カル ニューポートのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
①買った時のこと
その時は多分ゲームにはまっていて、仕事や勉強がなかなか手につかず、「自分、これではこのままダメだ」というところで気になって買った記憶があります。
実際にそこから1年間、SNSを制限しました。制限するといっても「寝る前や朝は触らない」という程度でしたが、そこからかなり自分のしたいことができるようになった感じはあります。
②この本の内容
1. スマホ依存とは何かという解説や、依存から断ち切るための演習がありました。
2. 衝撃的だった一節に「企業はあなたの時間を奪い、お金にしている」という言葉がありました。これは本の中に画像として載っていたものですが、当時はかなりびっくりして、すぐにSNSを消した記憶があります。
③捨てる理由
1. もともとかなり良い本なのですが、良い本であるがゆえに、気づかずに電子書籍でも重複して買ってしまっていました。2つあるので片方は手放してもいいかなと思いました。
2. 内容がある程度身についてきた部分もあり、見返すこともかなり少なくなったため、このタイミングで捨てることにしました。
④補足
「一人で過ごす時間を持とう」という章の中に、フランクリンという人の言葉が引用されていました。
「一人きりの時間が多すぎるのは良くない。(中略)一人の時間が増えると自分自身に押しつぶされる可能性がある」
これを読んで、やっぱりSNSは孤独を癒やすものでもあったんだろうな、ということが分かりました。
この本ではゲームやSNSが主な対象でしたが、今は生成AIという、24時間いつでも相談できて心の隙間の孤独を埋めてくれる存在が出てきました。そうした存在が登場したことで、より一層この「デジタル・ミニマリスト」という本の価値が出てくるだろうと感じています。 -
Posted by ブクログ
X、Facebook、Threads、スポーツナビ、Yahooニュースなど、ちょっとした時間になくなんとなく開いてしまっていたアプリをさっそくスマホからアンインストールした。
アンインストールして数日経つが日常生活にはまったく支障がないので、これらのアプリをいかに目的もなく、ちょっとした間を埋めるためだけに使ってたのだと気付いた。
これだけでスクリーンタイムが1時間以上減った。ちょっとした間の合計時間が1時間以上というのが恐ろしい…。
インスタグラムやLINEはまだ残ったまま。とりあえずインスタグラムは1日10分しか使えないように設定して様子見。 -
Posted by ブクログ
誰もにとって★5なのかは分かりませんが、今の私にとっては★5の本でした。
ちょうど、自分の注意のフォーカスについて考えていた時期に読みました。仕事も忙しく、生活していくだけで多くの注意が必要とされ、私がこのところ疲れ切って感じるのは、自分の外向きになっている注意が休む隙がないからなのではないかと…
アテンションエコノミー:消費者の注意(アテンション)を集めて、それを使いやすい形に包装し直したものを、広告業者に販売して金銭的利益を得ている企業を指す
人がスマホのスクリーンを見て過ごす時間は平均毎日3時間。私たちがこれらを使用している間に目の端でチラつく広告収入により、フェイスブックなどSNS会社に始まるこれらの大企業は右肩上がりの巨万の収入を得ているという事実。もちろんこれらの企業は、収入増大を目指して、私たちが画面を見ている時間を引きのばすため、高額の投資をして、心理戦も含めてあらゆる手管を仕掛けている…
これらのテクノロジーには良いところもあり、要は使いよう…と一言で言ってしまうのは簡単ですが、個人がこれらの周到に考え尽くされたアテンション・エコノミー巨大企業と戦うのは、羊飼いダビデと巨人ゴリアテの戦いのようなもの。
現代のテクノロジーが現状に至るまでの歴史の紹介と、なぜ私たちはこんなにもデジタルデバイスに注意を奪われるのかについての理由の説明(スマホはポケットの中のスロットマシーン-間歇強化-と承認欲求)、細切れにされている自分の有限の注意の人生における弊害、それらを自分の手に取り戻し、人生で本当に大切なものに注ぐための現実的戦略(具体的演習)が記されています。
孤独の効用(困難な問題を明らかにし、情緒を安定させ、信念を貫く勇気につながり、他者との関係を強める力)、趣味を取り戻す(手を使って何かを作ったり、修理したりするのは良いこと)、デフォルトモードネットワーク(人の脳は、認知の休憩時間に入ると自動的に社交生活について考え始める。これは乳児にもみられる本能的な現象)、会話中心主義(人が生きていくのに必要なのは会話であって、接続ではない。テキストは接続-低価値のやりとり-であって、会話と接続は同等でない)についても、とても興味深く読みました。
うっすらと意識していても、はっきりしていなかった事実が自分の中で明らかになったような気持ちです。そして早速、スマホはおやすみモードに。本を楽に読み切ることができ、長くやりかけて放りっぱなしだった小さな手芸を一つ仕上げました(!)
