あらすじ
復讐を誓う青年革命家、爆破テロで死んだ博士、冥界最凶の邪神、泥沼化する三つ巴の内戦──あの世もこの世も巻き込んだ、血なまぐさい混乱の行きつく先は。悲しくも可笑しい破天荒な魔術的ミステリ。
あなたはこの物語で、人間の悲劇的な愚かさと、目も眩むような愛を目撃することになる。
──西加奈子
最高にグルーヴィーな語りのリズム。主人公マーリ(の幽霊)と一緒に知られざるスリランカの闇を突っ切った。
──佐藤究
全ての諍いは死者たちの呪いから始まる。時にフィクションは現実の暴力に無力だ。が、この悪夢の旅はどうだ、シュールな笑いで飄々と死体の間をすり抜けて行く。これはすぐ間近に迫る我々の明日の物語だ。
──幾原邦彦
強烈なエネルギー、悲しいユーモア、胸が張り裂けるような感情。そして、歴史が人々へしたことへの燃えるような怒り。
──「ガーディアン」紙
「ぼくたちを殺したやつらを罰する覚悟はできた?」
親友のジャキと恋人のDDに望みをかけ、スリランカの混乱を駆けるマーリ。
そこに立ちはだかるのは、復讐を誓う青年革命家、生者と隠者を媒介する隠者、爆破テロの犠牲になった博士、そして魂を飲み込む邪神……。
陰謀は錯綜し、三つ巴の内戦は激化していく。報復に満ちたこの世界で、それぞれの悲劇が行きつく先は。
血と煙と愛でつむがれる、魔術的タイムリミット・ミステリ!
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
二人称の語りや、マーリのキャラから繰り出される軽いノリに騙られてはいけない。つまり人間はこんなもんだよねという諦めと、それでもやらなければならないことがあるという頑固さの二つが並んでテーブルの上に載せられる。まるでカジノのポーカー台のように。
ひさびさのスリランカもの、オンダーチェの『アニルの亡霊』を思い出した。
Posted by ブクログ
下巻は第3の月の続きから始まる。現在と過去が交錯し、マーリのこれまでにしてきたことが明らかになる。そして彼が大切に思う人達に危険が迫る。彼のやり残したことは叶えられても世界はなにも変わらなかった。ついに明かされる彼の死の真相は苦いものだったが、1990年という時代を考えればやむなしか。
時間制限のあるゴーストストーリーに歴史や政治を盛り込み、さらには宗教や愛をトッピングしたなんとも豪勢なごった煮小説である。満足感は高い。
2022年ブッカー賞受賞作。
Posted by ブクログ
2022年 ブッカー賞受賞作
スリランカ出身の著者が描く、1990年当時のスリランカ内戦の惨状、
そして戦場を駆け抜けた主人公"マーリ アルメイダ"がさまよう死後の世界。
現実と想像が激しく入れ乱れる中で主人公は現世で成し遂げることのできなかった、
スリランカの平和への願いを叶えることができるのか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
エンタメを詰め込んだ海外文学、しかしそれはどれもパーフェクト・テン。
作品が評価されている理由には、その豊富なエンタメ要素にある。
まずは皮肉と比喩。
特に洋楽や洋画に関するジョークも多く、知っていればより楽しめるとも言えるが、
作品が評価されるのは、「知らなくても楽しめるから」。これに尽きるのである。
次に歴史や哲学への視座、ジェンダーまた死生観に対する1つの提案である。
特にスリランカ内戦における複雑性への解像度の高さ、
シンハラ人がマジョリティーを占める国家において、シンハラ人優遇政策をとる政府と少数民族タミル人における抵抗組織、タミルの虎(通称: LTTE)、またそれに加えて無政府主義勢力"JVP"による三つ巴の争いが実際に繰り広げられ、2009年に内戦が終結するまでの間、民間人を含め多くの犠牲者を出し続けた惨劇。
哲学的な視座、
人生において本当になすべきこととは?神は戦争を止める意志がないのか、あるいは能力がないのか。など
ジェンダー、
