角幡唯介のレビュー一覧

  • 探検家の憂鬱

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    勇壮な探検の模様を綴ったルポかと思ったらわりと気楽に読めるエッセイ。しかも何だか長いものに巻かれたがらず理屈っぽいこじらせ屋な感じがプンプンした。角幡さんって自分みたいだけどちょっと煙たい人物かも。
    それはそれとして、探検家って現代にあっては不思議な職業だよね。いや、そもそも「家」だから職業というにはちょっと危うい感じかしらん。研究や開発として企業とかがチームをつくってやるようになって「発明家」という肩書がそぐわなくなったように、探検家というのもいまや希少種だろう。そんなことを角幡さんも言っていて、だからか衛星電話を持たずに探検にいけるだろうかとか、原始的なかたちでこそ探検なのだといった持論を述べていたりする。
    角幡さんは探検するだけじゃなくて、それを書くことも仕事のうちとしているから、そのことで書くことを前提とした視点ってどうなんだろうといったことも考えている。こういうところが理屈っぽい。ある意味マニッシュで武骨でイメージ上の探検家っぽい。

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    2020年01月26日
  • 探検家の事情

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    著者が7ヶ月間の北極圏の滞在を終えて帰国した際、妻から「くさいね」と指摘されるも、全身から発散している異様な体臭は、1ヶ月経っても抜けないツワモノ。そのニオイを指して「原始人のニオイ」と妻が表現。とはいえ本人にはその自覚がないから困ったもの。

    確かに北極圏では、イヌイットの村人らと同じ食事を摂る。アザラシやセイウチやシロクマの生肉や内臓を焼き、醤油をかけて食べる。海洋動物独特の臭みはあるものの、その臭いにもいつしか慣れ、気がつけば、食べ比べをするほどワシワシと食べている。食えない部位は橇(そり)を牽引する犬たちがガツガツとむしゃぶりつく。また狩を行えば、血や脂が衣服に付着もする。

    著者の北極圏での暮らしぶりはイヌイットと変わらぬ凄絶さで、妻の言う原始人のニオイという例えもさもありなん。生きるために獲物を捕え、屠り、喰らう。腹が空けば、袋に入れてドアノブに掛け自然保存した肉をまた食らう。まさに原始人。そら、異様なニオイだって発しまっせ!である。今や日本のマタギでさえしないであろう原始的狩猟生活を自ら好んで嬉々としてやっている。

    これを読み「香水とハイヒールは不衛生の産物」の話を思い出した。19世紀のパリ。当時は下水道も未整備。服の洗濯も月一できれば良い方。服のカビなんて当たり前。入浴習慣も乏しい。そのため体臭をごまかすための香水を大量にふりかける。ハイヒールは路上の糞尿をかき分けて歩くための必須アイテム。不衛生と不快感から生まれた生活必需品であったんですな。

    本書は、早大探検部時代から直近までの探検余話に、探検家の日常−帰国後の家族との交流−を挟む構成となっている。シロクマらの海洋動物の肉を食べては探検に勤しむ非日常、帰国後は鎌倉で過ごす家族との日常という、この激しい落差。

    北極圏での凄まじい探検生活を知らされただけに、陸に上がり休養に努める遠洋漁業の船乗りのような安息の時間に身を置きつつも、はたして著者の「心の本籍地」はどこにあり、むしろ日常は探検期間中にあるのでは…とついつい忖度しまう一冊でありました。

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    2019年07月21日
  • 新・冒険論(インターナショナル新書)

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    20190120 著者の行動を説明する為の論文。理屈ではなく行動の裏付けが有るので読めるが理解できるかは各自の主義の問題。作者も理解される事は求めていないようにも思える。さて、この後、自分としてどんな行動を起こせるか。暖かくなったら考えよう。

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    2019年01月20日
  • 地図のない場所で眠りたい

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    ネタバレ

    両者の作品が好きなのだが、文体もテーマも大きく異なり、それを本人同士が理解した上で話し合う姿がファンにとってはたまらない。何をしているかではなく、何を書いているかで評価して欲しいという一文に作家としての矜持を垣間見た。

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    2018年10月12日
  • 雪男は向こうからやって来た

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    冒険型ノンフィクションライターである著者の雪男探索記です。

    雪男、と聴くと、オカルトな分野のUMA(未確認生物)
    を思い起こすひとは多と思います。
    巨漢で白い毛で黒い顔で牙が生えて、
    ウワーっと両手を振り上げて
    こっちに襲いかからんとするイメージはないですか。

    ヒマラヤなど多くの山を制覇したなだたる登山家たちが、
    実は雪男を見ていたり遭遇したり、
    足跡を発見していたりしていたことが、
    本書で明らかになります。