ところどころにソローの「ウォールデン 森の生活」からの引用と考察があり、心に残りました。
ウォールデンもまた読み返してみたいと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレデジタルテクノロジーは否定しないし大いに活用していきたいが、その前にスマートフォンはスロットマシンだと強く自覚する必要がある。
SNSと検索サイト、ニュースサイト、サイト上のあらゆる広告、記事でさえ利用者の注意、時間を奪う目的で設計されている。これは個人が対抗不可能なほど強力だ。
利用者がより長く画面を眺めれば、それを売上利益に変えるアテンション・エコノミー注意経済、広告産業がのさばっているのだ。このアテンションエコノミーに属するフェイスブックやXやgoogleは、自身では何も生み出していないのに、利用者が画面を見ているだけで稼ぐ。世の中を豊かにしていないのに企業価値が異常に高い。
という点を強く強く認識する必要がある。
彼らは我々ユーザーの大事な人生、時間を如何に奪うか心血を注いでいる。ちょっとやそっとでは対抗できない。
1日3時間もスマホを触ってしまう、なんて勿体無い。習慣を変えよう。
習慣を変えるには環境を変えなくてはならない。
注意を奪う、時間を奪うため特化してきたスマートフォンとの付き合いは、スクリーンタイムを設定するごときでは改善できない。
彼らは強力だ。
まずは、スマートフォンとの付き合いをリセットする必要がある。
1.一ヶ月のリセット期間を設ける。この間、必ずしも生活や仕事に必要でないテクノロジーの利用を休止する。
2.この一ヶ月の間に、楽しくてやりがいのある活動や行動を新しく探したり再発見する。
3.休止期間が終わったらまっさらな状態の生活に、休止していたテクノロジーを再導入する。ただし! 自分の生活や活動にどのようなメリットがあるか、そのメリットを最大化させるにどのように活用するべきか、明確にしてから利用する。
自分のライフスタイル実験。
開始1、2週間は禁断症状が出るが、そのうち消える。
デジタル片付けは、SNSから一時的に離れることにとどまらず、もっと高い価値のある活動を積極的に探さなくてはならない。
真の充実感を生む活動を再発見し、より意義深い目標の達成を後押しするためだけにテクノロジーを活用するような生活に仕向けられる。
■SNSでの繋がりは、対面での広帯域幅の『会話』カンバリゼーションに遠く及ばない低帯域幅の交流を指す『接続』コネクションでしかない。
■人間は他人との繋がりに幸福の土台がある。
■幸福の土台たる他人との本当の人間関係、響き合うコミュニケーション(対面では相手から受け取る情報が多い、共感能力が養われる、自分の話を聞いてもらえる喜び、相手から理解される喜びが得られる)はSNSの文字のみのメッセージでは作られにくい。対面での会話は受け取れる情報も多く相互に幸福感を生み出すが、接続ではそこに至らない。人間は他人との繋がりが絶たれると身体的な苦痛まで感じるほどである。家族を亡くしたりパートナーと別れたり、あるいは単に誰かに冷たくあしらわれただけでも。
古来より他人との繋がりが人類の繁栄を左右する重大な要素だった。
目の前にいる人、親しい相手とのコミュニケーション、信頼できる他人と共にいられる事が、幸福感を生むということであろう。
■人間の脳は、どんな感情を持っているか他者の心の状態を理解するのを助けるネットワークにかなりのリソースを費やしている。
■1人ですごす大切さ。誰とも繋がらず、1人静かな環境で頭を整理する時間が必要。大事な決断も1人の時間があってこそできる。
■従来、人間がコミュニケーションとれる人数はせいぜい150人まで。それを超えて繋がるSNSで、会話、人間関係を維持するのは不可能。
■いいね、は毒。脳は「繋がりたい」もので、古来よりコミュニティから外されれば生きていけなかったから他人の顔を伺う&承認がとても重要に感じてしまうし求めてしまう。しかし現代では必要ない。もちろん、社会性は必要だが。
いいね、することで誰かと繋がっている安心感満足感を疑似体感してしまう。実際には無意味。
いいね、することも、されることも、毒である。偽物の承認欲求を満たしてしまう。
それよりも本物の会話が大事。
いいね、してしまうと、なんかした気になってしまうが実はなんも生み出せてないぜ!
