冨原眞弓のレビュー一覧
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"「この家より美しい家はないわ」
ママはムーミントロールの手を取って、空のように青い部屋へ入っていきました。
こうして、いつまでも、いつまでも、みんなはこの谷に住みつづけました。もっとも、気分を変えるために、何度か遠出はしましたけれどね。"
ムーミンの始まり。そして、この新版のムーミンの終わり。これが9巻目であることに大きな意味があると思った。
ムーミンとムーミンママが、いなくなってしまったムーミンパパを探して旅に出る。あたりはとても重苦しい雰囲気が漂っていて、トーベ自身が書いた序文の通り、戦争の只中に書かれた影響が見られる。
どうしたら良いかわからない混乱を経て、最後にムーミン谷に辿りつく小さな生き物たち。
序文もだけれどお二方の解説もぜひ読んでほしい。
ムーミン。どうしたら良いかわからず進み続けるけれど最後には答えを見つけられる小さい生き物たちの話なのだと改めて思った。 -
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"戦争という非日常が日常に入りこんだ衝撃で、「仲のよい芸術家の家族」という美しいファサードは吹っ飛んで、ガラクタや瓦礫があらわになった。だからヤンソンは、記憶のなかの子ども時代を創造的に再構築した。それがムーミン世界だったのだ。"
面白かった……そして何より今の時代に読めて良かった。
ファインアートを志しながら、挿絵や風刺画の世界で評価を得た画家がなぜムーミンを書いたのか。
何よりも、トーベ・ヤンソンという人はどんな芸術家、彼女の母語で言うのなら「コンストレル」だったのか。
芸術一家に生まれた少女が、両親から薫陶を受けながらもオリジナリティを獲得し表現の世界に飛び込む。しかし時代背景は彼女の創作活動に影響を与え続ける。
記憶の中の子ども時代を再構築する。それがムーミン世界である。このことを示すために著者が集め続けたヤンソンとその周りの人々の記述たち。
"ヤンソン作品は虚実の混ざりぐあいの差こそあれ作者の分身であふれている、といっていい。「ムーミントロール」「ちびのミイ」「トフスラン」「トフト」は確実にヤンソンの一面を具現化する。"
ムーミン谷の仲間たちはトーベ・ヤンソンそのものでもあるし、トーベの周りにいた人々そのものでもある。
ムーミンシリーズとムーミン世界の見方が変わったし、これから読むムーミンも楽しみ。
そして、この本はトーベ・ヤンソン研究の第一人者である著者の遺作となった。どうか後書きまで全て読んでほしい。芸術家と、その芸術家を研究し続けた研究者。これはふたりの歩んだ人生そのもののように思えた。
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人生で最良の本は?と問われたらこれを挙げる。
シモーヌ・ヴェイユを日本人に伝えられる人がいたとしたら冨原先生しかいなかった。日本でのヴェイユ研究は一旦は止まらざるを得ないだろう。
大学院に行って最初に借りた本だった。当時は中古のみ6000円台〜と学生にはなかなか手が出なかった。私は本書をリュックに入れて時間を見つけては読んだ。著者が亡くなったことがきっかけなのかはわからないが、いまは再販されているようで1800円ほどで買えるようだ。
私の人生という川があるなら、その河床をつくるもののひとつはシモーヌ・ヴェイユの存在、思考だ。しかしこれはあくまで冨原先生を通してである。冨原先生がいなければ私がヴェイユに触れることはなかった。シモーヌ・ヴェイユと冨原先生の影が連なるようにして私の人生の背後にある。
シモーヌの存在はいつかきっとよみがえる。
冨原真弓さんと共に。 -
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2025.7.26
ヴェイユの強さ、与えられる優しさ
離さない光
美とは何か
これを理解するにはまだ及ばない
エネルギーの実体変化は自分の判断基準に取り入れようと思うぐらい感動した
ヴェイユにとっての美は何か。美によって神との接触が可能?我々が実在と接触できる数少ない媒介が「美」なのか。では美はなぜその位置を与えられたのか。神の「罠」。
