藤本和子のレビュー一覧
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ネタバレ西瓜糖の日々
小川洋子さんのやっているラジオ番組で取り上げられていて興味を持ちました。
はじめてのブローディガン。
iDeathというコミューンとそれに隣接している忘れられた世界。静かな毎日の中に不穏な空気があり、だんだんと破綻に向かっていく。
ヒッピームーブメントやコミューンの流行の最中の小説家と思いきや、その前の小説ということでびっくり。時代の先を感じる作者の感性のなせる技なのか?
人と人が関わるところには必ず現れる関わり合いの澱のような不安定さも良く描けていると思います。
今、ブローディガンが小説を書いたら、どんな未来を予見してくれるんだろう?とふと思いました。
竹蔵 -
Posted by ブクログ
ネタバレ初ブローティガン。
原題”In Watermelon Sugar”。
全88断章が連なる、寓話。
「西瓜糖の世界で」「インボイル」「マーガレット」の3チャプター。
寓意は簡単に判りそうな気も、する。
時間と、忘却と、生と死と、無関心と、自己欺瞞と……。
が、あまり茫漠としすぎていて、全然判らないという気も、する。
つまり村上春樹っぽい。
影響関係でいえば逆なのだが。
(また、高橋源一郎、小川洋子、柴田元幸、岸本佐知子、etc...)
SFではないが、ユートピア≒ディストピア、の系列。
また、地図を描きたくなる。
アイデス : 忘れられた世界
あるいは忘れられた世界の中に孤島のようにアイデスがあり、アイデスの住人の住居はその辺縁にある?
人々(わたし、チャーリー、ポーリーン)(マーガレット→) : インボイル
という構図か。
清教徒的・小市民的生活と、対立。
時系列的にヒッピーから生まれた文芸では決してないらしいが、やはりヒッピーとの親近性はありそう。
語り手の「わたし」がむしろ阻害「する」側で、インボイルやマーガレットのほうが読者に近い。はず。人間っぽい。
語り手が実は鼻持ちならない側、というのも、春樹っぽい。
連想。
タイガー立石「とらのゆめ」。
虎と西瓜から。
ドラッギーなところとか。
連想2。
突飛かもしれないが、「マインクラフト」。
世界の素材が西瓜糖、というところから。
藤本和子の文体、好き。
訳書をいくつか読んでから「塩を食う女たち――聞書・北米の黒人女性」を読みたい。 -
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ネタバレそもそも恋愛とは、異文化のすり合わせとも言える。
生まれた場所も価値観も、培ってきたものも異なる2人が出会い、それをすり合わせる。互いの文化を受け入れてより良い関係になっていくか、それとも受け入れられずに別の道を行くことになるか。それは国や肌の色が同じだろうが違っていようが、必ず起こってくる。
しかし、白人の富豪の庇護のもとソルボンヌ大を卒業してモデルをしている娘ジャディーンと、黒人だけの小さな町で育ったサンとの文化の違いは、乗り越えることが出来るのだろうか。
帯の「別世界で育った男女の、激しい恋のゆくえ」というフレーズに誘われて読むと、手痛いしっぺ返しをくらう。激しく燃える甘々の恋愛小説をイメージしてはいけない。そんな生ぬるいものではない。2人の関係は、そして越えなければならないものは、激しく、強く、切なく、苦しい。
最悪とも言える出会いであったのに、「その男の眼の周りには大きな空間があるような気がした」のが、もしかしたら、ジャディーンのスイッチだったのかもしれない。彼の美しさに気づき、彼に惹かれていく。
しかしジャディーンはあくまで白人の庇護下にあり、白人と食事をし、白人の価値観の中で暮らしている。サンにはそれが迎合のように見えたとしても不思議はない。
互いの大事にしてきたものを認め合えるのか。違う文化に適応出来るのか。それを越える恋愛はあり得るのか。
白人夫婦のヴァレリアンとマーガレットの関係もどこか空虚で孤独であり、後で明かされてくるマーガレットの抱え込んできた秘密にも驚かされる。
ヴァレリアン、マーガレット夫妻と、使用人夫婦のシドニー、オンディーンとの関係も、思惑に齟齬があるように感じられる。信頼しあっているように見える30年にも渡る主従の関係も、強固な勘違いの上に成り立っている、ということなのか。
正直なところ、最初の100ページくらいは入りにくくて難儀した。でもいつの間にか藤本和子の訳文に導かれ、恋のゆくえと激しい人間関係との渦にぐるぐると巻き込まれてしまった。美しい表現もキラリと随所にあって、たまらなく切なくなる。
