広瀬友紀のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ『「超常現象」を本気で科学する』(石川幹人)を読んでいた時に【認知科学】の文字が出現。
何だこれはと思って関連書探しヒットした『子どもに学ぶ言葉の認知科学 』(広瀬友紀)。
ホラー&オカルトとは一切関係がないものをチョイスしました。
【認知科学】とは「人間の知覚・記憶・思考などの知的機能を司るしくみに迫る研究分野」で、
心理学、言語学、計算機科学、芸術学などさまざまな視点からのアプローチが含まれるそうです。
「科学」と聞くとフラスコと試験管使って薬品グツグツ…とイメージしてしまうのですが、
調べてみたら「一定の目的・方法の下でさまざまな事象を研究する認識活動、およびそこからの体系的知識」とあり、
薬品だけに限らないんですねアホですいません。(恥ずかしい話、【化学】との違いもわかっておりません)
今回読んだこの本で、
【認知科学】を、というより、【母国語である日本語を子どもや外国の方に教える事の難しさ】をメチャクチャ感じました。
「日本語と英語は文の構造や発音が違う」というお話はよく耳にしますが、ちゃんと知ろうとしたのは今回が初めてです…笑
頭で理解はしました。が。
私からは「聞いて言って繰り返して慣れて」としか言えない…。
そして…
日本語に慣れぬ外国の方に「警察官が中学生をカツアゲしたヤンキーに説教した」的な、日本人でもわかりにくい事は言っちゃアカン事は理解しました。
そして…
「ぶぶ漬けでもあがっていかはりますか」を久々に目にして、
【語用論】もっと知りたくなり、こちらも関連書探しております。 -
Posted by ブクログ
算数の時代から、立派な苦手意識があった。
それがなぜなのか知りたいと思い、本書を手に取る。
本書の途中で、著者の広瀬さん自身も同じような動機でこの研究を始めたとあり、すこしうれしくなる。
さて、著者は心理言語学者。
こどもの言語獲得がご専門。
本書は、ことばと算数の力の共通する部分と、逆にことばのありかたが算数の理解に混乱をきたしてしまうところなどを、実例に即しながら提示していく。
まず、テストに添えられた図像をどう解釈するか。
子どもの中には、文章題の中の人物の立場に自分を置き換えられなかったために誤答してしまうこともあるらしい。
あるいは、どこを「上」と捉えるかが、大人が「当たり前」だと思っているものとは違うことがある。
最初、私もなぜそんな答えが出てくるのかわからないのだが、解説を読んで、そんな理解の仕方があるのか、と膝を打つ。
階層構造の中でどう認知されやすいかと、四則演算のルールが抵触してしまう?
かける数とかけられる数。
3×5なら、3がかけられる数、5がかける数。
ところが、日本語では「3」をかける数と理解できなくもない。
むしろ言語感覚が鋭いこどもの方がドツボにはまることがある。
マイナスの数をひくと、もっとマイナスになる、という考え方。
このことは二重否定の文への理解に似ている部分があるらしい。
「すべてある」(肯定強調)という意味にも、「ないといったらないのだ」(否定強調)の意味にもとれるという、あれだ。
ある年齢まで、肯定強調として理解することが難しいという研究結果があるそうだ。
その難しさと重なるのか、と思うと、ちょっと納得する。
最終章は、こどもが計算のルールを身につけるに至るまでの推論の誤りを分析したもの。
ことばを獲得する上で、過剰一般化など推論の誤りをしながら、それでも時期が来ればきちんとルールを身につけていく。
そう思えば、計算も、ある程度は時期が来ればなんとかなるものなのかもしれないな、とふと思ったりもした。
(ただ、そのまま修正されないで大学生になってしまったようなケースを見聞きするのではあるけれど。) -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者が自分で書いている通り、確かにお母さんの親バカではあるのだけれど不思議とひいてしまう感じはない。著者のご子息Kちゃんの発言が普遍的に申し分なくかわいいのと、中身が十分に学問的で興味深いからかもしれない。
確かに子供って「かにに刺される」「死む」っていうなあと。こういうことだったのか!!と膝を打つ。
タイトルを「ちいさな」ではなく「ちいさい」としたことでダブルミーニングになっているのもおもしろい。(ひねりすぎててあまり中身と合っていないのだが・・・)
コミカルな挿絵もかわいい。
