米国の作家ヘンリー・ソローが、マサチューセッツ州ボストン郊外のウォールデン湖のほとりの丸太小屋で過ごした2年2か月の生活を綴り、1854年に発表した作品の上巻。
本作品はその格調高い文章により米国文学の古典に一つと数えられ、更に、著者の考え方は、後に黒人解放運動を指導したキング牧師やベトナム反戦運動を行った作家ノーマン・メイラーらにも大きな影響を与えたという。
著者は、150年以上も前に、「どの隣人からも1マイル離れた森のなかにひとりで暮らし」た理由を、「私が森へ行ったのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きてはいなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。人生とはいえないような人生は生きたくなかった」と語り、本書に以下のような様々な思いを記している。
「ほかのひとも私のかわりにものを考えてくれるかもしれないが、だからといって、私が自分でものを考えるのをやめたほうがいいということにはならないだろう」
「どの木にもそれにふさわしい実が生り、定められた季節がある。その季節がつづくあいだは、みなみずみずしくて、花を咲かせるが、時期が去ればひからびて、しぼんでしまう。ところがイトスギはそのどちらの状態にもおちいらずに、いつも変わらずに栄えているではないか。自由なるもの、つまり宗教的独立者とはそういう性質をそなえた者のことだ。束の間に消えてゆくものに心を奪われてはならない」
「日ごとに訪れる朝は、私に向かって、自然そのものとおなじように簡素な~あえて言えばけがれのない~人生を送ろうじゃないかと、ほがらかに呼びかけていた」
「なにごとも簡素に、簡素に、簡素に、と心がけるべきだ。自分の問題は百とか千ではなく、二つか三つにしぼっておこう」
「居ながらにして精神の世界を駆けめぐること。これが書物を読むことによって私が得た利益である。・・・アレクサンドロス大王が、遠征のときに『イリアス』を宝箱に納めてもっていったのも、なんら不思議ではない。書き記された言葉は、祖先の遺物のなかでもとりわけ尊いものだからだ。それはほかのどんな芸術作品にもまして、われわれの身近にありながら、同時に普遍的なものである」等