■脳はデフォルトモードネットワークを「何もしていない、考えていないとき」に起動する。脳は暇になると社交活動について自動的に考え出してしまう。
■スマホからSNSアプリは全部消すこと。
スマホのアプリはパソコン版よりも中毒性が異様に高く、気づくとスマホを触る、画面を見る、時間を奪われるのに気づかない、非生産的な生活に陥っている感覚が麻痺する技術の粋で作れている。
ソーシャルメディアのプロは、特定の情報取得にのみ使用する。
■そのアプリやサイトを立ち上げたら次々と記事や商品、他人の投稿が見えてしまうなら、消した方がいい。
日々を主体的に生きるため、デジタルツールの「行為依存を促す仕組み」を理解して、目標の為になる、使うに値するものだけとする必要がある。
SNSは最たる毒で、最低限スマホからアプリは削除しよう。
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Posted by ブクログ
とても面白かったです。デジタル(スマホ)依存が高くなることは、人間にとって様々な意味で悪い影響を与える、ということで、科学的な研究だけでなく実体験も盛り込まれていて説得力がありました。デジタル技術に警鐘を鳴らすこの手の本の代表格と言えば、シェリー・タークルの『つながっているのに孤独』、ニコラス・カーの『オートメーション・バカ』、あるいはジャロン・ラニアーの『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』などがありますが、これらの本以上に、きわめて実践的な内容となっていました。つまり、実際に「デジタル・ミニマリスト」になるためのステップや方法論が具体的に書かれているのが大きな特色です。
本書がきわめて現実的なのは、デジタル技術を100%否定しているわけではなく、良いところは活用しつつ、使い過ぎないようにせよ、というメッセージだからでしょう。お酒と一緒です。赤ワインは少量なら体に良いと言われますが、飲み過ぎれば体を壊すからです。
本書で印象に残った記述のひとつが、「孤立」と「孤独」の違いです。困ったときに頼れる人が周りにいないのが孤立で、これは完全に良くないことですが、孤独は必ずしも悪ではなく、むしろ歴史上の偉人は意図的に「孤独」の状態を作り出したことで、質の高い創作活動や意思決定ができたのだという主張です。そしてスマホ(のなかでも特にSNS)にかじりついているような生活をしていると、自分の孤独の時間はほとんど失われ、その結果思考力にマイナスの影響を及ぼすだけでなく、他者との関係性についてのストレス、プレッシャーを増やしていくという悪影響を及ぼすわけです。
もう1つ印象に残ったのが、「接続(コネクション)」と「会話(カンバセーション)」の違いです。本書では、テキストメッセージの送受信や、フェイスブックでの「いいね」ボタンを押している行為は、会話ではなく単なる接続だということになります。それに対して、対面での会話、電話、あるいはZOOMなどのツールを使うことは会話になります。そして接続は、簡易だが中身がないという意味で、コミュニケーション領域におけるファーストフード(あるいはジャンクフード)であるということで、我々は食事面だけでなく、コミュニケーション面でもジャンクフードの依存度が高まっていることになります。
テクノロジーへの過度の依存は人間を退化させます。エレベーター、エスカレーターばかり使っていれば筋力が衰えるのと一緒で、スマホ、AIなどのデジタル技術への過度の依存は、我々の脳機能(思考力、創造力)を衰えさせることになるでしょう。おそらく近い未来の健康診断では脳機能も診断されて、「AIばかりに依存していると思考力が衰えますから、たまには自分で考えて自分で行動してみてください」と医者からアドバイスされるような世界が来るのではないでしょうか。本書は色々な気づきが得られる本でした。 -
Posted by ブクログ
この本が言いたいこと
•むやみやたらと,ともすれば無自覚に新しいテクノロジー(主にSNS)を利用してはいけない.
