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2026/08/23
「森に入り、必要最小限の物で、自分の手を動かして暮らす」という実践自体は、日本人にはそこまで突飛に見えない。里山生活、山村の自給、庵での隠棲、鴨長明や芭蕉、西行まで、自然の中で簡素に暮らし、世俗から距離を取る文化がすでに長くあるからね。
ただ、ソローが当時のアメリカ社会に対して斬新だったのは、森暮らしそのものよりも、それを「近代的な労働・消費・所有への意識的な反抗」として行った点だと思う。土地を開拓して財産を増やすことが善とされた19世紀アメリカで、彼は逆に「人間は家や仕事を所有しているつもりで、それらに所有されている」と言った。西へ進み、自然を切り開く社会のただ中で、自然を征服せず、自分の欲望のほうを縮小した。
日本の隠遁文学が、無常を知って世間から静かに退く方向だとすれば、ソローは森から社会へ向かってかなり攻撃的に批評している。だから生活の外形は日本人に馴染み深いけれど、その思想は「方丈記の庵に住むアメリカの反資本主義者」みたいな独特さがある。
目 次
森の生活(ウォールデン)(下)
湖
ベイカー農場
より高い法則
動物の隣人たち
暖 房
先住者と冬の訪問者
冬の動物たち
冬 の 湖
★春
む す び
解 説
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
(Henry David Thoreau、1817年7月12日 - 1862年5月6日)は、アメリカ合衆国の作家・思想家・詩人・博物学者。 アメリカのネイチャーライティングを確立し、またニューイングランド超絶主義を代表する人物の一人である。代表作『ウォールデン 森の生活』において、自然の中での簡素な生活と自己省察を記録し、近代以降の自然観・環境思想・ライフスタイル論に大きな影響を与えた。[1] また、エッセイ「市民の反抗」(Civil Disobedience)において、良心に基づく非暴力的不服従の正当性を論じ、後世の政治思想や社会運動に決定的な影響を及ぼした。[2]
「ときどき、人間との交際やうわさ話にも飽き、村の友人たちの顔もひとりのこらず見てしまうと、私はいつも暮らしている場所よりずっと西のほうにある、この町でもあまり訪れるひとのない「すがすがしき森と新しき牧場へ 1」ぶらぶら歩いていったり、あるいは日没のころ、フェア・ヘーヴン・ヒルでコケモモやブルーベリーの夕食にあずかり、ついでに数日分のたくわえを摘み取ったりした。こうした実をひとから買って食べたり、市場へ出荷するために育てたりしている人間には、そのほんとうの味はわからない。それがわかる方法はたったひとつしかないのだが、そうするひとはめったにいないようだ。コケモモの味がどんなものか知りたければ、ウシ追いの少年かエリマキライチョウにでもたずねてみるがよい。自分で摘んだこともないのに、コケモモを味わったつもりになるのは、世間によくみられるまちがいである。コケモモはひと粒だってボストンに届きはしない。むかし、そこの三つの丘に生えていたことはあるが、以来、そこではまったく知られていない。この実でとりわけ風味のよい本質的な部分は、市場へ向かう荷馬車のなかで表面についている白い粉がこすれてなくなると同時に失われ、コケモモは単なる人間の飼料になってしまう。「永遠の正義」がこの世を支配しているかぎり、けがれなきコケモモのひと粒たりとも、田舎の丘から都会へと運ばれることはないのである。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「 ひろびろとした湖は、大気のなかにただよう精霊の存在を明らかにしてくれる。それはたえず上のほうから新しい生命と運動を得ているのだ。湖は大地と空との中間的な性質をもつ。地上では草と木だけが揺れるのに、ここでは水自体が風に吹かれてさざ波を立てる。光の縞やきらめきを見れば、風がどこを渡っているかわかる。湖面を見おろせるということはまことにすばらしい。やがていつの日か、私たちはこんなふうに大気の表面を見おろし、さらに名状しがたい精霊が、そこを吹きわたるのをまのあたりにすることができるであろう。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「そのころは、無為ということがもっとも魅力的で生産的な仕事だったのである。私はよく午前中にこっそりと村を抜け出しては、一日のうちでもっとも貴重な時間をそんなふうにしてすごすのが好きだった。金はなくても日のあたる時間と夏の日々はあり余るほどもっていたので、それらを惜しげもなく使ったのである。それに、私は仕事場や教師用の机の前でそうした時間をもっと費やさなかったことを、少しも悔やんではいない。