リチャード・パワーズのレビュー一覧

  • オルフェオ

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    相変わらずぺダンティックで、濁流のように押し寄せる暗喩。イライラする。
    しかし終盤で必ず気持ちよさが用意されていると、3人の農夫が舞踏会に行く的な本で学んだので、以前よりは期待感を持ってストレスなく読み進める。あと主人公が冴えないおっさんなので、語り口もどこかウディアレンぽい滑稽さとして受容できる、この点もストレスの軽減に貢献する。
    最後はやはりよかった。いわれている意味は大して理解できないけど、映像的に美しい。

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    2026年04月10日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 下

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    複数の視点が一つの写真に収束する感じ、アメリカとヨーロッパの現代史ををそこに束ねてゆく感じ、疾走感があって好き。
    ただし皮肉めいた軽口の頻出は上巻とかわらず鬱陶しい。
    私は知的だ!知的だ!ところで君は?といわれてるみたいでクソムカつく。

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    2026年03月18日
  • プレイグラウンド

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    ネタバレ

    しばらく「視点は誰?」「ん?誰に語っているの?」など少々混乱したが、最後のほうまで行くと、そうかそう来たかーと。
    面白かった。

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    2026年02月14日
  • プレイグラウンド

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    初読時はラストに違和感ありつつ仕掛けに気づかず。訳者解説読んでもう一回読んで納得。その部分抜いてもパワーズ節というか、ただ読み進めるだけでも楽しい。

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    2025年12月27日
  • プレイグラウンド

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    ネタバレ

    伊与原新さんの推薦文を読んで購入。
    少年時に海に魅せられた主人公(と表現して良いのか分からないが)の、学生時代の友人との交流と別れ、そしてIT業界での成功とレビー小体型認知症。
    終盤で、本書の仕掛けが明らかになる。最後まで読んで、訳者解説を読んだ上で再読すると、より分かるのだろうなあ。…ただ、本の厚さと、訳書であるがゆえの文の取っ付きにくさや人名の分かりにくさがあり、再読する気力が沸かないというのが正直なところ。
    原書では英語だけでなく様々な言語が織り交ぜられているのだろうか、そのあたりも翻訳に反映されているようだったので、翻訳もすごく大変だったのだろうなと思ったけれど、読むのはちょっと大変だった。
    訳者解説は、一読だけでは物語の全体像を掴めない読者も多いだろうと想定して書かれているような気がする。ネタバレは基本ないので、最初に、あるいは物語の途中で迷子になった時点で解説を読んでも良いのかもしれない。
    -----
    主人公が人生の集大成的なものとして世に出そうとしていたのは、シンギュラリティを起こしたAIということなのだろう。そんなAIであっても、(生命と同じように、)遊ぶということが主題のひとつ?その遊びの一環として、主人公にとっての極めて私的な物語を書いた。
    ただ、個人のSNSなどの投稿を学習させた上で書かせているから、一定程度の真実がある物語なのだろう。どこまでが本当で、どこまでがAIの創作なのかを見極めるのは難しい。真実かどうかは重要ではないとも言えるのかも。
    物語に登場して活動する一部の登場人物は既に亡くなっている。亡くなった人を復活させることが物語の目的だとすれば、死者が登場することは矛盾や欠陥ではない。

    舞台となる島の、住民投票をめぐるやり取りや、住民同士の関係性が、冗長というか、これ必要だった?と思ってしまった。

    実際のところ、SNSやその他のネット上の活動を取り込まれたとして、それで個人の振る舞いや内面がどれだけ再現できるだろう。それだけで、デジタルツインと言えるくらいの「私」が生まれるだろうか。今はまだそこまではネット上に個人の履歴を開け渡してない気がするが、認識が甘いのだろうか。

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    2025年12月22日
  • プレイグラウンド

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    生物が包容する圧倒的なディテールや、科学の目だけが辿り着ける真理の美しさにぞくぞくするので、それらを詩的に描いて物語のうねりの中に綾織るパワーズの小説には、彼にしか書けないエモーションを感じます。今回も大きくて繊細なものを受け取った気持ち。

