで走って熱中症になったこともある。
そんな暑いところで温泉ねぇ...。
筆者自身が、なんでこんなことをやっているのかと後悔滲み出る台湾温泉旅行記。