山北めぐみのレビュー一覧
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「人種差別」を言葉として知っていても、実際の職場や生活においてどのように行われるものなのかよく分かっていませんでした。
日常のルール、会話、視線など、ありとあらゆる場面で行われる差別行為はされる側にとって理不尽で堪らなくプライドを傷つけられるのに対し、している側は生活に根付いており疑問にも思いません。あまりにも自然に差別という行為が行われていることにまず衝撃を受けます。
主人公であるNASAの黒人女性スタッフ3名もまた、仕事の業績や成果とは異なる次元で不当な扱いを受け、何度も悔しい想いをします。しかし彼女たちは不平不満をぐっと飲み込み、努力と実力で現状を打破していきます。その健気で真っ直ぐな姿勢は、読者を励ますほどの強さがありました。
先に観た映画も三者三様の個性が光り、脇を固める出演陣も素晴らしかったです。
他の方もレビューして下さっていますが、二転三転あったという邦題「ドリーム」は日本人受けを狙ったにしてもあまりにも安直というか…原題が最もこの作品を的確に表現していると思います。
・原題:『Hidden Figures』 -
Posted by ブクログ
この本は、たぶん今まで、誰も焦点を当てたことがない人たちの物語だ。電子計算機(コンピューター)が登場する以前の計算手(コンピューター)、しかも黒人女性という当時では二重の差別と偏見の中で、活躍した人たちの物語だ。
もうそれだけで、読む価値は十分にある。
ただし、このどうしようもなくダメダメな邦題には文句を言いたい。なんじゃい、この「ドリーム」っていうのは? 素晴らしい中身と全然あっていないじゃないか。
たぶん、第22章に出てくるキング牧師の有名な演説"I Have A Dream"の"Dream"がこの陳腐な邦題の元なのかもしれないが、それもちょっと違うと思うのだ。
何がどう違うのかは、是非本書を読んで確かめてほしい。
一方、副題にある「名もなき」は意味深い。
計算手の彼女たちは、「ドロシー・ヴォーン」や「メアリー・ジャクソン」という立派な名前ある人間とみてもらえない。ジョン・グレンに"the girl"と呼ばれていたのが象徴的だ。原題の"Hidden Figures"の意図をよく表していると思う。 -
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マーリ・アルメイダ。
戦場カメラマンにして、ギャンブラー、そしてヤリチン。
物語の舞台は、1990年のスリランカ、内戦真っ只中のコロンボだが、その様子は全て死者であるマーリの目線から語られる。
マーリは、気づくと冥界のカウンターにいた。周りは死者で渋滞。戦争の被害者である彼らは、死者になってもくだらない手続きのために列に並んでいた。そして42階で〈耳の検査〉を受けて〈光〉に行くよう案内される、、、
しかし、途中不思議な雰囲気の若者の霊と会い、生者の世界に干渉するための力があることを告げられる。残された時間は月が7回昇るまで。腐敗した政府の闇を暴き内戦を終わらせようと、スクープ写真を残してきた友や恋人に託すことにする。マーリの地獄めぐりがはじまる。
平和で、夢があって、未来のことを楽しく想像できるような世界にいる人間からはとても生まれようのない言葉が次々に出てくる。戦争はきっと情報過多なのだろう。一人の人間に処理できる以上の情報が際限なく脳に押し込まれる。殺人、拷問、死体の処理。そういうものが生活に染み込んでいる人たちの、突き刺すような言葉が、痛み以上に不思議な魅力をもって紡がれる。作品の中の好きな文章を何度も声に出して読んだ。
逼迫した状況でも、どこか自分を客観視したような一人称の語り口は独特で、物語全体にブラックミュージックのような抗いがたい原始的なリズムを刻んでいる。
そしてストーリーは、死者の移動手段である"風"のように、ユーモアをたっぷり含んでどんどん進んでいく。どこをとってもとにかく面白い。こんなに厳しい時代を、完璧に物語にしたことは、いまだに続くスリランカの混迷に何かしらの一石を投じてくれることと思う。
2022年、満場一致でブッカー賞受賞を果たしたという本作、下巻もとても楽しみ。 -
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ネタバレ2022年 ブッカー賞受賞作
スリランカ出身の著者が描く、1990年当時のスリランカ内戦の惨状、
そして戦場を駆け抜けた主人公"マーリ アルメイダ"がさまよう死後の世界。
現実と想像が激しく入れ乱れる中で主人公は現世で成し遂げることのできなかった、
スリランカの平和への願いを叶えることができるのか。
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エンタメを詰め込んだ海外文学、しかしそれはどれもパーフェクト・テン。
作品が評価されている理由には、その豊富なエンタメ要素にある。
まずは皮肉と比喩。
特に洋楽や洋画に関するジョークも多く、知っていればより楽しめるとも言えるが、
作品が評価されるのは、「知らなくても楽しめるから」。これに尽きるのである。
次に歴史や哲学への視座、ジェンダーまた死生観に対する1つの提案である。
