たもさんのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
すごく面白かった。そして怖かった、、
旦那さまのお言葉がめちゃくちゃ素敵。
「命は燃やし尽くすものだと思う」
その通り。
だから楽園なんてものよりも、今を大事にして生きなきゃいけない。
そして最後のあとがきもとても良い。
「本気で信仰心のある人は、無い人を【見下してる】」
だから、声が届くわけない。本当、そうだと思う。
母が熱心なキリスト教だったからめちゃくちゃ分かる。
最後に。
この本にもあったけど、宗教は結局ビジネスなのよ。
末端の人間は養分として吸われてるだけ。
でもそれを気づかせてあげることは絶対に出来ない。
だからこれらを知って尚、どうしかしてあげようなんて毛頭思わない。
私はこの旦那さまと同じく、自分の大切な今の家族の幸せだけを祈って、今を生きていく。 -
Posted by ブクログ
ネタバレカルト宗教の間違いに気づいたきっかけが子供を愛する気持ちだったのが素敵だと思った。
カルト宗教なんかどう考えても怪しいのに信者になる人は一体何を考えているんだろうとずっと思っていたので、その様子がリアルに書かれていて興味深かった。
NOと言えない自分自身がない人は、違和感に気づいてもあっという間にカルト宗教に取り込まれてしまうものなんだと怖く感じた。
軽い気持ちで入信してみたら厳しい束縛人生が待っているなんて恐ろしい。
一旦入信してしまえば世間から孤立させられて宗教内でしか生きられなくされて辞めたくても辞められなくなってしまうやり方はただの束縛DV彼氏と同じやり方でしかない。
まだ判断力のない子供の頃に入信させられてしまった筆者は本当ただの被害者でしかないので、目が覚めて良かったと思う。
私もカルト宗教2世(なぜか信仰心はなかった)で生まれた瞬間からカルト漬けだったので、制限が多すぎると諦めることに慣れてしまうのは共感できた。
自分の意思を伝えても99%答えがNOだから意思を持つこと自体が無意味になって無気力になる。
カルト宗教から子供を守るために、18歳未満は宗教に入るの禁止とかいう法律作ってくれないかな〜。 -
購入済み
二世の方の大変さがわかります
この本の前に「カルト宗教信じてました」を読んでいました。抜けてからもこんなに大変なんだと思いました。辞めたから終わり、なんじゃなくてその時の辛さとかずっと続くのだと思うと、沢山の方が大変な思いをされて今生きているんだということがよく分かる内容でした。
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購入済み
よくがんばったと思います
二世は本当に残念な青春時代を過ごしますよね。
私も成人を機に自分で辞めて既に20年経ちましたが、未だに戻らない学生時代と諦めた夢を思ってしょんぼりすることがあります。
コロナのちょっと前に、母親から、実家に中学の同窓会の通知が届いてたけど行く〜?と呑気なメールが来ました。よく覚えてる人もいないし、今更会いたい友達もいないから行かないよと返事をしたら、そんなもんよね〜と返され、本当にイラッとしました。
誰のせいで、そうなったと思ってるんだと…。
まぁ全てを信者の母親のせいにするつもりはないですが、時々無性に昔を思い出して腹立たしくなることがあります。
今でも謎な聖句を書いた手紙とかくれますけど、勘弁してほしい。
即捨ててます。
基本的には前を向いて生きてるつもりです。
全世界の二世だった人たち、お互い、ゆっくり残りの人生を楽しみましょう…⭐︎
面白いマンガを描いてくれてありがとうございます。 -
ネタバレ 購入済み
信じてました、に引き続き
カルト宗教信じてました。に続いて購入です。たもさんは、子育てを契機にもう脱退する意思を貫いていますが、やはり元二世なので、入信している方の気持ちも分かります。一度脱退して戻った方に対しても、色んな人がいると受け止められるのは、やはりもともと経験があるからこそだと思います。エホバは性犯罪が明るみに出ても、それは組織が不完全だからと開き直れるのは、ある意味生命力の現れかと思いますが、自分はそこまでして自分の信仰する宗教を認められないかと思います。自分もとある宗教の信仰者として、信じて守っていきたいと思います。エホバは自分の中ではけじめのない団体と言う風に映りますが、彼らがそれでも前に進みたいと言うなら、止める理由もないし、関わる必要もないので、自分は自分の宗教を大切にしたいです。他の著でも同様ですが、宗教は人生なので、家族関係をなかなか無視は出来ないかと思います。お母さんがお線香を否定した場面では、なかなかこの家族は一致団結出来ないし、ハッピーエンドにならないなと思いましたが、やはりちはるちゃんの存在が大きいのでしょう。家族の気持ちの変化と共に宗教の付き合い方を柔軟に続けていかなければいけないので、たもさんは今後も大変そうだなと思いますが、本は売れたし、旦那さんの前では抑圧する気持ちもないし、彼女なりに気持ちの整頓は出来ているようだし、幸せな方だなと思いました。またネタがたまったら、続編期待しています!