ギリシア彫刻はヴェイユからすれば美。ではなぜギリシア彫刻を見るだけでは足りないのか?集団から個別へ、そして普遍へ。ギリシア彫刻は既に普遍的美としての位置付けがなされているという認識?だとしたらヴェイユは美の体験においては個別から普遍への段階を踏むことを求めていたのではないだろうか。だからこそヴェイユにとって美は手放さないものなのではないだろうか。 -
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本棚に置きたい一冊
トーベ・ヤンソンさんの世界が大好きです。
以前何かで、ムーミン全集をお勧めされており、拝読。
ムーミンといえば、高校生のころ。
今からもう22年も前のことになるのか。
アニメにはまり、そしたら大好きな友人もはまって、今思えばそれも嬉しかったなぁ。
あの頃はまだ、市内に出てもムーミンのグッズは少なかったけど、今はムーミングッズがこんなに増えました。
かわいいだけではない、トーベ・ヤンソンさん描く物語。
序文では、ちょうど戦争があっていた時に、
風刺画を描く時に署名がわりに使っていた、
怒った顔の生きものを主人公にしてムーミントロールという名をつけたとのこと。
かわいい登場人物たち
ムーミントロール
ムーミントロールのママ
スニフ
チューリッパー 青い髪の毛をした子。チューリッパーの絵が可愛くてとても好きだった。
ニョロニョロ
赤い髪の少年
コウノトリ
ママは凄いです。
パパを探す旅の間で、素敵な世界に辿り着いたのです。何から何で美味しい食べ物でできた世界。
そのあとは怒ってばかりのアリジゴクに出会ったり、
そしたらなんとニョロニョロ。
ママがパパのことを尋ねてもニョロニョロには伝わらず、
ニョロニョロと船と一緒に海の大嵐にさらわれます。
そして流れ着いた浜辺には赤髪の少年が。
海のプディングって一体どうなもの?
素敵な髪色同士の2人が一緒になったり。
そのあとは洪水に遭います。
そこで、猫の親子、ヘルムと出会います。
コウノトリの大切な眼鏡を見つけたムーミン。
コウノトリから大きな恩返しを貰います。
コウノトリに乗って、パパが見つかったり。
そして名前ぴったりなコウノトリは、それからも洪水で避難にあった生き物たちを助ける様子。
そして最後に、あのムーミンの家、洪水で流されたと思った家が小さな谷に流されてあったこと。
翻訳の冨原眞弓さんが
「ムーミンシリーズでは、すべてのキャラクターが、成長する生きものとして描かれています。おとなだからといって完全ではありませんし、子どもだからといって軽んじられることもありません。おとなも子どもも、たがいにかかわりあいながら、たがいのありかたを少しづつ変えていくのです。年齢にかかわりなく、ムーミンシリーズがわたしたちの心にまっすぐに語りかけてくる理由は、この辺りにあるのではないでしょうか」 -
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下巻は第3部「根づき」の方法についての記述となります。上巻が「根こぎ」の悲惨な状態についての記述であったのに対して、下巻はいかにして人間が(特にフランス人を念頭においていますが)ふたたび根を張ることができるか、そして魂の糧を得ることができるか、についてのヴェイユの提案・主張が書かれていることになります。
主張は正直難解に感じましたし、一言で説明せよと言われると非常に難しいのですが、ポイントとしては人間の生命維持に直結する労働に焦点をあてていることでしょう。またヴェイユの主張で面白いと感じたのは、思考は万物を動かしている必然性すらも支配できる、というコメントです。つまり世の中で起こっていることは思考(感覚含む)が現前化した事象であり、私のつたない理解ですが、何事も考え方次第であって、全ての事象が愛に満ちたものだと考えることで、仏教的に言えば彼岸の智慧と此岸の知恵が融合されるような感覚を述べているのかと思いました(一言で言おうとするとどうしても稚拙な表現になってしまいますが・・・)。