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    2025年11月25日
  • オーバーストーリー

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    ネタバレ

    【木々の描く物語を想像してみる】
    世代を超えて存在する木と森林と生態系と、そこに異なる形で関わることになった人が想像する物語の話。

    人は木材を生産する時、木を守ろうとするとき、木を学問する時、自然に対する自らの視点を示すのかもしれない。

    木にまつわる神話や言い伝え、木材の伐採、森林占拠運動、科学、生物多様性…

    ‥

    環境保護が欺瞞になる社会。

    この世界で、人間が特別なのは、私たちが人間だから当たり前だと思う。
    自分の家族が自分にとって避けられず特別な人間であること、
    自分の国が自分にとって特別であること、
    自分が自分にとって特別な人間であること。

    それは避けられない。

    けど、
    それで他者に対して、他国に対して、他の生命に対して、
    傲慢になることは違うと。

    あらためて。

    無知の知は、知らないことを知るだけじゃなくて、知りえないことがあると知ることでもあるのかなーとか。

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    2024年03月30日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 下

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    下巻に入り、読み方をつかんできたこともあってだいぶ物語を楽しめるスキーマが頭の中にできる。
    展開的にも、結末へ向けてぐっと動いていくところなのでどの章にも躍動感が出てくる。
    ただ、それでもやっぱりものすごい読み応え。この物語は、この写真を偶然デトロイトで見かけた「私」、写真の中に写る農夫たち、理系の雑誌編集者であるメイズの視点でそれぞれ語られつつ、彼らの物語が一つの場所で交差し、そしてそのときに解説で論じられるところの「20世紀全体」の輪郭がくっきりと浮かび上がるという形式になっている。
    とりわけ「私」が語る認識論にも似た写真論は、少なくとも私には再読必至。一度読んだだけではその半分も理解できていないと思う。

    とにかく圧倒的な思索。思索の中に光る、エスプリのきいたアイロニー。
    読み終わって、ああやれやれ、と思うと同時に、いい文章を読んだなあという満足感。
    これ、原文で読んだら半年くらいかかるんだろうなあと思うと、こんな素敵な翻訳に仕立てた柴田先生に感謝。

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    2023年08月03日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 上

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    ボストンへ移動する途中、乗り換えのために下車したデトロイトで出会った一枚の写真。そこに写った3人の若者を見たところから始まる壮大な思索。

    なんと言えばいいのだろうか。物語(そもそも物語なのか、これは)に登場する人物を、圧倒的な量の歴史的事実の中に編み込んでいくことで、何が虚で何が実なのかがわからなくなる。
    読むのにかなり苦労はする。箴言のオマージュなども多用されているが、もとを知らないのでなんのことかピンとこなかったり、理解できない部分も多々ある。
    それでも随所に見られる皮肉的な記述が面白く、彼の膨大な知識に溺れながらも読み進めることができる。

    上巻が終わって、ようやく読み方がつかめてきたかなという感じ。下巻にも期待。

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    2023年07月24日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 上

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    現代アメリカ文学の作家、リチャード・パワーズのデビュー作。

    最も信頼できる翻訳家、柴田先生が翻訳を担当され、そして私が近年に最も愛好するSF・ミステリー作家の小川哲が解説を書いているという点で手に取ったのだが、極めて奇妙で構築された現代小説であった。

    この本は表紙にある3人の農夫を写した1枚の写真から始まる。時代は1914年、場所はプロイセン。そう、第一次世界大戦の前夜とも言える時代である。

    ”20世紀の始まりは1914年である”というのは、近現代の歴史研究における一つのテーゼとされている。このたった1枚の写真から、著者の途方もない文学的想像力によって幕を開け放たられた20世紀の物語が描かれていくのが本作である。あまりにもスリリングなストーリーテリングと同時に、歴史という流れの中において極めて微小に思えるたった3人の農夫というミクロな存在から、マクロな歴史の流れを逆照射するとも言える文学的冒険が楽しめる。

