リチャード・ブローティガンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ初ブローティガン。
原題”In Watermelon Sugar”。
全88断章が連なる、寓話。
「西瓜糖の世界で」「インボイル」「マーガレット」の3チャプター。
寓意は簡単に判りそうな気も、する。
時間と、忘却と、生と死と、無関心と、自己欺瞞と……。
が、あまり茫漠としすぎていて、全然判らないという気も、する。
つまり村上春樹っぽい。
影響関係でいえば逆なのだが。
(また、高橋源一郎、小川洋子、柴田元幸、岸本佐知子、etc...)
SFではないが、ユートピア≒ディストピア、の系列。
また、地図を描きたくなる。
アイデス : 忘れられた世界
あるいは忘れられた世界の中に孤島のようにアイデスがあり、アイデスの住人の住居はその辺縁にある?
人々(わたし、チャーリー、ポーリーン)(マーガレット→) : インボイル
という構図か。
清教徒的・小市民的生活と、対立。
時系列的にヒッピーから生まれた文芸では決してないらしいが、やはりヒッピーとの親近性はありそう。
語り手の「わたし」がむしろ阻害「する」側で、インボイルやマーガレットのほうが読者に近い。はず。人間っぽい。
語り手が実は鼻持ちならない側、というのも、春樹っぽい。
連想。
タイガー立石「とらのゆめ」。
虎と西瓜から。
ドラッギーなところとか。
連想2。
突飛かもしれないが、「マインクラフト」。
世界の素材が西瓜糖、というところから。
藤本和子の文体、好き。
訳書をいくつか読んでから「塩を食う女たち――聞書・北米の黒人女性」を読みたい。 -
Posted by ブクログ
詩的な小説だった。
本編、解説を読み、アメリカの土埃は、日本でいうと陽炎みたいな感じだなぁと、個人的に思った。
死や貧困といったリアルな現実の話でありつつ、子供の葬式を見守るシーン、家具を持参して釣りをする夫婦、池のほとりに住む老人などなど描写は夢のようでどこか現実離れしていた。
風に吹きはらわれてしまいそうな登場人物達だった。想像力が豊かな主人公の視点で語られているからかもしれない。
あの時ハンバーガーを買うことを選択していたら人生が違ったのに、という考えのもとその後の人生、ハンバーガーに執着するのがシュールで笑うところではないのかもしれないが笑ってしまった。
けど、人生であの選択をしていたらという「もしも」の基、その選ばなかった選択肢に執着してしまうことは人間あるあるなのかもしれない。
主人公はそれがハンバーガーだった。
ある時なんの事情も知らない母に「そうね。ハンバーガーを買うべきだったかもしれない」という言葉を返されたことを機に、主人公のハンバーガーへの執着は消え去る。
主人公は不幸な事故が、ハンバーガーを買わなかったせいで起きた出来事だと自分の中でのみ決めつけていたため、「ハンバーガーを買わなかったせいだった」と他者に(言葉だけでも)言われたことで心境に変化があったのだろう。
それが「やっぱりそうだよね」という安堵や救いなのか、「自分でも本当は分かっていたけれどそんなわけない」という諦めのような気持ちなのか。 -
Posted by ブクログ
こういう本を読むと、どうしても謎解きをしたくなってしまう。「アイデス」が、「私・死」だろうなということはスッと思いつくけれど、そのあとは何も頭に浮かんでこない。たくさんの「?」で頭をいっぱいにしながら、淡々と進む物語を淡々と追いかけていくしかない。次第にそれが快感になってくる。不思議な読書体験だった。
結局「?」は{?」のまま、やや唐突に終わる。なぜここで終わるのか、物語の中で描かれた出来事にどのような意味があるのか、読み終わってからも答えを探してしまう。おそらくそんなふうに考えるのは無意味なのだろうとわかり書けてくるのだけど、それでも気になっている。そんな落ち着かない感じがいつまでも残った。不支持など句初体験だった。 -
Posted by ブクログ
アイデスとはどんな場所なのか
iDeathというからには
死の世界なのかもと
解説の柴田元幸さんは
言っている
日本語的には
「愛です」とも読めてしまう
なんとも不思議な幻想的な世界
語り手は名前を持たない
それは読者に委ねられている
西瓜糖で作られた町で暮らす語り手
それは西瓜糖の言葉で
語られている
なんだか甘いイメージ