ただ、私があの岸辺を去ってから、きこりたちはさらにひどく森を荒廃させてしまったので、森の小道をたどりながら木の間がくれに湖の景観を楽しむことなど、もう当分は望めなくなっている。私の詩神が、今後沈黙してしまうことになってもやむを得ないだろう。小鳥たちの森が伐り倒されているというのに、どうして彼らがさえずることを期待できようか?」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「あるとき、私は偶然、虹のアーチのたもとに立った。虹は大気の低い層を満たし、あたりの草木を染めていた。私は色つきの水晶を透して眺めているようなまぶしさを感じた。それは虹の光の湖であり、そのなかで私はしばらくのあいだ、イルカのように生きた。もし虹が長くつづいていれば、私の仕事や生活にもいろどりを添えてくれたかもしれない。鉄道の土手道を歩いていたとき、私はよく自分の影のまわりに光の暈ができるのを見て不思議に思い、自分はきっと神に選ばれたひとりなのだと、うぬぼれてみた。私を訪ねてきたある男によると、彼の前を歩いていくアイルランド人たちの影にはそんな暈などかかっていなかったそうで、こうした栄誉に浴するのは、その土地に生まれついた人間だけだそうだ。そういえば、ベンヴェヌート・チェリーニ 3が回顧録に書いている。聖アンジェロ城に幽閉されていたころ、なにか恐ろしい夢か幻を見てからというもの、イタリアにいてもフランスにいても、燦爛たる光が朝な夕なに彼の頭の影の上にあらわれるようになり、とくに草が露に濡れているときなど、きわ立っていたという。これはおそらくいま述べた現象とおなじもので、私の場合もやはり朝方に、とくにはっきりと見られたが、別の時間にも たとえば月の輝く夜にさえ あらわれたのだった。ありふれた現象ではあるけれど、気づくひとは少ないので、チェリーニのように敏感な想像力の持ち主にあっては、迷信のもとにもなりかねないのであろう。しかも彼は、それをほとんどだれにもうち明けなかったと書いている。だが、自分は注目されていると意識する人間は、それだけでも選ばれた人間といえるのではあるまいか?」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「もしわれわれが、あらゆる「自然」の法則を知っていれば、たったひとつの事実か、あるいは実際に起こったひとつの現象の記述を提示されるだけで、その時点に生じ得るすべての特定結果を推測することができるであろう。ところが現段階では、われわれはほんのわずかな法則しか知らないので、こうした推測の結果は、もちろん自然界の混乱や不規則性によってではなく、われわれの側が計算上不可欠な要素に対して無知であるために損なわれてしまうのである。法則と調和に関する人間の諸観念は、たいていの場合、発見できる実例のみに限られている。だが、一見矛盾しているようで、じつは一致している、さらに多くのいまだ発見されざる法則から生じる調和には、さらに驚嘆すべきものがあるのだ。特定の法則がわれわれの視点となっているところは、ちょうど、ある山の形は絶対にただひとつしかないのに、旅びとにとってはその輪郭が一歩ごとに変化し、無限の横 顔をもつことになるのと似ている。山を切り裂いたり、そこに穴をあけたりしてみても、山の全容を把握することはできないのである。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「 私が森の生活にひかれた理由のひとつは、春の訪れを見るゆとりと機会がもてそうだということだった。湖の氷がついに蜂の巣状になりはじめると、私は歩きながら靴のかかとをそこへ踏みこませることができる。霧と雨とあたたかくなった日ざしとが、徐々に雪を溶かしてゆく。日はめっきり長くなった。これからは大きな火を燃やす必要はないので、もうこれ以上薪の山をふやさなくても冬が越せそうだ。私は、春の最初のきざしを見つけようと注意をこらす。やってきた渡り鳥がふと洩らす歌声や、そろそろたくわえがなくなっているはずのシマリスの鳴き声は聞こえないか、冬ごもりを終えたウッドチャックが、勇をふるって巣から出てくるところが見つからないかと。三月十三日には、すでにブルーバード、ウタスズメ、ワキアカツグミなどの鳴き声を聞いたあとだったが、湖の氷の厚さはまだ一フィート近くもあった。気候があたたかくなっても、氷は川のなかのように、みるみる水に溶けたり、砕けて流れ去ったりするわけではない。それどころか、岸辺の氷は半ロッドの幅で完全に溶けてしまっても、湖の中心部は、蜂の巣状のまま水びたしになった結果、足で踏み抜くことができるとはいえ、依然として厚さ六インチの氷におおわれていた。