柿沼陽平のレビュー一覧
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気鋭の中国史家が、文献史料と出土史料をフル活用し、服装・食卓・住居から宴会・性愛・育児まで、秦漢時代を中心とした古代中国の1日24時間を再現。「読者が古代中国にタイムスリップし、1日24時間を生き抜く」という架空の設定のもと、ロールプレイングゲームのような体裁をとっている。逐一注釈がついていて、信頼性が高い。
限られた史資料からとはいいながら、かなり詳密に古代中国の日常生活が再現されていて、とても興味深い内容だった。2000年前の中国とはいっても、思った以上に現代の日本の生活にも近いものを感じた。古代中国においては、当時の生活をイメージしやすい壁画や明器などが豊富に残されているのが、羨ましく感じた。 -
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ネタバレ秦漢時代の中国に異世界転生、あるいはタイムリープして24時間を過ごす中で、当時の中国の人たちの暮らし、風習を見ていこう、というテイの本。
三国志のような英雄モノなどでは決して描かれない、ごく普通の日常生活がどのように送られているのか、イケメンの定義とは?当時のトイレって?など、言われなければ気にならないけど、言われてみると気になるような内容が載っている。
すべて、史記や漢書にはじまり文選、呂氏春秋など膨大な一次資料に散らばる細々とした記述をピックアップし、考古学的資料による説明とともにまとめられている。
読んでいると自分が古代中国の町の中に迷い込んで、市井の人たちの暮らしを垣間見ている気分になれる。
興味深かったのは「イケメンでなくてもモテる例はあったけど、わざわざ史料として残っているというということはよほどの例外であったということ(イコールイケメンは正義)」「貧乏でも才能だけで栄達できた人はいたけどわざわざ史料に残ってるほどということはまず例外(やっぱり金持ちコネ社会)」なるほどそういう史料の捉え方があったかー。そして通常史料としては軽視されがちな志怪小説であっても、日常生活研究の史料としては十分に足るだけの価値のあるものであるという説明部分の記述から、著者の史料へあたる姿勢というものを垣間見ることができた。 -
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大変興味深い本であった。著者も述べているように、類例のない歴史書である。中国秦漢時代の無名の民を対象にして、衣食住ほか全ての日常生活を1日24時間に沿って叙述した本は、西洋ローマ帝国に関しては類書はあるが、中国歴史書には無いという。
私自身の問題意識から言えば、日本の弥生時代後期の人々が中国に旅したならばどのような衝撃を覚えるのか?という事を想像させるものであった。つまり、57年に奴国の使者が洛陽に赴いて後漢の初代皇帝である光武帝から印綬を授けられた時(倭奴国王印)。また、107年の帥升らが160人の奴隷を安帝に献上した時。そして、239年、卑弥呼が魏に朝貢して「親魏倭王」が刻まれた金印と銅鏡を授かった時。その時の彼らの驚きをありありと想像する。私自身も、知識としては知っていたにせよ、竪穴式住居に住んでいない「平民」が、本当にいたのかなかなか信じられなかったし、数万の官吏(サラリーマン?)が存在し、貨幣で物買いしている姿、夕方から居酒屋みたいな所で飲み食いしている姿は簡単に頭に入ってこない。それって日本の江戸時代の姿じゃないか。
以下、私の備忘録である。
・前漢時代に既に水時計(漏刻)によって、太鼓によって朝を告げ、夜を告げる役人がいた。
・4月頃、洛陽では午前5時15分日の出なので、鶏の鳴く「鶏未鳴」「鶏鳴」は午前3時15分となる。儒学思想では、子はこの時より起き始めなければならない。
・歯ブラシはまだない。歯木や楊枝も無く、起床時と食後に口をすすぐのみ。虫歯はあったが、アワ食のせいか、あまり居なかった。口臭予防の薬はあった。
・後漢の農民の服装は、一張羅の麻の長着、冬は綿入れと袴と思われるが、明器像を見ると、着物に衿があり靴を履いている。ヒゲも剃っている。夏はふんどしを使い、肌脱ぎも多かったようだ。