主人公マーリアルメイダはクローゼット(自らの性的指向を公表しないこと)なゲイセクシャルである。美しいとも感じてしまうほどの表現力によって描き出されるこれらの要素はLGBTへの理解が不十分ながらも進みつつある現代社会とは違い、1990年当時の乾き切ったスリランカ社会の現実によって描かれる。
そして最後にこれらの物語を下支えする死生観、
輪廻天性的な世界観に基づいた"はざま"、"下"、"光"の3つの世界。
ただしかし、いうまでもなくストーリーが非常に秀逸と言える。
生前戦場カメラマンとして活動をしていた主人公のマーリアルメイダは、当時のスリランカにおいて"スリランカ人"を名乗り、あくまでそれぞれの団体との契約のもとで役目を全うしていた。つまりあるときは政府側の協力者として、あるときはLTTEの協力者、あるときはJVPの協力者のようになりうるのである。
しかし彼は、その時々で何をしていようとも、究極的には彼自身なのである。彼はいずれの写真も彼自身の所有物として、内戦を終結させるための最大の武器として所持していたのである。
しかし、彼は命を落としてしまうのである。
彼には成し遂げるべきことがいくつかある。内戦を終結させるための写真を公開すること、そして自身を殺めた存在を確かめること。
そして与えられた時間というのがタイトルにもある"7つの月"、つまり1週間以内に"光"にたどり着くことができなければ、彼は"光"へ訪れる機会を失い、"はざま"に漂い続けることとなるのである。
そうして繰り広げられる7日間の攻防、それぞれの想いが錯綜する中で、
この作品はあくまでもフィクションだが、それは血みどろな権力闘争であり、既得権益による悍ましいほどの不正である。
この作品で主人公のマーリが行き着いた結論はあまりにも簡素なものである。彼は自らの運命を投げ打ってでも、心から愛した1人の男性と親友の女性を守るためにギャンブルに打って出たのである。彼は確かにそれを成し遂げ、"光"へと向かう。
P246 L14 「写真が公になろうがなるまいが、おまえにはもうどうだっていい。なぜって、ジャキとDDが今も息をしているんだから。たとえこのクソいまいましいゴタゴタのすべてを埋め合わせることにはならないとしても、それってけっこうすごいことだ。それに、間違いなくおまえが人生について言える最も優しいことでもある。何もなかったわけじゃないんだ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以下は作品を振り返りつつ、私が特に気に入った一節を併せて紹介していく。
また我々の意思決定における描写も、作品の世界観と相まって非常に興味深い。
P230 L5「人はみな、自分の頭でものを考え、自分の意思で決断を下していると信じている。だが、それもまた、われわれが誕生後に飲み偽薬の一つ。思考とは内のみならず外からももたらされるささやきだ。制御不能なのは風と同じ。頭の中に絶えず吹き込まれるささやきに、誰もが自分で思う以上に屈しているものなのだ。」
P133 L6 「一度に二つの約束はひとつだけの約束より価値が劣るものですよ」
→確かに。
P148 L6 「退屈なやつらが集まると、決まって商売の話になるように、ここにいる自殺者たちは自殺の話ばかりしている。」
「他の国の人たちと比べて、わたしたちってそんなに不幸で衝動的なのかしら?」
「それは、わたしたちがこの世界は残酷だと理解できるだけの教育を受けているから」「そして、残酷な世界に対して自分たちは無力だと感じるだけの腐敗と不平等がこの国にはあるから」「それと、簡単に除草剤が手に入るってのもあるな」
→自殺できること、それ自体を一つの階級のように捉える。
P239 L8 「ここにいるのは戦闘員じゃないぞ、マッリ。これまでだっておまえみたいな若造が何人も自爆してきた。けど、それで何が変わった?こんなクズどものためにおまえの命を犠牲にしちまっていいのか?彼女の命を?彼らの命を?」
→無駄死に対する投げかけ、マッリは結局死を選択する。しかし、冷静な呼びかけも去ることながら、無駄死への抑制はどんな時も重要局面だ。