しかし、あたたかい雨のあとに霧でもかかると、おそらく次の日の夕方までには全部の氷が溶けて、神隠しにでも遭ったように雲散霧消してしまうだろう。ある年のことだが、私は氷が消えてなくなるわずか五日まえに、湖のまんなかを歩いて渡ったことがある。一八四五年には、ウォールデン湖は四月一日にやっと完全解氷した。四六年は三月二十五日、四七年は四月八日、五一年は三月二十八日、五二年は四月十八日、五三年は三月二十三日、五四年は四月七日ころであった。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「 湖では、一年間の現象が毎日小規模に起こっている。大まかにいえば、浅い水は毎朝、深い水よりも急速にあたたまる。もっとも、結局はそうたいしてあたたまるわけではなく、夕方になれば次の朝まで、さらに急速に冷やされるにきまっているのであるが。一日は一年の縮図である。夜は冬、朝と夕べは春と秋、昼は夏である。氷がきしんだり、とどろいたりする音は気温の変化を示す。寒い夜が明けてすがすがしい朝を迎えた一八五〇年二月二十四日、私はその日一日をすごすつもりでフリンツ湖へ出かけていった。斧の頭で氷を叩いてみると、ピンと張った太鼓の皮でも叩くようなドーンという音が、周囲何ロッドにもわたって鳴りひびくのを知っておどろいた。日の出から一時間ほどたったころ、湖は丘の上から斜めにさしてくる陽光の影響を感知し、ごろごろと鳴りはじめた。湖は目覚めたばかりの人間のように、伸びをしたりあくびをしたりしていたが、しだいに騒々しくなり、そんな状態が三、四時間もつづいた。正午になるとしばらく昼寝をし、午後は太陽の感化が弱まる夕方になってもう一度とどろいた。天候が順調であれば、凍った湖はきわめて規則的に夕べの時砲を撃ち鳴らす。ところがその日は、真昼になると氷に無数のひびがはいり、大気も弾力性を失ってしまったので、湖はまったく共鳴音を立てなくなった。おそらく氷を叩いても、魚やマスクラットが肝をつぶすようなことはなかっただろう。漁師たちの話では、この「湖の雷鳴」がとどろくと魚たちはすっかりおびえてしまい、 に食いつかなくなるそうだ。湖は毎晩雷鳴をひびかせるわけではないし、私はその時刻を正確に言いあてることはできない。しかし、私には天候の変化が感知できない場合でも、雷鳴がとどろくことがある。これほど大きく、つめたく、厚い皮でおおわれたものが、これほど敏感だとは、いったいだれが想像し得たであろうか? とはいえ、ちょうど春がめぐってくれば芽がふくらむように、湖がとどろくときには、まちがいなくそれが進んで従う法則があるのだ。大地はあまねく生きており、小さな乳頭状の突起物におおわれている。最大の湖も、管のなかの水銀の粒とおなじように、大気の変化に対してはきわめて敏感なのである。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「地面の雪がまだらに消えはじめ、あたたかい日が二、三日つづいて、その表面がある程度乾いたころ、折りから顔をのぞかせたばかりの、幼い春が芽生える最初のいたいけな兆しと、冬をしのいできた霜枯れの草木の堂々たる美しさとを比べてみるのは楽しかった。たとえば、ヤマハハコ、アキノキリンソウ、ハンニチバナをはじめとするしとやかな野草は、夏が来なくては美しさが熟さないようにみえて、そのじつ、この時期のほうが夏よりもかえって目立ちやすく、趣に富んでいることが多かった。さらに、ワタスゲ、ガマ、モウズイカ、ジョンズウォート、ハードハック、シモツケ、そのほか茎のしっかりしたいろいろな植物があり、いちばん早く渡ってくる鳥たちをもてなす無尽蔵の穀倉 少なくとも寡婦の「自然」が身にまとう、つつましやかな喪服 4 となっている。私は、とりわけ羊毛草の、弓なりに反った穀物の束のような先端部分に心をひかれる。それはわれわれの冬の記憶に夏を呼び戻してくれるし、芸術家が模写したがる形態のひとつでもある。この草はまた、すでに人間精神の内にあるさまざまな型に対して天文学がもっているのとおなじ関係を、植物界においてもっている。ギリシアやエジプトの様式よりも、さらに古い時代の様式である。冬の現象の多くは、いうにいわれぬいたいけなさと、壊れやすい優美さを底に秘めている。われわれはよく、冬の王が不作法で荒々しい暴君のように言われるのを耳にするが、じつは恋するひとのようなやさしさで、夏姫の髪を飾っているのである。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「 春が近づいたころ、私が腰をおろして読み書きをしていると、すぐ足もとの床下に赤リスが一度に二匹もぐりこんできて、それまで聞いたこともない、世にも奇妙なしのび笑いや、チュッチュッというさえずりや、旋回ダンスを思わせる声や、喉を鳴らすような音をしきりに立てた。