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ネタバレ 購入済み
ブラック企業と仕組みが類似
自分も、とある宗教団体の2世です。ブラック企業に勤務しておりましたが、悪質な宗教団体と脆弱な企業の共通点を見出だす作品に思えます。NOと言えない、自分達のやってはいけないことは隠し、信仰を継続する。交際に付き添う…など。たっちゃんとかんちゃんはその中でもよく幸せを獲得したと思います。かんちゃんの俗っぽいと言うも姿勢も頼もしいですね。浸礼は、自分も小さい頃滝に打たれる修行を経験したので、重なりましたが、たっちゃんのお母さんのように成人してからとなると、可哀想な洗脳に映ってしまいます。自分はエホバのようにあからさまな怪しい儀式は少なかったのですが、どちらにしてもある程度小さい頃に経験しておいて、後で意味を見出だす方が人生的に効率がいいかと思います。宗教の必要性、何がきっかけで求めるかは年代によっても変わるので、親のもとで教えてもらえるうちは、その中で活動しても悪い結果ばかりではないかと思います。あと、美味しい食事が頂けるのも、神様に感謝する気持ちは忘れてはいけないと言うことも思い出しました。本作品では、わざと飢餓状態にするようなやり方が描写されていましたが。お子さんの輸血の同意書にサインをする場面では、宗教に入信している方の典型的な思考回路が上手く表現されていました。お子さんと自分の間で揺れる母親の心情は経験がないので想像の範囲ですが、家族信仰をしないと、本当の家族より長い付き合いになるのも事実です。宗教は家族問題を深く考えられるので、続編も読み進めたいと思います。試し読みの予想より、読み応えありました。思い切って購入して正解でした。しかし、エホバの信仰は見下す態度が多いのが引っ掛かります。自分の神様の信仰心を見直さなければとも思いました。
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Posted by ブクログ
発売と同時に購入。
たもさん著『カルト宗教やめました』
エホバではないが、私自身十代と二十代前半はカルトに所属していたことがあり、
半分は、誰にも言えない、分かってもらえない葛藤に費やされていた。
集まっていた青少年たちは、私たちと何も変わらない純朴で素敵な人々で、
つまり、今この記事を読んでいるあなたが居ても全く違和感がない。
キャンプファイヤーを囲んで歌い、涙ながらに本音を話し合い、全国の同じ信仰を持った仲間と交流し、絆ができ、楽しく幸せな感覚で、魂が美しくなったような、
ああこんな人たちになりたいと思っていた。
こういう幸福も分かってもらえないが、
そういう幸福が埋め込められているからこそ、
自分の主体性が自分でないものに強制され、誰かの都合の良い道具としかみられておらず、
それを「立派な信仰」とされる現場の気持ち悪い恐ろしさも分かってはもらえない。
また、奇妙なことに、
思い通りにならないと癇癪を起こし子どもを怒鳴って叩き、外ではニコニコ優しい良妻賢母を演じるような、
それらのカルト宗教の話に出てくる母親像と、
うちの母が不思議と被るのである。
その時の体験を書いたものが、四千円でも売れたりするのだから、
人間の他人の珍しい大変さを覗きみたい欲求は、「成功や幸福のためのハウツー」なんかよりもよっぽど強い。
Twitter界隈でも、「アンチ」「信者」が集まり、上手いこと結託して、
一方では、教団の異常性を世に訴えかけ、一方ではアンチの心根をこき下ろし、教団がいかに素晴らしいかをアピールし、、、。
私がそういう問題に口出しをしないのは、
「もうこれ以上巻き込まれたくないから」
「私が叫びをあげることで周りにいる人を不快にさせたくない」
「誰も分かってはくれない。受け止められる人はいないだろう。」
「必然的に、特定の宗教の批判につながり穏やかではいられない」
という理由もあるし、
そして、現在、「さほどの脅威でない」「もうどうでもいいや」と思っているので、
記事が流れてきても人ごとでスルーしているのだが、、、
宗教二世というのは、マイノリティのニッチな世界だと思っていたのが
「五万部突破」という帯を見る限り、「めっちゃバズってる」。
伝統宗教が、「立派な教え」を言っても、一部の真面目な人だけ丁寧に読んで、後はそこまで広がりはしないだろう。
「毒親」「発達障害」などというキーワード同様、
実は潜在的に、「カルト宗教」に対するニーズのポテンシャルは大きいのではないか。
それまでマイノリティで日陰で人に言えず閉鎖的空間の中、
苦しんできた人たちが表に出て、大声で自分を表現できる。