本書を読んでハンナ・アーレントの「人間の条件」を思いだしました。アーレントは、望ましい人間像として、思考停止に陥る労働中心ではなく、政治や言論活動などの「活動」領域をもっと拡大すべきだと考えているのに対して、ヴェイユは、労働に思考を宿すことで霊的な根付きを生み出すべきだと主張します。私は個人的に両方正しい気はしましたが、もしかすると「根こぎ」にあっている人間に対する処方箋としてはヴェイユの方がより正しいのかもしれません(※根付きの状態になったらアーレントの処方箋のように活動領域を増やす)。本書は主に、ドイツに祖国を占領されたフランス人の立場から「根こぎ」の対策を論じているわけですが、「社会的、地理的、霊的な根こぎ」は現代社会においてもあちこちで起こっている問題だと思いますので、ヴェイユの主張は傾聴に値すると感じました。 -
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フランスの哲学者で、第二次世界大戦時に亡命先の英国で34歳という若さでなくなったヴェイユの代表作の一つです。上巻では人間の魂に必要なものは何かをリストアップし、そのなかでも特に著者が重要と考えている「根を持つこと」についての論が始まります。植物にとって根が養分を吸収する重要な役割を果たしているように、人間もなんらかの根を持たなければ魂が死んでしまう。そして根から無理やり引き剥がされた状態、つまり「根こぎ」の恐ろしい影響について上巻では詳しく論じていますが、その中心的話題は祖国の喪失です。フランスはナチスドイツに占領されフランス人は「根こぎ」の状態になりますが、ヴェイユはいかにしてフランス人の魂を回復させるべきかについて最後に述べています。ヴェイユの主張は、国の過去の栄光を愛国心の基盤にしてはならず、むしろ祖国に対する憐れみの心こそが祖国愛の基盤になるべきだということでした。全編通じてなのですが、ヴェイユの主張は人間の心の機微を深く理解できないと、かなり難解かもしれないと感じます。ただ本書のテーマは遠い過去の遠い国の話ではなく、たとえば2011年東日本大震災時の原発事故で、故郷から無理やり引き剥がされて「根こぎ」になってしまった人々をも連想させました。「根こぎ」という病は戦争中の国だけでなく、現代日本にも存在しているという認識のもと、彼女の分析や処方箋は非常に重要な示唆を提供してくれるのではないかと感じました。
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ネタバレ『ボーダー 二つの世界』というスウェーデン映画を見て、
「トロールの話って他にどんなものがあるんだろう?」と気になり、
検索した結果出てきたのが『小さなトロールと大きな洪水』(トーベ・ヤンソン)。
今更思い出したけど…トロールって、『ハリーポッター』『ロード・オブ・ザ・リング』のイメージ強くて、
まさかムーミン出てくるとは思わなかった!!!!!
「トロール」とは一体何者なのか、本作を読み終えてから調べるか……と思っていたら書いてあったので抜粋。
【「トロール」というのは、北欧の神話や民話に出てくる妖精や小鬼のことで、北欧の人ならだれでも知っています。】
小鬼と妖精が一緒にされている事にもおどろきね。
そしてそこにさらに書いてあったのは、
【ムーミントロールというのは、ひとりのキャラクターにつけられた固有名詞ではなく、グループにつけられた種族名なのです。】
…とのこと。
普段私が「ムーミンかわいい」と言っているのは、
どうやら「ワンちゃんかわいい」と言っているようなものだったらしい。
主人公の名前やと思ってた…。
ムーミン以外にもいろいろ名前ある子が出てくると思ってた……
そして何気なく取ったこの一冊こそが【ムーミンシリーズ第1作目】との事。(第二次世界大戦の終了直後に、かぎられた部数で出版されたきり、長らく絶版になっていたそうです)
4重にビックリしました。
……と今まで幾度となく見てきたキャラクターをちゃんと知る良い機会になったなぁ。
ピカチュウがネズミだという事は間違いなく断言できるけど…
ウルトラマン……あなたは一体何者なのだ……。
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マア1割くらいしか理解できてないかもしれないけど…
・卑俗な動機は簡単にエネルギーになる
・自分の中の獣を馴致すること(不可能なものに達するには可能なことを積み重ね遣り遂げる必要がある)
・常に思考をやめない。思考の居場所のないところには正義も思慮もないから。(見えないものはない、というかんがえをやめる)