•なぜならそれらは人間が進化の過程で習得してきた能力のごく一部しか使用しないような「質の低い余暇活動」であり,真に価値のある過ごし方とは,「実体との関わり」を伴ったときにしか得られないからである.
•「実体との関わり」とはすなわち,
- 人間同士のコミュニケーションにおいては,同じ時間・空間を共有したFace-to-faceでの会話であり,
- 趣味おいては,上記に加えて,リアルなモノと向き合う活動である.
•「質の低い余暇活動」が必要なのであれば,それを予め1日のプランに組み込んだ上で,本当に大切なこと(=実体との関わり)と向き合う時間を過ごす方が,人生は充実していく.
Review
「この本が言いたいこと」で「はいはい,もうそういうのうんざり」とか「そんなこと今更改まって言われても」と感じたとしても,この本は個人の姿勢を咎めたいわけでも説教を垂れたいわけでもない.これを「追いやられた状況」と捉え,時代の強く大きな流れに対して,それに動じず大木のように構える生き方こそ人間らしいと説く,現代の哲学である.ただ,内容が内容なので,おそらく少なくとも普段から漠然とした問題意識がなければ,この本で語られていることを受け入れることは難しいと思う(自己選択バイアス).
著者は「アテンション・エコノミー」を脅威として捉え,その脅威に対抗するために,①脅威の正体と,②征服されてはいけない理由と,③征服されないための生き方を述べている.③については,おそらくより一般的には「ミニマリスト」や「ミニマリズム」として知られた考え方の拡張であって,①と②は,日頃の生活に侵入してきた漠然とした違和感を説明している.
アテンション・エコノミーという言葉を,私は知らなかった.初見では,アテンション・プリーズとかエコノミー・クラスとかいう言葉を連想して,なんとなく飛行機に関係するのかなあ,搭乗するのかなあ,なんて思ったわけではなく,この言葉は「注意経済」のルビとして登場した.(搭乗と登場をかけています.為念)
アテンション・エコノミーとは,この本の定義によれば以下である.
> 消費者の注意を集め,それを使いやすい形に包装し直したものを,広告業者に販売して金銭的利益を得ている企業
GoogleやFacebookがわかりやすくコレだが,このビジネスモデル自体は新しいものではなく,1833年に1ペニー新聞というので始まったものだそうだ,新聞はカネの流れの中でも「媒体」となり,購読者にもWinを,広告業者にもWinをもたらした.
GoogleやFacebookが提供するサービスに当てはめれば,多くの人がここでの「購読者」ということになる.私たちが検索した情報を,Googleがその他多数の企業に売る.多対1から1対多へ.そして,上述の定義における「使いやすい形に包装し直したもの」にも品質があるわけで,ではより高品質な私たちの情報とは何かといえば,そのパラメータの一つは「ビッグ・データ(圧倒的母数)」であろう.
私たちの時間=彼らの$
> テクノロジーは中立ではない.ユーザーに長時間使わせることを目的としている.
そりゃあそうだ,という感じだが,これは元Google社員の言葉である.元,ということだから辞めたのだろうが,その背景とこの言葉の関連はわからない.だが要するに「新しいテクノロジーを使うとき,あなたたちは**不利**ですよ」ということだ.私たち個人がアテンション・エコノミーと戦っている,なんて大袈裟であるが,彼らは最先端の技術を結集し,全力で私たちの時間を奪いに来ている.その良し悪しは問題ではなく,そういうビジネスモデルの上にいると「認識する」ことが重要なのだ.
最初は誰もが自覚的に使っていたはずだ.自覚的にその便利さを受け入れ,不可欠になってきたツールもあるだろう.しかし,その便利さに魅入られているうちに,無自覚に,つまりそのツールの使い方までもを,アテンション・エコノミーに明け渡していないだろうか,という懸念である.本当に価値を認めている活動が,デバイスによってくじかれてはいないだろうか,という懸念である.