教祖の息子がYouTubeで内部告発し、教団と裁判合戦。
属していた組織で、
そしてそれが濃密で閉鎖的で絶対的であればあるほど、
そこから出た時の辛さ、
そしてそれを批判して、組織から返ってくる攻撃ほど引き裂かれるようなものはない。
「地獄に落ちる」「悪魔」「嘘つき」とレッテルをはられ、
「あなたに問題がある」「魂が腐っている」と次から次へと暴言を吐かれ、
しかもそれを、「あなたを愛しているから」などとのたまう。
個人が、その人としての尊厳を持って尊重されず、
そこで語られる「愛」も「反省」という美しい言葉も、コントロールのための都合の良い道具。
キリスト教が歴史の中で「異端」を選り分けてそれらと戦ってきたことにも、排他的独善的なレッテル貼りがなかったとは言えないが、
こうした、人間の霊魂を厳格さと恐怖で支配する危険性を認識していたからだろう。
無論時代の中で教会そのものが巨大なカルト化していたこともあったが。
こうした問題を扱う際に必要なリテラシーは、
「単なる悪口」「ゴシップ」でなく、本質をついた人間論だろう。
週刊誌や本、YouTubeでの情報には単にアクセス数や話題集めのためのような憶測とレッテル貼りのストライクゾーンからずれたものが多々見られるが、
そんなものは、誤解であればあるほど、教団を正しいとつけ上がらせ、団結させ、
被害にあっている人からしたら慰めにも薬にもならないばかりか、
「自分たちのことは見てくれてない」と落胆するばかりだ。
信教の自由は保障されなくてはならないし、尊重されねばならないが、
問題になってくるのは、「基本的人権」の保障である。
これも単純なようで居て難しい問題で、
仮に、外で爆弾がバンバン落ちてきたり、ターミネーターが襲ってきたり、津波が押し寄せてくる現場において、
親は子どもを「基本的人権を尊重して」普通に学校に行かせはしないだろう。
ホラーやパニック映画では、カタストロフィから生き延び大切な人を守るため、
バットで人を殴りつけ、自転車を窃盗し、銃を乱射し、トラックで民家に突っ込み、
あらゆる犯罪や暴力が英雄的な行為として描かれる。
狂っていることが正常で、正常であることが狂っているのだ。
つまり、人間の合意によって法律で定められた普遍的原理よりも、
絶対神の啓示する未来の方に行動の原則が置かれる。
オウムだって、最終戦争が起こると本気で信じて、
それが殺人罪になることくらいわかって善意でポアをした結果、
日本国の法律によって裁かれた。
破壊的カルトにおいては、「価値観の違い」なんていう生温いものでない、社会よりもはるかに上位の差し迫ったカタストロフィのビジョンがありありと刷り込まれている。
そのため、その上位のビジョンのためであれば詐欺も窃盗も殺人も「世界を守るためには仕方がない」と正当化されうる。
その反動で、
「もう宗教は懲り懲りです」と、世俗に完全に一致して慎ましく生活する人もいれば、
しっかりした宗教のうちで信仰を持ち直す人もいる。
(それでも、洗礼を受けるのにとても恐れがあったと言う)
それにしても、エホバは組織としてこの本を訴えないのだろうか、もしくはHPや組織の貼り紙で禁書令を敷いたりしないのか、気になるところである。
うちではわずか少しの批判でもあれば鬼の首を取ったように恫喝し訴えてくる。
健全な組織の一つの指標があると思う。
「問題があるかないか」よりも、
「問題を告白できるかどうか」。
「問題のない」組織や人の集まりは無論存在しない。
『二人のローマ教皇』の映画を観たが、
フランシスコも、後輩の司祭を死なせ、
ベネディクトも、司祭虐待の隠蔽に加担した。
組織の暗部や問題を、勇気を持って内側から晒すことのできる組織は、美しい。
卑屈になってなんでも「私が悪うございました、私は罪人、人間の屑でごぜえます。正しいのはあなた様でございます。」と、屈服せよと言っているわけではない。
「罪人の自分には生きている価値はない」とその場で自分をひたすらに責め、絶望するのでもない。
そうではない。
必要なのは痛悔と心からの償いと決意だ。
そこには、やはり運命全体に対する、赦しを信じる勇気ある決断が必要で、
この決断だけが私たちの自分では克服できない罪を洗い流してくれる。
どれほど倫理的に真面目に見えても、
「私は潔白です。悪いのは周りや誰それです。」
と自らをやたら正当化するところは傲慢とも言える。
そして、そこに本当の意味での安心や喜び、心の安らぎはない。
自分が自分であれることを喜ぶことができない。
人祖が楽園から追放された(自ら出る羽目になった)のも、
「自分を正当化して、他者に責任転嫁した」からだ。
