瀧浪貞子のレビュー一覧
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飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録されることになったというニュースを知り飛鳥に興味を持ちこの本を手に取った。
持統天皇は天智天皇の娘で天武天皇の妃という程度の知識しか持ち合わせていなかったが、この本を読んで、パワフルかつ意志の強い凄い女性天皇がいたもんだなと思った。とても面白く読むことができた。
はじめにで、万葉集の有名な歌
「春過ぎて 夏来るらし 白たえの 衣干したり 天香久山」
の説明が記載されている。
百人一首にもあるこの歌、そういえば高校ぐらいのとき覚えさせられた記憶があるので知っていた。当時は夏の到来を詠んだ爽やかな季節の歌という程度の理解だった。
この本を読んで、その理解がガラリと変わった。
そもそも天皇が単なる季節を愛でる歌を詠むだろうかという疑問。
もしこれが天皇即位時に読んだ歌であれば、持統天皇の思いが込められているはず。その心情とは一体なにか?
夫、天武天皇を亡くした哀しみを乗り越えて、最愛の子である草壁皇子をやがて天皇にするという決意を神聖なる香久山に誓った歌と読めないだろうか。
想像を掻き立てられる。
瀧浪先生の著書は、読者に様々な想像を掻き立てるような文章を書く。260ページの新書の至ることが付箋や赤線だらけになった。
そう、驚いたことに、116ページに「日本書記」には天智天皇の陵墓の記載がないとか書かれている。そんなことがあるのか。あえて記載していないのか。そのあとに、京都市山科区にある山科陵にほぼ間違いないとある。どうしてそんなところにあるの?教えてと言いたい。
あと、74ページに斉明天皇の葬儀に、高句麗、百済、新羅の人も参加していると書かれている。日本は、数年前、白村江の戦いで新羅と一戦交えている。そんな国がなんで日本に無事にこれるの?
このように飛鳥時代は謎が多く、想像の翼が広がる。 -
Posted by ブクログ
本書ではこれまで誤解されてきた聖武天皇の知られざる姿を知ることができます。
「ひ弱な、優柔不断な天皇とのイメージが強く、光明皇后や藤原仲麻呂の傀儡であったという聖武像」
このようなレッテルが貼られていたという聖武天皇ということですが、ただ、正直申しますと私はそのようなイメージすらなくもっとシンプルに「仏教信仰が篤く、奈良の大仏を建立した天皇」というイメージしかありませんでした。聖武天皇という存在に対し、信仰的な面から考えても政治的な側面をイメージすることがなかったというのが正直なところでした。なので「ひ弱、優柔不断、傀儡」というレッテルも今こうして日本史を学び直して初めて知ったくらいです。きっと私と同じ方も多いのではないでしょうか。
ですがその「奈良の大仏のイメージしかない」ということそのものが聖武天皇に対する理解の不十分さを物語っているのかもしれません。
上の引用にもありましたように、聖武天皇はただ大仏を建立した天皇というだけにとどまらず、政治的、文化的にも後の日本に大きな影響を与えた存在でありました。この伝記を読めば驚くような事実がどんどん出てきます。「聖武天皇はそこまで考えていたのか!」とびっくりすると思います。そして従来語られてきた聖武天皇像がいかに不適切であったかを実感することになります。
著者が述べますように、奈良時代を知るには聖武天皇は欠かせぬ存在です。彼の存在無くして奈良時代は語れません。仏教の歴史を学ぶために手に取った本書でしたが、これは刺激的な一冊でした。 -
初めてこの著書を知りました。