特にスリランカ内戦における複雑性への解像度の高さ、
シンハラ人がマジョリティーを占める国家において、シンハラ人優遇政策をとる政府と少数民族タミル人における抵抗組織、タミルの虎(通称: LTTE)、またそれに加えて無政府主義勢力"JVP"による三つ巴の争いが実際に繰り広げられ、2009年に内戦が終結するまでの間、民間人を含め多くの犠牲者を出し続けた惨劇。
哲学的な視座、
人生において本当になすべきこととは?神は戦争を止める意志がないのか、あるいは能力がないのか。など
ジェンダー、
主人公マーリアルメイダはクローゼット(自らの性的指向を公表しないこと)なゲイセクシャルである。美しいとも感じてしまうほどの表現力によって描き出されるこれらの要素はLGBTへの理解が不十分ながらも進みつつある現代社会とは違い、1990年当時の乾き切ったスリランカ社会の現実によって描かれる。
そして最後にこれらの物語を下支えする死生観、
輪廻天性的な世界観に基づいた"はざま"、"下"、"光"の3つの世界。
ただしかし、いうまでもなくストーリーが非常に秀逸と言える。
生前戦場カメラマンとして活動をしていた主人公のマーリアルメイダは、当時のスリランカにおいて"スリランカ人"を名乗り、あくまでそれぞれの団体との契約のもとで役目を全うしていた。つまりあるときは政府側の協力者として、あるときはLTTEの協力者、あるときはJVPの協力者のようになりうるのである。
しかし彼は、その時々で何をしていようとも、究極的には彼自身なのである。彼はいずれの写真も彼自身の所有物として、内戦を終結させるための最大の武器として所持していたのである。
しかし、彼は命を落としてしまうのである。
彼には成し遂げるべきことがいくつかある。内戦を終結させるための写真を公開すること、そして自身を殺めた存在を確かめること。
そして与えられた時間というのがタイトルにもある"7つの月"、つまり1週間以内に"光"にたどり着くことができなければ、彼は"光"へ訪れる機会を失い、"はざま"に漂い続けることとなるのである。
そうして繰り広げられる7日間の攻防、それぞれの想いが錯綜する中で、
この作品はあくまでもフィクションだが、それは血みどろな権力闘争であり、既得権益による悍ましいほどの不正である。
この作品で主人公のマーリが行き着いた結論はあまりにも簡素なものである。彼は自らの運命を投げ打ってでも、心から愛した1人の男性と親友の女性を守るためにギャンブルに打って出たのである。彼は確かにそれを成し遂げ、"光"へと向かう。
P246 L14 「写真が公になろうがなるまいが、おまえにはもうどうだっていい。なぜって、ジャキとDDが今も息をしているんだから。たとえこのクソいまいましいゴタゴタのすべてを埋め合わせることにはならないとしても、それってけっこうすごいことだ。それに、間違いなくおまえが人生について言える最も優しいことでもある。何もなかったわけじゃないんだ。」
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以下は作品を振り返りつつ、私が特に気に入った一節を併せて紹介していく。
また我々の意思決定における描写も、作品の世界観と相まって非常に興味深い。
P230 L5「人はみな、自分の頭でものを考え、自分の意思で決断を下していると信じている。だが、それもまた、われわれが誕生後に飲み偽薬の一つ。思考とは内のみならず外からももたらされるささやきだ。制御不能なのは風と同じ。頭の中に絶えず吹き込まれるささやきに、誰もが自分で思う以上に屈しているものなのだ。」
P133 L6 「一度に二つの約束はひとつだけの約束より価値が劣るものですよ」
→確かに。
P148 L6 「退屈なやつらが集まると、決まって商売の話になるように、ここにいる自殺者たちは自殺の話ばかりしている。」
「他の国の人たちと比べて、わたしたちってそんなに不幸で衝動的なのかしら?」
「それは、わたしたちがこの世界は残酷だと理解できるだけの教育を受けているから」「そして、残酷な世界に対して自分たちは無力だと感じるだけの腐敗と不平等がこの国にはあるから」「それと、簡単に除草剤が手に入るってのもあるな」
→自殺できること、それ自体を一つの階級のように捉える。
P239 L8 「ここにいるのは戦闘員じゃないぞ、マッリ。これまでだっておまえみたいな若造が何人も自爆してきた。けど、それで何が変わった?こんなクズどものためにおまえの命を犠牲にしちまっていいのか?彼女の命を?彼らの命を?」
→無駄死に対する投げかけ、マッリは結局死を選択する。しかし、冷静な呼びかけも去ることながら、無駄死への抑制はどんな時も重要局面だ。 -
Posted by ブクログ
マンソンファミリーに2年近く居続けた少女の人生本です。
実家族が生活に不満を抱いた結果、ヒッピーやドラッグに傾倒していき、健全な所属を得られる少女時代ではなかったようです。
そのせいで頼る場所を固執していき、マンソンに疎まれてもなお居座ったのでしょうね。
疎まれていたのは当時でもうっすらはわかっていたはずなのに固執したことに疑問を持てるのはまだ思考が健全だから?
ただこの少女は当初からいたわりに殺人に関わっていたわけではないようです。
だから「マンソンファミリー」の日常はわかっても「チャーリーマンソン」については雲を掴むような感想しか持てないかも。