素直に謝ることができない。
自分の過ちが許されないと思って、他者を裁き出す。
いつのまにか、自分が神になる。
生きている限り、私たち全員にその自己保身の傾向性は根深くある。
カルトの問題は、どうも、人類根源の罪に根っこがあるような気がするのだがどうだろう。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「カルト宗教信じてました」の続編。
子供の頃から親に洗脳され、カルト宗教を本気で信じていた著者が 我が子の病を経験し、自分が今まで何十年間も信じてきたものは全て嘘だったのだと悟る。
無事洗脳から脱するも奉仕に出る夢を見たり、再び勧誘してくる電話がかかってきたり…根強く残存するカルト宗教のトラウマ。
今まで宗教について詳しく考えたことがなかったので、本当にこんな世界があるのか…と衝撃の連続だった。
部活禁止だとか、10代の恋愛禁止だとか、進学禁止だとか…青春時代を棒に打ってしまいかねない規律がたくさんあることに驚き。
信じる心って大事だけれど、距離感や客観性も同時に大切なものだと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分にとって宗教は全くの未知の世界であり、洗脳された人たちの集まりという漠然としたイメージしかなかった。
本書は、なぜ信者はそこまでのめり込むのか、なぜ洗脳されていることに気づかないのか、様々な疑問を解消してくれた一冊だった。
日頃から鬱憤を溜め、悩みを共有できる友達もおらず、純粋で騙されやすい母がカルト宗教にどっぷりハマり周りを巻き込んでいくところから始まる。
著者は当時小5で、宗教の怪しさを疑うには早い年齢だった。
母からほだされだんだんのめり込んでいく。
数十年かかったにしろ、結果その洗脳から解放されて安心した。
宗教は心の拠り所として機能する分には素晴らしいと思うが、無知に付け込み金を取ったり周りに強要したりするのは間違っている。
もっと健全な宗教が増えたら良いのにと思うがそう簡単にはいかないのだろう。
一度足を踏み入れてしまうと行きがかり上引くに引けないジレンマがありそれに苦しめられている人はたくさんいて、素人には想像もできない難しい問題が蔓延っているのだと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前作の続編。
なんでかな、私はこちら(2作目)のほうが
とても好きだと思った。
たもさんに、とても親近感を感じるし、
しっかり生きててステキな人。友達になりたいぐらい。
中学、高校、大学、就職、当たり前に経験して身に付くはずのことが、わからない。。。。
トラウマのように夢に出てくる過去の光景。
街角で活動してる信者たち、届くパンフレット、
なんで逃げ隠れしないといけないのか、
と、思いつつ、ドキドキする。
人間関係の距離感がわからない。
お葬式のお作法もわからない。
宗教やってた子、って会話も耳に入る。
もしかしたら、どこかで差別を受けたりしてるかもしれないんだよなって思った。
親の老後も心配だよね。。。
でも、たもさんは、悩みながらもしっかり生きてる。カンちゃんもちはる君もいる。良かった。。。
あとがきに、自分は教祖にはならない、と
書かれていて、その理由の部分が、辛かった。
世の中にたくさんいるであろう宗教2世。
やっとやめても、そのあとにも影響は続いているんだなと知った。
どうか、みんなが心穏やかに安心して自由に暮らせるように、もう誰にも傷つけられないようにと願ってやみません。
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Posted by ブクログ
エホバ宗教二世の著者が洗脳から宗教をやめるまでのお話。
以前から気になっていた「なぜ人はこんな馬鹿げた宗教にハマるのか」と言う理由が少しだけわかる本。
洗脳とは本当に恐ろしいし、当たり前のように当たり前じゃないことを実行してしまう人達が本当に恐ろしい。
著者は子供を通じて宗教の洗脳から解放されて、本当に良かった。
例えば本当に世界の終末が来たとして、その時に他の人を排除して、自分達だけ助かろうなんて、ものすごく卑しくて傲慢な考え方だし、この本にもあるように、「人が与えられた命を存分に用いることこそ神の意志」という考え方や、例え楽園に行けても愛する人のいない楽園なんてつまらない、という考え方こそ健全で、そこに至ることができて読んでいてホッとした。
子供が病気になったエピソードは、思わず泣いてしまった。
宗教から抜け出せずに不幸せになってしまう人が少しでも減って欲しいと強く思った。