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    2023年02月18日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 下

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    現代アメリカ文学の作家、リチャード・パワーズのデビュー作。

    最も信頼できる翻訳家、柴田先生が翻訳を担当され、そして私が近年に最も愛好するSF・ミステリー作家の小川哲が解説を書いているという点で手に取ったのだが、極めて奇妙で構築された現代小説であった。

    この本は表紙にある3人の農夫を写した1枚の写真から始まる。時代は1914年、場所はプロイセン。そう、第一次世界大戦の前夜とも言える時代である。

    ”20世紀の始まりは1914年である”というのは、近現代の歴史研究における一つのテーゼとされている。このたった1枚の写真から、著者の途方もない文学的想像力によって幕を開け放たられた20世紀の物語が描かれていくのが本作である。あまりにもスリリングなストーリーテリングと同時に、歴史という流れの中において極めて微小に思えるたった3人の農夫というミクロな存在から、マクロな歴史の流れを逆照射するとも言える文学的冒険が楽しめる。

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    2023年02月18日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 下

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    題名と表紙に釣られてジャケ買い。
    1914年に撮影された一枚の写真を元に、往時と現在(しかも現在の登場人物は二人)を話が錯綜する。
    話の終着点が見えず、手探りで読み進める感覚は久しぶりであった。
    作者のある種衒学的なところが多分に含まれているが、語られる、人から人へ伝えられる「物語」とはどのようにして成り立つのかを考えさせられる作品。

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    2022年04月13日
  • オーバーストーリー

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    樹木と何らかの関わりを持ち、樹木をそれぞれのやり方で大事に思うようになる人々個別の物語が最初にある。短編集のようになっている。
    中盤以降は、彼らの物語が一つに絡み合い大きな流れとなっていく。

    木自体ですでに多くの生態系を抱える環境になっており、地球規模の視点で環境を見ても木は重要な役割を果たしている。極端に言ってしまえば人間は邪魔者でしかないが、さすがにそこまで言わずとも、そのことを認識しながらもっと謙虚な生き方を人間はすべきだろうと考える。
    木になったつもりで、木の視点で世界を見てみる。千年生きる木の時間からすれば、その周りを動き回る人間など、人間の周りで目にも留まらぬ速さで動き回る小虫のようなものだろう。

    長すぎるのと、時々出てくる詩的な表現によって文意を解釈しにくくなってしまうのがやや欠点。

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    2021年02月22日
  • オーバーストーリー

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    読みごたえあった。7月から約半年かかって読んだ。総じて言えば木と人間の話。壮大。壮大すぎて理解不能な文章が並ぶ。聖書のよう。よくもまぁこんなに脈略があるのかないのかわからない文章をツラツラ書けるな。しかし脈略がないようであるのが木で、あるようでないのが人間、なのかもしれない。

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    2020年12月30日
  • オーバーストーリー

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    圧倒された。また時を経て読み返したい。読んだ後の世界が違って見えると訳者の後書きにも出ていたが、本当にそんな感じ。情報量も揺さぶられる感情の量も多い。じっくり噛み締めて咀嚼したい。

    ‪I felt a difference of 2 cultures. Due to Shintoism, Japanese find a divinity in nature. We have certain respect for old big trees. ‬Although with this religion originated in Japan, we cut many trees, destroyed many forests. But I was surprised and embarrassed to know that Americans cut old trees without any respect. As usually said, for Western culture, human beings dominate the nature. For Japanese living in this land where a lot of natural disasters happen, nature allows us to live.
    Anyway, we all should face to the actual situation now.
    Karmic backlash.
    We have to pay a price very soon...