> スマホをチェックするのは”さあ,当たりは出るかな”と期待してスロットマシンのレバーを引くようなもの
Facebook,Twitter,instagramやニュースアプリなど,常習的に使用してしまうアプリケーションはどれも2つの要素を基に設計されている.それは間歇強化と承認欲求である.
①間歇強化:予期しない報酬システム.じぶんの投稿へのフィードバックや,ニュースアプリを巡回しているときに見つけた面白そうな見出しのこと
②承認欲求:言わずもがな,社会的な承認という,”小粒ながら中毒性の高い黄金”
UI/UXを突き詰めたとき,結果としてそこに行き着くことは全く不思議ではないし,必然である気がする.ユーザーにとって価値がある情報の精度を高めるために,とにかくデータを集めるために,まずは利用してもらう時間を増やそうとする.それがユーザーにとって無自覚的な利用状態であっても.私たちのデフォルト・モード・ネットワークに適合して支配するテクノロジーであったとしても.
SNSのメリットは何か?と訊かれたら,何と答えるだろう,パッと思いつく私の答えは,
•やむを得ず離れてしまった友人たちの近況を知ることができる
•会話だけでは非効率な情報交換を,非同期にできる
•「いいね」の送り合いで,気持ちが豊かになる
となる.しかし,そんなメリットの総和は,無自覚的な利用という大きな損失な対して「割に合わない」のだと,なかなか手厳しく,言われたくなかったところを突いてくる.
> ものの値段とは,短期的,長期的に見て,それを手に入れるのに費やさなくてはならない,私が生活と呼ぶものの量である
これは「森で暮らしてみた」というようなことを書いたらしい本(※説明が雑なのは読んでいないからでそれ以上の意味はありません)[『ウォールデン』で著者のソローが悟った,「ソローの新経済論」と呼ばれるものだ.これに照らし合わせれば,私が列挙したようなメリットをその利用時間で割ると,そんなにありがたがるものですか?ということだ.そのメリットはずっと低いコストで手に入るか,そもそもなくても困らないものじゃないですか?と.そしてさらにまくし立てるように,次のロジックをぶつけてくる.
収穫逓減の法則:あるプロセスに投入するリソースを増やしても,生産量は無限に増えるわけではない
つまり,新しいテクノロジーを利用すればするほどもたらされる利益が増えるなんていうことはなく,頭打ちになっているにも関わらず,時間というリソースを費やしていないか?ということだ.ここまでくると,はいその通りです,ごめんなさいと謝るしかなくなる.無駄に動物の動画を観たり,私とは無関係な人の少し主張の強いツイートとそのやり取りをなんとなく見たりしてすみませんでした.
と謝っていると,次は,それはあなたのせいではないよ,と言ってくれる.「そういう風に設計されている」と.ただそれを認めることも,恐怖を感じる.
•新しいテクノロジーは目新しく楽しい存在のため,具体的にどれだけメリットがあるか気づきにくい
•漠然とした姿勢で使ってもらえるように設計されている
- Facebookの紹介文:コミュニティづくりを応援し,人と人がより身近になる世界を実現する
2つ目はFacebookがユーザー数を拡げた結果,抽象的な表現にせざるを得なかっただけなのでは,とやや擁護してしまう気持ちが湧くが,もうFacebookのせいにしてしおう,Twitterのせいにしてしまおう.お前たちのせいでやるべきことができないではないか!
自由になるために
> シリコンヴァレーの投資家から最新のサービスを差し出されるたびに反射的に新規登録するのは自由とはかけ離れたものである
そんな真似しませんよ,なんて思うが,おそらく私のiPhone内のアプリと隣人のiPhone内アプリと比べたら,同じアプリがインストールされている気がする,それは追いやられた結果かもしれない.ここでタイトルである「デジタル・ミニマリズム」がやっと登場する.
デジタル・ミニマリズム
> 自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否かを基準に厳選した一握りのツールの最適化を図り,オンラインで費やす時間をそれだけに集中して,ほかのものを惜しまずに手放すようなテクノロジー利用の哲学
具体的なステップは本書を読んでもらうこととして,重要なのはまずインストールされた数あるスマホのアプリの中から本当に必要なものだけを残した上で,さらに残したアプリも使用方法に制約を作る,ということだ.コツはこれを一気にやる.ということで,ほぼ無意識的に開いてしまうinstagramとtwitterを中心にアンインストールをした.たが,まったく見なくなるのも不安だったので,週末だけPCから見ることにした.結果としては,
•instagramは私にとってまったく必要ないことがわかった
•facebookも同じ
•twitterはフォローする人を厳選して,毎日見る必要はない.