・美人の基準。涼しげな目、白い歯、白い腕、細いウエスト、ツルツルの肌、なだらかで細い眉、赤い唇、細い指、足がまっすぐで、豊かな黒髪。それらをバランスよく備えていること。現代美人とほぼ同じ
・化粧はいろいろ商品化。鏡台も手鏡も下級官吏は持っていた。←そういう意味では鏡をあれほど有り難かった倭国は、電子機器を初めて見たアフリカ原住民と同じ様な反応を示していたのを、中国使者は冷ややかに見ていたような気がする。
・食事は朝と夕2回が普通。黄河流域の主食はアワ、上等ではキビ、オオムギ。煮てから蒸し粒のまま食べる。アワは粉食でも(ラーメン、すいとん)。長江以南では米(ジャポニカ)。青銅器や土器で蒸して食べる。この頃既にカマドがある。おそらく日本より200年は早いし、明器(ミニチュア土器)を見る限りでは、明治のカマドと遜色ない。貧民の多くはネギやニラを鶏卵と共にニラ玉にしていた。あとはスープが一般的。
・調味料として「醤」(豆、肉、魚に塩麹香辛料を加えて)がある。他に「鼓」(豆に塩を入れて発酵)などがある。前漢中期以降にニンニクもある。
・食器。庶民は木器、竹器、土器、瓦器を用い箸、スプーン、フォーク(後に廃れる)を使った。食事中は正座が一般的。室内ではクツを脱いでいた。
・中原地域の建物は四合院(中庭がある建て方)が一般的。防御機能と防砂機能があった。住居の壁は、版築、日干しレンガ、石積、焼成レンガ。版築が最もポピュラー。←柱を建て木造で土壁を作る日本とは、ここで大きな差が出る。
・村の大きさはおおよそ数十人から数百人。山奥には10戸ほどのムラがあったり、田畑のそばにポツンと一軒の四合院があり複数家族が暮らしている場合もある。
・イケメンとは、白い肌、瞳を輝かせ、美しい髭を持った男子をいう。ヨーロッパのブランドヘア、青い目、彫りの深い顔つきは肯定的に捉えられていない。ハゲや低身長、もしくは吃音などの障害があればよろしくなかった。
・市場は青空市場では無く、四壁に囲まれ、中央に警察署がある場所を作っている。せいぜい郷に一つしかない。←台湾や韓国の市場はこの方式がまだ残っている。
・華北の農業。雨水に頼る畑作。除草と間引きは全て手作業で大変だった。黄土は肥沃な土地では無く、常に耕作し施肥を続けて豊かな土壌に変えていった。
・南中国では特に多湿な地域では斜面を焼畑にしてイネを撒いた。
・家計を支えるもう一本の柱として綿織物業と桑栽培がある。(蚕の飼育は前漢には既に一般的)←日本はこの面で決定的に遅れたのではないか。
・牧畜は遊牧民のみの生業ではなかった。農業と兼業している者も多く存在していた。
・漢代に「胎産書」あり。男女の産み分け等非科学的記述もあるが、月経と受精の関係など科学的記述もある。
・夜空は人々にとって正しく異界であり、宇宙人がいると信じる者もいた。異界からの使者は青い衣をまとった子供、もしくは青い鳥であるとされることが多い。死者の魂は崑崙山を終着点とし、もしくはさらに天界へ向かう。崑崙山に西王母あり、青い鳥(もしくは3本足のカラス)を使役。太陽にはカラスが、月にはウサギとヒキガエルが住んでいるとみなされていた。当時でも批判はあったが、信じているものは多かった。260年に火星人と会ったという記録あり。
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ネタバレまずは出典の書物の多さに脱帽。さすが10年分。確かに庶民の生活をつぶさに書き記した歴史書などあまりなかったかもしれない。
呉と越が敵対しているときに献上されたという西施という美女の話からでてくるフェイスパウダーの話に驚く。戦国時代あたりからフェイスパウダーあったのか。
カイコの触角のような眉が理想とされた話。ちょっと怖い…
劉邦の酒飲みの話が多かったのもびっくり。
大酒飲みが16リットルも酒を飲んだって…急性アルコール中毒にならないのか。しかし一気飲みで亡くなった人もいた、ということなので急性アルコール中毒自体はあったのだろう。
口臭をきにしていて、皇帝から苦い薬を賜った、何の失策をしたのか?と思ったらブレスケア的なもので、皇帝から「口が臭い」と思われていた、という話が面白かった。
兵馬俑が型取りをしていたことから、マニュファクチュア的なものが古代中国では出来ていたことになり、興味深いと感じた。 -