P3 「は」にテンテンつけたらなんていう? 実はここで急に「うーんわかんない」っていう子供が結構いるんです。あるいはなぜかgaってこたえてみたり、haを力みながら出したような音、中には「a」と答える子供もいるらしいとか。【中略】感動の理由は、大人より子供のほうが、言葉で使われる音を客観的に整理できている、と思ったからでしょう。(濁音は無声音の有声化のはずがはーばだけがそうでない。字をマスターする前だから気づく)様々な珍回答は、大人が見逃している、言語音の背後にある一貫したシステムや法則性について私たちにむしろ多くのことを教えてくれるのです。
P34 「死む」「死まない」死の活用形 ナ行の五段活用というのはじつは現代の日本語(少なくとも標準語)では「死ぬ」ただひとつなのです。(関西方言ではもう一つ「去ぬ」がある)マ行動詞であれナ行動詞であれ、飲んだ、読んだ、死んだ、とたまたま形が共通しているので、子供は、普段多く触れているマ行動詞の活用形を死ぬというナ行動詞にも当てはめているのだと推測できます。【中略】実際に聞いたことがない表現も、その性質を類推し、その時点で身に着けた規則を適用することによって、使える表現を自力で何倍にも増やしていることがわかります。その過程で起こる間違った規則の使いかたを「過剰一般化」と言います。(⇔過剰縮小化 例:おでん=チビ太のおでん的なものだけだと思っている)
P43 確かに言えることはやはり、子供のことばの発達は「大人を手本」では説明できないということです。(自分で見出した規則を使ってみたい)
P68 2歳児Yちゃんが「ぬいぐるみのいぬ」と区別して「生きているほんもののいぬ」といういみで「にんげんのいぬ」と言ったというのです。この子にとって「人間」という単語には「生き物」という成分はリスト入りしているけど、他の動物と区別するための成分はまだそのリストに入っていないのですね。それでもその「人間」を「いぬ」と組み合わせることによって、「いぬ」の中で「ここでは生き物としての犬です」という意味をより詳しく制限できる技を身に着けていることがうかがえます。
P81 間接的な表現を子供は何歳ごろから理解できるのか、という問いに関しては、多くの言語で昔からたくさんの調査がなされてきましたが、概ね7歳ごろになると大人と同じような理解ができる子が多くなると言われています。
P85 大人は尺度推移を了解しているために「100円と言ったなら200円はない」「少しと言ったからにはたくさんはない」「何人かというなら全員ではない」ことを読み取るのです。 -
Posted by ブクログ
“ことばを情報伝達の手段として使うだけでなく、ことばそのものの形式・規則やその役割に関する無意識の知識への「気づき」を意識の上にとりあげる力、それを客観的に見つめ、時にはそれをいじって遊ぶことのできる能力。この力を育て、使うことにより、子どもたちのことばの旅はより豊かなものになっていきます。”(p.105)
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これを読んだちょうど翌日に、6歳長男が「せんすいかん」で格闘していた。「せいすんかん、すん、すいせい、すん せん かん」と、頑張っていたが結局言えてなくておかしくて、でもこの人は今まさにことばの旅の途中なんだなとしみじみ思った。
間違いながら自分で気付いて獲得していく、その過程がことばの力を育むのならば、大人がいちいち修正してしまうのはもったいないのかもしれない。
成長とともにどのみちいつのまにか間違わなくなってしまう。だから間違っているうちは、いい旅しろよって見守っておこうと思う。 -
Posted by ブクログ
内容や着眼点はとても面白いと思います。
著者や編集者の子どものエピソードも交えながら、今の私たち(大人)がどのようにして日本語を習得してきたのか、言語をマスターするとはどういうことかを考えている本です。
ある程度は言語学的な説明を加えなければ内容が薄っぺらくなりすぎてしまうのだろう、とは思いますが、そのバランスがやや専門性に偏っているかな? という部分もありました。
軽い読み物のつもりで手に取りましたが、予想外にしっかりした内容でした。
とはいえ、あくまで「例」を取り上げて解説しているものですから一般化されるものでもなければ、何歳くらいでどのような言語能力が身につく、という基準を示すものではありません。あまり肩ひじ張らずに言語学に触れることができる一冊として、特に子育てをしている人には親近感を覚える本かも知れません。