•ニュースアプリはクリップするだけ.週末にまとめて読む.
という感じになったはずだったが,twitterはChromeアプリでスマホからログインした結果,トップに表示されるようになってしまい,失敗.ニュースはまとめて見ませんでした.
敗因を分析すると,これらをやめて何をするか,という明確な目的がなかった.当たり前だが,やってみるだけでは不十分だった.ということで,この時間で筋トレと読んだ本のアウトプットをしようと決意した(今ココ).
広帯域コミュニケーション
ここまで触れてこなかったが,著者がSNS上のやり取りを「価値が低い」と評しているのは,主に”いいね”の押し合いであり,この1bitのやり取りでコミュニケーションをとった気になってはいけないと言っている.人間が進化の過程で備えてきたコミュニケーション能力とは,五感をフル活用して多くの情報を同時並行して処理するもので,それこそが人間関係を豊かにする,というものだ.Twitterのありがたみを実感してきた私としては,「すでに一定レベル築かれた人間関係においては」という条件付きで同意できる.新しい繋がりを生みやすいという点で,SNSは価値があるものだと思う.(その辺は小島秀夫監督作品「Death Stranding」でも語られているところなので,全クリしたときにでも,このゲームの素晴らしさを書きたいと思う.)
著者が勧めている「広帯域コミュニケーション」の一つにボードゲームがある.
> ボードゲームは,デジタル世界と離れた独特の社交空間を作る
たしかに,ボードゲームとゲームの楽しさは異なる.個人的には,オンラインでゲームをするよりも,ボードゲームをした方が楽しいと感じる.オンラインも,ただ一緒にやるよりも,ビデオチャットをしながらの方が楽しい.CPUを相手にするより,他のPLAYERを相手にする方が楽しい.つまり,リアルな要素が多いほどゲームは楽しい.それがより多くの感覚を使用する,ということでもたらされているのであれば,これまでの主張は正しいと思うし,ゲームやSNSなどのツールはあくまで補助的な存在であるということを忘れてはいけない気にさせてくれる.
本当に大切なこと,を見つけること
この本が示している「本当に大切なこと」は,一般論としては定義できないというのが私個人の考えで,たとえ低帯域なコミュニケーションであっても,その力が大きく感じることがある.それは良くも悪くも,伝送される情報量がわずかであっても,いくらでも「解釈する」ことができるからだと思う.だから,質が低いと定義されたコミュニケーション自体にあまり問題意識はない.せめて言うなら,必要なときがある程度だろう,という認識だ.
一方で,本来自分が価値を認めていることが脅かされている状態は,断固として望ましくない.これは本書に書かれているとおりである.スマホが登場する前からそのような状態はあったから,全ての責任を新しいテクノロジーのせいにはできないとは思うが,極論を言ってしまえば「本当に大切なこと」があれば,脅かされる心配はないだろうということだ.これは非常に難しい.本当に大切なことを見つけるのが難しいから,「なんとなく手近で大切そうに見えること」を優先してしまうような気がする.
この本で書かれたデジタル・ミニマリズムを押し進めながら,もう少し「本当に大切なこと」が何かを見つけてみようと思う.