私が床を踏み鳴らすと、彼らはいっそう大きな声でチュッチュッと騒ぎ立て、悪ふざけに熱中するあまり、恐怖も敬意もすっかりうち忘れ、人間に向かって、止められるものなら止めてみろ、とでも言わんばかりであった。おい、やめろよ 赤リス君 赤リス君たら。だが、彼らは私の言い分に耳を貸す気はまったくないのか、それともそんなものは頭から見くびっているのか、もはや手の施しようもないほど、つぎつぎと罵声を浴びせるのであった。 春いちばんのスズメ! 一年が以前にもまして、若々しい希望に燃えてはじまろうとしている! ブルーバード、ウタスズメ、ワキアカツグミたちの弱々しい、銀鈴を鳴らすようなさえずりが、まだらに雪の消え残っている湿った野原を越えて聞こえてくる。冬の最後の雪片が、舞いおりながら触れあう音のように! こんなとき、歴史や、年代記や、伝承や、文字で記されたあらゆる啓示がいったいなんだというのだろうか? 小川は春への祝ぎ歌と歓びの歌を口ずさむ。牧場を低く飛ぶハイイロチュウヒは、早くも目覚めたばかりのぬるぬるした生きものを探しまわっている。溶けかかった雪の崩れ落ちる音が、あちこちの谷間で聞こえ、氷は湖でどんどん溶けてゆく。丘の中腹では草が春の日のように燃えあがる et primitus oritur herba imbribus primoribus evocata (「かくて草は、最初の雨にうながされ、いままさに萌え出んとする 5」)。あたかも大地が、戻ってきた太陽を迎えようと、内部の熱を送り出しているかのようだ。ただ、焰の色は黄色ではなく緑色であるが。永遠の青春の象徴である草の葉は、緑の長いリボンのように地面から夏に向かって流れ出し、たとえ霜に行く手を阻まれても、すぐまた前進し、地中にみなぎる新しい生命の力によって、去年、干し草として刈り取られた草の先端をもちあげる。草の葉は、小さなせせらぎが地中からにじみ出るように、着実に生長をつづける。この両者はほとんど同一といってよい。というのも、水が涸れてしまう六月の草の生長期には、草の葉がせせらぎの水路となるわけであり、年々、家畜の群れはこの永遠の緑の流れから水を飲み、草を刈る者は、そこからいち早く冬の飼料を み取るからだ。おなじように、われわれ人間の生命も、根元のほうまで枯れるだけであり、なおも永遠に向かって緑の葉を伸ばしてゆくのである。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著
「たった一度のやさしい雨が、草の緑色をいっそう深めてくれる。同様に、よい思想が到来すると、われわれの前途は明るくなる。もしわれわれが、つねに現在に生き、天から降ってくるわずかな露の感化をもありのままに表白する草のように、わが身に降りかかるあらゆる出来事をうまく活用できるならば、また、過去の好機を見のがしたことのつぐないに時間を費やして、それを義務の遂行と呼んだりしないならば、われわれは幸福になれるだろう。もう春は来ているというのに、われわれは冬をさまよっているのだ。すがすがしい春の朝には、すべての人間の罪が許される。こうした一日は悪徳への休戦日だ。春の太陽が燃えているあいだは、極悪非道の人間も故郷に帰ることが許されよう 9。われわれ自身がもう一度無垢になれば、隣人の無垢性もわかるようになる。昨日あなたは隣人のことを、泥棒、酔っ払い、好色漢と考え、彼に対してあわれみと軽 しかいだかず、世のなかに絶望していたかもしれない。だが、この最初の春の朝、太陽が明るくあたたかく輝いて世界をもう一度創りなおそうとしているとき、のどかな様子で仕事に精を出しているその男と出会い、疲れ果て堕落した彼の血管が、いまは静かな歓びにふくらんで、新しい日を祝福しつつ、幼いころのあどけなさで春の影響を感じ取っているのを目にすれば、その男のあらゆる欠陥は忘れられてしまう。彼の身辺には、単に善意の雰囲気がただよっているだけでなく、たとえ生まれたばかりの本能のように盲目的で頼りないものであるにせよ、神聖な香気すら発散の機会をうかがっているようであり、しばらくのあいだは南の丘の中腹も、下品な冗談にこだまを返したりはしなくなるのだ。見れば、彼の節くれ立った外皮からは無垢な美しい若枝が吹き出して、生えたての草木のようにやわらかいみずみずしい姿で新たな年に挑もうとしている。こうした男も「主」の歓びにあずかっているのだ 10。なにゆえ看守は牢獄のドアをあけ放っておかないのか なにゆえ判事は事件を却下しないのか なにゆえ説教師は集会を解散しないのか! それというのも、彼らは神が与えてくれる暗黙の教えに従わず、神が万人に惜しみなくもたらす許しを受け入れようとしないからである。」
—『森の生活 下-(ウォールデン) (岩波文庫)』ソロー, 飯田 実著