「長屋王残照記」や「ざんねんな歴史人物 それでも名を残す人々」への投稿レビューで四条天皇の「あまりにも突然すぎてあまりにも幼すぎる崩御」について述べましたが、この際に約2週間に亘って「天皇空位」の状態が続いたのは奈良時代に聖武天皇の皇女の称徳天皇が崩御してから天智天皇の皇孫で志貴皇子の子の光仁天皇が即位するまでに約1ヶ月間に亘って天皇空位の状態が続いて以来の出来事でした。この光仁天皇の即位を転機に天武天皇の血筋が次第に皇位継承から排除されていきますが、この光仁天皇の皇后でしかも聖武天皇の皇女の「井上内親王」と彼女の息子の「他戸親王」がその典型的な例ですね。その結果、光仁天皇の子で天武天皇の血を引いていない桓武天皇が即位して今日の天皇家や「源氏」や「平氏」や「在原氏」の祖先になりましたね。その一方で、天武天皇の血筋は皇位継承から排除されてしまったものの、「清原氏」や「在原氏」や長屋王の子孫の「高階氏」の祖先になって平安時代に栄華を極めてあの「清少納言」を生みましたね。面白い話ですが、後鳥羽天皇の子でありながらあの「承久の乱」に関与していませんでした土御門天皇の母も長屋王の子孫であります「高階氏」の血を引いています。四条天皇が突然崩御した途端に土御門天皇の子が後嵯峨天皇として即位しまして今日の天皇家の祖先になりましたから余計に「四条天皇の崩御は後鳥羽天皇の祟りだ」と言う噂が拡大してしまったのでしょう。また、後嵯峨天皇の即位によりまして天武天皇の血筋が皇位継承権を奪還しましたし、あくまでも僕の推理や憶測にしかすぎませんが、その当時は「後鳥羽天皇や仲恭天皇や彼らの処罰に反対していました「慈円」と言う僧に加勢して長屋王までが四条天皇を祟り殺してしまった」と言う内容のとんでもない噂までもが飛び出したでしょう。
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持統天皇の生涯を新たな視点も交えて書かれている。持統天皇は父、中大兄皇子や母方の蘇我氏が持っていた深謀遠慮、機を見るに敏、競争相手に対する容赦ない仕打ちなどを受け継いだ女性である。壬申の乱に勝ち抜き、自らの血筋を皇位に即けるべく、さまざまな策を弄して権力の座を保持し続けてきたのである。譲位制度や、若年即位、不可解な「不改常典」、吉野行幸など理を通すよりは情で突破したという感がある。ただ天智、天武と通う野望の強い女帝であったことが本書を通してうかがえる。
女性天皇の是非については今日的問題にもなっている。その際によく持ち出されるのは古代の女帝は男系が途切れそうなときの時間稼ぎであり、実権はさほどなかったという論である。持統もまた文武天皇即位までのつなぎであったことは確かであるが、単なる時代の傍観者ではなく、積極的に政権に携わった持統天皇のような存在がいたということは忘れてはなるまい。 -
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著者の講演を聴き、そして同郷の二年先輩という親近感もあり読んだ本です。聖武天皇・光明皇后のことは少し歴史の教科書をかじったくらいであまり認識はなかったのですが、この本を読んで、二人は同い年で、兄妹のように育ったということを初めてしりました。
そして、藤原不比等、藤原氏、橘氏、大伴氏などなどの権力抗争、仏教と古代国家の関係など、学ぶことが多い本でした。
あとがきにあるのですが、古代史研究における奈良朝から平安朝への移行、孝謙=称徳女帝の父聖武天皇、そして、孝謙、聖武にとって切っても切り離せない光明皇后のこと、著者が長年取り組んできたことの一定のまとめがこの本のようである。
これをきっかけに、この時代の後先についてもう少し関係する本を読んで見たい気になりました(笑)。 -
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ネタバレ20220503 -0518 丁度奈良旅行へ行くので、どっぷり浸ろうと持参。光明皇后については、どちらかというと夫の聖武天皇を支えてというか凌駕するような男勝りの藤原家の皇后、というイメージが強い(漫画や小説などでもそんな感じ)。本書では夫(天皇家)と実家(藤原氏)の狭間に立って調整を図りながら苦悶する女性、という感じ。聖武天皇が意外に(失礼!)独裁的な王権をふるう権力者、という側面があったことを歴史書や遺物等から掘り起こしていて、そこは新鮮な書き方だった。著者は光明皇后に対する思い入れが深いみたいで、やや主観的な書きぶりになっているところがちょっと残念ww。