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Posted by ブクログ
本書は、メールに押しつぶされそうになっている仕事から、抜け出そうするヒントを提供してくれる本です。ですが、あくまでもヒントです。
本書を貫くキーワードは、「大事なことに集中する」です。
結論は、「常時接続に取り憑かれた現代の文化とうまくつきあいながらよりよい仕事をする方法がどこかにあるはずだという期待を抱いているのなら、いまこそその目をしっかりと開く時だ。」です。
気になったことは以下です。
メールはまとめて処理し、通知はオフにし、件名はもっとわかりやすくすべし。
受信箱が未処理メールであふれかえって手に負えなくなっているなら、組織全体の行動様式を改善し、メールの返信にかかる時間を短縮するなどの手当てが必要である。
「大事なことに集中する」こと、知識産業が集中力を過小評価している。その集中力の欠如は、価値ある成果を生み出す能力に想像以上の打撃を与えている。
人間の脳は情報を並列処理しない ネットワークの切り替えは思考のスピードを低下させる 人は1つのタスクから別のタスクに注意を切り替えるたびに、認知リソースのすべてを切り替えると脳に命令をだしている
彼が職務に優れた力を発揮したのは、重要な問題に集中する能力を備えていたおかげだった。
4つの原則
①注意資本の原則:知識産業の生産性は、情報に継続的な価値を与え加えるワークフローを確立することにより、大幅な向上を望める
②工程の原則:洗練された生産工程のナレッジワークへの導入、業績を大幅に向上させるとともに、ストレスを軽減する。
③プロトコルの原則:職場で業務の調整をいつどのように行うかを最適化するルールの設計は、短期的には労力を要するが、長期的にははるかに生産的な業務という成果をえる
④専門化の原則:ナレッジワークでは、取り組む仕事の量を減らし、一つ一つの仕事の質を上げて結果に責任を負うことが、生産性を大幅に向上させるための土台となりうる。
新しいワークフローはシングルタスクを促す。区切りのいいところまで片づけたら次を始めるようになる
ドラッカーのいう「知識労働者を直接あるいは細かく監督することができない。知識労働者は自らをマネジメントしなければならない」は、業務の遂行と、仕事のワークフローの2つにタスクを分けることで改善はできる。業務の遂行は管理はできないが、仕事のワークフローについては、管理し改善を促すことができる
業務アプローチを改善するためには、①タスク途中でコンテキストの切り替えを最小限にし、②コミュニケーションの過負荷を最小限にするようなワークフローを構築することだ
ナレッジワークのリーダが抜本的な改革を実行に移すのは、人間の頭脳がもつ可能性をいっそう引き出すためでなくてはならない。
効果的な生産工程には次のような共通の特徴がある。
1 作業ごとの担当者と進捗を容易に確認できる
2 散発的なコミュニケーションが最小限でも作業が進む
3 工程の進行に合わせて担当者を更新する際の手続きがあらかじめきめられている
つまり、優れた生産工程はいま何がどうなっているのかを最大限明確にすると同時に、そのタスクの完了に必要になる散発的なコミュニケーションを最小にする
自動化に向いていそうな工程が見つかったら次のようなガイドラインに沿って進めると移行が容易となる
1 分割 ⇒ 2 合図 ⇒ 3 受け渡しルート
メールはつねに短くするというのは簡単なルールであるが、その効果は計り知れない
コンピュータの登場は労働量を減少させるどころか、かえって仕事を増やした
苦手は作業はアウトソーシングする
責任と主体性のバランス 受け身で簡単で頭を使わなくてもできる仕事を捨て、主体的で、困難で、明確な目標があるクリエティブな仕事を選ぶことで、責任を負う
メールを使わない職場のメリット ①人間と仕事をしている感じがする ②同僚との結束が強まる
目次は、以下です。
はじめに 注意散漫な集合精神
第1部 メールの何がいけないのか
1 メールは生産性を低下させる
2 メールは人を不幸にする
3 メールは意思を持つ
第2部 メールのない世界へ 4つの原則
4 注意資本の原則
5 工程(プロセス)の原則
6 プロトコルの原則
7 専門化の原則
21世紀の月探査ロケット打ち上げ
あとがき -
Posted by ブクログ
おすすめ本に表示れされて気になったので読んでみた本。
読んでみてよかった。普段何気なく手にとってしまっているスマホ。ゲームはやらないし、SNSもそれほどやっていないつもりだったけれど、この本を読んで、自分は平均的なスマホユーザーでアテンション・エコノミーの餌食になっていることを悟りました。