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    2020年02月08日
  • オーバーストーリー

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    まず、ジャケットが出色。巨木の根元に陽が指している写真の上にゴールドで大きく書かれた原語のタイトルがまるで洋書のよう。角度を変えるとタイトル文字だけが浮かび上がる。最近目にした本の中では最高の出来である。表紙、背、裏表紙を広げるとカリフォルニアの朝の森にいるような気がしてくる。そうなると、バーコードの白抜き部分が邪魔だ。折り返し部分に印字するとか、帯に印刷するとか。他に方法はないものだろうか。

    前置きはこれくらいにして中身に入ろう。カバーの写真が直截に示す通り、木の話である。写真にある木はおそらくレッドウッド(セコイア)。樹齢二千年を超えるものもある、ウディ・ガスリーの『わが祖国 This Land Is Your Land』の歌詞にも登場する、アメリカの森を代表する巨木である。

    この本を読んで初めて知ったのだが、レッドウッドの原生林が材木用に伐採され続け、激減しているそうだ。当然それに対する反対運動が起きる。その中の過激なものに<Tree sitting(樹上占拠)>と呼ばれる抗議行動がある。森を守るために訴訟を起こしても、企業側は裁判で負ける前に伐採を終わらせようと急ぐ。そこで樹上にプラットフォームを築き、何日もそこに座り込むのだ。切り倒せば人が死ぬので、企業側も手を出せない。

    本作は「根」「幹」「樹冠」「種子」の四部からなる。『オーバーストーリー』というタイトルからは「超物語」や「物語を超える物語」などの意味を想像しがちだが、<second story>といえば「二階」のこと。<story>には「階(層)」の意味がある。<overstory>は「林冠(層)」(森の上部の、樹冠が連続している部分)を意味している。ダブル・ミーニングだろう。本作自体、いくつも集まった<story>が、層をなして複雑に絡み合い、ひとつの<The Overstory>を創り上げている。

    小説のハイライトにあたるのは「樹上占拠」を描いた「樹冠」の章だろう。地上六十メートルの樹上に立てこもる二人の男女、そこに食料その他を届ける仲間、迫りくるチェーン・ソーの音、風で揺れるデッキ、命綱をつけての樹上探検、避けて通れない排泄、雨水をためてのシャワー、高い枝の上に生えるハックルベリー、木の洞にできた水溜まりに棲むサンショウウオ、とそこには信じられないほど豊かな生活がある。無論、愛も育つ。なにしろ若い男女が二人きりで何日も共に過ごすのだ。

    話は二人の何世代も前、南北戦争の前から始まっている。ノルウェー系の新参者は石を投げて栗の実を落とすのを見て笑う。そこ、ブルックリンで栗は無料で手に入るアメリカのご馳走だ。栗は新しくできた州であるアイオワまで男のポケットの中に入って運ばれ、そこで芽を出す。一本、二本と枯れて行き、残る一本が土地のランドマークになるほど大きく育つ。その一家の男は代々、栗の木を月に一度写真に撮り続けた。その子孫はアーティストになった。これがニコラス・ホーエルの「根」だ。

    七人の男女と一組の夫婦が<overstory>の「根」となる。中国系のミミ・マーは父と同じ技師。家は代々イスラム教を信仰する回族。貿易商を営んできたが共産党の時代にすべてが奪われる。三つの魔法の指環と阿羅漢(アラハット)を描いた巻物を身に帯びて、ミミの父はアメリカに渡る。携帯電話の発明者である父が死に、指環は三姉妹で形見分けし、ミミは未来を教える扶桑の指環を手にする。自社ビルの前に生える松が一夜にして切り倒されたことに怒り、彼女は抗議行動に飛び込む。

    ダグラス・パヴリチェクはヴェトナム戦争時代、パラシュート降下中、落下地点を誤るが、ベンガルボダイジュの上に落ちて命を拾う。仕事を転々とし、皆伐した跡地にダグラスモミを植樹する仕事を見つけ、達成感を持つが、それが、逆に会社に新たな伐採を可能にするトリックだと知り傷つく。公園内の木が聴聞会を前にした深夜、市の手配した業者の手で切られようとするのを見て、体を張って阻止し、警察につかまってしまう。ミミとの出会いが彼を伐採の抗議集会に向かわせる。