    体験談が、その登山家の格を落としたり、
    登山話を聞く者、読む者を興ざめに追いこんだりしないためのように、
    ほんのちょっとだけだとか、そっとだとか語られたことがあるような雪男話が、
    彼ら登山家の、知る人ぞ知るサイドストーリーとしてありました。

    著者は青天の霹靂といった体で、
    雪男捜索隊の隊員になるよう頼まれ、
    雪男に魅入られた、個性豊かな山男たちに随行して、
    ヒマラヤのコーナボン谷を訪れる。
    はたして、雪男の痕跡、そして雪男そのものは見つかるのか。

    解説の三浦しをんさんが述べられているように、
    なにかに人生を賭けるようになることは、
    それが雪男だったにせよ、幸せなことかもしれないです。
    著者自身は、なにかに夢中になることと
    雪男に夢中になることをいっしょくたにせずに、
    「雪男に捉われてしまうなんて……」
    という反応でもって本書を書いていたりする。
    しかし、ぼくも三浦しをんさんといっしょで、
    それでいいんだ、と思うほうです。
    価値観や考え方、もっといえば正義だっていろいろあって、
    そのどれが真理かなんて、なかなか言えないと思うのです。

    最後の日本兵、小野田寛郎さんを見つけた鈴木紀夫さんという冒険家も
    雪男捜索に命を賭けたことが書かれています。
    彼がまた、ヒマラヤ付近の住民たちの持つ
    雪男像を作り上げている疑いがあることも、
    著者が気づいていました。
    そして、本書では、彼が人生を雪男に賭したのはなぜなのか、
    という問いから彼の足取りを追いかけ、
    雪男に魅入られるとはどういうことなのか、を考える上での
    キーパーソンになっています。

    また、ここがグッときましたが、
    鈴木紀夫さんというひとは、その人懐こい笑顔とは裏腹に、
    他人からの無理解・無関心を飲み込むことでの孤独を
    抱えていたのではないかという鋭い仮説がありました。
    著者は、そのあたりを哀れに思うようなニュアンスで綴っていましたが、
    それはまだ若い時期に書いたこともあると思います、
    ぼくには、人間ってそういうものだと思えるふしがあったりする。

    閑話休題。
    序盤から文章がうまくて、重厚さがありますが、
    なかなかに読ませるノンフィクションです。
    「え、雪男?」と笑っちゃうひとでも、
    読んでいくうちに、その真摯で誠実なスタンスに、
    腰を落ち着けて読みこむことになるのではないでしょうか。

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    2017年08月21日
  • 探検家の日々本本

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     チベットの奥地、ツアンポー渓谷で死と隣り合わせの遡行を経験した筆者は、自然とは死であると思い至った。
     しかし、ある本を読んだことで、母親にとっては子を自らに宿すことは、自然それすなわち生ではないかと思い至る。

     男にとっては、自らの命を代償にして自然へと分け入っていかなくては生死を感じることができないという結論を得る。
     そして身重の妻に「だから山に行ってきます」と言って妻を置いて山に行くことに顰蹙を買うのだ。

     探検家の三大北壁とは就職、結婚、出産である。
     その度、真っ当な社会生活を送るか、探検に身を投じるかの選択を迫られる。
     結婚もした。子供もでいた。
     それでもなお探検をし続ける作者が、読書を通じて思考する。
     
     探検家の視点だと、この本にはこういう読み方もあるのか、と思わせる。
     自分の人生を変える本に、筆者は出会った。
     俺も人生を変える衝撃を得られる本に出会えるだろうか。

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    2017年08月06日
  • 探検家の憂鬱

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    探検家、角畑唯介のエッセイ
    記述されている時間軸のなかで、いつの間にか結婚、出産を経験しているようだが、その辺りのエッセイも書いてほしいものだ。

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    2017年07月20日
  • 地図のない場所で眠りたい

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    ネタバレ

    早稲田大学探検部出身の辺境ライター、高野秀行と角幡唯介の対談集。10歳違いの二人は、それぞれ世界の珍しい場所に旅をしたりそこで暮らしたりして、その体験を書くノンフィクション作家である。角幡唯介氏の著作は読んだことがないが、そういう作家がいることは知っていた。
    対談の内容は、探検家になった理由や、探検部での活動、作家としてのキャリア、各作品について、探検の現場や、探検ノンフィクションについてなど。
    対談集はあまり好きなジャンルではないが、高野氏の著作を数冊読んでいたので、楽しく読めた。

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    2017年02月10日
  • 地図のない場所で眠りたい

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    高野さんと後輩の角幡さんの対談。初めて角幡さんの名前を知りました。こちらの著作も読んでみようと思います。同じ探検部出身でもアプローチの仕方や文章の雰囲気、構成の考え方は全然違うとのこと。でもいわゆる会社にフツーに就職するのが、負け組、枠からはみ出して自由に行動するのが王道という価値観は一致というのが笑えました。あと東大の探検部が「探検とは何か」というテーマを突き進めて議論するあまり、「今の地球上に探検はない」の結論に至って解散してしまった、という話が面白かったです。

