日影丈吉のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この著者らしい、人間の心理の綾の奥を密かに覗き見るような一作。刑事と女中の語りで進みミステリー仕立てで牽引力を持たせながら、中年の語り手2人の所々で差し込まれる人生観やそれぞれの登場人物達のものの見方が丁寧に描かれて、昭和三十年代の東京に生きた庶民の息づかいを感じさせる。昨今流行りの「人生を切り開く」「エンパワーメント」系の小説とは真逆の作品だが、ひっそりと傍観者として生きる人々の中にある侮れない芯の部分が陰画のように浮かび上がる筆の運びがとても印象に残った。
堀江敏幸による解説は小説家ならではの視点で読み落としがちなポイントに触れていて、久々に解説らしい解説を読んだ気がした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレミステリー小説には違いないが、日本統治下の台湾が舞台ということもあってか、非常に文学的な香りのする作品である。台湾語(中国語?)が随所に出てくるがゆえの読みにくさはあるが、情景描写などはとても緻密で、ときにミステリー小説を読んでいたことをわすれてしまいそうになる。
一方、ミステリーとして用意された舞台は、きわめて骨太だ。日本人の軍人同士での決闘騒ぎ。片方が撃たれて死ぬが、撃ったとおぼしき銃には銃弾は装填されておらず、撃った形跡も認められない。あまつさえ、現場に残された二挺の銃は、いずれも指紋が拭きとられている。このシチュエーションから同じ隊の軍人が事件の検証をするが、真相にたどり着いたと思いき -
Posted by ブクログ
作品紹介を読むと、ガス中毒死による死が事故か自殺か、それとも他殺か、という謎を解き明かしていくものかと思える。
主要な登場人物は、主人と妾、二人の間の子、その家庭教師、三人の女中の7人である。
捜査に当たる刑事と、一人の女中の語りが交差し、少しずつ事実が明らかになっていき、全体は起、承、転、結と進んでいく。
真相は一応明らかになるが、死亡した妾(おくさま)の人物像が、どれだけ彼女と関わりのあった各人から語られても、明確に焦点を結ぶことはないので、わだかまるものが残る。
本作は語り体であり、作者の文章は決して分かりづらいものではないのだが、特に女中の語りは、物事からちょっと引 -
Posted by ブクログ
世をはかなんで毒入りステーキを食べて自殺しようとする若社長はじめとして、随所に散りばめられた作者の本格モノ的ユーモアと、雪の別荘での足跡に細工された形跡のある殺人事件など不可能犯罪の風味も含まれてて(作中に、セイヤーズとカーが扱われてるあたり、この作品の趣味の方向性が分かるかと…)、テンポ良く話が展開して、グイグイと引かれながらもさらっと読ませる作品でした。
読者の視点では、ある程度事件の経緯は冒頭から見えてはいるのですがその中では解明されない謎をチラつかせ、刑事は社会派のように堅実に捜査を行い、事件現場に居合わせた政治家秘書の悪戦苦闘ぶりを倒叙的に楽しみつつ…と一粒で複数のテイストを楽しんだ