だけど
ゴテゴテとした
ねばりつく
ちょっとしつこく
鬱陶しさも感じるのかも
穏やかな暮らしの中に
愛や友情があるが
それ以上に嫉妬や暴力
何より死が渦巻いている
川の中の棺や
忘れられた世界
虎にかじられた両親の話しが
普通に語られ
その虎が「悪いと思っている」と
淡々と話す
虎の時代から鱒の時代へ
そして忘れられた世界が
どんどん広がっていく -
Posted by ブクログ
ネタバレ語り手の淡々とした物言いのおかげで、物語はずっと穏やかで静謐で、だけどどこか狂気があった。
わたしたちが今いる現実世界とはかけ離れた場所に物語の世界はあって、ずっと遠い未来か、現実世界の向こうの死の世界か。虎の時代やインボイルの事件などがあっても、基本的には穏やかな時間が流れているように感じた。両親を虎に食い殺されたときでさえ、"わたし"はそれを俯瞰して眺めているというか、いつかのポーリーンのように激しく心を乱しているようには見えなかった。西瓜糖でできた橋やその他たくさんのもの、西瓜糖鱒油をつかったランプをわたしたちは持っていないけど、わたしたちが持っているたくさんのものも、向こうの世界にはないのだろうと思う。
「本当のアイデス」とはなんだったのか、"わたし"のような、名前を持たない存在は何なのか、アイデスがどのような場所を表すのか、など、疑問に残るところが多々あった。〈虎の時代〉があったように、アイデス(iDEATH)は常に"死"がある場所で、血に塗れているはずの場所というのが、インボイルたちの解釈なんじゃないかと思った。だからあんな事件を起こしたのではないか。"わたし"の名前はわたしたちが決めるもので、わたしたちの思ったことや感情による。特定の名前を持たずにやわらかく変化しつづけ、わたしたちの感情に寄り添う(?)から、女性2人からも愛されるくらいモテるんだろうなと勝手な想像。だって、親友が付き合っていた男を好きになるって、相当魅力的じゃなきゃそんなことにならないと思う…。
日によって変化する太陽やそれに影響される西瓜が面白かった。黒い太陽の沈黙の日、わたしも体験してみたい。淡々としているけど文章はどこか詩的で、読んでいて心地の良い感じがあった。
小川洋子のエッセイ『遠慮深いうたたね』で紹介されていて気になったので読みました。たしかに、小川洋子が好きそうな世界観かも。 -
Posted by ブクログ
西瓜糖で作られた、閉じられた静謐な世界。そんな世界の中にはうっすらと不穏な空気があり、グロテスクな死や流血が書かれるけれど、恐怖やおぞましさみたいなものはすっぽりと抜け落ちているようで不思議な読み心地。起こる出来事に関連性はあるが物語の筋のようなものはなくて、この独特な世界の雰囲気を味わう小説なのかも。
岸本佐知子さんのエッセイでいしいしんじ好きな人におすすめと書かれていたので気になって読んでみたんだけど、ちょっと違う気がする。不思議な世界を描くという点では似ているのかもしれないが、いしいしんじ作品にあるようなあたたかみ、人間のにおいのようなものは全く感じられなくて、それらを排除したのがこの西瓜糖の世界というイメージ。私にはちょっと刺さらなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ不思議な町、世界の話。
斉藤壮馬のおススメ本第2弾。
最初、西瓜糖ってなに?って思ってぐぐった。
西瓜糖を原料としていろいろなもの(家とか)を作ってる世界の話。
世界観は好きだったし、
ブログみたいな感じでサブタイトルがあって、
そのサブタイトルに対する文章が短くて区切りがいっぱいあって
とても読みやすかった。
最初は??が多かったけど、
後々わかってく部類の小説か?と思ったら
そんなにわからない部類の小説だった。
インボイル率いる軍団が、
集団自殺をした場面は、
それまでの素敵な描写と相反してすごく際立ってたし
グロテスクだった。
村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の、
世界の終わりの部分をもうちょっと現代風にした感じ。
わたしの想像力がもっとあればもっとこの世界観を想像できたんだろうなぁと悔やまれる。
想像力が試される小説。
まだ続くんだろうな〜って思ってページをめくったら、
めくる前のページが最終ページだったという。
終わりがよくわからなかった。