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    2016年12月10日
  • 地図のない場所で眠りたい

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    ネタバレ

    「探検は土地の物語、冒険は人の物語」

     早稲田探検部OBにしてノンフィクション作家の探検家二人の対談集。

     この時代に、なぜ探検家を目指したのか、
     早稲田大学探検部とは、どういう連中なのか、
     その上で作家として生きていくとは、


     特に探検部とは、というところが面白かった。
     他の大学には負けられない。

     そういう空気が、東京バカ大学サイクリング同好会(神楽坂)にもあったことを思い出す。

     今時、薪を積んで夜通し走る合宿するのは、都内だと俺たちだけだ。
     軟弱者だなぁ。
     京大サイクリングの連中は冬しか北海道を走ったことがないらしい。あちぃな!
     このルートを行くには、担ぎだな。
     重い荷物を積んで走る奴のほうがエラい。

     そんなサークルだった。

     だけど、俺たちがやっていたことは、拓かれた道の上を走っていた冒険だ。

     何かをテーマに道なき道を行く、言葉通りに。そんな探検の分野に足を踏み入れたことはない。


     いい大人になって何やってんだ?
     俺もそこそこ常識人だから、そういうことを思ってしまう。
     しかし、現実に探検家はいる。活動している。

     そんな男たちの話は面白い。

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    2016年11月21日
  • 雪男は向こうからやって来た

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    空白の5マイルに続き2作目。個人的にUMAには大変興味があるが、雪男はいないと思う。
    雪男は実在する を前提にしていないため、説得力はある。

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    2016年11月03日
  • 雪男は向こうからやって来た

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    ちょっと時間も出来たし気楽にUMAモノでも…とか思いつつ「ムー」読むような気分で手に取ったが、いる、いないをジャーナリスト的目線で公平に判断してて、眉唾感が無く面白かった。個人的には毛でも採取してDNA解析したら良いのにと思ったけど。

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    2013年12月16日
  • アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

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    壮絶な冒険記。現代においてもまだまだこの様な壮絶な地は有るのだなと。途中に差し込まれる写真が文面をフォローしている。作者の文明の利器(衛星電話・GPS)に頼りたく無かったが数日すると気にならなくなった・・・という文面や、麝香牛を仕留めるシーンには色々と考えさせられるものがあった。フランクリン隊云々というテーマはこの旅の過酷さを更に象徴づけるものにしか感じなかったが何にせよ北極という地がものすごく過酷な地ということだけはイヤと言うほど判った気がする。
    最後に空白の五マイルから続けて読んでみたので非常に疲れたな。重い、すっごく重かった。ただ冒険という物に憧れている身としては続けて読んだ価値はあった。

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    2013年04月09日
  • アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

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    なんとも壮絶な北極行の記録。「空白の五マイル」とはまた違った、極地という極寒の地での苦闘に圧倒される。

    今回は単独行ではなく「北極冒険家」の友人と二人で、北西航路開拓に挑んだが129人の隊員が全滅するという悲惨な結果に終わったフランクリン隊の足跡をたどる冒険である。この探検隊については、どういう経緯で全員死亡という終末を迎えたのか、よくわかっていないそうだ。著者はフランクリン隊がとったであろうルートをたどり、食料やテントなど装備一式を橇に積み自力でそれを引きながら、六十日かけて極地を徒歩で行く。

    いやもうその旅のとんでもないことには恐れ入る。言うまでもない寒さ、北極熊の脅威、行く手を阻む乱氷帯、凍傷の恐怖、ヘルペスの悪化(これがえげつない!)などなど、読んでいるだけで苦しくなってくる。何でそこまでして、と思いつつ、命をかけた冒険にはやはりとてつもない魅力がある。一気に読み終えた。

    著者も書いているが、こういう冒険では生と死がぎりぎりのところでせめぎ合っていて、そこで得る「生の実感」には半端ではないリアルなものがあるのだろう。また、自分の肉体のみで自然そのものと対峙し、自然の中に入り込んでいるという感覚は他の体験では得られないものなのだろう。そういうものの引力にとらえられた人たちが、冒険を追求していくことになるのだろう。

    それにしても、何でそこまでして…。何によらず「強度」を求めていく生き方は、自分にはよくわからない。遠巻きに見るぶんには、おそろしく魅力的ではある。著者のちょっとマッチョな感じが気にならないでもないが、これまでの本と同じくぐいぐい読ませる面白さがあった。

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    2013年02月15日
  • アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

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    北極探検記
    全滅したフランクリン隊と同じルートを辿ると言う
    装備は現代の最新型としても、徒歩で橇を引っ張りながらの移動
    身を削るような行為だが、だからこそ、挑戦したいらしい

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    2013年01月03日