ビターで濃いこの物語を、最後まで読めてよかったなと思う。 -
Posted by ブクログ
これはもうタイトルにやられた。かなり前(1980)に出た作品みたいなのだが最近になって文庫化されたようで店頭でタイトル見たら読んでみたくなった。翻訳を生業とし当時アメリカで暮らしていた作者が何人かの黒人女性にインタビューを行ったもの。黒人であり女性であるということは二重に抑圧された存在である、という切り口で刑務所の心理学者、ケーブルテレビ局のオーナー、ソーシャルワーカー、囚人、街で暮らす百歳を超えた老婆、などに対する聞き書き。どういう生い立ちでどういう酷い目にあってそれをどう跳ね返したのか、または、跳ね返せなかったのか、が綴られている。特定の人種と性別にのみ焦点を当てた作品で今なら逆に世に出せないのでは、とも思った。自分たちが少し前までは奴隷であったために劣った存在と思っていたのだがジェームス・ブラウンに代表されるムーブメントでいかに勇気をもらったか、など非常に興味深く読んだ。タイトルにもなっているフレーズは心理学者が昔たまたま耳にして忘れられない言葉ということで少し長いけども引用する。果たしてこんな逞しさが自分にはあるだろうか。非常に興味深い作品。おすすめです。
「ブルースなんてただの唄。かわいそうなあたし、みじめなあたし。いつでも、そう歌っていたら、気がすむ? こんな目にあわされたあたし、おいてきぼりのあたし。ちがう。わたしたちはわたしたち自身のもので、ちがう唄だってうたえる。ちがう唄うたってよみがえる。」 -
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アメリカの黒人差別について、あまりにも無知だ。私の知識はせいぜい映画からのもの。今もまだ続いていることは看過できないと思うものの、やはり遠い。アメリカも遠いし、黒人も遠い。
黒人であり、女性であるということはどれだけの差別の中で生きていくことになるのか。特に、刑務所の2人、その中でもウィルマの話が印象に残った。ウィルマの語りをそのまま聞いているつもりになっているが、英語で聞き、語られたことが日本語に訳されていると思うと、藤本和子という人はすごい人だなと思う。
弱い立場、苦しんでいる人たちの話を聞いて本にしてくださる方々にありがたさを感じる。
過酷な人生でも強く生きていく、とにかく生きる、死ぬまで生きる、そのこと自体に意味があるのかとしみじみ思う。でもやはり、差別問題に関してはなくす方向に進めないと行けないし、ボンヤリしているわけにはいかない。当事者も遠くに感じている私たちも。 -
Posted by ブクログ
教育は歓迎するが、白人文化への同化は望まない、という女性の言葉が印象的だった。
国や地域に文化があるなら、女独自の文化を保ったままでいいんじゃないのか?ことさらに男性への同化を自他に求めなくとも、やっていけるんじゃないのか?男たちが勝手に作ったヒエラルキーを内面化してあげなくても、もう、いいんじゃないのか?
本書を読みながらしきりに「崖」(石垣りん)の一節が思い出されてならなかった。
戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。
美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)
それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。
女たちが落ちる「崖」に、ここまで、という終わりはない。
20年も経つのに。
そろそろ80年も経とうというのに。
当時インタビューを受けた女性たちは、今、60代、70代を迎えている。アジア人女性が黒人男性に路上で殴り倒される自分たちの国を見て、どんな思いでいるのだろう? -
Posted by ブクログ
生きていく上で、
男の子と女の子にとるべき態度を別々に教えなくてはいけなかったということ、
暴力がとても近くにあったこと、
いわゆる授業の教材で使うような本(to kill a mockingbird, the bluest eyeなど)の描写と変わらない状況に置かれていたこと、
などなど、
生の言葉とそのまま出会って、たった少しではあるけど黒人の女性の置かれてきた環境、そのまわりの空気を知ることができました。
情報として、人種差別と戦うために、黒人男性がやってきたことや、代表的な女性の発言などがアクセスしやすいところにあったので目にしていたけど、
いち女性の人生を紡ぐ言葉は、とても心に入ってきました。