ちょうど睡眠や食生活、生活習慣の改善に取り組んでいたし、外出時は本を持ち歩き夜もスマホを見ないように気をつけているところなので、せっかくならスマホの使い方も見直そうと思いました。
この本では30日間のリセット期間を設け、必ずしも必要でないテクノロジーから離れることを提案している。ただ、これから数ヶ月間は徹底的なデジタル片付けは難しいので、できる範囲でやっていくことにしました。中途半端だと上手くいかないようだけれど、今までよりよくなるとは思います。
【本を読んで実践したこと】
・ツイッターは退会
・スマホからフェイスブックアプリを削除(ほとんど見ないが海外の友達とのコネクションを完全に無くすのは寂しいので一応アカウントはキープ)
・スマホからインスタアプリを削除(この本の言うところの子供の自慢的な投稿をしていた。続けるかは要検討)
・スマホからヤフーニュースアプリを削除(ついついコメントを読んでしまい、不快な気分になることが多かったので、これを機会にヤフーは見ないようにする)
・スマホからスマートニュースのアプリを削除(気になる広告が多く、頻繁にクリックしていた。まさにアテンション・エコノミーの思う壺だった)
【もともとやっていたこと】
・夜9時以降スマホを触らない
・寝室にスマホを持っていかない
・外出先の暇潰しは読書(スマホを見てしまうことも多々あった)
・スマホに代わる趣味探し
【検討中】
・ニュースは何を読むか、聞くか、見るか
・ネットショッピングをどのように制限するか
・スマホのスリープタイムを設定するか -
Posted by ブクログ
なかなか面白かった。
原著副題の
"Choosing a Focused Life in aNoisy World"のほうが内容を的確に表している気がする。
単に脱スマホをしろという話ではなくて、自分の人生に役に立つのかどうかを「考えて」「自分の意思で」使い方や時間を決めよう、というのが主なメッセージ。
個人的になるほどと思ったのが、「趣味を持て」のところ。しかもリアルになにか創作するような趣味。理屈としては、スマホを減らそうと思うと苦しいので、リアルな趣味にハマって「スマホ触ってる場合じゃない→結果的に減る」の流れで行こうという話。これはよさそう。
"余暇活動にエネルギーを注げば、エネルギーはかえって高まる"
ダラダラしないでなんかやれ、という話。 -
Posted by ブクログ
アメリカの自己啓発っぽい本は突然、知らない一般人の体験や起業家の話が出てくるから、本論がなんなのかわからず混乱する。
アメリカの人からすると自分に近い一般人の話が出てくると解像度が上がるが、海外の読み手からすると逆効果で遠い世界の話に思えてしまう。
それは置いておいて、attention economyという言葉を初めて知ったが、GAFAはユーザーのattention (注意)や時間を消費させることに莫大な労力を割いている。
その策略に巻き込まれているのかと思うと途端にバカバカしくなった。
オフラインの交流を強化するためのSNSはそのSNSを使う時間が多すぎて、むしろ、オフラインの交流を減らしているというのももっともだった。
仲良しの友達の写真にいいねしたところで、簡単なメッセージをしたところで、実際に会って交流すること以上の効果はないのだ。
誰かとつながりたいという気持ちをSNSに消費されて、実際に友達と会う機会がどれほど減ったことか。
僕らは物理的に存在してるのに、魂や認知はオフライン、バーチャルな世界に乗っ取られていると感じた。
スマホで意味のないshortsを見ているときに人生はないがしろになっているし、そこに人生はない。
わかってはいるけど、やめられないスマホいじりを頭で理解して、本当にやめるために必要なことと思った。
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Posted by ブクログ
スマホはスロットマシーン‥。
スマホに自分を乗っ取られないために、一旦スマホから必須でないアプリを30日間削除しその間に、これは大事だと思えること、楽しいと思えることを再発見しておく。
アプリを再インストールする際には「人生において大事なことを後押ししてくれるかどうか(それが最善な方法か)」で判断する。
例えばギターでビートルズの曲を弾けるようになる、週一回文化的なイベントに参加するなど、具体的にスケジュールに書き込む。何かを修理する、レコードを頭から最後まで聞く、家庭菜園を始めるなど、アナログなことが良い。
大事な余暇に役立つテクノロジーは、存分に使えば良い。youtubeで修理の方法を学ぶなど。
SNSやサブスクなどを使用して良いタイミングも決めておく。(質の低い娯楽をそこに閉じ込めておく)何かしらを金輪際やってはいけないとなると、逆に長続きしない。
自分の生活の監督になったつもりで、ソーシャルメディアと関わる。