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秦や漢の時代といえば、春秋戦国時代や三国時代と並んで、日本でも割と知られている時代だ。
最近は映画や漫画の舞台にもなっている。
けれど、当時の人たちがどんなものを食べ、どんな風に寝起きし、働いていたかと言われると…ぼんやりとした像しか浮かばない。
本書は、現代から秦漢時代の中国にタイムスリップした人が見聞きする一日を紹介するという、はじけた設定をとっている。
「えっ? あのお堅い中公新書が?」という衝撃はありつつ、そこは好奇心に従って本書を読んでみた。
官人の勤めぶり、農村の農作業のしかた。
この辺りは部分的にはイメージはあったが…。
女性のお化粧。
太眉が流行れば、額の半分くらいの描き眉をする人もいたとか。
この時代にもマリー・アントワネットばりのいきすぎファッションがあったことに、思わず笑いがこぼれる。
家の作りで、豚小屋の上にトイレを設けるという話は聞いたことがあったが、そのトイレの付近に風呂場がよく作られていたことは知らなかった。
用を足したあと、紙がないので、水で洗い流す便宜のためらしい。
こんな風に、さまざまな暮らしの様子が明らかになっていく。
何か、視界が開けていくような感覚になる。
さて、一読者としてはこのように気楽に読め、悪く言えば雑学的に消費してしまう読み方もできてしまうこの本なのだが、著者は最後に歴史学の上での意義を説いている。
文献に留まらず、木簡・竹簡、壁画、など、使えるものは何でも使うというスタンスひとつとっても、筆者の問題意識を重視する姿勢の表れだ。
何でもない人々の日常生活の変化は緩やかだ。
長いスパンでは変わっていくが、大きな事件とは違って変化がゆるやかなため、記述されにくい。
こういうのを「動かない歴史」というらしい。
マルクス主義歴史学のように、(虐げられた)民衆が歴史を動かすというのではなく、時代に流されつつ歴史を作る人々の「生のありかた」に光を当てたい、という動機で始めた研究であるとのことだ。
こんなことが書かれている最終章を読みながら、今の史学科の学生は「歴史学概論」みたいな授業で、どんなことを学ぶのかなあ、と知りたくなった。 -
購入済み
労作と言おうか力業と言おうか、広範な資料および史料から日々の生活に関わる部分を抜き出して並べるのは大変だったろうと推察される。
単なる雑知識の寄せ集めになりかねないところ、24時間を描くという形にしたことで読みやすくなっている。 -
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三国志に登場する劉備といえば民おもいの名君で、諸葛亮は天才軍師・・・ところが最新の研究では、こうした「常識」に疑問が生じている。本書では単なる物語ではなく、史実にもとづき、さらには彼らのカネの動きを追うことで、英雄たちの実像にせまる。あなたの知らない三国志がここにある。(2018年刊)
・序 章 三国志の世界へ
・第一章 落日の漢帝国
・第二章 劉備の生い立ち
・第三章 群雄割拠
・第四章 諸葛亮の登場
・第五章 蜀漢建国への道
・第六章 漢中王から皇帝へ
・第七章 南征
・第八章 北伐
・終 章 大義と犠牲
・あとがき
副題にひかれて購入。面白く読む。
カネの動きを追うとあり、そこに焦点をあてて触れているものの、記述に深み(例えばデータの充実など)を欠くが、わかりやすさを重視した文春新書らしいスタイルと言える。(あるいは、史料上の制約かもしれないが)
演義的な、劉備と諸葛亮の人物像を見直す内容となっているが、劉備について、その出自、人物像など目新しく感じた。(反面、諸葛亮は、他書でも、取り上げられることが多い分、目新しさは感じない。)
興味深かったのは、軍功報償のため、成都入城後、入手した財を大盤振る舞いしたという話p153。結果、政権運営に困る事態となる。
また、王や皇帝になった時のこと、臣下がより高い地位に登るため、君主が王になることを望むというのは目から鱗であった。(昇進すれば、給料も上がる。)
残念なのは、図版が前後して見難いところ、忘れた頃に、前の図が参照されており、図のいくつと表示されているが、ページも振って欲しいところである。
なにはともあれ、新進気鋭の学者による著作が、お手軽に読めるのは嬉しい。