    『アベンジャーズ』というシリーズ物の映画がある。それぞれがコミックの主人公だったヒーローが寄り集まって悪と戦うという設定だ。本書も似た設定だ。「根」にあたる部分が、それぞれのヒーローの個別の活躍を描く部分で、そこだけで充分面白い短篇集になっている。そこだけ読んで本を閉じてもいいくらいに。しかし、異なる分野で優れた能力を持つヒーローたちが力を合わせて難局に挑むというストーリー展開は鉄板で、面白さからいえばそこは外せない。

    ただ、個人的な感想からいえば「根」の個々のエピソードを語る淡々としたストーリーが好きだ。活動家たちに根拠を与える理論の構築者がいる。それに影響を受けてコンピュータ・ゲームで解決策を練る企業家がいる。ついにできなかった我が子の替わりに木を植え、庭が自然に帰るのを見守る夫婦がいる。感電死から奇跡的に蘇り、木の声を聞くことができるようになった大学生がいる。出色の個のストーリーがあって、その上に『オーバーストーリー』があるのだ。

    木が人間と同じように、或いはそれ以上に、感情や意志を持っているというパトリシア・ウェスターフォードの理論は、一見するとトンデモ理論のように見えるが、噛んで含めるように説明されると誰にでも呑み込めるように書かれている。それ以上に、美しく手放すことのできなくなる理論であって、これを読んでしまうと、最早今までの人間至上主義ともいえる世界には戻れない気さえする。木のために人間ができることなど、たかが知れている。われわれ人間はさっさと滅びるのがもっとも意味がある行動なのかもしれない。

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    2019年11月29日
  • オーバーストーリー

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    なんらかの社会的な問題を小説で扱おうとすると、えてして、説明的になったり啓蒙になったり説教臭くなったりして、物語やうねりやスピードをそがれることが多い気がするが、これは始めの、木を巡る8人のストーリーからして面白く、ぐいぐい来る。
    環境問題、森林伐採、エコロジーの運動などを取り込んで、こんな小説が出来るとは!

    パトリシアについては、あ、これペーター・ヴォールレーベン『樹木たちの知られざる生活』じゃ…?と思って読んでいたら、やっぱりそうだよね、訳者後書きにて言及されていた。

    分厚いけど、どんどん読めた。面白かった。
    ジョン・ミューアやソローも読みたくなる。

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    2019年11月25日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 上

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    上巻の途中でこの物語についていけるか不安になって、高橋源一郎らが作品について話しているものを読んで、よし大丈夫、となんとか読み通す。
    下巻に入って、ラストに向かうにつれてよく言う伏線が見事に回収されていく様に声を上げてしまった。すごいな。

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    2019年01月21日
  • オルフェオ

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    主に20世紀の音楽の変容を感じることができます。この小説の翻訳を引き受けた新潮社の勇気には感謝しますが、これは売れないでしょう。読む人に相当な努力を要求する小説です。リチャード・パワーズですもんね、毎度ですよね。すごく読み応えのある本でした。YouTubeのおかげで登場する知らない音楽の多くを知ることができる、そんな時代だからこそ生まれた本なのかもしれません。

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    2015年12月29日
  • オルフェオ

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    愛犬フィデリオの異変にあわてたピーター・エルズは緊急サービスに電話した。それが事をややこしくしてしまった。やってきた二人組の刑事は、大量の本やCDで埋まった書棚、犬の死体、素人には不似合いな化学実験器具から何かを察知したのか、翌日別の二人組が現れ、実験器具やありふれた細菌である培養中のセラチナなどが没収される。帰宅途中、自宅に立ち入り禁止のテープが巻かれているのを車から見たエルズはとっさにその場を離れた。どうやらエルズにバイオ・テロの疑いがかけられたらしい。

    引退した音楽教師であるエルズは、もともと化学専攻だった。不眠症対策も兼ねてネットで購入した実験器具や試薬を使いDNAの塩基配列を操作する、どこにでもいる日曜遺伝子工学者にすぎない。だが、時代が悪かった。9.11以後、炭疽菌が政府機関に送りつけられる事件があり、米政府はテロに神経を尖らせていた。このままでは無実を言い募ってもテロリストにされかねない。エルズは逃げることに決めた。幸い知人の山荘が空いていた。借りたスマホのナビを頼りに逃避行が始まる。

