鵜飼哲夫のレビュー一覧
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芥川賞は人を狂わせる。
その最たる例が、太宰治でしょう。
選考委員の佐藤春夫に芥川賞を懇願する書簡を送ったのは有名な話。
文面は、まさに恥も外聞もないといった体です。
さらには自分を落とした選考委員を逆恨みし、「刺す!」とまで言い放ったのですから、その才能とは異なる意味で「太宰、恐るべし!」です。
結局、芥川賞とは縁のなかった太宰ですが、吹っ切れてからの活躍は目覚ましく、後世に残る傑作を次々とものします。
「太宰が、もし芥川賞をとっていたら、どうなっていたのであろう。天才幻想に憑りつかれ、明るさとユーモアのある中期以降の太宰はなかったかもしれない」
との著者の見立てに、私も同意します。
芥川賞を逸し、その後、大作家としての地位を確立したのは村上春樹もそうでしょう。
その村上春樹は近著「職業としての小説家」で、芥川賞を得られなかったことについて損も得も特段なかった、としたうえで、こう書いています。
「ただひとつ、自分の名前の横に『芥川賞作家』という『肩書き』がつかないことについては、いささかありがたく思っているところがあるかもしれません」
たしかに、「芥川賞作家・村上春樹」というのは大いに違和感があります。
それだけスケールが段違いに大きい作家ということが云えるかもしれません。
本書は、読売新聞文化部記者として長年、芥川賞の選考会を取材した著者が、選評も読み解きながらその舞台裏に迫った労作です。
かく云う私もこの芥川賞(直木賞も)の選評を読むのが趣味で、ネットで読めるものはかなり読みました。
読んでいていつも思うのは、選評は「読み物」だということです。
たとえば、「三島の再来」と評された平野啓一郎の「日蝕」の選評。
「平野啓一郎氏の『日蝕』には、天井の高い建造物に踏み入ったかのような印象を受けた。作品の構えの大きさと思考の奥行きとが生んだ印象であったろう」(黒井千次)
「投げあげた試みがさほどの揺らぎもなく、伸びやかな抛物線を描くのを、唖然として眺めた」(古井由吉)
うまいなぁ、と舌を巻くほかありません。
もっとも、ここでも、あの石原慎太郎は「この現代に、小説を読むのにいちいち漢和辞典を引いて読まなくてはならぬというのは文学の鑑賞と本質隔たった事態といわざるを得まい」と憎まれ口を叩いて顰蹙を買っています(笑)。
芥川賞に興味のある方はどうぞ。 -
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戦前、芥川賞の候補となりながら受賞を逃した中から今読んでも面白い作品をセレクトした一冊。
第1回(1935年・昭和10年)~第15回(1942年・昭和17年)の作品収録。各作品の後ろにその回の芥川賞選評が抜粋して掲載されているので、受賞作との比較や、落選した作品への当時の評価も分かるが良いですね。
収録作どれも看板文句の通り、現代でも通じるテーマ性があったり、設定・筋の面白さなどどれも面白くあっという間に読み終わりますね。(本の分厚さにちょっと怯むかもしれませんが、フォント・行間が大きめに配置されてるのでかなりスイスイとページが進みます)。
選評と作品をセットで読むことで感じた事ですが、作品が書かれた時代が時代だけに、満州、サハリンなどを舞台にした作品や口減らしのために売られる子供など、その当時の人にとってはおそらくリアルに「今」を描いていたモノを、現在の私が読む場合は、まるで近代を舞台にしたドラマを楽しむような感覚で楽しんでるな、でもその中に現代からも汲みとれる何かがあるんだな…というのが今回の気付きです。 -
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昭和10年8月10日。第一回芥川賞最終選考会。石川達三の蒼氓が選ばれる。選に漏れた太宰は川端を刺すとまで言い逆恨みを募らせる。結局、太宰は2回目も3回目もダメであった。でも、もし、芥川賞をとっていたなら、天才幻想に憑りつかれ、明るさとユーモアのある中期以降の太宰はなかったかもしれない。芥川賞は、その存在の大きさから作家を殺す賞ともいわれるが、太宰については、落ちたことで作家としては生かされたと言える。他方、受賞できた石川については、実力もあったが、運もあった。そもそも蒼氓は、改造の懸賞小説で落選した故に、公表されなかったもの。公表されていたならば、そもそも芥川賞候補になれなかった。大阪の旗という雑誌でも原稿掲載の話があったが、こちらも倒産し原稿は返却されている。けちがつきまくっている蒼氓は、著者に捨ててしまわれる運命にあったのに、無断で星座創刊号に掲載されることになり、これが結果として芥川賞候補となる。石川の回想録では受賞しなければ牧畜業者になっており、その後の活躍はなかったという。芥川賞80年の劇的なドラマと時代の流れを選評を通して読む。