結構自分自身、己がつよいみたいなところがあって、いろんな自分の周りのことに執着したり、日々のことに意味あんの?とかおもったりしてサボったり、ということがあるけど、そういうのって傲慢〜〜〜ってことなのかもしれない。どうしても、私は世界のほんの一部(ぜんぶ)にすぎず、ダルマ/必然に隷従して生きるべきなのかもしれん…(行為の結実いかんに関わらず)
「こんな問題を、こんなふうにして、こんなところまで徹底的に突き詰めて考える人がいるのだ」 -
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根をもつこと、というこの題名から何を想像するだろう。ヴェイユという独特な哲学者についてあらかじめ知っていなければ手に取ることもないのではないだろうか。ここにいう「根」とは、周囲の集団や環境から喜びや生きがいを汲みとる人のあり方といったものといえようか。根をもつことをヴェイユはこう定義する、「根をもつこと、それはおそらく人間の魂のもっとも重要な欲求であると同時に、もっとも無視されている欲求である。また、最も定義のむずかしい欲求のひとつでもある。人間は、過去のある種の富や未来へのある種の予感を生き生きといだいて存続する集団に、自然なかたちで参与することで、根をもつ。」(上巻p64)。
人は根をもつ必要がある。ヴェイユのこの洞察を基礎に、戦前戦中のフランスの労働者、農民そして、国民としての根が失われている状況、いわば根こぎについて述べる。それらが、ナチスドイツによるフランスの占領を招いたことと織り交ぜて語られる。そして、下巻ではこのような状況を作り出したフランスの歴史を検討しつつ、将来のフランスにおける根の回復、根づきについて語られる。
この本をどう読んだらいいか。哲学者ヴェイユの警句としてよむか、社会変革のプログラムと読むべきか。ヴェイユが、条件を付きながらも希望をかけていたド・ゴール政権が戦後このような形にならなかったことを私たちは知っている。
ヴェイユ自身がいうように、「歴史上純粋な事柄はごくわずかだ。そのわずかなものの大半も、くだんの(自身のために拷問にかけられた奴隷の責め苦を見るに忍びず、自ら出頭した)主人や十三世紀初頭のベジエの住民のごとく、その名が消えてしまった人びとにかかわる。」(下巻p75 ()は書評者)。そういうものの一つとして、この本もあるのだと思う。 -
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上巻は、ヴェイユが私的憲法草案を著すに際した基本理念(服従、名誉、秩序、言論の自由など)から始まり、労働者、農民、国民の、中世から続き第二次世界大戦敗戦に至るまでの「根こぎ」の過程と、根を取り戻すための実際的な要領を提案している。
下巻は丸一冊分「根づき」について。
敗戦という絶好のチャンスに、いかにしてフランス人に真理を重んじる霊感(これは魂とかそういう意味)を復活させるか。
真理と科学・労働が現状いかに乖離しているか、その滑稽さなどをかなり辛辣に綴っている。
”いまこの瞬間つぎの二つの運命からの二者択一を迫ってみよう~”の下りは、ヴェイユの真理に対する崇敬の度合いと厳しさが一番よく出ているくだり。
正直上巻の「根こぎ」は分析ばかりで退屈だったんだけど。
ヴェイユの強さは半端じゃないな。
目覚めさせられる部分もあり補強してくれる部分もあり、自分の人生に力強い味方を得たような気分。
「考える」にあたって、善と正しさに興味を失ったら人間として終わりだと思っている。 -
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ムーミン物語を読むのは、実はこれが初めて。
本作は、ムーミン物語の第一作。
戦時中の1939年に、子供達のために
トーべが風刺画を描く際に、サイン代わりに
使っていた怒った顔の生き物をムーミントロールと名付けて主人公に構想、1945年に物語化。
当時トーベのフィンランドは、ドイツ軍の侵入
ソ連の空爆を受ける。
物語、最初はパパが不在で、ムーミンが、
ママと二人で、暖かくて住みやすい場所を探して、暗い森の中を旅する。
家族がばらばら、絵の挿絵もどことなく暗く、
戦争の影響を受けていると読むと、
最後にムーミンパパと再会できた時は、
心から安堵の気持ちがした。