    こう書くと、いかにもバイオ・テロを主題にしたサスペンス小説のようだが、その実態は全くちがう。エルズは小さい頃から音楽の天分に恵まれていた。継父が音楽専攻を認めなかったため、化学を専攻したが、クラリネット奏者として学内の楽団で演奏し、現代音楽を作曲する才能ある音楽家だった。逃亡中のエルズが、自分の置かれた状況を刻々と知るサスペンスを文字通り「宙吊り」にし、現在時と過去の回想が錯綜する。時間軸に沿って描かれるエルズの半生とは、友だちや恋人との出会いと別れなのだが、そのすべてに音楽が纏わりついている。

    いわば、これはサスペンス小説の形を借りた、一人の挫折した音楽家の人格形成小説(ビルドゥングス・ロマン)である。聴衆より演奏家の方が人数が多いと揶揄される現代音楽は、その実験性、前衛性が災いして、大衆向きではない。それに携わる者は、当然のことながら有名な作曲家でもなければ飯が食えない。エルズは純粋に音楽を追求したいだけなのだが、結婚し、子どももできるとさすがに愛する妻でさえ、定職をもたない夫の作曲活動に理解を示そうとしなくなる。お定まりの離婚、失意による定めのない生活、という転落の人生。

    起死回生をねらった友人リチャードの演出によるオペラの作曲だったが、宗教家による革命を描いたそれは、現実にそっくりの事件が起きたことにより、賛否の渦が巻き起こる。公演続行を主張する友人とそれを認めないエルズ。対立は避けられず、無二の親友とは絶交してしまう。その後昔の仲間の紹介で音楽教師の職につき、ようやく幸せな生活を得る。娘から贈られたレトリーバーのフィデリオとの暮らしを楽しんでいたエルズだったのだが…。

    レコードが紙ジャケだった頃、裏面や同封の冊子にライナー・ノーツなるものがあり、それを読みながら、楽曲の主題や動機についての解説をたよりに、なるほど、と肯きながら聴いたものだ。自身が楽器に堪能であるらしい作家が持てる知識や薀蓄を総動員して、マーラー、メシアン、ケージなどの音楽を分析、解説を試みる部分はまさにそれ。通常のペダンティックという域を超えてしまっている。どちらかといえば、音楽を言語化するのが目的で、それを可能にするために、この設定を借りたのではないかとさえ思えるほど。音楽にさほど詳しくない評者でも、メシアンの『時の終わりのための四重奏曲』は改めて聴いてみたくらいだ。

    小説そのものの裏で現代音楽の歴史をたどる構成になっている仕掛けだが、特にジョン・ケージのハプニングについての場面は現場にエルズと恋人のマディー、それに盟友リチャードを配し、実況風に描写していて、アメリカ現代音楽の実態を知る上でも興味深い。さらに、もうひとつの仕掛けとしては、ヴェトナム戦争やウッドストック・コンサートから9.11に至るアメリカ史が、エルズの回想の背景に収まっていることだ。当時のポピュラー・ミュージックもバック・グラウンドに流されていて、ああ、あの頃のことなんだ、と野暮な説明抜きで伝わってくる。

    最後に、全篇にわたって場面が切り替わるところに、枠で囲まれた短いエピグラフ風の断章が挿入されている。初めはそれが何のことだか、さっぱりわからないまま読み進めるのだが、最後の方になると、その意味が解き明かされる。現代生活にあってはありふれた媒体なのだが、何年か経った後でこの小説を読む読者は、ああ、そういえば当時はこういうものが流行っていたらしい、などと思うのだろうか、といらぬ想像をしてしまった。付録として作中に登場した曲の原題と邦訳が併記された曲目リストがついているのが親切。

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    2015年09月16日